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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第4章(2)
 
 
 グリフォンとの戦いが繰り広げられている頃、幻獣との戦いから離脱した寿 司(ことぶき・つかさ)は直前で見た姿を追っていた。
(遠目でしか見えなかったけど、あれは多分……!)
 小高い丘を越え、その先を見下ろす。そこにいたのは同じ調査団の仲間である榊 朝斗(さかき・あさと)達。そして――
「やっぱり!」
 彼と対峙している数名の者達。その中に自身の因縁の相手であるイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)がいた。
「ん……? 貴様は……そうか。その顔、以前に拳を交えたな」
 イェガーの方も記憶に残っていたらしく、一目で司の事を思い出す。さらに司を追いかけて来たキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)レイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)もイェガーに気が付いた。
「あれって、あの時の炎使いじゃないか。寿、言っとくけど今回は――」
「分かってるってキティ。一対一にはこだわらない。皆であいつを止めればいいんでしょ」
「ならいいけどね。それでも数は同等――いや、あたし達の方が少しは有利か」
 キルティが見た方角からは、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)の二人が歩いて来ていた。
「ふむ、ライラックを捜していたら……妨害者か」
「どうするの、大ちゃん?」
「障害は排除せねばな。幻獣相手でなければ遠慮する事もあるまい」
「は〜い」
「皆が来てくれて助かったよ。正直この二組は僕達だけじゃ荷が重かったからね」
 司や大佐達の登場に安堵する朝斗。そう、二組だ。今この場にいる敵対者はイェガーとそのパートナー達だけでは無い。もう一組、リデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)達がいる。こちらは特に朝斗と因縁がある人物だ。
「随分と増えたものだな……だが、その方が様々な可能性を垣間見られるというものか。さて、どうする炎使い?」
「私はただ、魂まで燃やし尽くすような熱き戦いを求めるのみ」
 リデルとイェガー、二人は決して仲間という訳では無い。だが、この場においては互いに干渉せず、消極的な共闘を行うつもりのようだ。もっとも、朝斗達もその辺は承知のようだが。
「悪いけど、あのリデルさん達は僕達に任せてくれないかな」
「いいよ。というより、あたしも向こうの炎使いに借りがあるから」
 朝斗と司、二人が互いの相手を見据える。炎と氷、対照的な力の使い手との戦いが、今始まった。
 
 
「ふふふ……わたくし、あなたとは一度じっくりお話したいと思っていましたの」
「私と、ですか。こちらは特に何も語る事はありませんが」
 リデルと朝斗、それぞれのパートナーであるアルト・インフィニティア(あると・いんふぃにっと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の両名が対峙する。片や愉しそうに、片や真面目に。
(この人、やけに朝斗を気にしているわね。品定めでもしているような……油断はなりませんね)
「そのように警戒しなくても結構ですわ」
「警戒もします。あなた……何を企んでいるのですか?」
「あらあら。随分と嫌われていますこと。朝斗様、でしたかしら。あの方への視線がそんなに気になります?」
「当然です。もし朝斗に危害を加えようというのなら……容赦はしません」
 如意棒を構え、重心を低くするルシェン。緊迫した空気が流れる。
「ふふ……良いでしょう。お望みならお相手して差し上げますわ。ですが……あなたはわたくしに勝つ事は出来ないでしょう」
「自信がおありのようですが……油断は命取りとなりますよ?」
「油断ではありませんわ。わたくしは賭けの提案をしておりますの」
「賭け……?」
「えぇ。わたくしとあなた、どちらが勝つか。いかが?」
「私は負けるつもりなどありません。たとえ何が賭けられていたとしてもです」
「そう、ではお受けになるという事でよろしいですわね。ちなみに賭けの内容は――」
 ごくり、と唾を飲むルシェン。負ける気は更々無いとはいえ、どんな事を提案してくるのか。仮にそれが、朝斗の命に係わるものであるなら――
 
