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機械仕掛けの歌姫

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 第十六章 四奏、お姫様を迎えに行くのは――


 目を覚ましたフランの目に飛び込んできたのは、くすんだ灰色の外壁と計器盤に整然と並んだランプの放つ赤と緑の明滅だった。

(あれ? 私は……確か戦場に下りて、それで……)

「そうだ、大介は!?」

 フランの声に気づいたダリルがカルテを書く手を止め、顔を向ける。

「目が覚めたか。どうだ、声の調子は?」
「声、ですか? ……あ」

 そこでやっと気づいたのか、フランははっとした顔になり、自分の喉に手をあてた。

「……声、戻してくれたんですね。ありがとうございます」
「礼を言うなら、声帯を奪取した者達に言うといい。
 どれ、発声テストだ。少しだけ詩を口ずさんでみてくれ」

 ダリルにそう言われ、フランは軽く詩を歌う。
 透き通るようなよく響くソプラノが飛空挺に反響した。
 ダリルはしばしその歌声に耳を傾け――。

「……ふむ、大丈夫そうだな。
 だが、接合部分が完全になるまで、無理な大声は出すなよ」

 満足そうにそう言うと、ダリルはもう一度カルテを書く作業に戻った。
 代わりに、ダリル以外出払っていた飛空挺の中にフランの詩を聞きつけ、声帯を取り付ける手術を行った者達が入ってくる。

「声が戻ったんだねー、良かった!」
「フランさんの声戻って良かったの。頑張った甲斐あったの」

 満面の笑みでそう言ったのは未沙と未羅だ。
 戦場に立っているときからフランに付きっきりで、メンテナンスや調整を行ってくれた。

「ありがとうございます、皆さん。
 ところでお聞きしたいことがあるんですけど、あの、大介は……」
「……今もまだ、あそこで戦っているよ。フランのためにね」

 フランの問いかけに答えてくれたのは蒼也。
 フランをここまで運んでくれたのは彼で、手術にも力を貸してくれた。

「私のため……?」
「うん、さっきフランは気絶しただろう。それで大介が逆上してね、刀真と死闘を行っているよ。
 その……あれは、刀真の演技でね。刀真はフランを殺した風に装って、大介の記憶を呼び覚まそうとしたんだと思う。
 かなりの荒療治だったけど、必要なことだったんだ。だから、刀真のことは許してやってくれないか?」

 頭を下げる蒼也に、フランは驚いて目を見開けた。

「いえ、許すなんてそんな……。頭を上げてください。
 大介のためにやってくれたのなら、お礼を言いたいくらいですから。
 ……でも、そうですか。大介は私のために怒ってくれたんですね」

 フランは気絶する前のことを思い出した。
 それは大介と対峙したときのこと。

(覚悟があるのか、と聞かれたのに。はい、って答えたのに。
 また、私は泣いてしまった。怖くて、一歩が踏み出せなかった。
 ……私は、やっぱり、心も身体も、無力だった)

 あの時の大介の顔を思い出す。
 それだけで、自分の弱さが死ぬほど嫌になる。
 悲しそうに目を伏せたフランの心を読んだのか、同じく手術を手伝った子敬が優しい声色で声をかけた。

「……そんな顔をしないで下さい、フラン。
 何かを失敗してしまったなら、今度は成功させたらいい。
 成功するまで、何度でも、立ち向かえばいい。それは、あなたみたいな若者の特権だ」

 フランが顔を上げ、子敬を見る。
 子敬が目を細め穏やかに笑うと、年相応の皺がくにゃりと曲がった。
 それは子敬が、年を重ねることでやっと手に入れた証のようなもの。

「……だから、歌って下さい。きっと、今度は届くはずです」

 フランはその穏やかな声に勇気をもらう。

(……そうだ、今の私には声がある。
 私を守ってくれる人たちもいる。なら――)

 フランはゆっくりと身体を起こし、自分の足で立った。
 助手を務めたルカルカは立ち上がったフランを背後からぎゅっと抱きしめる

「私の力をフランに分けてあげる。だから、頑張って」

 その抱擁は心からの祝福を込めて。
 ルカルカの肌を伝わって感じる温もりがフランを勇気づけた。

「……ありがとうございます。ルカルカさん」

 その声は小さかったけれど、とても力強くて。

「私、行ってきます。もう一度、大介のもとへ」

 その場にいる者達を見渡して、はっきりとそう言い放った。

「……うん。応援してるよ、フラン!」

 ルカルカの言葉を皮切りに、その場に居た者達はフランを応援する。
 その言葉を聞き、フランは踵を返して走り出す。その足取りに迷いはない。
 
 弱さを嘆いている時間はもう過ぎた。

 たくさんの想いを一身に背負ったその背中は小柄だけども。
 背後から響く声援に後押しされながら、進んでいく。

 その、奏でる機晶姫の道行きは――きっと大介を救うために続いている。