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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

 2.――



     ◆

 随分と胡散臭そうな男が、一人にやにやしながらに。その部屋に集まった協力者たちへと言葉を向けているのは、言ってしまえば。
何処までも還元して述べてしまえば、いつも通りの光景だった。
「あの……それで。ウォウルさん……」
「はい? なんですか? 柚月さん」
「え、何で柚と僕の名前が混ざってるのさ? って言うかいきなり何?」
「おっとすみません。間違えちゃいましたねぇ」
 胡散臭そうな男。ウォウル・クラウン(うぉうる・くらうん)へと言葉を掛けた杜守 柚(ともり・ゆず)は、ここにきて自らの名前を、それはもうわざとといって遜色ない程わざと間違えられた事に驚きとショックを受け、そしてそんな彼女の言葉を代弁して、杜守 三月(ともり・みつき)がツッコミを入れる。
「あ、あの……えっと。今お話ししてくれた事って、その……。“ラナロックさんの家に置いてもらっているウォウルさんの買ったハープが、何者かの手によって今晩盗まれる可能性がある”って、そういう事……ですよね?」
 気を取り直して。と言った体で、柚はウォウルへと再び言葉を向けた。
「そうなりますね。ええ、全く以てその通りです。何かご質問でも?」
「あ、その……質問、って程の事でもないんですけど、何故その犯人さんたちは、ウォウルさんがそのハープを持っている。と言う事を御存知なんですか?」
 柚には何やら考えがあるらしい。故にその質問は、『ただ気になる』というそれではなく、『何処かしらの方向性を持った思考の手がかり』という意味合いが強かった。そしてそれを、彼女の言葉を聞くこの場全員が理解したうえで、ウォウルの返答を待っている。
「いえ。僕が所持している。と言う事は全く知られていませんよ」
「あれ、でも……犯行予告が来たんだよね?」
「ええ。そうですよ。三月君、貴方にもそれは先程お見せした様に記憶していますが?」
「(あ…三月ちゃんは普通に呼ぶんだ……)でもだったら……」
「この犯行予告が届けられたのは、僕ではなくラナなんですよ。この家に、です。だから犯人は、所持者が僕である、と言う事は知らないでいる。そりゃあそうですよね、まさかその家にある物が、その家に住む者の持ち物ではないなど、誰もが考えない」
「うん。そりゃあそうだね、その人の家にあれば、普通にそれがその人の物である。なんて固定観念、確かにあるかも」
「そっかぁ……じゃ、じゃあ! 何でラナさんの家にハープがある。と言うのがわかったんでしょう」
「さあ。そこまでは犯人さんたちに聞いてみなければわかりません。それこそ……僕のわかる範疇を越えてしまってますから」
 不敵な笑みのまま、柚の質問に答えるウォウル。と、彼女の横に現れたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、彼に勝るとも劣らない不敵な笑みを浮かべながら、ウォウルへと声を掛ける。あまりに突然の事だったからか、近くにいた柚が思わず悲鳴を上げるが、どうやらそこについてはエッツェル自身は何も思わなかったらしい。特に何を言うでもなく、反応するでもなく、ウォウルへの言葉を述べる。
「一応依頼で来たわけですが、それにしても面白そうな事例ですね。貴方とは過去に一度、お会いした事がありますが……全く、嫌な人だ」
「おやおや。いきなりそんな事を言われるいわれはないと思うのですがね? ふふん、まあそれは置いておきましょう」
 二人が二人で、にやにやと。
「これは個人的な確認事項ですので、別段深い意味は持ちません。持ちませんが出来れば答えていただければ……いやいや、応えていただければ、私としては更にこの仕事へと愛着を覚えますので。出来れば」
「伺いましょうか」
「一点目。貴方――その物はどういう経路で?」
「知人から譲り受けたんですよ。そうでもなければ、僕の様な一介の学生が買える様な値段では、ありませんからねぇ」
「……結構。次です。貴方はこれを大切だとお思いで?」
「ええ勿論! そうでなければ皆様にお願いして守っていただく、などと言う行為のそれ自体をしませんからね」
「……最後に伺いますが、貴方は今、何を企んでるんです?」
「何も企んで等はいませんよ。人聞きが悪いなぁ」
 そのやり取りの末尾を飾ったのは、エッツェルの舌打ちだった。
彼は一度、周りに聞こえない程の舌打ちをし、ウォウルに背を向ける。
「どうやらこの仕事は随分と楽しくなりそうです。感謝しますよ、貴方に。心から敬意と、そしてありったけの嫌悪をお送りしたいほどだ」
「それはどうも。ありがとうございます」
 にやにやとしていた二人。それが今は一人のままに、エッツェルはその場を一度、後にする。
「ねえ、ウォウルさん。今、何であの方は急に機嫌が悪く――」
「見えても得をしない事を、彼は見てしまったんでしょう? それくらいしかし、僕にはわかりません」
「何か含みがある様に聞こえるけど? って言うかウォウルさん、今明らかに楽しんでたでしょ」
「そんな事はありませんよ? ああ、でも僕は皆さんとこうやってお話するのが大好きなので、楽しくなかったと言えば嘘になってしますねぇ。いやはや」
 笑いながら、ウォウルは再び二人に向いてからその肩に手を置く。両の手でしっかりと。
今までのへらへらした面持ちではなく、既にに柚、三月しかいない部屋で、しっかりと。
二人に向かって声を掛ける。
「ハープを守ってください。必ず守り抜いて下さい。僕の気が触れでもしない限り、あのハープを譲る事は出来ませんから」
 何か、重たい意味を含んでいた。
だから自然、二人は頷く。真剣な表情で以て。
「ああ、そうだ。それから――」
 柚と三月が真剣に返事を返したのが随分と嬉しかったのか、満足そうに笑う彼は、不意に口調を緩めて話を始めた。

