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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第十五章 隠された秘密兵器(ただし味方にも秘密)

<月への港・最下層・秘密兵器開発室前>

 ここで、話は一度デヘペロ襲来の時点に遡る。

「この月への港にブラッディ・ディバインが攻めてきただとっ!?」

 月への港の最下層の空き部屋。
 それを勝手に占拠して作った「秘密兵器開発室」で、秘密結社オリュンポスの大幹部、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は愕然とした表情を浮かべていた。
「ま、まさか……我ら秘密結社オリュンポスが開発したアレの存在に気づかれたというのかっ!?」
 そう、「ゲルバッキーの秘密兵器」は存在しなくても、「オリュンポスの秘密兵器」なら、確かにこの月への港に存在したのである。
「バ、バカな……情報の隠蔽は完璧だったはずっ!」
 世の中、「完璧なものほど疑ってかかれ」などという言葉もあるのだが……まあ、少なくとも、今回はハデスの言葉は間違っていない。
 なんといっても、当のデヘペロたちは、「秘密結社オリュンポス」の存在自体知らなかったのだから。

 ともあれ、事前に知っていようといまいと、実際にデヘペロがここに来てしまえば、その秘密兵器も無事ではすまないのは自明である。
「奴らにアレを渡すわけにはいかん! アルテミス、カリバーン、この扉は絶対に死守するのだっ!」
 ハデスの号令で、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)が扉の前に布陣し……かくして、たった二人の最終決戦の準備が整ったのであった。





 そして、それから長いような短いような時間が経ち。

 ついに、デヘペロ弟の巨体が二人の前に姿を現していた。
 そう、デヘペロ次兄によって投げ飛ばされ、防衛ラインを突破したあのデヘペロ弟である。
「ペロロロロウゥー! 秘密兵器があるのはここかァ!」
 身長3mのカリバーンすら小さく見える巨体の悪魔を前に、二人は一歩も引くことなく立ち向かう。
「オリュンポスの騎士として、ここにあるものをあなたに渡すわけにはいきません……アルテミス、参ります!」
「貴様のような悪は、この聖剣勇者カリバーンが許さん! 覚悟してもらおう!」
「やンのかよォ、ぁあ? やンのかよオォーッ!!」
 施設全体を揺らすような地響きを立てて、デヘペロ弟の巨体が迫る。
 その突撃に――アルテミスは、なんと真っ向から立ち向かった。
「身体の大きさだけが強さではないことを教えてあげますっ!」
 横の壁を蹴り、三角飛びの要領で高く飛び上がると、身の丈よりも大きな剣を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろす。
 これだけの巨体、ましてその巨体がギリギリ通れる広さのこの通路であれば、避けることなどできるはずがない。
 デヘペロ弟もそれに気づいたか、避けるのを諦めて拳を固め――。

「きゃあっ!?」

 デヘペロ弟の解法は、単純にして乱暴。
 避けられないなら、弾き返せばいい、という理屈である。
 むろん、剣を生身で弾き返そうというのだから、自分も無傷というわけにはいかない。
 しかし、やや横から当たる形になったこともあって、さほどのダメージには至っていない。
 一方、握った剣ごと弾き飛ばされたアルテミスも、どうにか受け身をとって着地はしたものの、もし剣ではなく自分を弾き飛ばす軌道で腕が振るわれていたら、と思うと、さすがにもう一度試す気にはなれなかった。

「俺の一撃を喰らえっ!」
 そこへ、カリバーンがダッシュで間合いを詰めて、その拳を何度も何度も叩き込む。
 けれども、これはますます体躯と膂力の差がはっきり出てしまう戦い方であり……つまるところ、さしたる効果はなかった。
「ペロロロロロウゥーッ!!」
 その巨体に見合った太く逞しい足が、邪魔者を排除すべく動く。
 とっさに後ろに飛んで衝撃を殺そうとしたカリバーンだったが、デヘペロ弟の動きはそれよりさらに速かった。
「ぐっ……!」
「えっ!?」
 蹴り飛ばされたカリバーンが、何の偶然かものすごい勢いでアルテミスにぶち当たる。
 さすがはアルテミス、まさに不幸少女の面目躍如である。
「……ちっ」
 ことここに至って、自分たちの圧倒的不利を悟ったカリバーン。
 逆転のための秘策は……一つしかない。

