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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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 その頃、皐月が向かう中庭では。
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が何やら懸命にやっている。とは言ったものの、形としては二人でやっているのだが、セレンフィリティがそれを行い、様子を見ていたセレアナが見かねて手を出している、というのが正確なところであるが。
「セレン……罠なんだから相手が気付かない様に、ちゃんと丁寧にやらないと意味がないじゃない」
「もう……! 細かいのよ! 細かすぎ! こんなもんひっかかりゃ何だっていいのよ!」
「はぁ……教導団の生徒とは思えない発言よ、それ。トラップだって立派な戦闘方法って、講義であれほど――」
「はいはい。じゃあセレアナが頑張って。あたしはちょっと休憩。ふぃ……! いやぁ、それにしても今日は月が綺麗そうな空ねぇ」
「……人の話をちゃんと聞きなさいよ……。ったく。真剣にやればちゃんと罠も張れるし成績だって相当上の方な筈なのに。なんでそう真剣になりきれないかしらね、あなたは」
 ため息交じり。“やれやれ”なんて言葉が似合いそうな表情で渋々罠を仕掛けていた彼女たちの元、彼はやってきた。
「あれ――? ねえセレアナ、あれって」
「今忙しいの。お月見とかなら後に――って、あ」
「うんうん。彼、何回かあった事――」
 ぼんやりと、不思議そうに。その場にやってきた皐月を見ている二人。と。
「ちょっとそこの姉ちゃんたち二人。俺に詳しい説明と、熱烈な俺のファンの対応お願いしたいんだけど」
「は?」
「え?」
 二人が徐に立ち上がると、確かに皐月の後ろから、敵とぼしき男たちが六人、やってきた。
「ちょ、まだ途中なのにぃ!」
「セレン? それ、あなたが言うのね」
「あ、うん。ごめんなさい」
「何でもいいからよろしく。俺ちょっと疲れたから休憩ね」
 走りながら、皐月はふと足元数か所に何かを感じ、そのあたり一帯を飛び越えながら、セレンフィリティにハイタッチする。
「(あれ? 罠、バレてる?)え、ああ。ちょっと……!」
「セレン! 来るわ」
 二人が身構え、武器を構えて敵を待つ。
もしも罠にかからなければ、残るは純粋な戦闘行動だけなのだから。
と、一人、二人――三人が罠にかかった。決して走ってはいないが、歩きながら、しっかりと罠にかかる。
 怪我をしない程度のものから、殺傷能力はないがそれなりのダメージを与えるものまで、三人が三人で罠にかかり、戦闘の続行が難しい状態になった。
「あら、案外かかるわね」
「罠だからかかるのが当然なのよセレン。ほら、ぼっとしない」
 残った三人の攻撃を避けながら、二人はそれぞれ罠を張った付近に移動する。
「へぇ。相手、何かに操られてるのね。まああたしたちにしたら知ったこっちゃあないんだけど。仕掛けたトラップは直接的な殺傷性はないから安心していいわよ」
「御託はあと。早く敵を倒しちゃいましょう」
 攻撃をしかけながらもセレンフィリティに言うセレアナ。彼女の前にいた男も、セレアナの攻撃に誘発されて反撃し、しっかりと罠にかかって身動きが取れなくなった。
「超硬度合成繊維で出来てる特注性のネットだとかなんとかって、通販でやってたから買ってみたけど、案外行けるわね」
「え、これ通販なの!? って言うかセレン! あなたまたそんな無駄遣いを……!」
「無駄になってないでしょ! 今! 今!」
 セレンフィリティは対峙している男に未向けもせず、目もくれず、攻撃を避ける。捌く。
「おいおい、お姉ちゃんたち余裕すぎだろ。俺めっちゃ疲れたのに。って、ほら、こっちきてるし」
 中庭にある、大きな岩の上。疲れたと言う皐月はその上に寝そべり、立てている肘に頭を預けて寝っころがっている。残りの一人がやってきたのが随分と面倒だったのか、ため息をつきながら足を持ち上げ、男の腕、武器を握る方の手を数回蹴り飛ばす。
「ちょっとくらいは休ませろよな。ホント面倒。しつこい男は嫌われるんだよ? モテないのは辛いぜぇ? なははは」
 笑いながら、彼は目だけで辺りに罠の貼ってある場所を瞬時に探し、見つけた後に男をそちらへ目掛けて蹴飛ばした。
「ほーい。行ってらっしゃい」
 随分と豪快な音と共に。セレアナが見かねて張った罠に引っ掛かる男。 トリガーを踏むと、寝かせてあった木の棒が思い切り対象の顔面目掛けて振り抜かれる、ある意味凶悪な罠。
「うわっ……痛そー……つか姉ちゃんたち、結構容赦ねぇもん作るのな。こわー」
「……何でばれたのかしら」
「知らないわよ」
 皐月が罠を看破した事に驚きを持ち、故にセレンフィリティに耳打ちするセレアナだが、どうやらセレンフィリティにはあまり興味がない話らしく、自分たちの張った罠を避けながら皐月の元へと向かう。
「それで? さっき何か聞きたい事があるとかなんとかって言ってたわよね?」
「んー、まあね」
「彼氏はいないわ」
 真剣にそう言い切るセレンフィリティ。
「は?」
「でもあたしには彼女――セレアナがいるのね。ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど」
「聞いてねぇよ」
「あ、そう」
 随分と滑らかなやり取りをする二人と、ただただため息をつくセレアナ。
「あ、わかったわ。スリーサイズね、それは企業秘密」
「だから聞いてねぇって」
「あれ? そっか」
「セレン。お願いだからちょっと静かにしてて」
 これ以上は話が進まないと思ったのだろう。セレアナは肩を落として彼女に続き、皐月の元にやって来る。
「この状況――でしょ?」
「ああ。到着してラナのとこに行こうとした矢先にこれだ。何がなんだか全く把握が出来ない訳じゃあねぇんだが、細かい話が聞きたいんだよな、やっぱさ」
「そうね。私達もそこまで詳しい事情を知る訳ではないんだけど、どうやらラナロックたちの話では――」
「ちょっと! セレアナ……!」
「何? 後にしてよね」
「違うの! セレアナ! 見――」
 真剣に話をしているセレアナと皐月に割って入ったセレンフィリティはしかし、言いかけて言葉を止める。と言うよりは、寧ろ言葉を遮られる形となった。
 一番近く。皐月が罠に放り、倒れていた男が――。

