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リアクション
0. 奪うもの 奪われたもの
浮遊大陸パラミタ――そこは、まるでおとぎ話から抜け出してきたような世界だ。
とは言え、多くの人たちの日々の営みがあることはコントラクターたちの故郷である地球と何も変わらない。
小さな家族が暮らす家があり、それが集う都市があり、そして――それを繋ぐ道がある。
地球では駐車場事情が悪い都心でもなければ一家に一台自家用車が当たり前の昨今だが、パラミタは少し事情が違う。
勿論、船や電車といった交通手段はある。地域ごとに差はあるが、それはきちんと整備されている。
だが、大陸全土を繋いでいるわけではない。
まして、機晶技術を使ったバイクや小型飛空艇ともなれば普及率は地球のマイカーには到底及ばない。
つまるところ、移動の基本は足。ついで、馬や馬車だ。
タシガン空峡を臨み、整備された空港を持つツァンダも例外ではない。
例外は冒険やモンスター退治をはじめとする様々な依頼を受けて大陸中を飛び回るコントラクターとアウトロー
――いわゆる盗賊やら、野盗やらと呼ばれるろくでもない連中だ。
そのろくでもない連中が騒ぎを起こしたのは一週間ほど前のことだ。
ツァンダからザンスカールの森に向かう荷馬車を襲撃し、積荷を奪っていったのだ。
* * *
野盗団討伐。
その依頼がツァンダ家当主代行の名で各校に出されたのはつい先日のことだ。
それを見たコントラクターたちは、善は急げとばかりに続々とツァンダへとやって来た。
その中には同じようにレティーシアの依頼を受けた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)と
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)の姿もある。
雅羅は代々が保安官という家柄で荒事に慣れていること、セイニィはその身軽さと機動力を買われての人選だ。
ただ、後者に関して言うなれば、非番でツァンダに戻っていたところを早々に確保されたわけなのだが。
「依頼に応じてくださって感謝しますわ」
レティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)は集まったコントラクターたちに向かって深々と頭を下げ、話を切り出した。
「荷馬車が襲われたのはここですわ」
「シャンバラ大荒野を抜けてインスミールまで行くルートですね」
広げた一枚の地図。白い指が指すのは――シャンバラ大荒野。
雅羅が確認するように呟く。レティーシアは相槌をうち、話を続ける。
「そのルートは今までは無事でした。安全に運行できていましたの。だから――」
警戒していなかったわけではない。が、今まで何事もなかったために油断や隙があったのだろう。
「痛いとこつかれたってわけね」
山猫を思わせるセイニィの青い瞳が不機嫌の色を濃くする。
「――それに関しては耳が痛いですわ」
「で、わかってることは?」
「逃げてきた御者たちの話によると2、30人――レッドアームズ、そう名乗ったようですわ」
それぞれがスパイクバイク、小型飛空艇ヴォルケーノを操りいきなり強襲をしかけてきたらしい。
武器は斧に銃器や弓矢といった飛び道具。当然、そこには乗り物の武装も含まれている。
また、いくつかの魔法武器の使用、そして、頭目らしい三十がらみの大男がガーゴイルに乗っていたことがわかっている。
「何がレッドアームズよ!? ただの野盗じゃないのよ!!」
むかつくとセイニィは目と唇を尖らせた。対する雅羅は冷静に相手の情報を吟味する。
「ガーゴイルに魔法の武器、ですか。少し厄介ですわね」
魔法の武器は総じて威力が高いものが多く、ガーゴイルがいるということはうかつに突っ込めば待つのは石化の運命だ。
と、何かを思いついたらしいセイニィがレティーシアに問うた。
「場所はわかってるわけ?」
「はい。少し調べてみたところ、アトラスの傷跡の麓にある洞窟を使っているようですわ」
アトラスの傷跡――大荒野のほぼ中央に位置する火山。
かつて、古王国シャンバラの王都があった場所も今は砂漠と荒地という荒涼とした風景が続くだけだ。
「さすが。手回しがいいわね。ね? こういう手はどう?」
一同の視線がセイニィに集中する。
「当主代行サマのお願いは野盗退治っていうよりはまずは積荷の回収でしょう。
で、ついでに野盗も退治して運行ルートの安全も確保したい。
