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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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●決戦2

 はあはあと荒い息をついて、ミルファは切り落とされた腕との切断面を合わせた。
 ぐちゃっと血と肉がぶつかる音を耳にし、えずく。それでもしっかりとつなげた切断面を固定し、【キュアオール】でつなげた。
 固定していた剣紐を一度解き、右手が確かに繋がっているかを確認する。
 一度剣を愛おしそうに眺め、次にその表情が曇る。
 欠けた二箇所を慈しむように撫で、
「ごめん……でももう少しだけ……一緒に戦って、姉さん」
 呟いた。
 そうして立ち上がると、がさりと茂みが揺れた。
「誰だ!」
 振り返り声を荒げる。
「よお、邪魔しに来たぜ……」
 現れたのは、痛む体を抑えふらつきながらも、眼光だけは鋭くぎらぎらと輝いている風森巽(かぜもり・たつみ)だった。
「……半死半生な君が何の用だ」
「いや……なあに、思い出しただけだよ……」
 巽は肉体的に、ミルファは精神的に。お互いに、限界は近いことは容易に伺える。それでも、立ち上がり、今対峙していた。
「いいか、そのよく聞け……これは、相方の言葉だがなあ――」
 呼吸を整え、胸を張り、今にも倒れたくなる思いに喝をいれ、巽は声高らかに、
ヒーローは絶対最後まで諦めるなってなぁっ!
 言った。そうして、徒手空拳の生身の体で持って戦うということを拳を構えて見せ付ける。
「さあ、来いよ。てめえのその剣、ナマクラじゃあねえってこと見せてみろよ、この身になあ!」
 あれだけ戦いの音が響いていたのに、ミルファの持つ剣には血の跡が殆ど無い。その剣が吸った血が殆ど無いということに、巽はうっすらだが気づいていた。
 だからこそ、挑発をして本気の勝負を仕掛けさせる。
「よく言うよ……そこまでいうなら……」
 初動を感じさせない動きで持って、ミルファは巽に迫る。木の幹を蹴って不可解な動きで突進してくるミルファの袈裟斬りを、巽は辛うじて上体を逸らすことで避ける。着地とともに、隙を防ぐための横薙ぎの一撃を[レガース]で受け止め、一歩踏み出す。
 くるりと反転して無言で地を蹴り突き出したミルファの一撃を、
「これを待って――」
 にやりと笑みを浮かべて、ずぶり。腹に受けた。
「なにっ……」
「か、ふっ」
 痛みに呼気が乱れる。せりあがる血の味を唾を飲み込むことで、感じなかったことにする。
 呼吸に合わせて、傷口から血が溢れ出る。気を緩めれば途端に持っていかれそうになる意識を、気合と精神集中で持って繋ぎとめる。
 ベルトの光粒子を目くらましの変わりに発光させる。
 震える腕の一方を手刀でもって、ミルファの手から弾き落とし引き抜くと、ミルファの腹を蹴り飛ばして、距離を開けた。
 そうしてもう一方の手から【アルティマ・トゥーレ】の冷気を発生させ傷口を凍らせた。
「はは、これで剣の持ち主は我ってことだなあ!」
 掲げ、宣言する。そうして、流れてくるのは怨念やその他の記憶。道半ばで散った怨嗟、その剣で喰らわれたモノたちの嘆き、そうして、怨念の生きてきた軌跡まで瞬時に見えた。楽しかったこと、辛かったこと、悔しかったこと――その全てを一瞬で垣間見た。
