イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ

リアクション公開中!

【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ
【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ 【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ 【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ 【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ

リアクション


14.教導団 校長室


 (僕を私を)団長室に連れてって

 学び舎の長たる校長の実務室を兼ねる部屋の扉はただ他の部屋の扉と造りが違うだけではなく、主の気性を現す如くに
凛とした、どこか近寄りがたいような。思わず背筋が伸びるような空気を放っていた。
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は制服の襟を整え、締めたエプロンのリボンが歪んでないか確認する。
 掃除用具をパートナーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)に任せて、いざ、ノックせんとしたところ――
 背後から降ってきた大量のカーテンやクロスに阻まれた。
「な、何だ!?」
「大変です。何も見えません」
 振り向いた先にいるのは天井まで届きそうな勢いで詰まれたリネン類を抱えたルカルカ・ルー(るかるか・るー)と三人のパートナーだ。
 と言っても、今の丈二とヒルダには何も見えないのだが。
「はわわわ!? 誰かいるの?」
「前方不注意もいいところだ。誰か回収してくれ」
 慌てるルカルカの後ろで、付き従えた文官・武官に命じるのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
「だから、半分は俺が持つと言ったのだ」
「今更言っても遅ぇだろ」
 ほれ見たことかと呆れ顔の夏侯 淵(かこう・えん)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がルカルカからリネン類を奪いはじめる。
 そこの文官・武官も加わって、ようやく二人の視界は開けた。
「ルカルカ中尉!」
「や! ごめんね。二人とも」
「怪我はないか? すまんな。ルカの奴、団長室の掃除ができると聞いて、いささか張り切り過ぎでな」
「だって、ダリル。団長のお部屋をお掃除できるんだよ!」
 ニコニコ笑顔のルカルカはテンション高く拳を握りしめる。
 見えないやる気ケージは先ほどのリネン類同様、いや、それ以上。天井も限界もつき抜けゲージはとうの昔に振り切れている。
「は、はぁ。自分も今日は団長室の担当です。よろしくお願いします」
「うん! さぁ! 張り切ってお掃除するよ!!」
 丈二とルカルカは二人並ぶと姿勢を正し、扉に手を伸ばした。
「団長。清掃に参りました。ルカルカ・ルーです」
「同じく、大熊 丈二です」

  * * * 
 
 学び舎の長にして、今や国軍となったシャンバラ教導団団長が執務を行う校長室。
 生徒達の多くは頂点に仰ぐ金 鋭峰(じん・るいふぉん)を団長と呼ぶことから校長室ではなく団長室と呼んでいる。
 設えられた調度品はどれも一流品。鋭峰が背中を預ける椅子に至っては純金製だ。
 他の生徒よりも一足先にここを訪れた黒崎 天音(くろさき・あまね)は初めて入る部屋をしげしげと眺めた。
「まだ、誰も来ていないんだね」
「そのようだな――誰が来た所でやることは同じだ。先に始めていてもかまわんだろう」
 どこか弾んだ声でブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が応じる。
 埃よけの割烹着と三角巾。手には毛の柔らかなモップと清掃用のクロス。制服のままの天音に対してブルーズは完璧な大掃除仕様だ。
 張り切るパートナーを目で制して、天音は執務机の奥にいる鋭峰に微笑みかけた。
「せっかくだし……みんなが揃うまで金団長のお話が聞きたいな?」
 真意の掴み難い深淵を湛えた黒い瞳が挑むように誘いをかける。
「そう。例えば――シャンバラ建国後のシビリアンコントロールについての、金団長の意見とか」
「それは……興味深い話だ。勿論、そちらの意見も聞かせて貰えるのだろうな?」
 揺るぎもなく、真っ向から視線を受け止めた鋭峰は、だが、次の瞬間目を伏せて首を横に振った。
「――いや。掃除の合間にするような話ではないな。またの機会にしよう、黒崎」
「そう? こういう機会にこそ、聞けるお話もあると思うけどな?」
 天音が残念と肩を竦めるた途端に団長室の扉がノックされ、話はそのまま立ち消えとなった。

  * * * 

 きょろきょろと忙しなく視線がさ迷う。
 丈二にとっては入るのも初めてなら、見るのも初めてなものばかりの団長室だ。
 置いてある調度品はどれも質高く、机の上のペン一つとっても自分が愛用するものとは桁が一つ、二つ違いそうだ。
 全てが物珍しく、掃除するために手を伸ばすのが躊躇われ、結局団長にお伺いを立てることになる。
「団長! この部屋で手を触れてはならない場所や物はありますでしょうか」
「扱いにさえ気をつけてくれればいい。手を出されて困る場所には鍵が掛かっている」
「は!」
「――そうだな。机の周りは自分で片付ける。それ以外の場所は任せよう」
「はい!」
 分かり易くていい。それならといそいそとカーペットクリーナーに手を伸ばした丈二だが、一つ大切なことを思い出した。
 団長に向けた背を扉に向けなおす。
(……何かあればすぐに団長をお手伝いできるようにしておかなれば!)
 命じられる前に動く。意を汲み、違えない。それは未だ下級仕官である丈二の心意気だった。