「負けた方のパートナーがメイド服を着る、ですわ」
「何てこと! これでは勝つ事が出来ない!!」
 
「何真っ当に誤った道を進んでいるのですか、あなたは」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が思わず突っ込みを入れる。ルシェンは朝斗の良きパートナーではあるが、可愛い物好きで度々朝斗にメイド服などを着させる悪癖があった。アルトはそんな彼女に親近感を抱いていたというだけの話だ。
 
 こうしてルシェンとアルト、二人の戦いはルシェンの不戦敗に終わった。
 ――まぁ何というか、シリアスを返せ。
 
「アルトさんの暴走はいつもの事として……僕達はどうしますか?」
 ルシェン達だけではなく、朝斗とリデルのパートナーにはもう一組、共通点を持った者達がいた。アイビスとカルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)、二人の機晶姫だ。
「僕としてはリデルさんの邪魔をするつもりはありません。ですから、あなたも余計な手出しはしないで欲しいのですが」
「えぇ、私も同感です。朝斗の真剣勝負、手出しはせずに見届けるつもりです」
「本当なら守りたい物、壊れて欲しくない物を守る為ならば全力で事に当たる……それが理想ではあるんですけれどね。中々上手くは行かないものです」
「カルネージ、あなたもあの人のパートナーであるのであれば、信じてあげて下さい。それが……私達が出来る支えでもあるのですから」
 両者が武器を下ろす。己に悩みながらも戦う機晶姫、二人は今、互いに信じる者を見守る事にするのだった。
 
(さて……この世界、パラミタと違った『開花』はあるのか。あるいは……)
 『成長』にこだわりを見せるリデルが朝斗と対峙する。二人は以前、刃を交えた事があった。だがそれだけでは無く、また別の事件の際にはある理由からリデルが朝斗側の陣営に協力した事もあるのだ。
「あの時、協力してくれた事には感謝するよ。でも、だからといって手加減は出来ない」
「その必要は無い。私はただ、私の利点の為に動いたに過ぎない。前回も、そして今回もな」
 リデルは朝斗が心に持つ、もう一つの人格とも言える物に興味を抱いていた。それが一体、本人にとってどのような影響を与えているのか。
「お前の『闇』の話は聞いている。その『闇』を抱えたまま、どのような道を歩くつもりだ?」
「我行く道に茨多し されど生命の道は一つ この外に道はなし この道を行く」
「ほぅ……確か日本の人物の言葉だったな。面白い……ならば私が、その茨の一つとなってみせよう」
 リデルがロケットシューズの力で空へと舞いあがり、対する朝斗も飛行翼を展開する。青白い光を放ちながら飛んだ朝斗が先手を取り、蹴り上げによる真空波を放った。
「どれだけ茨が待ち受けていたとしても……僕達はその全てを貫いて見せる!」
「それで良い。それでこそ私の望む『成長』が見られるというものだ」
 真空波を回避したリデルの両手にナイフが握られる。それはただのナイフでは無く、リデルの得意とする氷術で刀身を覆い、間合いを読み辛くさせた物だ。
「そのくらいはっ!」
 だが、リデルが氷とナイフの使い手だという事は朝斗も分かっている。間合いに惑わされる事なく、冷静に二振りの攻撃をかわし続けた。
「中々やるな。外見に似合わず実戦慣れしているという事か」
「どうかな? 慣れたのは実戦じゃなくて、あなたのやり口かもしれないけどね」
「なるほど、それも一理ある」
「でも僕達は止まらない。まだまだ、先はどこまでも続いているんだ。その為に――」
 朝斗が拳に力を込める。力だけではなく、相手の全てを貫くイメージを込めて。
「腕は銃身、拳は銃口、打撃は銃弾……! これが僕達の、信念の一撃だよ!」
 
