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リアクション
1. ―― Last the 00.
◆
穏やかな夕日が窓から差し込み、カフェ・ディオニウスにいる数名の客と、一生懸命に店番をしているカッチン 和子(かっちん・かずこ)、彼女の働きを横目に、退屈そうにカウンターに腰掛けているボビン・セイ(ぼびん・せい)を照らしている――そんな夕暮れ時。
客の一人である白星 切札(しらほし・きりふだ)は自身の前に置いてある珈琲カップの取っ手に指を掛けながら、何気ない様子で和子へと言葉を投げかける。“既に不在であるこの店の主人の代わり”に店を一人で営業している彼女に向けて、穏やかな笑顔で尋ねた。
「そう言えば今日は、あの三人の姿が見えませんけど……」
「御馳走様」と言って笑顔で店を去って行く常連客二人に精一杯の「ありがとうございます」を言って深々と頭を下げた和子は、顔を上げてから切札の質問に答えた。
「今日は何でもトレーさん達は姉妹水入らずでお泊りに行ったらしくて、その代わりにあたしがお留守番なんだよ! ああ、でももうそろそろお店閉めちゃうけど」
「そうでしたか。それであなたが店番を……ちょっと伺いたいのですが、今日の珈琲はあなたが淹れたんですか?」
「そうだけど……」
心配そうに頷く和子。「そうですか」と切り返した切札は、瞼を閉じて珈琲カップを顔に近付けると、カップの中から薫る香ばしい匂いを吸い込んで笑顔を浮かべた。
「流石にトレーネさんの淹れた珈琲程、とは言えませんが、とても美味しいですよ。この調子で頑張ってくださいね」
切札の言葉を聞いた和子の顔が明るい色に変わり、元気よく頷いてからカウンターの中へと戻って行く。
「よかったじゃん。褒められて」
「うん! でもまだまだだから、もっと精進するんだ!」
「その意気、ですよ。私も良く此処の珈琲は飲みに来るので味はしっかりと覚えています。私に出来る事があればいくらでも言ってくださいね」
「ありがとう! 切札さん!」
どういたしまして。そう言って再び珈琲を飲んでいる切札は、しかし何を思ったのか窓の外へと目をやった。静かに、しかし今しがた和子へと向けていた表情とは違う色を持った表情で。外の茜空を黙って見つめるだけである。
◆
“公園”と言う空間は、随分開けているにも関わらず、しかしその面積や立地によっては“認知され辛い場所”になる事がままある。
この場合、彼等、彼女等のいる公園は例に漏れる事無くそう言った類の場所になっていた。
子供たちが帰った後の、奥まった通りのある、周辺を塀に囲まれた公園。おまけ程度にベンチが数個置かれていたり、ブランコや滑り台と言った遊具が配置されている訳ではあるが、すっかり人気を失った公園のベンチには、ただただぼんやりと目前に広がる光景を眺める熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)の姿があった。
本当にぼんやりと、まるで目の前で起こっている事を見ていないとでも言うように、彼はただただぼんやりと、その光景を見つめていた。組んでいる足、その膝に肘をつき、顎をそこに載せながら。至極詰まらなそうに見つめ、静かに見やり、何かを思う。と、彼の視界内。前方で懸命に応援していた堂島 結(どうじま・ゆい)が振り向き、孝高の元へと歩み寄った。
「あれれ? 孝高さん? なんか元気無い様に見えるけど……どうしたの?」
「んー? そうかー? 俺は普段通り、元気なんだがなぁ」
生返事。
「あんなにつばさちゃん頑張ってるんだし、又兵衛さんも付き合ってくれてるんだから、一緒に応援しようよっ」
結が指を指す方。お世辞にも広いとは言えない公園の中央で、練習用の槍を握って対峙する白河 つばさ(しらかわ・つばさ)と後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)。どうやら二人は特訓をしているらしい。戦いにおける一番の学びは、恐らく戦おうとしているスタイルを既に持っている誰かと手合せする事が、最も早い上達方法である。槍を手にする事を決めたつばさにしてみれば、彼が最も適任なのだ。