 どうやら、作戦があるらしい。



 部屋を後にしたエッツェルは、そこで偶然到着し、たった今部屋に入ろうとしている由乃 カノコ(ゆの・かのこ)『仮想現実』 エフ(かそうげんじつ・えふ)に遭遇した。
「……貴方がも、彼の協力に?」
「彼? んああ! ウォウルさんな! せやよ?」
 突然声を掛けられた事に些か戸惑いを含ませて、カノコがエッツェルの顔を見上げる。
「全く……本当に面白くもあり、どこまでも悪人ですね。彼は」
「え、ちょ、何の話? カノコ全然話が見えてないねんけども……」
「いえ、こちらの話ですよ。まあ彼に振り回されない様、気を付けてくださいね」
 そう言い残すと、エッツェルは二人の横をすり抜け、廊下の奥へと姿を消して行った。
「や……なんやの、あのけったいな格好したお兄さん……こわ! ってかこの時間にあない恰好してるお兄さんこわっ!」
「………」
 途端に一人で慌てだしたカノコを見て、エフはじとりとカノコを見つめるのだ。何を言うでもなく見つめ、肩を竦めた。
「ま、気にせんといとこ! それよりも、ウォウルさぁん! カノコきたで! 夜でも元気! 元気印のカノコちゃんやでっ!」
 目を輝かせながら扉を思い切り開けたカノコは、大声でそう言いながらに部屋へと足を進める。
「これはこれは、カノジョさん」
「え、ちゃうよ! 別にお友達さんとお付き合いしてる女の子と違うよ! カノコやて! カ・ノ・コ!」
「ああ、失礼しました。それにしても、よく来てくださいました。ありがとうございます」
 棘の無い笑顔でカノコとエフを迎えるウォウル。
「お、おおおおう……なんか昼間と雰囲気違うな、自分………」
 若干ではあるがたじろぎながら、柚と三月が持ってきた椅子を受け取り、お辞儀をするカノコとエフ。
「ウォウルさん。こちらの準備は出来ましたわよ。 っておい猫。邪魔よ、退きなさい」
「はっ!? 邪魔してねぇだろ! いきなり何言いだすんだよ!」
 カノコとエフが椅子に座り、二人に椅子を進めた柚と三月も椅子を出して座った丁度そのタイミングで、扉から現れたのはラナロックとドゥング・ヴァン・レーベリヒ
「はぁ……相変わらず二人は仲が良いねぇ。でももうやめようか。ちょっと話がややこしくなる」
 これには思わずウォウルも頭を抱え、そんな事を言いながら言葉を続けた。
「柚さん、三月君。それにカノコさんと……そちらの御嬢さんは――」
 ウォウルがそう言うと、エフは何処からか突然恵方巻きを取り出し、それを口に咥えた。
あまりにも突然の事だった為、その場の全員が息を呑む。と、恵方巻きを咥えた彼女が徐に口を開き、言葉を述べ始めた。
「私の名前はエフと申します(もぐもぐ)」
「えっと……エフ、さん?」
 エフが恵方巻きを咥えながら喋り始めた事に驚き、柚が尋ねる。と、柚の方へと首だけを向け、数回頷いた。
「み、三月ちゃん……あの、エフさん……ちょっと不思議な子、だよね……」
「あはは……まあ、確かにそうかもね」
 隣に座る三月の腕に思わずしがみつきながら、柚がエフを見て言った。
「そうですか。まあ名前がわかったところで続けましょう。カノコさんとイフさんも揃ったところで――」
 ウォウルの言葉がそこで止まったのは、エフが近くにあった時計を彼に投げつけたから。
「イフ、ではなく、エフ、です(もぐもぐ)
失礼。そこのお姉さん、お茶を頂けますか(もごご)」
「ちょ、エフちゃん! 確かにツッコみとしてはナイスやけども……初対面の人にお茶くれとか言ったあかんて!」
「おい! ツッコミどころそこじゃねぇだろ!」
 カノコのツッコミに対して、思わずドゥングがツッコみを入れた。
「な、なかなか今のは効きましたねぇ……まあ気を取り直して。まず、柚さんと三月君には先程お話したのですが、事のあらましを」
 エフの言葉に反応したラナロックはお茶を淹れに行き、残ったウォウル、柚、三月でカノコとエフに事情を説明し始めた。
「と、言った感じなんですよ」
「成る程……ようはあれやね! 犯罪に手を染めようとしている若者たちを、カノコたち正義の味方が“優しく説得して改心させる”、ゆー、新感覚なミッションって訳やね!」
「えっと……どことなく違うニュアンスがします…それ」
「具体的に何処、とは言えないけどね……色々含みがありすぎて」
 柚と三月が苦笑する。
「まあ、そういう事です」
「おいウォウル。お前さん今投げたろ」
 したり顔で頷くウォウルに対し、即座にドゥングがツッコミを入れる。
「まあ、そう言う訳で、今晩は皆さん。よろしくお願いしますよ」
「頑張りましょう! 泥棒しなくても、ちゃんとお話し合いで解決できるって、犯人さんにわかって貰いましょう!」
「そうだね、平和的な解決が一番だし」
「腕がなるわぁ! せやろ! エフさん!」
「指なら鳴るけど痛いからやっぱり嫌(もぐもぐ)」
 それぞれの意気込み(?)を聞き、ウォウルは満足そうに頷いた。