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【四 それぞれの追跡】

 バンホーン調査団は、バンホーン博士率いる調査団本隊の他に、直接魔物を追跡するチームが編成され、それぞれの目撃場所へと急行している。
 いわば追跡支隊ともいうべき班で、自前の移動手段を持たない班員には、それぞれジープが一台ずつ割り当てられていた。
 ヴァイシャリーでは、アイアンワームズなる魔物が目撃されたという。
 このアイアンワームズ追跡支隊には、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が班長に任命され、以下、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)神崎 零(かんざき・れい)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)の三人が美羽とチームを組んで、ヴァイシャリーへと急行した。
 美羽とコハクは、それぞれ小型飛空艇ヴォルケーノとジェットドラゴンを用意してきている為、貸与されたジープは零と刹那が足として使っていた。
 四人が最初に向かったのは、百合園女学院である。
 実のところ、アイアンワームズは百合園女学院の敷地近くに広がる山林で目撃されており、百合園の生徒達にも、少なからず目撃者が居る、というのである。
 その為、まずは目撃者である百合園の女生徒から直接話を聞くのが早い、ということになり、美羽が代表してアポイントメントを取った。
 そうして、百合園の正門前で美羽達を出迎えたのは、茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)であった。
「わぁーい! キヨッピーだ! 久しぶりー!」
 いつの間にか、美羽に妙な仇名を付けられていた清音だが、別段気分を害した風も見せず、朗らかな笑みで四人の追跡支隊メンバーに挨拶を述べ、百合園敷地内のカフェテラスへと案内した。
 本来であれば百合園は男子禁制である為、コハクは入場禁止をいい渡されるところであったが、今回だけは事態が事態である、ということで、学院理事から特別許可を取り付けていた。尤も、この特別許可を取り付けたのがバンホーン博士であるという事実を、コハク自身は知らされていない。
 ともあれ、追跡支隊の四人は清音の案内で訪れたカフェテラスで、目撃者であるふたりの百合園女子生徒と面会し、情報を得ることが出来た。
 目撃者いわく、アイアンワームズの外観は、ひとことでいえば地上を這い回る巨大なアンモナイトだった、という。
 この証言は、古代文献に記されているアイアンワームズの特徴と一致する。
 古代文献の説明によれば、アイアンワームズは一見すれば、巻貝の殻部分だけで全高20メートルを越える、超巨大アンモナイトであるのだという。
 巻貝の開口部からは数十本の長大な触手が伸びているのだが、この触手群こそが、アイアンワームズの名の由来となる、鋼鉄の鱗に覆われたワーム型魔獣の束であった。
 それらワーム型魔獣の先端は十字に開く口となっており、各顎の内側には鋭い歯列がずらりと並ぶ。
 移動手段は、触手と捕食部を兼ねるこれら数十のワーム型魔獣であり、一体一体の驚く程に速い蠕動運動によって、アイアンワームズはこれだけの巨体でありながら、小型飛空挺に匹敵する移動速度を誇るらしい。
 しかし、これだけ恐ろしげな風貌ではあるが、ふたりの百合園生の目撃証言によれば、このアイアンワームズらしき巨大な魔物は特にこれといった破壊行為等は見せず、ただただ山林内を静かに徘徊しているだけだったのだという。
「いわれてみれば……確かに、この百合園近辺で何か大きな破壊があった、という話は聞いてませんね」
 清音が人差し指を頬に当てて小首を傾げると、美羽とコハクは拍子抜けしたような表情で、互いに顔を見合わせた。
「っていうことは、伝説上の魔物とはいわれているけど、そんなに危険な存在じゃない、ってことかな?」
「……だったら、何もいうことは無いんだけどね」
 コハクの分析に、美羽は未だ納得がいかないといった様子ではあるものの、一応同意はしてみせた。しかし、現時点で大人しいからといって、この先も安全であるかどうかの保証が無いのも事実であった。
「刹那の中に、アイアンワームズに関する記録は無いかな?」
 コハクに話を振られた刹那だが、しかし彼女は残念そうにかぶりを振るばかりである。
「申し訳ありません……ただ、魔道書としての私に記録が残っていないとなると、この魔物は、もしかしたら魔術とは関係の無い存在なのかも知れません」
 魔術とは無関係、ということになれば、残る可能性はひとつ――科学による産物か。コハクが刹那の応えからそのような推理を下そうとしている傍らで、零が携帯電話をダイヤルし始めた。
「ひとまず、バンホーン博士には目撃証言の詳細を伝えておくわね。単なる伝説じゃなくて、事実として存在するってことを、改めて報告しておかなくちゃ」
