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機械仕掛けの歌姫

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機械仕掛けの歌姫

リアクション

 思い出の詩に耳を傾けながら、泣き止んだフランにアインは声をかけた。

「フラン、戦うことだけが機晶姫の存在意義ではない」

 優しげな声色でそう言うアインは視線を、思い出の詩を歌い続ける朱里に目を向けた。

「彼女は……『最愛の妻』の朱里はそのことを僕に教えてくれた」

 その目に宿るのは親しみを超えた感情。
 寄り添い、支えあってきた人生のパートナーに向けるものだ。

「フラン、たとえ戦う力が無くても、君の存在そのものが、彼にとってきっと『かけがえのないもの』なのだから」

 その言葉にフランの息が思わず詰まる。
 アインの言葉に続くように、傍にいた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が口を開いた。

「そやそや。戦闘が苦手なのは、別に『欠陥品』なわけやない。
 別の、他の機晶姫にはない力や働きを、神さんがフランに与えたんやから、何も引け目に思う必要はないんやで」

 にっこりと笑顔を浮かべてそう言う泰輔の傍で、パートナーのレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)も言葉を発した。

「想いは通じる筈。フラン、あなたは祈って。声にならぬ声で歌って」
「そや。やから、今は――自分の声を取り戻すまでは、みんなの声を借りとき」

 二人に激励されたフランは、思う。

(……大介は棄てられた私でも、幸せを掴めると教えてくれた。
 時には喧嘩もして、馬鹿みたいに笑い合って。悔しくて涙を流して、お互い傷だらけになったこともあった。
 一緒に歩いたその道のりは決して楽なものばかりじゃなかったけれど。
 大介と過ごした日々はかけがえのない宝物だった)

 分かっていたはずのこと。それは、フランにとっても大介はかけがえのないものなのだから。
 フランは今なら、美空のあの問いかけにも迷いなく答えることが出来るような気がした。

 フランは指先で乱暴に涙をふき取り、それを気づかせてくれた三人に向かって感謝の意を込めて頷いた。
 それを見た三人は三者三様の笑みを浮かべた。

 その変化に気づいたのだろうか、なぶらは美空の背を押してフランの前へと移動させた。

『さっきの質問に、もう一度答えさせて頂いてもいいですか?』

 フランの問いかけに、美空は小さく頷く。
 そしてフランは答えられなかった先ほどの質問に、はい、と大きく首を縦に振って答えた。

「……なら、個人を個人たらしめている物は何なのでしょうか?
 貴女と彼を結び付けているパートナーの絆とは……一体何処に存在するのでしょうか?」

 美空は次の質問をする。
 それを聞いたフランは美空の手を掴み、自分の胸元へと引き寄せた。

「……これは?」

 美空が分からない、といった風に首を少し傾ける。
 フランはところどころノイズの混じった声で答えた。

『……心に、だと思います』

 そして、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

『記憶がなくても、身体が違っていても。
 思い合う心がここにきちんとあれば、私達は繋がっているんだと思います』

 赤く腫れぼったい目で、フランはにっこりと笑う。
 ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)も二人に近寄り、もう一方のフランの手を掴んだ。

「うん、きっとその通りです!」

 ペルディータは満面の笑みでそう言うと、フランの手を掴んだ反対の手で美空の手を掴む。

「みんなで、一緒に心の歌を届けましょう!」

 ペルディータがそう言うと、三人の手を伝わって機晶石が響き合ったかのような暖かさを感じた。
 そう、それは言い換えるのならシンクロするかのように。

 二人の笑みに釣られ、その暖かさを感じながら、美空も少しだけ笑うのだった。

 ――――――――――

「……今さら、蛇足かもしれないけれど」

 フランの傍でそう呟いたのは神山 葉(かみやま・よう)だ。

「キミは今のパートナーの姿を目の当たりにする覚悟がある?
 彼は確実にキミに危害を加えてくる。オレ達やキミの言葉は届かないかもしれない
 それでも対峙する覚悟はある?」

 葉の問いかけは、先ほどまでのフランだったら答えられなかった質問。
 しかし、フランは迷いなくはい、と答えるように頷いた。
 それを見た葉は微笑みながら。

「その覚悟があるならオレはキミを守る盾になるよ」

 優しげな声色でそう呟くと、葉はフランの傍から離れパートナーの神山 楓(かみやま・かえで)に近づいた。

「楓、オレは少し無謀なことをするかもしれない。
 それでも付き合ってくれる?」

 申し訳なさそうにそう言う葉に、楓は何を今さら、といった風に肩をすくめた。

「葉? 言ったでしょう。
 たとえどんなに傷つくことがあろうと私はいつでもあなたと共にあると。
 あなたの気が済むまで私はいくらでも付き合いますよ。
 ……さあ、参りましょう。守るべき人達のために」

 楓の覚悟を聞いた葉は微笑み、戦場を見つめる。

「……ありがとう。よし、行こう!」

 そして、二人揃って歩み出した。

 フランはその二人を眺めながら、思う。
 自分はたくさんの人に守られている。
 だから、泣くのはここまでにしよう、と。

(……その人達の気持ちに応えるために、私は――)

 踵を返し、フランは振り返る。
 そこに並ぶのは、声を失った自分の代わりに思い出の詩を歌ってくれると言った人達だ。

(――私の代わりに、私の声になってくれると言った人達。
 音楽の力を、歌声のつなぐ絆を信じている人達)

 その列から一歩踏み出し、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)はフランに問いかけた。

「キーはA?」

 出撃前、フランツはフランに言ってくれた。
 君の為に、大介の為に、歌おう。君の心の内を、かわりに、と。
 僕は、歌の――音楽の力の、絶大なる信奉者だからね、とも。

「必要なら、指揮など願えますか、フラン?」

 フランツはフランの手を取り、大仰なまでに淑女に対しての正式な礼法を披露する。
 戦場には似つかわしくないその礼法に、フランは小さく笑ってしまう。
 そのフランの笑顔を見て、フランツも小さく笑うのだった。

 フランのおぼつかない指揮を頼りに、二人のための楽士隊は歌い出す。
 歌声は途切れることなく、戦場に響きわたり、大介の心を揺さぶり始めた。