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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

 3. ―― 御乗客の皆様、衝撃に備えてください





     ◆

 すべての物事において、『誰しもが意図しなかった状態』というものは須らく存在するものだ。
それは時として残酷であり、それは時として狡猾であり、それは時として喜びを齎し、そしてそれはすべてを内在し、内包し、内側から浸食し続けていくものとして持ち得るすべての力を権限し、周囲一帯を飲み込んでいくのだ。

 要するに、これはそういう類の物事である ―― と、そういうことにすべてが準拠する出来事であった。

 初めは何とも違和感しかない始まりだった。生気のこもらない歩き方をする人影が数名ほど。あたりが暗くなっている為に彼らが一体何者であり、また彼らが一体何を意図しているのかは不明。
とにかくその人影は、まるで目的地が定められているかの様に動き、一点を目指して足を進める。手に手に何かを握りしめ、その歩みを一切緩めることはなく、しかし一切早めることもなく、最短距離でもって彼ら、彼女らへと歩みを進めるのだ。
だから真剣に話をし、話の糸口が見え初めて来た彼らが足を進めようとしていた矢先に出会う出来事としては、まったくと良いほどに不意打ち。屋敷の玄関を出た所、建物を出てすぐの開けた空間にいたシェリエ、パフュームたちにしてみれば、予期の出来ない事態の幕開け。 すでに日が落ち始めているあたりがために、その人影はどこまでも人影であり、だからそれ以上の情報は全くと言っていいほどに存在しなかった。
 一番初めにそのことに気付いたのは、ぼんやりとその人影を見つめていたセルファ。なんとなしに、それこそあたりの彼ら、彼女ら同様に首を傾げていた彼女が、不意に違和感を覚える。
自分たちのもとにやってくる人影が、その全員が手にするものがなんなのか。それを彼女は、偶然にも見つけてしまった。
例えばそこに、『何者かの意志』やそれに準ずる意思があったとするなれば、おそらくその場にいた誰しもがわかったであろう事。限りなく平坦に言って”自分たちに危害を加えるか否か”。
しかしその場の全員が今、目の前に据えているその全てが、平等に意志を持っていない。どこまでも意思を有していない場合だったなら、いかなるコントラクターと言えども感覚的に脅威を見破ることは困難なのだ。
あまりにも不気味すぎるその動き。 あまりにも不自然すぎるその登場に、その場の全員が面食らった形になる。
「……ねえ、真人……」
「はい? どうしました、セルファ」
「あれ……さ。どう見てもおかしいよね」
 恐る恐る指をさし、刻一刻と自分たちのもとまでやってくる人影を呆然としながら見つめる彼女の様子を知り、名を呼ばれた真人以外も目を凝らした。

 手に手に凶器を握りしめ、しかし何処にも狂気をはらまないその者達が、ひたりひたりと足を進め、彼ら、彼女らのもとへと歩みを進めていた。

「敵――だよねぇ、やっぱり」
「その様だね」
 託が手にする蒼色を握る手に力を込めながら呟くと、隣に立っていた北都が返事を返しながら身構えた。彼の前にすかさずリオンが踊り出るや、彼が敵を見やり攻撃を試みようと構えを取る。取った所でリオンの動きが止まった。
「どうしたの? 何が――」
 彼の体が前にあるため、まったく状況が読めない北都がおずおずと尋ねると、彼は何かに驚くようにして口を開いた。 呟く様に、力なく。
「ドゥングさんの時の事……覚えてますか? 北都」
「え、うん。まぁね、なかなか忘れられるものじゃ――」
「今こちらに来ている彼ら、どこかあの時の彼に似ている気がします」
 哀れな哀れな操り人形――。自分の意思なく動く者。 屍と生者の境を行き来する者。 すなわち、何者かに操られているもの。
「ちょ、どういう――」
 言いかけたシェリエの体が不意に後ろへ引かれ、危うくバランスを崩しそうになりながら体勢を立て直す彼女。引かれた方に目をやると、彼女の手を引いていたのはフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)だった。
「結いっ子。あの男どもは操られてる。下がって」
 静かな物言いのまま彼女を見ることなく、両の眼は何とも疎ましそうに近づいてくる敵対者へと向けられている。
「操られてる? 誰に……」
 シェリエの横に駆け寄ったパフュームが心配そうにフェイへと尋ねると、三人の前に立ちはだかった長原 淳二(ながはら・じゅんじ)ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が互いに声を上げた。
「誰が操っているといった問答は後でお願いしますよ。まずは全員で無事にこの場を抜けなければなりません」
「話細かく聞いてないからわからないんですけど、このお家にあの人たち入れたらまずいんですよねっ!?」
 武器を構える二人。
「相手は操られてる……何ともまあ気分の悪い話ですが……うん、乗り越えるとしましょう。倒すとしましょう」
 そう言った淳二の隣に、それは突然現れた。左右から一対ずつ。地面からせりあがるようにして現れるそれは、初めはただの黒い柱だった。杖を構え、ゆっくりと歩みを進める彼の足もとにある影は歪に肥大化していき、右回りに渦を巻いていく。
淳二の歩く速度に合わせて柱が彼に追従し始めるや、その柱は中ほどで大きく折れて地面をとらえ、ゆっくりとその形を顕現させていく。漆黒のそれは狼の前足だった。進む彼がその場で足を止めると、やってきている敵対者が攻撃可能な距離で、無防備なままに杖をかざす。手に届くほどの距離に敵を置けば、勿論彼らは猛威を振るい、命を奪う動きを見せる。見せるがしかし、それは現れている狼の腕に押しとどめられ、払いのけられた。瞬間、喉の鳴る音が聞こえた。
「殺さぬ様、極力無傷で、敵を制圧します。みなさん、呆気にとられている暇はありませんよ!」
 彼が言い終わるや否や、杖を掲げていた彼の体が地面から持ち上がる。空を浮いたわけでもなく、地面が落下した訳でもない。それは確かに、彼の立っているその場から、立ち上がる黒い影。影が大きな山となり、影の上に立っていた彼の体を持ち上げたのだ。
上空と呼べるほどではないにせよ、建物二階、もしくは三回建てに相当する高さを、持ち上がり、浮き上がり、呼び寄せる。