槍の使い方、戦い方を教わる相手――。それが又兵衛、その人である。
「違う違う。此処の牽制は何も相手の出方を見てるんじゃなくてさ。なんてーのかねぇ、こう、『対峙してる相手、その物を見る感じ』なんだよ。わかるかな」
「うーん……何が違うの?」
一生懸命考えてはいるが、彼の言葉に答えが出せないつばさは首を捻って尋ねた。
彼女の反応を見た又兵衛は、「ま、そっか」と、別段何を思うでもなく構えを解いてつばさの元に歩み寄って行く。
「いいかい? こういった局面の場合、手合せしている相手の技量を読む為に――」
「二人とも頑張ってるねっ。うんうん、良い事だよ思うけどな。これでつばさちゃんが今以上に強くなってくれると、多分彼女自身が自信持てると思うんだよね!」
結の横に立ち、彼女同様握り拳を固めていたプレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)は、二人の手合せが止まった事を確認して振り返り、結に倣って孝高の元へとやって来る。
「そうだよねっ! つばさちゃん、今以上に強くなったら頼もしいよね! うんうん!」
「確かにな。あいつ……又兵衛。あいつも偉く気合いが入ってるっていうか。普段からあそこまで真剣に物事へ取り組んでくれれば、俺や薫が苦労しなくていいんだが」
「ぴきゅう!」
頬杖をついていたままの孝高の肩。どうやら彼の座るベンチの背もたれと彼の背中とを伝って昇ってきたであろう天禰 ピカ(あまね・ぴか)が元気よく声を上げる。
「良いなぁ、私も色々魔法とか教えてくれる人、現れないかなぁ」
腕を組んで真剣に考え込むプレシアに向けて、結は笑顔で「プレシアちゃんも充分だよ!」と返す。照れながら返事を返していたプレシアがその動きを止めたのは、今見ていたつばさの特訓を挟んで向かい側、ブランコに座っている天禰 薫(あまね・かおる)が浮かない顔をしていたから、である。
「あれ、あっちにも元気のない子が一人いるよ? どうしたのかな」
「聞きに行ってみようか?」
良く似た顔の二人。まるで双子かと見まごう程の二人が互いに顔を合わせて首を傾げるその後ろ。静かに座っていた孝高はすっくとベンチから立ち上がり、公園の真ん中を突っ切って薫までの最短ルートを進んだ。
直線し、彼女の前に立った孝高が不思議そうな顔をして、ベンチに座る少女に声を掛ける。
「どうした、薫」
「え、ああ。なんでもないのだ」
「なんでもない顔じゃあ、ないだろ」
「そうだよそうだよ!? 何か考え事?」
孝高の横から顔をひょっこりとだしたプレシアが、心配そうにしながら薫を見つめる。
「私達で良ければ話、聞くけど?」
「ううん、本当に何でもないのだ、でもちょっとだけ気になる事があって」
「気になる事……? って言うのは?」
結の質問に対して、薫が暫く考えてから口を開く。一見すればたどたどし見えるそれは、しかししっかりと言葉を選んでいるからからなのだろう。
「さっき――皆が練習を始めてすぐの事だったのだ。我が此処で又兵衛とつばさちゃんの応援をしていた時――偶然通りかかったラナロックさんと少し、お話をしたのだ」
「へぇ……それで?」
孝高が相槌を入れて薫の言葉を促す。
「うん。何だかまた、色々と大変な事に巻き込まれているらしくって――」
「あれ。でもそれって、いつもの事だよね?」
既に何度もウォウル・クラウン(うぉうる・くらうん)、ラナロック・ランドロック(らなろっく・らんどろっく)と面識のある結は、悪意なくさらりとそんな事を呟いてみた。これには薫も孝高も苦笑を浮かべざるを得ない。
「まあ確かに、それはそうなんだけど……細かい話を聞いて、ちょっと困っていたのだ」
