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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第2章「炎の獣」
 
 
「あの姿は……私を追い掛け回してくれたお馬さん達ですね!」
 聖域の中央にそびえ立つ神殿から見て東側に位置するエリア。見通しの良い平坦な地形へとやって来た次百 姫星(つぐもも・きらら)は、幻獣達の姿を見て不敵な笑みを浮かべた。
 姫星は最初の調査の際に幻獣を持ち帰ろうと企み、実行に移したのだが、それを妨害したのが馬に良く似た姿の幻獣達だった。その幻獣達が暴れている今の状況は、他の小動物を護る戦いであると共にリベンジを果たせる絶好の機会でもあった。
「あなた達も護るべき存在ではありますが、うさぎさん達を痛い目に遭わせようとするならお仕置きです! 今度は不覚を取りませんよ。荒野に咲いた一輪の花……そう! 私こそパラ実乙女の次百 姫――」
 
 お馬さん、GO。
 
「――って、人の名乗り中に攻撃は反則ですよぉぉぉ!?」
 直線に駆けて来る馬の幻獣達から必死に逃げる姫星。そんなパートナーに思わず鬼道 真姫(きどう・まき)は頭を抱えてしまっていた。
「あの馬鹿。野生の獣がのんびり口上を待ってくれる訳が無いだろ……」
「……何て言うか、面白い子だねぇ」
「否定はしたいんだけどね……」
 永井 託(ながい・たく)の言葉も認めざるを得ない。ともあれ姫星自身は空中へと退避してはいるが、現状を何とかしなければならないだろう。そう思ったグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)四谷 大助(しや・だいすけ)を引き摺って前へとやって来た。
「丁度良いわ、大助。あの幻獣を捕まえて来なさい!」
 グリムゲーテの目的は珍しい幻獣を捕らえ、配下にする事だった。以前それに似た事をした張本人が目の前で幻獣に追われているのだが、そんなものはお構いなしだ。
「威勢はいいけど……捕まえて言う事を聞かせるなんて出来るのか?」
「当然よ。その程度、大助を躾けるよりも簡単だわ」
「……良く言う。とりあえずグリム、お前は下がってろ」
 身体を沈め、低い体勢から一気に駆けだす大助。この世界の空気が合っているのか、その動きは普段よりも軽快だ。
(不思議だ。自分の中から普段よりも強い力を感じる。行けるかもしれないな……神速を越えた領域って奴に)
 そのままトップスピードへと加速を続ける。すると大助の横に並ぶ者が現れた。託だ。
「へぇ、今の俺について来るなんて、やるね」
「多分僕と同じ事を考えてると思ったからねぇ。一人より二人かなって、ね」
 大助と託、二人は前方を走る馬の幻獣を上回る速度で追いすがった。集団の左右両側へと散り、一番外の幻獣へと的を絞る。
「スピードには自信がありそうな奴らだけど……見切れるか? この――『真速』を!」
「さぁ……僕と速さ比べでもしてみるかい?」
 二つの線が群れを通り抜け、同時に二頭の幻獣がレースから脱落するように倒れこんだ。もっとも、体術に優れる二人の攻撃は相手を殺傷はせず、気絶させるに止めている。
「はぁ〜、凄いですねぇ、あのお二人は」
 幻獣の周囲を縦横無尽に駆け巡る大助達を眺めながらふわふわと浮いている姫星。先ほどまでの慌ただしさとは違い、今は随分とのんびりしたものだ。
「――はっ、いけません。このふわふわした感覚に思わず心までふわふわ気分になってしまう所でした」
 元々は幻獣の狂暴化を何とかし、村や大人しい動物達に被害が行かないようにするのが目的だ。姫星は気を取り直すと、大鎌を構えて上空から隙を突く形で連続攻撃を繰り出した。
「危険なのはここだけではありませんし、手加減している余裕はありません。馬刺――じゃない、あなた達は後でスタッフが美味しく頂きますので、迷わず成仏して下さいね!」
「食うな。スタッフってあんたの事じゃないか。どんだけ貧乏性なんだ」
「貧乏って言わないで下さいよ真姫さん! 確かに事実ですけど……おのれ、この金持ちボンボンのお嬢様め……」
「漫才も結構だけど……幻獣、こっちに来るわよ?」
 やり取りを見ていたアイリス・レイ(あいりす・れい)の指摘で二人が気を取り直す。見ると、幻獣達は方向を変えて真姫とアイリスの方へと向かって来ている所だった。
「おっと、真面目にやらないと。こいつらが村に行ったら大変な事になっちまうからね。脚では敵いっこ無いけど、あっちから来てくれるなら好都合だよ」
「そうね。私も託のサポートをするつもりだったけど、いつも以上に速くてついていけないから一緒にやらせて貰うわ」
 アイリスの指示で二匹のシルバーウルフが駆け出し、幻獣へとちょっかいをかける。そうして誘導された一匹に対し、真姫が拳を構えた。
「力ってのはね、使い方を間違えば自分自身を傷つけるのさ……こんな風にね!」
 交錯する直前に飛び出し、炎を纏ったストレートが幻獣の鼻面へと命中した。猛スピードで走りこんで来た幻獣の勢い自体が威力に追加され、さらに鬼の力を解放した追撃のトラースキックによって大きく吹き飛ばされた。
「さぁ、どんどん掛かってきな。あたしのやり方は結構荒療治だよ!」
 