「聖剣モード・チェンジ!」
 アルテミスの上から退きつつ、カリバーンが聖剣の姿に変形する。
「アルテミスよ、俺を使えっ! 必殺カリバーンストラッシュだ!」
「は、はいっ! カリバーンさん! 力を貸してください!」
 起き上がりながら、自らの手にしていた剣を脇に投げ、聖剣となったカリバーンを手にとるアルテミス。
 どのみちこのまま戦ってもジリ貧に追い込まれるだけならば、次の一撃に二人の持てる力の全てを注いで勝負を賭ける以外にあるまい。

「はああああああっ!!」
 気合一閃、アルテミスが走る。
 デヘペロのキックを跳んでかわし、その足を蹴ってさらに高く飛ぶ。

 小細工はいらない。ただ、全力で聖剣を振るい、全力にて切り裂くのみ――!!

『必殺! カリバアアァァン・ストラアアアァァァァッシュ!!』

 血煙が舞う中、渾身の一撃を放ち終えたアルテミスが静かに着地する。
 その前で、デヘペロ弟の巨体が、ゆっくりと後ろに傾ぎ。

 ……ちょっと後ろに傾いだだけで、止まった。
 だって、軽傷なんだもん。仕方ないね!

「いてェじゃねェかアァ!!」
 浅くとはいえ胸元を切り裂かれたデヘペロ弟の怒りのキックをまともに受けて、アルテミスの華奢な身体が宙を舞い。
「秘密兵器開発室」の扉の横の壁に叩きつけられて、そのまま意識を失う。

「あ、アルテミスっ!!」
 慌てて駆け寄るハデスだったが、彼がアルテミスの元にたどり着くより早く、彼の足は床を離れた。
「……え……」
 ぎぎぎぎぃっ、と音が鳴りそうなくらい、ぎこちない動きでハデスが視線を横に向けると……白衣の襟首を掴んで、凶暴な笑みを浮かべるデヘペロ弟と目が合ってしまったのだった。
「この中のものはデヘペロたちがもらってくぜ……文句ねェなァ?」
 ああ、この状況において、いかに悪の秘密結社の大幹部とはいえ、一介の研究者に何ができようか。
「くっ……仕方ない! 我らの開発した『恒星地雷』、貴様らにはもったいないシロモノだが……くれてやる!」
 オリュンポスの技術の粋を結集して開発した秘密兵器『恒星地雷』。
 だが……裏を返せば、それはオリュンポスの技術さえあれば作れるものなのだ。
(今回は、間に合わんだろうが……私と、皆がいさえすれば……秘密兵器は、またいくらでも作れる!)
 ドクター・ハデス、苦渋の決断であった。

 かくして、「恒星地雷」を奪ったデヘペロ弟は、意気揚々と通路を引き上げていった。
「秘密兵器、手に入れたぜエェー!!」と、仲間たちに聞こえるような大声で叫びながら。





<月への港・最下層>

「兄者ァ! 秘密兵器、手に入れたぜエェー!!」

 そのデヘペロ弟の声で、デヘペロ次兄は我に返った。
「……お? おお、でかしたァ! お前たち、引き上げだァ!!」
 さっきまでの怒りはどこへやら、ニヤリと笑い、傷ついたデヘペロ弟を助け起こして去って行くデヘペロ弟たち。

 その様子に、一同は顔を見合わせた。

「秘密兵器」とは一体なんなのか、というか、そもそもそんなものが本当にあったのか?

 まあ、いろいろと不可解なことはあるが、はっきりしていることは、ただ一つ。

 子犬たちは、無事に守られた、ということである。

「どうにか……なった、ようですね」
「全く……悪い冗談ですわ」
 安堵感から、辺りにへたり込んだり、あるいは倒れ込んだりする者もいる。

 そこへ、途中のデヘペロ弟たちの迎撃に当たっていた面々も続々と戻ってきて……かくして、月への港内部での戦いは終結したのであった。