 その真上はは翼が起こす振動を最小限に抑えたヒルダがいた。
 器用にホバリングしながら、天井、照明などの埃を掃う。
 はじめは落ちる埃をどうしたものかと思っていたのだが、下で丈二が掃除をはじめたのでとりあえず気にしないことにする。
(今日はどなたの話の腰を折る必要はなさそうですね)
 見下ろす先ではそれぞれ掃除に勤しむ姿。今日は白熱の論議に発展する話題はなさそうだ。
 心の中でグレイシー話術本日休業の看板を立てると、ヒルダは次の場所へと移動した。 

「淵は中から拭いてくれ。俺は外から吹くからよ」
「承知した」
 言うが早くカルキノスは窓を開けて飛び出しだ。
 飛べるというのは便利なものだと思いながら、淵は執事達に指示す。
 内と外からの窓掃除の隣では――ダリルが掃除の指揮をとっていた。
「調度品の取扱は慎重に頼む。水を使えないものもあるからわからなければ聞いてくれ」 
 担当する生徒の数はさして多くないはずなのに、人が溢れかえっているのはやる気MAX臨界突破中のパートナーが
「やるからには徹底的に! 目指せ団長室のグレードアップ!!」
 などと言い出したせいである。
 掃除の前にリネンや壁紙のカタログを捲ること数分。
 明日お届け便ならぬ当日に配達しないと暴れちゃうぞ(依頼主が)便として大量の換えがやってきた。
 体力・腕力に自信はあれど四人で運べる量などたたがしれているし、壁紙の張替えには人手がいる。
 それ以外には、調度品の埃払い、リネン類の取替え、クリーニングの手配。やることは山ほどある。
 そんなこんなで、自分達三人は当然、文官・武官にメイド(ロボ)、執事――配下の全て率いる大所帯での参加となった。
 一方――ルカルカはと言えば、懸命に棚の埃を掃っていた。
 あんまり、掃除に夢中になって舞い散る埃が髪の毛についても気付かぬ始末だ。
 つ、と伸びてきた指がその髪に触れた。
「え?」
 振り返る先には、指に息を吹きかける鋭峰。
 埃をとってくれたのだと気付いたルカルカの頬に薄っすらと朱が上る。
「――随分と大掛かりにしてくれたな。ルカルカ」
「あ。はい――その、せっかくの機会なので……ご迷惑、でしたか?」
 さして広くもなく、高価な物や機密書類の多くある部屋だ。それゆえの少人数配置だったのだとここにきて思い当たった。
 しおしおとゲージが下がり、通常のテンションが帰ってくる。
 俯いたルカルカの頭に再び鋭峰の手が触れた。
「団長?」
「埃だ――掃除が終わったら、鏡を見てくるといい。……来年は何かと来客も増えるだろう。
 部屋が明るくなるのは有難い。お前の気遣いにはいつも感心している」
「――はい! 来る年もお役に立てるよう、精一杯に軍務を頑張ります」
 思いがけない言葉にルカルカのゲージは再び天井を突き破った。
 

「「…………」」
 内と外から、そんな二人を眺める視線が二つ。カルキノスと淵だ。
「……ルカの奴、団長相手だと人が違うぜ。……鷹村相手でもああはならないぜ」
「ルカが団長に抱くのは忠義忠誠。色恋ではない。下種の勘繰りは許さぬぞ」
 見物だなと好奇心丸出しで呟けば、超がつくほど真面目で頭の固い弓将に睨まれた。

「…………」
「――天音」
 棚と棚の隙間に鼻っ面を突っ込むほど夢中になって掃除していたブルーズが顔を上げれば、パートナーはぼんやりと他所を眺めていた。
 視線の先には何事か会話を交わす鋭峰とルカルカがいる。
 話が立ち消えになったことが気に掛かっているのだろうか。
「天音。手が止まっているぞ」
「……あぁ、うん」
 軽く嗜めれば、すすとハタキが動く。おざなりだ。
「それでは、掃除をしたことにならんぞ」
 貸してみろとハタキを取り上げ、手本を示す。
 棚の端に先端を宛がい、真横に移動する。当然一番上の棚からだ。
 下へ下へと埃を落とし、最後にちりとりで受ける。
 これで面白いよう埃が取れるのだが、この部屋はあまりゴミがでない。
「――これはこれで、つまらないものだな」
 思わず呟けば、当然のように何故?と問われる。
「掃除のし甲斐がない。金団長は随分と几帳面な人らしいな。――少し見習うといい」
 脳裏で比べているのは乱れもなく整理整頓されたこの部屋とものが散乱している自宅だ。
 ちなみに散らかっているのは天音の部屋と共有のスペースで、ブルーズの部屋ではない。
「だって、別に困らないだろう? 物がなくなって君を困らせた覚えはないよ」
 確かに。――必要な資料や道具を探して慌てふためくパートナーはついぞ見た覚えがなかった。
「……でも、ハタキの使い方は覚えておいてもいいかな」
 掃除なぞしたことがない綺麗な指が、ブルーズの鼻先を掠める。
「――君の掃除もできるし、金団長と話をする切欠にはなるかもしれないしね」
 次の機会はいつかな――と天音は嫣然と微笑んだ。