 
 真姫達とは別に、狼の幻獣を相手にしている者達もいた。その一人、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は相手を傷つけようとはせず、話しかける事で収束を図ろうとしていた。
「ねぇ、暴れてもいい事無いでしょ? こんな事止めよう、ね?」
 彼女は白狼の獣人。なので目の前の幻獣達はいわば同胞だ。だからこそ手荒な真似はしたくないのだが、瘴気に侵された幻獣達にはその声は届く事は無かった。
「狂暴化していない狼がいればと思ったけど、駄目か……仕方ない、少し痛い思いをさせちゃうけど、我慢してね。これも――」
 説得を諦めたソランが刀の鞘を取り出し、それを使って狼を殴りつける。さらに自身の腕を獣化させ、鞭のような一撃をかました後に強烈なビンタ。
「これも――ハイコドが私を最初の調査に連れて行ってくれなかったから! ゲンジュウモフモフデートシタカッタナー」
 
 先生、それ八つ当たりって言います。あと鬼眼で睨まないで下さい、怖いから。
 
「ごめんなさい、本気でごめんなさい。風花を連れて行った事は謝ります。たまには風花と行きたいかなとか思ったんです、許して下さいソランサン」
 睨まれた竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)はただただひたすら平伏するのみだ。立場弱ぇ。
「……頼むからそういう事は外でしないくれ、頼むから」
「お二人とも! 戦闘中に夫婦漫才はしないで欲しいですわ!!」
 魔鎧の藍華 信(あいか・しん)白銀 風花(しろがね・ふうか)、内と外の二人からもそんな言葉が聞こえる。このグループは漫才ばかりか。
 
 
「何か向こうが騒がしいな。アンヴェル、一ノ宮、彼らの援護を頼めるか?」
 少し離れた所で瘴気の原因を探っていた冴弥 永夜(さえわたり・とおや)がハイコド達の騒ぎに気付いた。
「俺は構わないけどね。こちらの護衛は良いのかい、永夜君?」
「原因の調査は源達が請け負ってくれているからな。いざとなれば俺がその役に回るさ」
 アンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)達の役目は原因を探る永夜の護衛だった。だが現在、調査は優れた視力による探索とダウジングによる探知を併用している源 鉄心(みなもと・てっしん)が中心になっている。ならば余剰戦力を狂暴化した幻獣の抑えに回した方が良いだろうというのが永夜の判断だ。
「分かりました、こちらは永夜さんにお任せします。行こう、歳兄ぃ! 幻獣も二次被害も、絶対に止めようね!」
「あぁ。どんな理由であれ、仲間同士で傷付け合うなんて馬鹿な真似……絶対させねぇ!」
 土方 歳三(ひじかた・としぞう)一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)をサイドカーに乗せ、バイクを走らせる。先に戦闘を行っているハイコド達の中で最初に気付いたのは、魔鎧として周囲に注意を払っている信だった。
「ハイコド、援軍が来るぞ……だからいい加減恥を晒さないでくれ」
「恥とまで言われた……! と、とにかく僕らもちゃんと戦わないと。オブスタクル・ブレイカー、スタンモード!」
 鉄甲型の武器に電流が走り、スタンガンのように狼を無力化して行く。超感覚による発現がエゾオオカミであるハイコドにとってはソラン同様同胞とも言える相手である為、極力傷つけずに片を付けるつもりでいた。
 狼と縁があるのは彼らだけではない。かつて『壬生の狼』と呼ばれた集団に属していた歳三にとってもある意味因縁のある相手だ。
「何とも皮肉な話ではあるがな。だが、お前達は必ず止めてやる……さぁ、相手をして貰うぞ」
「まずは動きを止めないと……これで!」
 最初に総司が氷術で狼の足止めを狙う。この世界の特色か効果は弱まっているものの、牽制程度であれば十分だ。そうして動きを緩めた所で二人がバイクから飛び降り、素早い槍の連撃と剣による面打ちで狼達を気絶させていった。
「あと一匹、少し遠いけど……!」
「おっと、俺もいるって事、忘れないで欲しいな」
 総司を助ける形でアンヴェリュグが追い付き、残った狼を薙ぎ払った。丁度ハイコド達の方も片が付いたらしく、ソランが倒れている群れの中央でキノコハットから良い香りのする胞子を飛ばし始めていた。香りを嗅いだ狼達はそのまま意識が落ち、眠っていく。
「これで終わりかな? 後はこの瘴気を何とか――」
「! ソラ!」
 間一髪、ソランを抱えて跳んだハイコドの後ろを炎が通り抜けた。見ると、これまでとは明らかに格の違う、大きな犬の姿をした幻獣が立っていた。その気迫に総司は思わず剣を握り直す。
「皆さん、気を付けて下さい! この感じ……普通の幻獣とは違います……!」