 そして、なぜその剣が血を殆ど吸っていない理由も、理解した。
 密着することで、自身の記憶が相手へと伝わるから。そして刃はただ単純に力を誇示するための象徴で、常に怨念の親愛なる姉が振るっていたものだったから、大事にしていたかったのだろうと。
「は、はは……」
 自然と笑いがこぼれてしまった。
 そして、
「何だよ……お前」
 ふざけるなよと、巽は声を出す。
「お前の姉が、命がけで守った命を……守られたお前が、どうして、こんなことで無為にするんだよ!!」
 怒りに任せた声だった。
 自身の境遇と被さる部分があるのか、それは怒りに満ち満ちた声で、辺り一帯を震わせる。
「煩いよ……」
 静かに、手に炎を灯しミルファが一歩一歩静かに、距離を詰める。
 陽炎のように揺らめく炎が、巽が認識するよりも早く、凍らせた傷口に向かって乗せられる。
「それくらいで我を屈服させられると思ってるのか?」
「だから、煩いって」
 燃える炎の温度が上がる。肉体を焼ききりそうなまでに燃え上がる炎に、巽は苦悶の表情を作る。
「奪うのは簡単だ。でも君がその剣を手離せば殺さずに気絶させるだけでとどめるよ」
「誰が、離すか」
 口元を吊り上げ、巽は言った。
「悪いけど、あたしがきたからには、その手を止めてもらうよ!」
 闖入者が来た。
 暗がりから飛び出てくる、結城奈津(ゆうき・なつ)に、ミルファはちっと舌打ちをした。
「悪いね……我一人ではどうしようもなくてなあ……」
 奈津と巽、戦場へ向かう直前に合流した二人が、口裏を合わせた行動だった。
「邪魔ばかりして!」
 ミルファは巽から剣を奪うと、奈津へと向き直る。
「大丈夫か少年」
 ミスターバロン(みすたー・ばろん)が倒れこむ巽を支え、その場から離れる。
「すまない……、我はここまでだ」
 やりきった表情を浮かべて、巽は気を失った。
 言いたいことを言うことが出来た満足感からか、それとも剣に宿る怨念にちゃんと人の心が残っていたことを知れたからか、巽の表情は穏やかだった。
「あたしとも、もう一戦やってもらおうかね!」
 奈津は言って、[ロケットシューズ]の推進力を使い跳躍。木々を悠々越える高さまで飛び上がると、重力に任せ、炎を纏った蹴りを見舞う。
 攻撃のみに重きを置いた一撃。防御のことは考えていない。
 荒々しい攻撃を、ミルファは易々と避けると、隙だらけな奈津に向かって剣を一閃。
「これを、待ってたんだよ」
 背後から強襲してくる剣を、致命傷にならない程度に体に受ける。
「ホント技巧派って奴は不便だよな。急所や隙、そんなの見せちまったら、そこを攻撃しちまうんだからさ!」
 そして、【鬼神力】と【超人的肉体】の二つを用いて剣をしっかりと捕まえる。
「知ってるんだよ、アンタの力がもうあたしたちとそう変わらないって事はね……」
 ギリギリと剣を締め上げる。ミルファが困惑したように剣を引き抜こうとするが、奈津の怪力で押さえ込まれているせいでびくともしなかった。
「姉ちゃんが死んだから狂いました……? ハッ、ふざけんな!
 大好きな念ちゃんの生き様に泥塗って……、亡骸まで弄り回して、挙句には現世に縛り付けて……。
 アンタのやってることはただの冒涜じゃねえか! そんなの誰も望んでねえ!