 狼の様な前足を持ち、巨大な蝙蝠の様な翼を持っている。蛇の様な顔に、下半身は何とも形容しがたい形をしたそれ。彼が呼び出したそれは、この世の物とは思えない形状のものだった。
「うーん、何度も見ても、あんまりなれるものではないけどねぇ……」
 苦笑しながら構えを取った託が、淳二が呼び寄せたそれで吹き飛ばした敵対者へと目を向ける。が、そこに彼等の姿はない。
「あれ――」
「タックン! 横!」
 美羽が叫ぶと、地面を蹴って彼の肩に手を置き、いつしか託の横まで近寄っていた敵を思い切り蹴り飛ばす。
「美羽さん……相手は生身の、なんの罪もない人たちです……どうしましょう……!」
「なるべく無傷で助けてあげなきゃだもんねっ! やれそう? タックン」
「無理ではないと思うけど……うん、やってみるよ」
 握っていたチャクラムを手首に通し、託は立ち上がってきた男の腹部目掛けて思い切り拳をめり込ませた。
「ごめんね。恨みはないけど、今は眠っていてよ。大丈夫、命を奪う事はしないからさ」
 思い切り突きを見舞われた敵の体がくの字にまがるがしかし、どうやらそれでは動きを止められないらしい。手にする武器を振り上げて、彼の首元へと攻撃を始めた敵。と、彼の背後から何やら耳慣れない音が聞えると、自分の拳がめり込んでいる敵が急に遠ざかったのがわかった。視点を敵から徐々に手繰ると、自分の懐にはセルファがいる。手にする武器を目一杯突出し、敵の腹へと押し込んでいる。無論、刃がない方で――。
「操られるってんなら殴って気絶させるの、無理なんじゃない? 失うも何も、意識そのものを持ってないんだからさ」
「そうかぁ……言われてみればね」
「ベアトリーチェ!」
 セルファが名を叫ぶと、返事を返しながらやってきた彼女が、手にする大剣で思い切り、セルファの突き出している武器の、セルファと敵のちょうど真ん中を剣で弾いた。
 やはり――ガリガリと。殆ど聞きなれる事のない、剣で地面を削る音。
「ちゃんと握っててくださいね! セルファさん!」
「誰に言ってるのよ」
 ベアトリーチェの声と、含み笑いのセルファの声。その後に物体同士が激しい衝突をする音が響き、セルファの突き出すそれが、空へ向かって弾き飛ぶ。セルファがその場に残っていると言う事は、敵をついている方が上へと弾き飛ばされ、自然敵が上空へと弾き飛ばされた。
「美羽さん!」
「いっくぞー!」
 待ってました! とでも言わんばかりに、美羽が跳ね上げられた敵目掛けて飛びと上がり、空中で一回転して踵を入れる。思い切り、敵の首筋に。
重力の力によって落下したのでないとすれば、それは恐ろしい攻撃となり、そして敵対者である彼は強かに地面へと体を打ち付けた。
「ごめんね、僕も考えが甘かった。だから君は此処までの目に遭ってしまったんだね」
 感心しながら見ていた託も、まさかぼんやりと見ている訳にもいかず、今落下してきたそれへと歩み寄って、見下ろしながらに言った。
「大丈夫。命をどうこうする訳じゃないんだ。ただ君を、君たちを。無力化しないと僕たちは先に進めないからね。だから――悪く思わないで欲しいんだ」
 恐ろしく平淡に呟き。
 彼は男の体を、あおむけになっている体をひっくり返し、両の腕を持ち上げる。
「行こう。二人とも」
 セルファが美羽とベアトリーチェの背を押し、託と敵に背を向けた。
「え、でも――」
「いいの。私達はまだ先に進まなきゃいけないんだから」
「…………そうですね。行きましょう、美羽さん」
 諦めの様な、そんな表情を浮かべるベアトリーチェとセルファは、次の瞬間自らの耳を塞ぎ、まだ完全に状況を把握していない美羽の耳を塞いだ。

「大丈夫。これが終わったらちゃんと、病院に連れて行くって約束するよ。必ずね」
 託の言葉は平淡だった。
持ち上げた肩。俯せになっている敵の両腕を自分の肩に乗せ――

 随分と乾いた音が辺りに響いた。