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第一章 キッチンの ほうそくが みだれる! 2

「……普通の料理番組だと思ったんだが……」
 今さらなことを呟いているのは、吉崎 樹(よしざき・いつき)
 いつもパートナーのミシェル・アーヴァントロード(みしぇる・あーう゜ぁんとろーど)の謎料理に悩まされていた樹は、ミシェルに招待状が届いたことを知って、「料理番組で負ければ自分のレベルもわかって、少しはマシになるだろう」と淡い期待をしていたのだが……居並ぶそうそうたる顔ぶれと、漂う明らかに邪悪な気配とによって、その期待はあっさりと打ち砕かれた。
 そしてさらにまずいことに、彼の背後にも、そのミシェルの作る謎料理が着々と完成しつつあるのであった。
「ふふふ……今回のために開発した新メニュー……どうかな?」
「いや、どうかな、って……」
 ミシェルが用意したのは、謎の緑色の塊。
 わさびやピーマン、ハラペーニョやホウレンソウなどの緑色の食材各種と、大量の砂糖をミキサーで一気にミックスして焼き上げたというシロモノである。
「……そもそも、それは何なんだ?」
 おそるおそる尋ねる樹に、ミシェルはさもおかしそうに笑いながら答えた。
「やだなあ樹。抹茶ケーキに決まってるじゃない」
 しかし、目の前のこの抹茶ケーキ(自称)には、ケーキらしい食材はほとんど入っていないし、そもそも抹茶が入っていない。
(抹茶、って……とりあえず緑色の食材入れとけばいいって思ってるだろ……)
 心の中でそうツッコむ樹。本当にツッコむとどうなるかわかったものではないので口には出さない。
(仕方ない……他の参加者には悪いが、潔くかっこよく犠牲になってもらおう……)
 そんな決意を固めながら、彼はふとこんなことを考えた。
(ところで……あの抹茶ケーキ……とかいうやつ、余ったら俺が食うことになるんだろうか……?)





 と、ここでいったん映像が審査員席に戻ってくる。
「え、ええっと……いかがですか、川添シェフ?」
 ドン引き状態の泪に、川添はかすかな笑みを浮かべて答えた。
「実に面白いよね。僕にも全く想像のつかない食材の選び方、使い方がいくつもある」
「そ、そうですね……私にも全く……」
 どう応じていいのか泪が困っていると、そこへ白木 恭也(しらき・きょうや)が乗り込んできた。
「川添シェフ、なんて事をしてくれたんですかーっ!」
 ちょうど今こちらの映像が使われている事に気づいていないのか、それとも想像を絶する辺りの惨状にそんなことを気にする余裕がなくなったのか、「この企画の発案者」と書いて「しょあくのこんげん」と読む川添の肩を揺さぶる恭也。
 しかし川添は全くその表情を崩すことなく、恭也が少し落ち着くのを待ってこう尋ねた。
「食べることとは?」
「えっ?」
 予想外の禅問答的な問いかけに、恭也が言葉に詰まる。
 そんな彼に、川添はこう続けた。
「食べることとは、生きること。そして、生きることとは……戦いじゃないか」
 若干クサいセリフではあるものの、料理に人生をかけているシェフの言葉としてはなかなか重い言葉である。
「……いい言葉です」
 感動したように頷いたのは獅子神 玲(ししがみ・あきら)
 さすがは「食欲の化身」とまで呼ばれるフードファイター、方向性は違うが食にかける情熱では川添にも劣らない。
 ……とはいえ、恭也がほしかったのはこんな「イイハナシダナー」的な展開ではない。
「そういうことじゃ……いえ、いいです」
 何を言ってもムダと悟り、とぼとぼとキッチンに戻る恭也の背には、深い哀愁が漂っていたのだった。





 ここで、再びカメラはキッチンに戻る。
 それはすなわち、新たな視聴者ふるい落としゾーンに入ったことを意味していた。
 今回も、最初に映ったものは放送事故級の「何か」。
 しかしそれは人物でも料理の光景でもなく、ほぼ完成した料理そのものである。
 どうも日本ではあまり評判の良くないイギリス料理の中でも、さらに評判が微妙な部類に入る「ウナギのゼリー寄せ」という料理をご存じだろうか。
 その料理をベースに……という時点ですでにかなりマイナス方向に進んだ状態でのスタートなのだが、よせばいいのに「和風アレンジ」と称するレシピ改編を加えてさらにマイナス方向へロケットスタートしてしまったのが、先ほど一瞬画面に映ってすぐに切り替えられた「ウナギのゼリー寄せ、味噌仕立て」である。
「ま、まあ、見た目はちょっとアレだけど……味は確かなはずよ!」
 満足そうな表情の蜂須賀 イヴェット(はちすか・いう゛ぇっと)。見た目はちょっとアレで、味は確かにアレなんですねわかります。
「見た目の時点でちょっとじゃなくかなりアレだよね……」
 と、イヴェット本人には聞こえないように、カメラに向かって解説を入れるのはパートナーのマラク・アズラク(まらく・あずらく)
「普段は見た目は普通なんだけど、その状態でも味も食感ももう、ね。しかもそんなのを食べ慣れてるせいか、若干味音痴みたいで味見も役に立たない」
 なるほど、謎料理人には「そもそも味見をしない」タイプと「味見はするが味覚がアレで役に立たない」タイプ、さらには「自分の料理にだけはなぜか耐性があって味見が無意味」なタイプがあるのだが、イヴェットは二番目に該当するようである。
「そもそも、ウナギは今旬じゃないんだけどなあ……っと、これ以上はイヴに気づかれそうなので、これで」
 にこやかに手を振るマラクの映像で、また場面が切り替わった。