「あ、うん、お願い」
 零に頷きかけながら、美羽は目撃者の女子生徒が撮影したという、アイアンワームズらしき魔物を写したデジカメ写真を、じっと凝視していた。
 20メートルを越える超巨大アンモナイトが陸上を這い回る姿は、矢張り不気味以外の何物でもなかった。

 ところ変わって、場所はシャンバラ大荒野。
 目撃証言が相次いでいる魔物オクトケラトプスの追跡支隊として、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)上杉 菊(うえすぎ・きく)、そしてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の三人が、シャンバラ大荒野西部に位置する古代の魔働生物兵器開発場ドロマエオガーデン付近に足を運んでいた。
 エースは小型飛空艇ヘリファルテを駆っているが、ローザマリアと菊は自前の移動手段を用意していなかった為、こちらも本隊からジープを一台借り受けての出動となった。
 ドロマエオガーデンは、その広大な敷地全体が、ひと連なりの環状山岳地帯の内側に造成されている。いってしまえば、この環状山岳地帯が外界との境界線を形成しているのである。
 三人は環状山岳地帯西端へと続く峻険な山路を走り、その麓に辿り着いていた。
「ここが……オクトケラトプスの目撃情報が一番多く集まっている場所、ね」
 ジープを停めて、運転席から降り立ったローザマリアが自身にいい聞かせるように呟いた。
 オクトケラトプスは地上での目撃情報は無く、その全てが、飛空船等の上空から見下ろした景色の中で、遠目に目撃されているのだという。
 勿論、ドロマエオガーデン上空は現在も磁気嵐が吹き荒れている為、直接この近辺を航行する飛空船は皆無なのであるが、しかし数キロ程度離れた位置に、航行可能な空路が存在する。
 オクトケラトプスらしき姿は、その空路を行く飛空船から偶然目撃された情報が、全てだった。つまり、直接この地にオクトケラトプスの影を求めて足を踏み入れたのは、この三人が最初、ということになるのである。
「いやぁ……まさか、本当に来ることになっちゃうとはね。正直、自分でもびっくりだよ」
 エースもドロマエオガーデンの調査は必要との認識を持っていたが、当初彼は、ガーデン内は未だに魔働生物兵器が大量にひしめき合う危険地帯である為、足を運んでの調査までは考えていなかった。
 しかしオクトケラトプスがドロマエオガーデン付近で目撃されていること、そしてローザマリアがオクトケラトプスに対して調査対象を絞り、直接足を運んで存在の有無を確認する運びとなった為、エースも同行することになったのだ。
「それにしても、なんでまたドロマエオガーデンなんだろうね。妙な符号といえなくもないけど」
 エースが眼前にそびえる環状山岳地帯の鉄壁のような山肌を眺めていると、ローザマリアが渋い表情で、低い声音を搾り出した。
「オクトケラトプス……古ギリシャ語で、オクトは8という意味よ。そして、鳥盤類の角脚類・角竜下目にカテゴライズされる恐竜の代表格トリケラトプスの『トリ』は古ギリシャ語で3を意味し、総じて三本の角を持つ顔という意味の名前を構成しているわ。つまり」
 ローザマリアは、何かを確信したかのような強い調子で言葉を繋ぐ。何故かエースは、その迫力にごくりと喉を鳴らした。
「それに照らし合わせるなら、オクトケラトプスとは『8つの角を持つ顔』という古ギリシャ語になるの。でもね、ケラトプス類で最も角の多い種は、五本の角を持つペンタケラトプスまで。八本の角を持つタイプは、未だ確認されていないわ」
 成る程、だからドロマエオガーデンなのか――エースは納得したような面持ちで、小さく頷いた。
 と、そこへ菊が、厳重に封が施されている書簡を取り出し、中から分厚い資料の束をローザマリアに手渡してきた。
「御方様……これを」
 それは、菊が恐竜騎士団所属のデュガン・スキュルテイン男爵に出した質問状に対する、回答文書であった。勿論、菊自身が直接出したのではなく、バンホーン博士がクロカス家を介して質問状を出して貰ったのである。
 スキュルテイン男爵は怠け者男爵とも呼ばれる程に仕事嫌いで有名な人物だったが、妙に律儀な性格らしく、菊からの質問状に対しては、ほとんど即日といって良い速さで回答文書を送り返してきていた。
 その回答文書に因れば、矢張りオクトケラトプスなる恐竜は、恐竜騎士団内に於いても存在せず、スキュルテイン男爵自身も、見たことも無ければ聞いたことも無い種であるという。
 だがこの回答文書の末尾には、オクトケラトプスに関する回答の他、気になる情報が追記されていた。
「スキュルテイン男爵が独自調査を進めた結果、ドロマエオガーデン創始者のひとりは、ブラド・ファンダステンという古代シャンバラ王国時代の技術者だそうです。そして、このファンダステン氏が開発していたのは恐竜をベースにした魔働生物兵器だけではなく、古代のイコン開発に際して使用された評価模擬戦闘相手の巨大サイボーグ生物も、その対象だったとか……」
