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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

 楽器が保管してある部屋。先程まではちらほらだった人影が、今は随分と増えていて、賑わっている。
「ほう……これがその楽器か。そこまで楽器は詳しくないが、しかしなかなかどうして風格があるな。良い物だ。しかも此処まで踏み揃いとあれば爽快と言うものだな」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は顎に手を当て、まじまじと並んでいる楽器を見つめていた。
「グラキエス様。楽器も良いですが、こちらにお食事と紅茶を用意しましたよ。その敵とやらがやって来るまでの間、しばし休まれては如何です?」
エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が一礼し、楽器に目を取られているグラキエスへと手を差し伸べる。
「いや、まあ確かに敵はいないからな、それも良いがしかし……良いのか? どうにも敵を待ち望むと言うのはなれなくてな」
「何を仰いますか、グラキエス様。敵が来るからこその休養でございます。貴方様のお体の事も気がかりですし、何より敵が来る前に体力を消耗する事は、とても頭の良い戦い方とは言えませんよ。さぁ、こちらへ」
 言い切ったエルデネストは、楽器に目を向けているベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)へと不意に向き、にこやかな表情から一変、無表情へと変異して呟く。
「ああ、ベルテハイト。戦う時“も”私がグラキエス様のお側についているので貴方は離れていて貰っても一向に構いませんよ。何せほら、気になるでしょう? 楽器が」
 他意を含んだエルデネストの言葉はしかし、真剣に楽器を見つめている彼、ベルテハイトには届いていなかったらしい。言い終ったあとになり、ベルテハイトが首を傾げながらエルデネストを見やる。
「ああ、何でもない。少し考え事をしていたのでな。それで、何だ? 何か言ったか?」
「…………」
 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる彼を余所に、先にテーブルについて辺りを見回しているグラキエスの元へと向かうベルテハイト。
「そこ座りながらでもいい。あまり気を張っていては体にも障ろう。そうだ、私がお前の好きな曲を奏でてやろう。何が良い」
 完全にベルテハイトがエルデネストの店舗を狂わせていたりする、その最中。
「なあ、姉ちゃん。結局のところ、この楽器を集めて何をしようかってのは良いとしてよ。それはひとまず保留にしてやるとしてよ。これから来るって言う“襲撃者”の正体は知ってんのかい?」
 アキュートの問があった。トレーネに向けて。
「わたくしにもさっぱり。噂を聞いたのはわたくしではないですし、噂と言うだけあって、もし仮にそれをわたくし自身が聞いても、誰が何の目的で楽器を狙っているのかまではわかりませんわ」
 申し訳なさそうに返事をするトレーネの横。何故か控えめにウーマが発光しながら近付いてくる。
「御嬢さん。それがしも一つ、良いかね?」
「……はい? なんでしょう」
「そこまでこの楽器を守ろうとする意味は、あるのかね?」
 ある意味、核心部だったのかもしれない。
ウーマの問いに、トレーネはにっこりと笑顔になって返事を返した。
「確かに、これはわたくしたちの父の物。姿を晦まし、行方が知れぬ父を思い集めた品物ではありますわ。でも、今はわたくしも、そしてシェリエもパフュームも、それだけではなくなったように思いますの」
「ふむ……詳しく聞かせていただけるかね?」
「簡単ですわ。だってこの楽器を集める事が出来たのは、皆様からのお心遣いあってのもの。言うなればこれは、皆様がわたくしたちを思ってくださり、わたくしたちに力を貸してくださった証。本当に嬉しく思い、だからこそわたくしたちは、この楽器たちを手放す訳にはいかないと、そう思えますのよ」
 上品に笑った。
「成程ねぇ……なんだかよくわかんねぇやつらだと思ってはいたが、そういう気持ちがあるってのは大事な事だと、俺は思うぜ」
 椅子に腰かけ、足を投げ出し、酒瓶を手にしながらもしかし、しっかりとした瞳でトレーネを見つめるアキュートは、いつものように笑う。微笑でもなく、シニカルな笑みではあるが、何処か穏やかささえ覚える様な、そんな笑みを浮かべるのだ。
「そ、それがし感動した!」

 またしても発光――。



 部屋の片隅。まるで彼等の動きをつぶさに観察するかの様に、相田 なぶら(あいだ・なぶら)は静かに部屋を見回していた。部屋を、と言うよりは、部屋の中に居る彼等を、と言うのが、最も正しい形容であるが。
彼の隣に佇むフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)からすれば、それは別段変わり映えのある光景ではない。彼は何処か――なぶらは時として、こういう時があるのだと、彼女は知っていた。

