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第捌拾漆話 炬燵の木乃伊

 
 
「ふふっ。次は私ですね」
 蝋燭の明かりをゆらめかせながら、九十九 昴(つくも・すばる)が進み出た。
「では、あなたの身近でも起こりうるかもしれないお話を。
 
 彼女は、休日に一人でアパートの自室にいました。ちょうど冬のことでしたので、居間には炬燵があります。
 それはちょっと珍しい掘り炬燵で、このアパートに引っ越してきたときから、居間にあったのでした。
 彼女は一人でそのアパートに住んでいました。
 その日は、もう春も近いというのに、なぜか空気が重く、寒かったのです……。
 
 不思議に思いながらも、彼女は暖を求めて炬燵にむかいました。
 ところが、突然転倒してしまったのです。
 つまずくような物はありません。あわてて自分の足を見ると、赤く指の跡のように痣ができていました。
 何かにつかまれたのでしょうか。でも、そんなものなどいるはずがありません。
 
 不思議に思いながらも、痛む足をちょっと引きずって炬燵に入ります。
 TVを見ながらしばらく過ごしていたときです。
 突然、画面が消えました。リモコンにも反応しません。
 故障かと思い、炬燵からでようとしました。
 
 ところが、足が動きません。
 まるで、何かに挟まってしまったかのように、力を込めてもびくともしないのです。
 どうしたのだろうと炬燵の中を覗くと……。
 
 そこには、ひからびた手が彼女の足をしっかりと両手でつかんでいました。
 光の消えた炬燵の奥に、赤い輝きが二つ見えます。
 それは、目でした。炬燵の中にいたミイラの……。
 ひからびたミイラは、その手に力を込めました。
 つかまれていた足に激痛が走ります。
 そのまま、彼女は気を失ってしまいました。
 
 どれほど時間が経ったのでしょう。
 意識を取り戻した彼女は、炬燵の中を見ました。
 けれども、ミイラなどどこにもいません。
 ほっとして立ちあがろうとしますが、できませんでした。
 足が折れていたのです。
 声を出して助けを求めようとしますが、それもできません。
 すぐに激痛が戻ってきました。
 そして、そのまま、また気を失ってしまったのです。
 
 堀炬燵の中で、水分を失ってミイラ化した彼女が発見されたのは、数週間後のことでした。
 その両手は、何かをつかんでいたかのようにのばされていたそうです」
 そう言って、九十九昴が蝋燭を吹き消した。
「ふええ、怖いのです」
 九十九昴の怪談をまともに受けとめたツァルト・ブルーメ(つぁると・ぶるーめ)がガタブルと膝をかかえる。
「でもでも、そのミイラさんって、最初から炬燵の中にいて彼女の足を折っちゃったんですか? それとも、彼女が転んで足を折ったので、炬燵でミイラさんになっちゃったんですか? あっ、でもでも、そうすると、ミイラさんが、ミイラさんの足をつかんで……。あれっ? あれっ?」
 ちょっと分からなくなってきて、ツァルト・ブルーメが頭をかかえる。その姿を見て、九十九昴が満足そうにほくそ笑んだ。
「昴ってば楽しそうですね。相変わらず、ちょっとSの気があるというところでしょうか」
「あら、そんなことはないですよ」
 九十九 天地(つくも・あまつち)に突っ込まれて、九十九昴がふふっと笑った。
「それにしても、この場所は何か感じますね。ちょっと、御神託をいただいてみましょうか」
 九十九天地が、静かに瞑想に入る。
 ――暗い道を、たくさんの人影が一列になって歩いてきていた。人のようだが、形が定かではない。
 ――人影が、九十九天地に気づいた。
 ――振り返ると共に、殺到してくる。
 ――九十九天地を捕まえた者たちが、その巫女服を脱がそうとする。
「びえぇぇぇぇ!!」
 そのとき、ツァルト・ブルーメの悲鳴が、九十九天地の瞑想を破った。全身にどっと汗の噴き出した九十九天地が我に返る。
「何かに、足をつかまれましたあ!」
 ツァルト・ブルーメが泣きながら叫んだ。
「破!」
 九十九天地が、ツァルト・ブルーメの額に浄化の札を貼った。何かの気配が遠ざかっていく。
「そこか!」
 九十九天地が、神威の矢を放った。
 矢が、ツァルト・ブルーメの足を触ったフラワシめがけて飛んでいく。
「避けろ!」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)が小さな声で、自分のフラワシに命令した。
 日本刀を腰に差し、裾が千切れたようなコートを羽織った細身長身のフラワシが、あわてて後ろへとのけぞった。顔を被っていた仮面の額の部分を、神威の矢がかすめて飛び去っていった。
「怖いよー。炬燵怖いよー」
 隅っこでガタブルしていた木曾義仲の許へ流れ矢が飛んでいく。
「!」
 あわや、木曾義仲に矢が命中するかと思われたとき、ミイラ男が飛び出した。身を挺して、木曾義仲を守る。
 ぶっすりと、ミイラ男に矢が突き刺さり、ぱったりと倒れる。
「あっ、ほんとにミイラが! きゃー、怖い……」
 ダークビジョンでミイラ男の姿をしっかりと目撃してしまった綺雲 菜織(あやくも・なおり)が、隣に座っている緋山政敏にわざとらしくだきついた。反動で、膝の上に乗っていた彩音・サテライト(あやね・さてらいと)がコロンと落ちる。
「落っことした……」
 いったん畳にのの字を書いた後、彩音・サテライトがトコトコとミイラ男の様子を見にいく。持っていた木刀でツンツンとつついてみるが、頭に矢を突き刺したミイラ男は、倒れたまま大丈夫と手を振るだけであった。
「きゃー、きゃー、き……」
 調子よく悲鳴をあげながら緋山政敏にだきついていた綺雲菜織だったが、その顔に、ポタポタと生暖かい物が落ちてきた。
 なんだろうと手で顔を拭うと、その手が真っ赤になる。
 血だ。
「ぎゃあ!!」
 本気の悲鳴をあげて、綺雲菜織が緋山政敏の膝の上に倒れ込んだ。
「痛え……」
 フラワシのダメージがもろに返ってきた緋山政敏は、上をむいて血が止まるのをじっと待っていた。
「ここで、武器や魔法を使うのはおやめください。神聖な場です。たとえ同じ巫女であっても、たとえ霊相手であっても、殺生は許されません」
 さすがに、九十九天地が神社の巫女さんに注意される。
 霊相手に殺生というのも変な話だが、九十九天地は渋々承諾して弓矢をしまった。
 まだ、何か異様な気配を感じはするのだが、確証がない。
「メッ、ですよ」
 巫女さんが、九十九天地に念を押す。
「ああ、そう……ですね……」
 九十九天地は、なぜか、百物語会を邪魔してはいけないと強く思った。