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 第十章 『二段奇襲』、第一陣


 鏖殺寺院支部のレヴェックが指揮する相手側にとっての本隊。
 その背後から、その部隊に奇襲を仕掛けようとする者達の姿があった。
 彼らの目的は指揮官であるレヴェックを叩き、指揮系統を潰すこと。

「……そろそろ頃合かねぇ」

 いくぶんか手薄になった敵本陣を見て、八神 誠一(やがみ・せいいち)はそう呟いた。
 今回のこの奇襲を提案した本人である誠一は、クレアが率いるこちら側の本隊とレヴェックの部隊の交戦状況を見ながらほくそ笑む。

「全く、せ〜ちゃんはホントに性格が悪いのだよ」

 そんな誠一を見ながらそう呟いたのは、オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)だ。

「何がだい? リア」
「とぼけるきかい? まぁ、いいや。
 奇襲の第一陣が実は敵の目をひきつけ、その上、敵に策を見切らせたと油断させる為の囮になってるってとこだよ」

 オフィーリアの言葉通り、誠一が提案した奇襲作戦は何も一度きりの攻勢ではない。
 誠一は奇襲部隊を二つに分け、先に行動し引っ掻き回す部隊を便座上一陣と呼び、敵本陣を急襲する部隊を二陣としたのだった。
 二回に分かれた奇襲作戦、その今回の作戦を誠一は二段奇襲と名づけた。
 オフィーリアの賛辞を受け取り、誠一はくつくつと笑う。

「人聞きの悪いことは言わないで欲しいなぁ。策を成功させるために確実性を増した方法にしただけじゃないか」
「……はぁ、まあいいけどさ。その一番危険な囮に自分から志願すると言うのはどういう了見だい?」
「いやいや、立てた作戦上一陣が要ですからねぇ。ここが上手く行かないと二陣は絶対に失敗するしなぁ。
 だから、せいぜい派手に暴れるたて敵の目をひきつけるために志願したにすぎないよ」
「……つき合わされる俺様の身にもなって欲しいのだよ、まったく」

 そんな軽口を交わしながら、誠一とオフィーリアは準備を始める。
 そして、同じように動き出すための準備をしているのはその二段奇襲作戦の一陣の面々だ。

「ハイラル、迷彩塗装を頼む」
「はいはい、分かったよ」

 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)に、頼まれたとおり迷彩塗装を施す。
 ハイラルはレリウスに迷彩塗装を施すことは最後で、他の一陣と二陣のメンバーの分はすでに終わっていた。
 これには、確固とした理由がある。それはレリウスが無茶をしないよう出撃前に釘を差して置きたいからだった。

「レリウス、任務前のお約束覚えてるだろうな?」
「……なんだ、それは?」

 ああ、やっぱり、といった風にハイラルは顔に手を当てうな垂れた。

「『無茶しない怪我しない、任務は結果もだけど経過も大事』だろうが、いい加減覚えろ! んで、二度と忘れんな!」
「……ふむ、考慮しておこう」
「考慮じゃなくてだなぁ、ああ〜……面倒をこうむるのはオレなんだぞ」

 ハイラルは迷彩塗装を施す手を止めず、レリウスの反応に対して盛大なため息を洩らした。
 そうやってがっくりと肩を落とすハイラルから少し離れた場所、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は眼下に広がる戦場を眺めながら好戦的な笑みを浮かべていた。

「ヒュ〜。敵さん、結構な数じゃねえか。こりゃ暴れがいがありそうだ」

 口笛を吹くアキュートに、パートナーのクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)は忠告した。

「そうですね。ですが、戦場に出るのも久しぶりです。気を引き締めていきましょう」
「分かってるぜ。それよりどうだ? 敵を倒した数で勝負しねえか?」
「ええ、いいですよ。数えるのは、刈った首の数でいいですか?」

 クリビアのその言葉に、アキュート呆気を取られたような顔をした。

「……俺は敵より、おめえの方が怖い時があるぜ……」
「あら? 冗談ですよ? フフ……」

 そう言って微笑むクリビアの気持ちは何やら不思議なものだった。
 その原因は戦場を包む匂いのせい。言葉では言い表せない懐かしいような感覚を味わいながら、クリビアは思う。

(錆びた剣や鎧の匂い。一晩、兵を暖めた、焚火のくすぶる匂い。血の混じった泥、死体に押しつぶされた草の匂い。
 心地よい匂いなど、一つも有りはしないのに。不思議ですね、帰って来た……そんな気持ちにさせる匂いです)

 クリビアのリヒト・ズィッヘルを握る手に籠もる力が強くなる。
 それと、ほぼ同時に誠一が一陣のメンバーに号令をかけた。

「さて、そろそろいきましょうか。みなさん」

 その言葉を聞いた一陣の面々は列を作り眼下の戦場を見つめる。
 各々の武器を手に持ち、表情を引き締め、対峙するのは血の滾る戦場。

「第一陣、突撃――!」
 
 誠一の掛け声と共に第一陣の面々は駆け出した。