 だから、あたしは……いやあたしたちはアンタを否定する! そして、その体の持ち主は返してもらうよ!!」
 声を荒げ、涙を零し、奈津は言う。調査隊の話を聞いたこの怨念の末路に悲しみを思い、そして愚行に腹を立てていた。
「……それだけ?」
 小さく。呟いた声に、奈津は困惑した。
「……いや、いい。もう分かってるよ」
 でも、とミルファは弱々しく続ける。
「結界が壊れた時点で、ボクの負けは理解している。それでもボクは男だから、一度決めたことは――起こした事件は、ごめんなさいと謝って済ませたくないから。
 ――この剣が砕けるまで戦い続けるだけなんだよ」
「そうか、それが貴様の今の思いか」
 静かに戦いの一部始終を見ていた、樹月刀真(きづき・とうま)が口を開いた。
「全員が失敗したら、俺がお前を殺そうと思っていたが……。そういう理由なら俺が引導を渡してやろう」
 両の手には白と黒、モノクロの双剣を持ち刀真が一歩前出る。
「……純然とボクを殺そうと思っていた君が最後の相手なら、申し分ないよ。剣を離してくれないかな」
 ミルファは奈津に言った。
 なんとなくだが、理由を悟った奈津は剣から手を離すとその場から離れ邪魔にならないところまで離れる。
「月夜、手を貸してくれるか?」
 刀真が漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)を呼び、月夜はそれに頷いて答えた。
「――樹月刀真、参る」
「さあ、終わりにしよう」
 お互いがお互いめがけて駆けた。
 丁度中央、三本の剣がぶつかり火花を上げる。
 お互い武器を弾かれ、ミルファが先に上段から振りかぶって一閃。それを刀真は[白の剣]で受け流すと、反転色の黒の剣で突きを放つ。
 その突きをミルファは半身になって避け、その勢いのまま後ろ回し蹴りを放った。唸りを上げて迫るミルファの蹴りを今までの戦闘経験から屈むことで刀真は回避する。
 そこに、狙い済ましたように、月夜の銃撃が挟まる。
 ミルファはそれを左右に跳ねながら後ろに下がると、左手を横に薙ぐ。
 炎が生まれ、真っ直ぐに刀真へ向かった。しかし、刀真は物怖じすることなく、その炎へ飛び込むと――
「はあっ!」
 気合一閃。振るった刃は、ミルファの持つ剣を捉えた。
 鉄同士のぶつかる音が響き、異音が鳴る。別々に付けられた二箇所の刃こぼれが繋がるようにヒビが入っていた。
 完全にミルファの動きを見切っている。そして、終わりも近い。
 悟ったミルファは、場違いなまでに楽しそうな笑みを浮かべた。
「生きていれば、君よりも強くなれたかもしれないのになあ」
 荒い息を吐きながらミルファは言った。実のところ既にミルファに打つ手はなくなっている。
 それでも、と剣を振るった。刃が欠けヒビは更に深まる。
 いつしか、月夜の銃撃による援護は途絶えていた。
 冷徹なまでに淡々とミルファの攻撃を捌く刀真と、野良犬のように激情の色を滲ませて食って掛かるミルファ。
 真剣勝負がそこにあった。
 そして、その勝負はすぐに決着がつくことになった。

 ――パキン

 そんな音が響いて、ミルファの攻撃が空を切った。ついに剣が折れてしまった。
 がくりと膝を突いて、ミルファは刀真を見上げる。折れた剣を杖にしてでも立ち上がろうとしていたが、もう余力はなくなっているようだった。
「これで、終わりだ」
 刀真が黒の剣を突きつける。
 言葉の通りこれで全てにカタが突きそうだったところへ、一条の光が飛び込んだ――
 光弾はあらぬところから飛び込んできていた。
「その子を殺させるわけには行かない」
 佐野和輝(さの・かずき)だった。
 怪我をした体ながら遅いペースでこの場所まで向かっていたのか、到着は今まさにこのとき、全ての戦闘が終わった頃だった。
 そして、目の前で対峙しているのは、目の前に障碍がいればそいつごと排除することで名高い、樹月刀真(きづき・とうま)
 ミルファを殺させるわけには行かない。そんな焦りにも似た思いで、矢も盾もたまらず銃を撃っていた。
「待って!」
 秦野萌黄(はだの・もえぎ)が和輝の前に立つ。
「これは、ミルファさんが挑んだ真剣勝負なんだ! それでもう勝負はついたんだ!」
「どういうこと?」
 スノー・クライム(すのー・くらいむ)が聞く。
 それに萌黄が事細かに説明をした。
 既に剣の怨念は負けを認めていること。それでも謝って済むことでもないのが分かっているため、自身の敗北を持って幕引きとすること。
 そして、その敗北は剣が折れたことで完璧に決まったということ。
 手短にそれでいて分かりやすく、萌黄は伝えた。
「そうか……それは邪魔をした……」
 和輝ががっくりと項垂れた。
 剣を収め、刀真はその場から離れようとしていた。