 
「お、両方派手に吹っ飛んだな。ありゃ相討ちか?」
 戦場の隅。岩に腰かけていた火天 アグニ(かてん・あぐに)が朝斗とリデルの激突をのんきに眺めていた。その横では帝釈天 インドラ(たいしゃくてん・いんどら)がお菓子を食べながら観戦している。
「向こうの方が有利に見えたんだけどねぇ。アグ兄、どうなったのか見えてた?」
「朝斗っつったっけか。あっちの兄ちゃんの拳が当たる時、身体の方に一瞬炎が出てたな。多分ドラちゃんとこのボスの攻撃だと思うけどよ」
「あ〜、確かパイロ……何だっけ。って言う火をつける方法を覚えたって言ってたよ。せ〜ちょ〜がどうこうとかも言ってた」
「なるほどねぇ、ただの氷使いじゃなくて、そっから火や雷にも繋げるって事か。そりゃ自分だって成長はするわな。氷使いだと思ってた相手にゃ不意打ちにもなるぜ、確かに」
「ところでアグ兄、アグ兄は戦わなくていいの?」
「やってるぜ? ほれ」
「てきと〜にやってるようにしか見えないけどな〜」
 全く戦わずに食べてばかりいる自分は棚に置いておく。そんなインドラの感想に反し、アグニは目立たない形で那迦柱悪火 紅煉道(なかちゅうあっか・ぐれんどう)の戦いを支援していた。自身が放つ弓の援護射撃こそたまにしかいかないものの、代わりにメイドロボやガーゴイルが紅煉道の脇を固め、必要以上の者がイェガーの方に行かないようにしているのである。
 その紅煉道に阻まれているのはキルティと月砕きの書、それからプリムローズだ。
「ったく、寿だけじゃ心配だっていうのに、毎度間に入ってくるね、お前は」
「…………」
「その無言も相変わらずか、二人とも、こうなりゃ力ずくで押し通るよ」
「えぇ、早く司ちゃんの所へ行きませんと」
「この人、大ちゃんが今戦ってる人の仲間なんですよね? なら私にとっても敵ですねぇ」
 キルティの銃と月砕きの書の魔法が紅煉道の周囲にいるメイドロボに襲い掛かる。
「やっぱり威力全開って訳にはいかないか。あいつは剣を持ってるから私達じゃ不利だね。アレックス、悪いけど前衛を任せてもいいかい?」
「は〜い。この前は狩りを止められちゃったから、少しくらい暴れてもいいですよね?」
 言うが早いか信号弾を周囲にばら撒き、一斉に光が溢れ出した。その光の中を突っ切るようにして、プリムローズが突撃する。
「いっきますよ〜」
 如意鉄棍を大きく伸ばし、馬鹿力で振り回す。光が収まる頃にはメイドロボとガーゴイルは全て倒れていた。
「…………」
 だが、元々瞳を閉じている紅煉道には効果が無かった。体勢を低くして振り回しを避けた彼女はお返しとばかりに大剣で薙ぎ払いを行う。
「わっ。やりますね。でも……正面からのぶつかり合いなら負けませんよ?」
 穏やかに微笑むプリムローズ。その宣言通り、しばらくの間武器による真っ向勝負が繰り広げられるのだった。
 
 
「あっちもすごいねぇ。何て言うの? 馬鹿力の戦い?」
「両方とも見た目じゃ想像も出来ねぇけどなぁ。まぁ紅煉道の奴、この世界に来てから妙に調子良いみたいだしな。それよりも、注目はイェガーの方か。紅煉道とは逆に魔法が弱いっつーのに、その状態でどれだけ闘争を楽しめるかを確かめたいとか言ってたからなぁ」
「一対二だねぇ。大丈夫なの?」
「一応二対二だぜ。リヒトちゃんが鎧で引っ付いてるからな。そのリヒトちゃんがどれだけ落ち着いてるかってのもあるけどな」
「?」
「何でか知らねぇけど、リヒトちゃん、やけに幻獣と会いたがってたんだよ。別に幻獣ってモフモフしてる生物の事を指す訳じゃねぇんだけどなぁ」