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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

 狂気と悪意が入り乱れるその空間――。
しかしどうにも景色としての緊迫感が薄いのは。そしてどうにも不気味に見えてしまうのは恐らく、そこが“噴水”と言う場所だからである。
 ラムズと『手記』は、尚も戦っていた。
例えばそれは、どこからともなく現れる眷属が射手の矢であり、例えばそれは暴威に彩られた残忍無慈悲な黄色い光。
彼等の敵対者は次々に地面に鮮血を流しつつ、彼等の敵対者は次々に大地に突っ伏し。
それでもなお、彼等はその手を緩める事はない。随分と詰まらなそうな表情を浮かべつつに、本当に詰まらない喜劇を見てるかの様な表情を浮かべるラムズと、どこまでも歪な笑みを浮かべつつ、手にする金色共々に呪詛を唱え、狂気を齎す『手記』。
されとて敵の数は減る事無く、寧ろ増加しているその空間。彼等は走ってやってきた。
「こっちもいるのわ!」
 それは青いポニーテール。
「うーん……いい加減気味が悪いよね! あたしあんまりホラーとかって好きじゃないんだけどなぁ……」
 それは黄色いショートのくせっ毛。
彼女たちは懸命に後ろからやって来る敵を打ち払いながら、漸く二人の戦っている噴水付近までやってきたのだろう。
逃げた先で、自分たちが相手にしている物と同じか、それ以上の数の敵を見つければ、誰だって同じ様な反応を見せる。
だからこそ、二人の少女に付き添っていた彼等とて、それは決して安堵の表情ではなく、「もううんざりだ」とでも言いたげな色を顔に灯していた。
「彼等は一体なんなんでしょうね……」
「知らないわよ! って言うかホント、これただ操られてるだけなの!? なんかさ、あれよね……気色悪いゾンビの出てくる映画みたい……! もう嫌! って言うかさ、さっき屋敷の方から変な声聞こえてきたけど、あれなんだったのよ……」
 真人、セルファがそんな事を言いながら、シェリエ、パフュームらと共に走ってきていた。
「って言うか、うわぁ……ラムズさんとか『手記』さんとか、容赦ないくらいにやっちゃってるねぇ……」
 辺り一面に広がる惨劇を目の当たりにして苦笑する託は、どうにも真実味の無いリアクションを取りながらも地面に突っ伏している敵の姿を見つめている。
「皆さん! 止まってる暇ないですよ!」
「後ろから敵が追って来てます! 急いで進んでください!」
 名状しがたき獣の背に乗る淳二と、その隣を随想していたミーナが声を上げるが、無論彼女たち、彼達の前には自分たちが相手にしていた以上の数の敵が群がっている為に思い通りに動けずにいる。
「不味いね……どうする? 僕たちが何とか囮になって――って手段が一番確実な気もするけど」
「賛成です」
 北都とリオンが臨戦態勢を取りながら目前控える敵たちへと眼を向ける。向けるがしかし、それは『手記』の声に押しとどめられる。
「わしの邪魔をするでない。幾ら主らとて、助太刀、邪魔立てすれば諸共に貫くぞ? うん?」
 相変わらずの形相で彼等に睨みを利かせる『手記』と、頭を抱え込むラムズ。あまりにその光景が歪過ぎて、二人を除く全員が息を呑んだ。
「此処にいる贄共は少なくともわしの贄……。それを今ぽっとやってきた貴様等にくれてやりるつもりはない。わかれば早々に此処から立ち去れ――」
 ぼんやりと点滅するのは、『手記』が手にしている黄金だった。持ち主の言葉に呼応して点滅を繰り返すそれが、一層見る者に不気味な印象を与え――呆然としていた二人に向かって、唖然としていたシェリエとパフュームに向かって、突然走り出す『手記』。
「え、何……狙われてるの、ワタシ達?」
「ちょ、ちょっとシェリエ姉! あたし全然話がわかんないよ! どうするのこの状況!」
 二人が騒ぎ立てると、再び二人の手が引かれる。彼女たちを先程も守り、常に傍らにいた彼女――フェイの姿。
「行こう、結っ子たち。道は私達があけるから」
フェイの言葉に、待ってましたと言わんばかりの勢いで三人の前に踊り出た匿名 某(とくな・なにがし)が、従えていた狼に命を出す。
「狙いはあいつ等だぜ。敵の命は要らない、欲しいのは道だ。行けるか?」
 狼が静かに数度頷きながら、首を前方に向けて唸りを上げる。まるでエンジンをふかすかの様に。突貫行動の前の儀式が如く。唸り声を挙げながら、大地に接地している四本の四肢にありったけの力を込めて走り出す。
「あいつのケツから俺が真空波で支援出すからな。お前らしっかり後ろからついてこいよ!」
「命令するな。偉そうだなお前」
「……文句は後で幾らでも聞いてやるから……」
 気合を入れたにも関わらず、フェイがいつもの調子で切り返すが為に肩を落とした某。が、気を取り直してと言った面持ちになって真空波を放ち、走り始める。
「ほら――早くしねーとおいてかれちまうぞー?」
 上空からは恭也の声がした。銃を構え、敵を穿っているその姿としてみれば、恐らく彼も援護に回るのだろう。見上げたシェリエ、パフューム、フェイの三人は顔を見合わせて小さく頷くと、ありったけの力で、速度で、今走って敵の群れを蹴散らしている狼と、その後ろで狼を繰る某の後を追う為に走り出した。
「さぁてとー。んじゃあいっちょ、狙撃手の本領発揮と行きますか。覚悟して寝ろよ、大丈夫だ。何も命までは取りゃしねぇから」
 撃ちながら。確実に敵の足を狙いうちながら、恭也がにやりと笑みを浮かべている。
「某。早い。これじゃあまた道がすぐ塞がるから、お前の意味がないだろう」
「な……!? 文句言うなよ!」
 フェイの言いに従い、走るペースを僅かに落とした某。相手が生身であり、操られていると知った以上、手加減をしながら真空波を放っている為に体力には余裕があるらしい。
「でも、ワタシたちだけで行って……良かったのかな」
 シェリエが曇った表情になって呟くが、隣を走っていたパフュームは「大丈夫そうだよ」と言って指を指し、シェリエの注意をそちらに向ける。
「みんなの顔、見てみなよシェリエ姉。行けってさ」
 走りながら、同敷地内で敵と対峙しているその全員と目が合い、そして感じる。
「早く行け」「心配するな」と言う意味合いを込めた、見開かれた力強い瞳を見た。故にシェリエは数回首を横に振り、しっかりと見開いた瞳を更に前方へと向ける。
小さく小さく「ありがとう」と呟いて。