 耳鳴り。
 騒音。
 雑音。
 狂気。


 三人は思わず耳を塞いだ。

 叫ぶ叫ぶ。この世の物とは思えない様な声。何もかもを否定する様な。何もかもを無視するかの様な。そんな声――否、音。

 耳鳴り。
 騒音。
 雑音。
 狂音。

「な、何だよ!?」
「わからない! セレン!」
「駄目! 痙攣の深度が深すぎて止まんない!」
 目に見えてわかる痙攣。震えと言うよりもそれは、揺れ。
まるで彼の下だけが、大地震を起こしている様に、男は震えだし、叫ぶ。

 狂気に彩られた、破滅の唄。

時間にして四十八秒。
男の痙攣は停止し、口から、目から、耳から。
鮮血を吹き出して全てを止めた。
動きも、生命活動も、何もかもを一瞬で。
彼は止めた。
「嘘でしょ……何よこれ」
「待って。って事は――」
「あああああああ! くっそ! 頭がおかしくなりそうだったのに、まさか残りの五人も全員――」
 見渡す皐月の動きは、僅かばかり遅かった。

一人であれだった、恐怖の音色。
それが五人で、大合唱。
思わず三人は体を丸め、耳を塞いだ。

 お化け、幽霊、妖怪や人外。
 死や、それに伴う全ての恐怖。

 そのどれにも属さない、もっと根源的で、
 最も心的に堪える恐怖。

それが此処に、四十八秒。

 静けさを取り戻すと同時に、辺り一帯は血の海地獄。

「……冗談きついぜ。なんだこれ。どこのホラー映画だってんだよ……ちくしょう」
「う……吐きそう……」
「セレアナ……無理しないで良いよ」
 よろよろと顔を上げる三人。が、その場にとどまる事は出来ない。出来ない事を、三人が一番良く知っている。
「これが続くと思うと正直帰りてぇけど……そういう訳にもいかないんだろ?」
「……そうね」
 三人で立ち上がり、罠地帯を抜ける。
「私とセレアナはシェリエとパフューム? だっけ。あの子たちのところに行ってこの事を伝えるわ」
「そしたら俺はラナんとこだな。丁度話も聞きたかったし……ああ、気分わりぃ……」
 二人と一人。
集合した三人は、再びばらばらに動き出す。

「くれぐれも気をつけろよ。こいつら……群がってくるだけでも性質悪ぃが、倒した後が一番性質悪い……こんな話があるかっての」
「そうね。出来れば倒さず、逃げ切りたいけど……守る物がある以上はそれも言ってられないし。はぁ、頭おかしくなりそう」
 ため息をつきながら、セレンフィリティがセレアナに肩を貸し、皐月に手を振ってその場を後にする。
二人を見送った皐月も、ポケットに手を入れて踵を返し、中庭を後にするのだ。