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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第十七章 そして 1

<月への港・最下層・子犬たちの部屋>

 ともあれ。

 あんなメールで呼び出されてきたのだからまあ当然といえば当然だが、外や中で戦っていた者たちの中にも、子犬好きは少なくない。
 よって、戦勝祝いを兼ねた子犬たちとのふれあいタイム第二幕が始まったとしても、特に驚くには値しないだろう。

 今度こそ本格的に取材を再開している優希に、子犬をもふもふして幸せそうにしている灯や明子、そして同じく子犬たちと戯れているアインと、そのアインを何やら微妙な表情で見つめるツヴァイ。
「ふむ、動物の子供はどれも可愛いのう」
「かわいい〜ん! って、こら逃げるなー!」
 子犬たちに囲まれて穏やかな顔をしている麻羅とは裏腹に、やっぱりどこか危険な雰囲気のモモは子犬たちに避けられていたりする。





 月夜と白花も、そうして子犬たちと戯れていた。
 その様子を、刀真は少し離れて見守っている。
 彼とて子犬が嫌いなわけではないが、多少とはいえ返り血で汚れ、また今回に限らず戦いの中に身を置く者である自分が無垢な子犬たちの側に行くことに少なからぬ抵抗を感じていたのである。
 子犬たちが守られれば、そして大切な二人が幸せそうにしていてくれれば、彼にとってはそれでよかった。

 ……と、その様子に気づいてか、月夜が子犬を抱いたまま刀真の方に駆け寄ってきた。
「ほら刀真、可愛いよ? 撫でてあげて?」
「別に気を使わなくていいよ」
 そう答えながら、子犬ではなく月夜の頭を撫でる。
「って、私じゃなくて!」
 ふくれる月夜と、その腕に抱かれたままの子犬を見比べていると、いつの間にか隣に来ていた白花が、そっと刀真の腕を引いた。
「わかったよ」
 こうまでされては、拒み続けるわけにもいくまい。
 二人と一緒に子犬たちのところへいくと、好奇心旺盛な子犬たちが新しく来た刀真の方に集まってきた。

(たまには、こういうのもいいか)
 そっと子犬を抱き上げた刀真の耳に、白花の歌う「幸せの歌」が聞こえてきた。





「あ、あの、大鋸さん」
 幸せそうな顔で子犬たちと戯れている大鋸を見つけて、鈴鹿は少しもじもじしながら声をかけた。
「ああ、鈴鹿。さっきはありがとな」
 笑顔で礼を言う大鋸に、鈴鹿は抱いていた子犬を見せた。
「あの、先ほどゲルバッキーさんとお話しして、この子を譲っていただけることになりまして……」
「お、そうなのか! こいつはボーダー・コリーか、結構元気な犬種だし、ちゃんと運動させてやれよ?」
「あ、はい。それで、あの……よろしければ、大鋸さんに名前を付けて頂きたいのですが……」
 鈴鹿の言葉に、大鋸はきょとんとした顔で鈴鹿を見返す。
「ん? いいのか?」
「はい、よろしければ、ぜひ……」
 目を合わせるのも難しい鈴鹿だったが、大鋸はそんな様子にはあまり気づかず、やがて楽しそうに笑った。
「わかった、任せとけ。それじゃ、こいつの名前は――」





「では、この子犬は今回の報酬として貰っていきますわ」
 一匹の白黒の子犬を抱えて、セシルはゲルバッキーにそう告げた。
「ああ、わかった。大切にしてやってくれ」
 その言葉にはあえて応えず、ゲルバッキーに背を向けて歩き出し。
 しばらく離れたところで、セシルは辺りをきょろきょろと見回すと、誰もいないことを確認して、そっと子犬を膝の上に降ろした。
 無頼を気取る海賊娘のセシルにとって、例え相手が子犬であっても、あまり優しいところなど見せたくはない。
 ……が、実は彼女もこういったかわいいものには目がないのである。
 そっと背中を撫でてみると、ふわふわの柔らかく温かい感触が手のひらに伝わってくる。
 そして、つぶらな瞳で自分を見上げる子犬と目が合う。
 その可愛さに負けて子犬を抱きしめた……直後に、誰かが吹きだしたような声が聞こえ、セシルは弾かれたように辺りを見回した。
 そこにいたのは、もちろんパートナーのグラハムである。
 しかも、セシルが子犬を連れて行くところを見ていた葛たちも一緒に。
「な、言ったろ? このお姉ちゃんは本当は優しいから、ちゃんと子犬をかわいがる、って」
 そう言ってニヤリと笑うグラハムに、否定するわけにも肯定するわけにも行かず、ただただ真っ赤になって慌てるセシルであった。





 そして、ゲルバッキーといえば。
 実はポータラカの拉致技術を教えてもらおうとしていた鮪を筆頭に、いろいろゲルバッキーに話をしにきたものも多かったが、もともとの約束である「子犬を譲ってほしい」という話以外にゲルバッキーがまともな返答を返すことはほぼなかった。
 その数少ない貴重な例外が、交渉慣れしており、またはっきりと双方のメリットを提示できた天音であった。

「しかし、無事に撃退できたとはいえ、かなりの被害が出てしまったようだねぇ」
 天音の言葉に、ゲルバッキーは渋い顔をする。
「ああ。防衛設備はほぼ壊滅、施設内外にも少なからぬ被害が出た。どうにか港の機能は維持できたが、復旧にはかなりの時間と資金が必要になるだろうな」
 その答えに、天音は何度か頷いてこう続けた。
「どうだろう、この土地に『タシガンの薔薇・ポータラカ支店』の出店許可と……もしできれば、君にスポンサーになってもらえれば嬉しいのだけど」
「ふむ?」
「まあ……要するに『ドッグカフェ』というやつだね。そうすれば子犬たちも守りやすくなるし、人間観察のモデルケースにもいいんじゃないかな。もちろん相応の収入にもなると思うのだけど、どうだろう?」
 天音の提案に、ゲルバッキーはだいぶ興味を惹かれたようではあったが……結局、それでも即決してもらうには至らなかったのだった。