 冷静な眼で、随分と静かな色で、世界を見ている時がある。

故にそれは、驚愕もしないし、何も思わない。初めから、彼女の知る相田 なぶらという人物はこういう存在なのだと、知っているから。
「ねぇ、フィアナ」
「なんです?」
「結局のところでさ。これは何なんだろうね」
「楽器を守る。それだけなのでは?」
「ふーん。でもさ、どうにもそれだけじゃないようにも見えるんだよね。なんだろう……違う気がするんだ。もっともっと、何か根ざすところがあるんだと、そう思うんだ」
 「だからさ――」と続けたなぶら。無論、彼女は知っている。今から彼が何を言うか、ではなく、鼻頭を指で数回さすった後の彼の一言は、あんまりにも無茶振りである事に。
「フィアナ、あのトレーネって人に聞いてきてよ」
「……はい?」
 耳を疑った。
「何故、私が?」
「え!? だってほら……ね! 慣れない人、って言うかしかも女の人と話すのさ、緊張しちゃうじゃん!」
「……それどころではないのでは?」
「な、何を! それどころ!? だって!? フィアナ、違うんだ……違うんだよフィアナ」
 わざとらしく額に手首をあてがい、まるで舞台俳優の様なしなをつけて壁に寄りかかるなぶら。
「その意識の違いはあまりに大きすぎるんだよ……ああ、なんてこった……考えてもご覧よ。話には導入の部分と言う箇所があるだろう? 何事にだって」
「ええ、ありますけど」
「本題を聞く前に導入の部分で挫けたら、それこそただ怖い思いをして終わるだけじゃないか……! そんな無意味な恐怖を味わう意味が分からないよ……!」
「私は貴方のその発言の意味の方がよっぽどわかりませんが」
 冷静にツッコむフィアナ。が、なぶらは全く聞いていない。しかし、彼女としても少しは内容が気になったらしい。観念して瞳を閉じ、ため息を漏らすと腰に手を当て、片目だけをなぶらに向けた。
「……今回だけ、ですからね」
「おお! ありがとう!」
 なぶらはすかさずフィアナに耳打ちすると、彼女は成程、と呟いて踵を返した。
楽器の近くで数名と話していたトレーネの元に近付く彼女が声を掛けようとした時、不意にグラキエスの声が部屋の中に響きわたる。
「どうした!? 敵かっ!?」
 扉が開き、現れた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)が力なく倒れ込むのを慌てて抱きかかえたグラキエス。故にその場の一同にも緊張が走った、座っていた者は立ち上がり、それぞれに構えを取る。が、現れたのは東雲のパートナーである上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)。ただ一人。しかも彼、グラキエスたちに僅か張り警戒しながらに東雲たちに近付いた。
「すまんな……それは俺の『ぱぁとなぁ』だ」
「………うぅ……なんかすいません……。階段昇ってたらちょっと、立ちくらみが……」
 心配そうに彼を抱きかかえるグラキエスの肩を握る東雲の手は、力が籠らぬままに彼の肩から滑り落ちた。それを見ていた三郎景虎は、グラキエスから東雲を受け取り、肩を貸しながらに東雲を立たせた。
「だから無理だと言ったんだ。無理を押せばそうなるのは誰でもわかる事だろう」
「……無理じゃない、よ……ラナロックさんたちが困ってるんだったら、助けにくるのが普通でしょ……?」
 トレーネの腰かけていたソファーまで一直線に進む三郎景虎は、ソファに彼を横たえさせた。
「この椅子を借りるぞ」
「え……ええ」
 突然の事に多少戸惑いがあったトレーネが返事を返すと、再び扉が開く。
「ちわーす! おお、なんやなんや? 随分重苦しい雰囲気かもしだしてんなぁ……!」
 次にやってきたのは裕輝。彼は笑顔で出入り口付近にいたグラキエスの肩をポンポンと叩きながら部屋の真ん中までやって来る。
「あの者……グラキエス様に気軽に触って置いて……」
 エルデネストが怪訝そうな顔をして睨みつけるが、当の裕輝が全く意に介す事無く大きな声でトレーネに報告するのだ。
「外は異常なしや! 良かったな、まだ敵さんは来てへんよ! 安全安全! ま、敵が来たら頑張って倒したるけどな!」

 誰も知らない、彼の心中。

 どろりと黒い物が渦巻いている。