「細かい話を聞いて? 何があったんだ?」
孝高。
「最初、ラナさんは『ウォウルさんの居場所は知らないか』って聞いてきたのだ。確かに最近見てないから、知らないって答えて、そしたら彼女、次に我たちにお願いがあるって」
「お願い? ウォウルさんを探してって言う事?」
プレシアが首を傾げるが、薫は静かに首を横に振る。
「それじゃなくて……前に楽器を、ラナさんのお家で守ろうとしたことがあったのは、覚えてるよね?」
「ああ、あったな」
「あの時、ウォウルさんの持っていた楽器を盗りに入ってきた三姉妹と一緒に、今度は楽器を守って欲しい、って」
「何だ。また誰かがあの楽器を狙ってんのか。そんなに凄い物なのか? あれ」
孝高がやれやれ、と言った様子で眉を顰めたタイミングで、彼等の後ろから休憩する為に歩いてきたつばさと又兵衛がやってきた。
「何話してんのよ。面白い話なら混ぜてくれよー」
「ふぅ……休憩休憩っと。あ、そうだ結、なんか飲み物持ってない?」
「お疲れ様っ! あるよ! さっき買って来たんだぁ! って事で、はい! これあげる」
結はつばさに飲み物を渡し、礼を述べながらプルタブを起こした彼女は、なんとも美味しそうに飲み物を喉に流し込んだ。
「お疲れ様なのだ又兵衛。一応我も飲み物持ってるんだけど、居る?」
「ああ、ありがとね。んー、でもそこまで喉乾いてないし、後にしておくよ。それより、何だって熊のやつ、こんなに深刻そうな顔してるんだ?」
「ああ、あのね」と、薫が今までの話の流れを又兵衛に説明した。
「へぇ。まあどうでもいいけどさ。行くんでしょ? ラナロックっていや、確かお前さん仲良かったよな? それなりに」
「“それなり”ってなんなのだ! 我はラナさんと仲良しなのだ! うん、行くよ!」
頬を膨らまし、腰に手を当てながら薫が言うと、又兵衛はそれを見て笑う。
「あ、そうだ! だったらお兄ちゃんも呼んじゃおっと!」
結が携帯を取り出し、電話をかけているのは彼女の兄である堂島 直樹(どうじま・なおき)その人。
「ああ、もしもし、お兄ちゃん? あのね、今ちょっと友達と話をしてて――うん、そう、薫ちゃんたち! うん、それでね、今からお兄ちゃんこっちに来れないかな?」
「居るよ」
いきなりの言葉に驚く一同。電話で話していた結でさえ、思わず驚いて携帯を落とした。
「お兄ちゃん!」
「うん? なんだい?」
「随分……近くにいたんだな」
孝高が唖然としながら口を開くと、直樹は笑顔で頷いた。
「そうだね。たまたまだよ」
「それにしても……凄いたまたまなのだ」
「ぴ、ぴきゅ……」
いつしか薫の肩に飛び乗っていたピカが、薫の言葉に連なって鳴く。
「そうだね、凄いたまたまだね。それで、ウォウル君がいなかったり、ラナさんが困ってたりするんだよね?」
まるで今までの話を聞いていたかの様な口ぶりで話を進める直樹。否、恐らく彼は聞いていたのだろう。どこかで話を聞いていて、だから彼に対して説明をするのは不要だった。
「まあ、鍛練も次のステップって事で、いっちょ実践を交えて見るのも悪くないかもな」
つばさに向いてにやにやと笑みを浮かべる又兵衛に、つばさは苦笑で返した。
「そうと決まれば、早速ラナさんのお家に向かうのだっ!」
意気込み、音頭をとった薫にそれぞれが返事を返すと、孝高と直樹が徐に、目の前にある壁へと近付きよじ登り始めた。
「え、何してんの二人とも」
プレシアが少し引いたような顔をしながら尋ねると、二人はさも当然と言った顔で振り向き、同時に返事を返す。
「え、今から行くんだよ」
「すまん熊、意味が分からん」
又兵衛も首を傾げて尋ねると、今度は直樹が指を指した。
「意味も何も、この壁を越えればラナさんの家だからね。知らなかった?」
恐らく、彼は知る由もなかった。
唖然としている彼女たちを余所に、孝高と直樹は壁をよじ登り、姿を消す。
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