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リアクション
「だいたい、なんで、こんな季節外れの時期に怪談をせねばならぬ。物好きすぎるとは思わぬか?」
「そんな、今までずっと参加してきて、その言い草はねえぜ。だいたい、今回は第四回で八十五番目の話から始まるんだろう。もう、常連さんじゃねえか」
雪国ベアが、鼻で笑う。
「そう、そこだ。そんなに怪談を聞いた記憶など、どこにもないのだが……。ああ、考えると頭が痛くなってきおる。これ自体、怪談なのではあるまいな……」
「またまたあ。怖いから、忘れちまったんだろう。隠さなくったっていいぜ」
雪国ベアが、悠久ノカナタの背中をドンと叩いた。
ゲホゲホと悠久ノカナタが思わず咳き込む。
「大丈夫ですか?」
その背中を、いつの間にか背後にいた巫女さんがさすった。
「い、いや。大丈夫。そうだな、あまり深く考えてもだめであろうな。今日は不思議を楽しむ会なのだから……」
「その通りだぜ。きっと、怖がりすぎて、ちょっと頭が変になってたんだよ。なあ」
『ウン、ソダヨー』
「ひぃ!」
突然肩越しに背後から変な声が聞こえて、悠久ノカナタが両手を構えて変なポーズで飛びあがった。
さっと横に飛んでから振り返ると、雪国ベアが、自分に似せたゆるゆるパペットを手に填めて、パタパタと一人芝居をしていた。
「カナタさんは怖がりすぎて頭がどうにかなったんだクマー」
『ソンナ馬鹿ナ、くまー』
そんなやりとりを交わすと、雪国ベアがパペットと声を合わせて笑った。
「まったく、悪戯が過ぎるぞ」
重なる二つの笑い声から耳を塞ぐと、悠久ノカナタがきつく雪国ベアを睨みつけた。
「ひっ!」
その足許を、何かふわふわした物がかすめて通りすぎる。
ソア・ウェンボリスの持ってきたぬいぐるみ妖精だ。
まったく、なんでソア・ウェンボリスは、こんな悪趣味な物を連れ歩いているのだろうと、悠久ノカナタは少し後退った。
『ねえ、君たち。僕と契約して、魔法少女のマスコット妖精になってよ』
「なう?」
勧誘を受けて、曖浜瑠樹の猫たちが小首をかしげていた。
「あーあ。まだ始まらないのですか。お腹が空いてきたです」
「そ、そうですね」
すでに飽きてきたかのように言うノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)に、緊張で身体をかちんこちんにした神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)が答えた。
「はい、そう思って、アイスを持ってきてあるですぅ」
「さすがは、明日香さんです。気配りが……って、明日香さん!?」
のほほんと神代 明日香(かみしろ・あすか)からアイスを受け取ったノルニル『運命の書』が、突然驚いて周囲を見回した。だが、すでに神代明日香の姿はない。
「ううーん」
悲鳴をあげて、神代夕菜が後ろにひっくり返った。
今日の百物語会は、怖がりなのに怖い物見たさの神代夕菜が希望したものだ。だが、一人では怖いので、無理矢理頼み込んでノルニル『運命の書』についてきてもらっている。
二人で、いつかのトラウマを乗り越えましょうというのがスローガンであった。
そう、二人なのだ。
神代明日香は、今は遠く離れたイルミンスール魔法学校の校長室にいるはずである。メイドの仕事が忙しいと言って、アイスをあげるからとノルニル『運命の書』をおだてて送り出したはずである。
「まあったく、明日香さんも、来たいなら来たいと素直に……」
「いないじゃありませんか!」
神代夕菜が、のほほんと正座しているノルニル『運命の書』の膝に顔を埋めて叫んだ。
「ま、まさか、明日香さんの生き霊……。そんなにここに来たかったのですか……」
「ひー!」
「でも、アイスに罪はないです」
そう言うと、ノルニル『運命の書』は、貰ったアイスの蓋をかぱっと開けてそれを食べだした。
「なんだと、生き霊だと!? はたして映っているか? 月夜、ちょっと見てくれ」
ビデオカメラの設置が終わった樹月刀真が、肩車して持ちあげている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に聞いた。
「んーっと、刀真、あまり動かない……で」
上に乗った漆髪月夜が、ぎゅっと太腿で樹月刀真の頭を挟み込んで身体を固定する。
「うっ」
思わずよろけそうになった樹月刀真の身体を、玉藻 前(たまもの・まえ)が支えた。
「しっかりするのだ」
さわさわさわ……。
「ちょっと、玉ちゃん、どこ触っている……」
樹月刀真の肩の上で、漆髪月夜がひゃんと小さく跳びあがった。
「こら、玉藻、月夜に何してんの?」
「支えているだけであろうが」
「ちょ、どこ触って。いいから、支えなくていいから。月夜、早く確認しろ!」
玉藻前に玩具にされて、樹月刀真が叫んだ。
「ええっと……。うーん、何も映ってないみたい……。広間の隅の方がちょっとぼやけているけれど……」
カメラのミニ液晶モニタを確認して、漆髪月夜が言った。
「まあ、安物だったからなあ。まだチャンスはあるさ。とりあえず、下に下ろすぞ」
あたふたと、樹月刀真が漆髪月夜を床に下ろした。
その映像がぼやけていたという隅っこでは、奈落人の木曾 義仲(きそ・よしなか)が、膝をかかえてガタブルしていた。
確か、ナラカでのんびりと散歩をしていたはずなのだが、気がついたらこの広間を歩いていた。
「こ、怖い……。この雰囲気怖い……」
悠久ノカナタ以上に、木曾義仲はホラーが苦手である。自分自身が、他人から見たらホラーな存在だけに、なんとも矛盾した話ではあるが。
誰かに憑依することなく地上に出てこられた理由はどうであれ、現在の木曾義仲はまさに幽霊といった存在で、フラワシのように他人の目には映らない。だが、その分、同類の気配は察知してしまうものだ。この広間には、自分以外の存在を感じる。
「いやだあ。きっと、頭に矢が刺さってるとか、目が三つあるとか、そんなのに決まっているんだあ!」
自分をさておいて、なんとも酷い想像だが、そのせいで木曾義仲は振り返ろうとはしなかった。
その背中に、何かひんやりとした物が触れた気がした。
「おまえは……」
いつの間にここまでついてきたのか、従者のミイラ男に気づいて、木曾義仲がつぶやいた。
愛い奴だが、どこから見ても包帯でグルグル巻きにされたミイラ男が広間の隅で膝をかかえて座っているのに、なんで少しも騒がれないのであろうか。
いや、バケツを頭から被っている男が徘徊しているくらいだ、これも誰かのコスプレだと思われているのだろう。
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