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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

 圧倒的な数の敵を前にしたとき、人は咄嗟に姿を隠したり、将又後にすれば後悔する様な行動に出る事がある。それはままある。
ありふれているにも関わらず、この時の彼等の行動は、一切に置いてその手の話がないのは恐らく、彼等がそれなりの場数を踏み、そして冷静で居れたから。その一点に尽きるのだろう。
「なぁ……いつまでこうして待ってるん? あいつ等これから事を始めようとしてるんに、こっから離れる事はまずないやろ? 無理に此処にいたかて、そんなん一向に身動き取れんのと違う?」
 裕輝の小さな声は、確かに隣にいる和輝の耳へと入っているし、話を聞くだけの余裕は有しているだろう彼が故に、その言葉の意味は分かっているのだろう。が、和輝は返事を返さぬまま、真剣に辺りを見ていた。
「敵の輸送車両は現在十四台。内二台は既に中の人々が出払っていて、後の十二台は未だに動きなし……ですか」
「あのぉ……お兄ちゃん、俺の言葉聞いとる?」
「聞いてますよ? 此処からあの車両へと潜り込んで――」
「ちぇ……聞いてへんやん。あのさ、お兄ちゃん、一体何を考えてんのか知らんけど、いい加減――」
「出来る限り、ですが、あそこの車両を破壊します」
「せやろ? 冷静に考えたらあのごっつい車をぶっ壊しゃあ俺たちも安全に――っておおおおい! ちゃうよ!? それちょいちゃうんねんて! 俺の言おうとしとった事やないねん! おおおおおい!」
 突拍子もない和輝の発言に、思わずノリツッコミをした裕輝。
「いいかお兄ちゃん……よう見てみ……? 確かに中から出て来とるアンちゃん共は多分コントラクターと違う。違うけども自分、あないごっついアンちゃん相手に、しかもあれだけの人数相手から見つからんと、どうやって壊すん? 潜り込んだかて、そっから先がないやん!」
 何とか声は殺しているが、それでも懸命に説得しようとしている裕輝に向かい、和輝は真剣な顔で返事を返すのだ。
「彼等の目的は楽器を集める事。恐らくあの人数は、より確実に目的を達成する為なんです。ならば、奪ってくる筈の彼らが、私の様に防衛に加担しているコントラクターの皆さんに倒されていけば、自然待機している彼等は出ざるを得ない。その隙に少しずつ、彼等が逃げる為に使うトラックを壊してしまえば――楽器を持って帰る事は出来ない。仮に勝てなくとも、負ける事はないんです」
 決意は固いようだった。だからこそ、裕輝はため息をついて言葉を呑む。成程な、と。
自分がこれ以上何をこの男に言っても意味がないと知り、だから裕輝は言葉を呑んだ。
「俺は戻るよ。何か言伝は?」
「敵の総数、そして今から私が輸送車両を数台破壊する、と言う事を。出来れば、倒せなくとも大勢がそちらに向かうように精一杯の抵抗をしてほしいと、お伝えください」
 言い終るや、和輝はゆっくりと茂みから出ていく。
「あいよ。わかった。しっかりやりや。死なん様にね」
 言い終り、裕輝は反対側の茂みから立ち上がると、足早のその場を後にする。敵である彼等に見つかれば、『無関係』とは、言えないだろう。だからこそ見つからない様にひっそりと動きながら、彼はひたすら屋敷を目指すのだ。
「でもなぁ、兄ちゃん」

 途端、悪そうな顔を浮かべて。
 彼は壁に背を預け、にやりと笑う。

「それ伝えてしもうたら、きっと話は詰まらんくなってしまうと思うんよ。俺は。せやから――」

 本当に真っ黒な笑顔を浮かべ、彼は笑う。

「それ、暫くは伝えんでおくな」

 誰にでもなく呟く言葉が夜風に流れ、かすれて消えて行く。



 茂みを出た和輝は、敵に見つからない様に車両まで近付き、何とかその下に潜り込む事に成功していた。
 気配を殺し、辺りに気付かれない様に動いているがしかし、彼はそこまで動き、違和感を覚える。
「おかしいですね……気付かなさすぎる、警戒が甘すぎる。これ、罠でしょうか――……」
 そこで彼は首を振る。横に数回、小さく、短く首を振り、不安と疑問とを振り払った。
「此処で迷うのは筋が違いますね。やれることを――やれるだけ……やりましょう」
 既に人を吐き出し切った車両の下、彼は暫くそこで様子を伺う事にした。情報を収集しつつ、今後の動きを考えつつ、しかし破壊工作をしつつ。彼が身を隠した此処は、それが全て同時に出来るのだから。

 でもやはり、不安は拭えないのである。

近付けば近付くだけ、本来開けなくていい物が次第に開いていく。
暗ければまだ、見なくて良かったもの。しかしもし近付いたり、光を当ててしまえば、今まで見えずに済んだもの、見なくて良かった物が見える。和輝の身を隠した場所は、良くも悪くもそれが露見してしまう場所だった。

 会話がない。あれだけの大人数がいて、一切会話が聞こえない、不気味な、ただただた不気味な、足を引き摺ったり、物が微かにこすれ合う音しか聞こえない。不気味な不気味な、その空間――。