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惑う幻影の蜘蛛館

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惑う幻影の蜘蛛館

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【第一章】

 豪華絢爛な館の広間。
 高価そうな絨毯が敷かれ、天井には巨大なシャンデリア。何十という美男美女の執事やメイドにかしずかれ、見ているだけでもヨダレがこぼれそうな料理が振る舞われている。
 まるで、超一流の貴族たちだけに許されたような世界だ。一介のパラミタに通う生徒たちでは、まず体験できないような贅沢が、ここにはあふれていた。
 だというのに、この絢爛なパーティーの来賓者たちの大半は、自分が何故ここにいるのかも、わかっていなかった。
「……むぐむぐ、んー♪ すっごく、美味しい! おい、勇平! このケーキ食べてみろよ! すっごく美味しいぞ!」
 見ているほうが幸せになりそうな笑顔を浮かべてウルカ・ライネル(うるか・らいねる)は、ショートケーキを口に運んでいた。
 そんなウルカを猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は、どこか不満そうな顔で見つめている。
「ん? どうかしたか、勇平?」
「……え? いや、別に」
 適当に相槌を打ち、勇平は視線をウルカからそらした。
(うーん、やっぱり変だよな。ウルカのヤツ、いつもなら「俺を装着しろ!」ってうるさいのに)
 普段と違うパートナーの行動に、勇平は首をかしげる。いつもなら、しつこいぐらい自分を着てくれという魔鎧の相棒が、今日に限っては妙に大人しい。
(別に着ろって言われたいわけじゃないけど……なにか、ひっかかるな)
 何か違和感のようなものを感じ、勇平は相棒の元をそっと離れる。何かこの違和感の答えとなるものを探そうと、視線を周囲に向けた。
 すると、
「……ああもうっ! ロッテ! すぐにお酒を飲みにいかないでください!」
 ショットバーのような造りのカウンターの前で、八塚 くらら(やつか・くらら)が叫んでいた。
 そんなくららに腕を引かれるような状態で、カルロッテ・トリス(かるろって・とりす)が必死にカウンターにしがみついている。
「ほら、早く調査をしますよ!」
「えーっ! でも、もったいないよ、くらら。こんなに美味しいお酒があるんだよ?」
「いいですから! まずは調査です! ほら立ってください!」
「ええーっ」
 くららの言葉に、ロッテはこの世の終わりだと言わんばかりの表情を浮かべる。じっとそんな視線を向けられていると、なんだかくららのほうが悪いことをしているような気にさせられていった。
「はぁー……わかりましたわ。調査が終わりましたら、お酒を飲む時間を差し上げますわ」
「え! ホントっ!」
 猫耳をピコンと反応させて、ロッテは笑顔を浮かべる。そのわかりやすい反応に、くららはまったくと顔をしかめた。
「それじゃ、早く調査しよ! ほら、くらら、早く!」
「はいはい、わかりまし……って、ロッテ! そういいながら、早速食堂へ調査に行かないでくださいまし!」
 真っ直ぐにロッテは、食堂のワインセラーへと向かっていく。その後を、慌ててくららは追いかけていった。
「……どこも大変なんだな」
 そうひとり呟き、勇平は調査に向かった。


 勇平やくららのように、館内を調査する者もいれば、純粋にパーティーを楽しむ者たちもいる。綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)も、そんなパーティーを楽しむ一員だった。
「えへへ……ホント、ここは最高ね」
「ええ。本当に夢の中みたいですわ」
 普段なら絶対着られないような、上品なドレスに身を包み、さゆみは笑みをこぼす。そんなさゆみの隣で、アデリーヌも幸せそうに頷いた。
「私、あんなカッコいい男の人たちに囲まれたのなんて、初めてだったわ」
「まったく、さゆみったら。恋人の前で、ホスト遊びなんて……ちょっと、酷いんじゃないですの?」
「あれ? もしかして、アディってば、ヤキモチ?」
 ニヤニヤと意地悪に笑いながら、さゆみはアデリーヌに視線を送る。それに「知りません」と、アデリーヌは顔を背けた。
 つい数分前まで、美男子の執事を集めてホストごっこを楽しんでいたさゆみは、嫉妬心からスネている恋人を見つめて、とてもいい気分になる。
 そして、そのまま二人は、どちらからともなく、ひと気のない個室へと足を向けていった。
「……アディ。今の私はあなたになら滅茶苦茶にされたい」
 切なげに瞳を潤ませ、さゆみはアディと視線を合わせる。
「滅茶苦茶にされて……アディのものになりたいの」
「さゆみ……わたくしはあなたのことを滅茶苦茶にはできないわ。だって、わたくしにとって、あなたは何よりも大切な、愛する人だから」
 そう告げ、一瞬身を退くアデリーヌ。しかし、二人は吸い寄せられるように、ゆっくりと顔を近づけていった。
「でも、今……今だけは、一緒に」
 アデリーヌはそう口にすると、欲望に屈したように、さゆみの胸に顔をうずめた。
 ……以後、さゆみたちが消えた部屋の周囲は、男子禁制の秘密の花園と化した。


「ま、待って! 待ってくれ、葵ちゃん!」
 館内の廊下にしりもちをついた状態で、東條 カガチ(とうじょう・かがち)は迫りくる影から逃げている。
 近づいてくる影――東條 葵(とうじょう・あおい)に、カガチは待てと手でジェスチャーしていた。しかし、当の葵は、笑顔で首を傾げるだけだ。
「何をそんなに慌てているんだ? 僕はただ、この世界が幻覚なんだと、お前に教えているだけだぞ?」
「わ、わかってる! 葵ちゃんがこの幻覚から、俺をなんとか目覚めさせるために、強いショックを与えてみようって考えてるのは知ってる!」
 震えながら、後ろへ後ずさるカガチ。
 そんなカガチの言葉に「理解が早くて助かる」と葵は満面の笑みを浮かべる。
 しかし、表情とは裏腹に、葵の手には、
「で、……そこでなんで花瓶なの!」
 殺傷可能な鈍器が握られていた。
「? それがどうした?」
「いやいやいや! そこでなんで不思議そうな顔するのっ? 普通、最初は頬をつねるぐらいから始めないっ?!」
「そこはそれ、万が一のために、より効果の高い方法から実験していくと言うだな」
「俺の身のほうに万が一の危険が及びそうだよ! というか、絶対それ建て前だよね!」
 葵の浮かべる満面の笑みが、カガチに全てを語っていた。絶対に楽しんでいる。
「安心しろ。死ぬようなことは、多分ないはずだ。そら、いくぞ」
「ひっ! ちょ、ちょっと、ま、待っ、……ぎゃああ、ぐヴぉッ!!」
 ガシャンと盛大な破壊音が響き、カガチはその場に倒れた。するとそのまま、スゥーっと、霧のようにカガチの姿が消えていった。
「ふむ。どうやらうまくいったようだな。さて、次は私だが」
 ひとり、その場に残った葵はウーンと、顎に手を当て、考え込むと、
「まあ、向こうの世界でも強く意識してみるか」
 安全な方法を思いつき、それを実行に移した。