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アラン少年の千夜一夜物語

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アラン少年の千夜一夜物語

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 次の日の夜。
 エリスは約束通り、次の話し手を連れてきてくれた。
 本人は忙しいとの事で、すぐに帰ってしまった。
「……で、この時に使った魔法陣の法則は――」
「そちは余の家庭教師か?」
 椅子に座って、さっそく話し始めてくれたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)にアランはうんざりした顔をしていた。
「話を聞きたいというから面白い話を持ってきただなのだ」
「ちっがーう! 夢もロマンも面白さもへったくれもないではないかー! そちの話を聞いていると勉強をしている気になる!!」
「むぅ……わかりやすく解説した方が――」
「余は物語に使われている魔法の解釈を望んでいるわけではない! そちはもうちょっと物語というものを勉強するがよい!」
「う……そ、それなら他の者にバトンタッチするのだ……」
 リリはしょんぼりと肩を落として、ベッドの脇にちょこんと座ってしまった。
 次はララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が意気揚々とベッドのそばの椅子に座った。
「――この時、私が持っていた剣が1等星のごとく煌めき、ゴブリンどもを一刀両断に――」
「……つまらん。そちの話は……なんだか、そちの活躍以外はすべてカットされていて……自慢話を延々と聞かされている時の気分になる」
「そうか? ここからが面白いところなのに」
「いや、もうよい……なんだか聞いてて疲れてくる」
 ララはそう言われてもあまり気にしてはいないようだ。
 椅子から立ち上がると、ちょっとだけ離れたところに仁王立ちをする。
「次は……そなたにお願いする」
「わ、ワタシですか!?」
「うむ」
 アランの言葉に断りきれず、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が椅子に座った。
「えっと……それじゃあ、この間見かけた妖精たちの踊りの話を……」
 しばらくユリの話を聞いていたアランだったが、急に手をユリの口元に当てた。
「わ、わかった……すまぬ。余が悪かった……」
 話を中断出来たアランは手をすぐに引っ込めた。
「ぷはっ……えっと……?」
 ユリはどうしてこんな事になったのか分からず辺りを見渡すとリリが気まずそうな顔をし、ララはユリの頭をぽんぽんと叩いた。
「こんなにも話があちこちに飛んで要領を得ない話を聞いたのは初めてだ……」
「はうぅぅ……」
 アランの言葉に打ちひしがれたユリはふらふらと立ち上がると、リリの隣にちょこんと腰かけたのだった。
「みなさん一息つきましょうか」
 そう言うと、セバスチャンが花の香りのするミルクティーをリリたちに出す。
「アラン様はこちらを」
「うむ」
 アランはホットミルクを受け取ると、ふぅふぅしてから口を付けた。
「あの、良かったらこれもどうぞなのですよ」
 ユリはいつも持参しているポットに入れた日本茶をアランに差し出す。
「うむ。……ほう、これは日本とかいう国のお茶か。そちはお茶を淹れるのはうまいのだな!」
 アランが屈託のない笑いをユリに向けた。
 ほのぼのティータイムが終了したところで、最後にユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)が椅子に座った。
「うん、リリちゃんよく眠ってるね」
 ユノはアランの隣でリリとユリが眠ってしまったのを確認すると、にっこり笑って話し始めた。


『リリちゃんが臭かった話』



 この話はね、薔薇十字社っていう探偵事務所で起こったお話。
 ある日の事。
「臭っ! なにこれ」
 事務所に入った途端、あまりの臭さに叫んじゃったあたし。
 そんなあたしを見て、窓を開け放って外を眺める振りのララちゃんが苦笑いしていたの。
「最近、クト神科の後はこうなのです」
 リリちゃんからは見えないように指さすユリちゃん。
「これじゃ客が逃げるんだもん。何で言わないのよ」
 あたしが小声で抗議の声を上げる。
「こういうことは、その……言い難いのさ」
「ああ見えて傷付き易いのですよ」
 ララちゃんとユリちゃんは苦笑いしているだけで何もしようとしない。
「ダメだよ」
 それならと、あたしはそばにあったモップを掴んでリリちゃんをバスルームに追いやったの。
「な、何だ!? 何をするのだ」
 リリちゃんはバスルームで何か色々叫んでたけど、問答無用で綺麗にしてあげたの。

 そして、後日。
 イルミンスール世界樹地下。
 暗がりを進むリリちゃんと、その後ろを追うあたし、ララちゃん、ユリちゃん。
「リリめ、邪な魔術に手を染めたのではなかろうな……その時は、この身をもってでも止めなければ」
 そう言ってララちゃんってば、剣の柄に手を掛けたの。
「まさか、リリに限ってそんなことは……」
 ユリちゃんは心配そうにつぶやく。
「しっ、見つかっちゃうんだもん」
 そんなやりとりをしていると、不気味な地下通路を歩いていたリリちゃんがクトゥルフ神学科に入っていった。
 あたしたち3人は隣の空き部屋に侵入。
 天井裏からこっそりとクトゥルフ神学科の上へと移動して、隙間からクトゥルフ神学科の様子を覗き込んだの。
「むっ、この臭いはたまらん」
 隙間から漏れ出る臭いにたまらず、絹のスカーフで口元を覆うララちゃん。
 臭いでしぱしぱする目から涙が出そうになったけど、必死で押さえながら中を見つめた。
 中にいたのは悪臭を放つ魔女の大釜の周りで蠢く異形の影。
 ちょっと不気味な容姿のクトゥルフ神学科の生徒達だったの。
「……サバト?」
 ララちゃんは思わず呟く。
「あ、居た。リリちゃんだ」
 あたしは異形の影に混じっている見慣れた人影を指さした。
 ビスクドールのように整った面差しに揺らめく明かりが影を落としている。
「笑ってる……、楽しそうだ。あんな笑顔、私は見たことがないよ」
 ララちゃんはちょっと悔しそうに呟いたんだもん。
「よーし、こちらの樽は出荷可能なのだ。次の仕込みに掛かるのだよ。はっはっは、もうすぐだ。もうすぐ、次の召喚実験費用が貯まるのだよ」
 そんなあたしたちの様子に全く気付いていないリリちゃん。
 リリちゃんは丁寧にシールを貼ったの。
「……インスマス漬け?」
 あたしはその貼られたシールの文字を読み上げる。
「くさやの百倍臭いと評判の隠れた名産品……、こんな所で作っていたのですね」
「信じられない。ただでさえ臭い魚醤を煮立てるなんて、悪魔の所業だよ」
 ユリちゃんもララちゃんも茫然。
「……帰ろっか?」
 あたしの言葉を合図に顔を見合わせた3人はごそごそと天井裏を這い戻り、帰路に着いたの。


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「でね、結局問題は解決しなかったんだよね。だから、クト神科の日はあたしが事務所の前で待ち構えてね、モップでリリちゃんをバスルームに追い込むことになったんだもん。リリちゃんが来るとね、人ごみが二つに割れるんだよ。モーゼが海を割ったみたいで面白いよね」
「そんなことが……! 人ごみが割れるほどの臭いとは……余はまだ嗅いだことがないぞ! その話は本当なのか!?」
 ユノの話に食いつくアラン。
「気になる?」
「うむ!」
「この話が本当かどうかはいつでも確認しにくると良いんだもん」
「良いのか!?」
「もちろん♪」
 この日はベッドで眠ってしまったリリとユリを起こすのは可愛そうだと、アランが指示を出しセバスチャンが隣に部屋を借りて、リリ達はそっちで眠ったのだった。