 そこまで菊がいいかけた時、エースは思わず環状山岳の頂に視線を走らせた。その表情には、緊迫の色合いが見て取れる。
「ちょっと待って……っていうことは、まさか、メガディエーターも……」
「そうです……このドロマエオガーデンで開発された、と考えて宜しいでしょう」
 菊の断言に、エースのみならず、ローザマリアも一瞬、息を呑む表情を見せた。

 デーモンワスプは、ツァンダ領内の南部山岳地方に於いて目撃されている。
 こちらにはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)神崎 優(かんざき・ゆう)神代 聖夜(かみしろ・せいや)の四人が追跡支隊として派遣されていた。
 他の追跡支隊と異なり、デーモンワスプ方面の班のメンバーは誰ひとりとして自前の足を持っておらず、本隊から貸与されたジープだけが、移動に於ける唯一の手段であった。
 南部山岳地方は、山岳とは呼ばれているものの、どちらかといえば豊かな緑に覆われた、なだらかな隆起を見せる山地が多い。
 ヘルがハンドルを握るジープは、左右から頭上に伸びる樹々が天井を形成する緩い傾斜を、幾分速度を落として慎重に進んでいる。
 別に悪路という訳でも無かったが、下手にエンジン音を吹かし過ぎて、デーモンワスプにこちらの位置を知られる可能性を考慮した上の速度調整であった。
 助手席に座るザカコの手の中には、事前に用意しておいたデジタルビデオカメラが収められている。
 ザカコの意図としては、映像として記録した際に、デーモンワスプが実体を持つ存在なのか、或いは映像体として現実世界に出現しているのかを判断しよう、というところであったのだが、対するヘルはというと、伝説の魔物を記録に収められれば高く売れるかも知れないという、妙に現金な思考のもとで、今回の調査に加わっている部分があった。
 実はザカコもヘルも、今回の魔物騒ぎにオブジェクティブが一枚噛んでいるのではないか、という疑いを持っており、そういう意味ではケルンツェル屋敷でバスケスの遺品を調査しているリカイン達と同じ発想であるといって良い。
 ただリカイン達とは異なり、ザカコはオブジェクティブ・オポウネントの認証コードを持っている。もしデーモンワスプと直接に遭遇すれば、相手が電子結合映像体であるかどうか、ひと目で判断がつくのである。
 だからこそ、自身の目でデーモンワスプの姿を確かめるべきだ、との結論に達したのだ。ザカコのこの発想は全く理に適っている、というべきであろう。
「もうそろそろ……この辺だね」
 後部座席で銃型HCのコンソールパネルを覗き込みながら、優がヘルに声をかけた。
 一見、非常に集中して真面目な表情を浮かべているようにも見える優だが、その瞳にはどこか、嬉々とした色合いが見て取れる。
 矢張り考古学を専攻している身としては、伝説の魔物調査というアクティビティは堪らない楽しさがあるのだろう。
 不意に、聖夜が息を殺した低い声音で、他の三人に呼びかけた。
「待て……居たぞ!」
 聖夜の超感覚が、大気を震動させる巨大な薄羽の羽音を敏感に察知したのである。
 ヘルは慌ててハンドルを切り、ジープを山道脇の巨木の陰に隠すと、エンジンを止めた。と同時に、四人はジープを飛び降りて、聖夜の聴覚が捉えた羽音の響く方向に、じっと目を凝らす。
 程無くして、樹々の枝葉が茂る向こう側の蒼空に、信じられない程の巨大な体躯を誇るスズメバチが、悠然と宙空を舞う姿を現した。
 ヘルは慌ててザカコから受け取ったデジタルビデオカメラで撮影を始め、そこから無線で送られてくるデータを優が銃型HCに入力して、正確なサイズや想定重量等を次々に計算していった。
 その一方でザカコは、ゆっくりと樹上を進む巨大なスズメバチの姿をじっと凝視し続ける。
 20メートル程は、あるだろうか。
 一般のイコンを遥かに凌駕する巨体は、しばらくこの一帯を旋回するように舞い続けていたが、やがて興味を失ったのか、じわりと方向を転換し、出現した時と同様、ゆっくりと山頂方面に向けて飛び去っていった。
 恐ろしく長い時間の中にあったと思われた四人だが、実際にはものの数分程度に過ぎない。
 一斉に大きな吐息を漏らすと、まずヘルが、ザカコに問いかけた。
「どうだった? 奴は、オブジェクティブか?」
 だがこれに対し、ザカコは否、とかぶりを振った。
「違いますね……あれは、実体でした。オブジェクティブ・オポウネントの認証メッセージも出ませんでしたから、間違いありません」
「そうか……しかしまぁ、映像はばっちり撮れた。これだけでも収穫だな」
 いささか嬉しそうにデジタルビデオカメラの表面を撫でるヘルだったが、しかし優が相変わらずの無表情な面で、ヘルの浮かれた気分に水を差す。
「でも、あんなに簡単に遭遇出来るんじゃ、あまり商品価値は無いんじゃないか?」
「うっ……そういうことをいうなよ。モチベーション下がるじゃねぇか」
 ヘルの抗議に、ザカコと聖夜は苦笑を浮かべて顔を見合わせるばかりである。