じゃあ、こっちがとる手は一つよ。囮でまず野盗を誘き出して、その隙に」
「――相手を二分して、こちらも手勢を二つにわける……」
「そうよ。で、雅羅。あんたには囮――陽動を頼める?」
「ええ。私でよければ」
逡巡する間もなく雅羅が力強く答えると、セイニィは集まった全員に確認をとる。
「あたしはその隙にアジトに襲撃をかける。あんたたちもそれでいいわよね?」
反論の声はない。
「作戦に関しては皆さんにお任せいたしますわ。
その代わりに必要なものがあれば遠慮なく申し出てくださいませ。
ツァンダ家当主代行として、できる範囲で協力させていただきますわ」
と、小さな声がその後に続いた。
見るとレティーシアの後ろに一人の少女が立っていた。
「――あ、あのっ。あ、ありがとうございますっ……」
図らずも集中してしまった視線に緊張しているらしい。頬がうっすらと赤く染まっている。
彼女が郊外から単身、陳情にやってきたという少女だろう。
少女は一呼吸置くと、今までに出したことのない大きな声でそう言った。
勢いよく頭を下げた反動で肩口で切りそろえた栗色の髪が揺れる。
「……どうか、手紙を――おばあちゃんに届ける手紙を取り返してください……」
声を出せたことに落ち着いたのか、少女はゆっくりと視線を上げた。
そばかすだらけの幼い顔が。一縷の望みを宿した瞳が。
一人、一人――応接室に集まったコントラクターたちに注がれる。
「――どうか。どうか――よろしくお願いしますっ……」
大丈夫。
任せて。
安心して。
取り戻すよ。
二度とこんなことは起こさせない。
色と音の違う。けれど、確かな返事が響いた。
* * *
何度も、何度も頭を下げると少女は家人に案内されて部屋を辞していった。
聞けば、集まってくれた人たちにどうしてもお礼が言いたいと、館に逗留させてもらっていたらしい。
「――ふ、ん。頼まれてなくても引き受けたからにはやってみせるわよ」
「えぇ。必ず! なんとしてもその野盗を誘き出さないと!!」
セイニィが鼻を鳴らしてそっぽを向けば、隣で雅羅が決意も新たに拳を握る。
「ここは一つ、野盗さんたちをあたしとセイニィでとっちめてやらないと!!」
「俺も力を貸すぜ。ちゃんと手紙を取り戻してやらないとな――そのつもりなんだろ? セイニィ」
「お二人の何度目か共同作業への介添えはお任せください」
「介添えじゃないけど、俺も力を貸すよ」
「――30人、か。どう引きつけて、分断するか……」
「相手はそれなりの場数を踏んでいるはず――兼ねてから試算していたものを試してみる価値はあるな」
「あ! はいはい! 私も囮やるわ! 雅羅一人に危ない真似させられないもの!!」
「――二人の腕は知ってるが……あまり派手にやり過ぎるなよ? 危険なことに変わりはないんだ」
「んー……まぁ、変なものまで釣らなきゃいいよな。ま、援護は任せておけよ」
「ほぇ。結構規模の大きな捕物だね」
「――いついかなる時でも行うべきことは決まっている。ただ為すのみ、だ」
「小難しいこたぁ、いい。ようはぶん殴ってとっちめりゃいい。簡単だ」
「少女の涙は見過ごせぬ! そんな不埒者どもを捨て置いていいのか!? 否!!」
「断じて、否だ!! 何が許しても俺が許さん!!」
「「 今だ! 振り下ろせ!! 正義の鉄槌!!」」
「……おっお姉ちゃん!? 落ちついて。ここ、まだお屋敷の中だから!!」
多くは二人と同じようにそんな不埒な輩は見過ごせないとの正義感、義憤。
そんなセイニィや雅羅に力になりたいという好意。
「レディの心を汲み、助けるのは紳士の務め。望みは叶えてみせるよ――」
「お金には代えられない――代わりのないものです」
「想いの詰まった手紙は何よりも重いです。必ず、取り戻すからね」
「――任せてください。探し物は得意なんです」
「愛の詰まったお手紙を取り返すよ。 クリアエーテル☆」
「手紙を取り戻し、その野盗たちの心根も正してやらないといけませんね」
少女の想いを、その力になってやりたいとの思いやり。
「……ふぅん? みんな、真面目やなぁ……オレは――」
中にはなんとなく物騒な匂いを感じたからという声もあったりなかったりするのだが。
ともあれ、集まったコントラクターの中から、セイニィと雅羅に応じる形で次々に声が上がっていく。
それぞれの士気は十分に高い。
心は違えど目的は唯一つ――野盗討つべし。
こうしてはいられないと作戦の会議がはじまる。
そんな様子を見ていたレティーシアは、もう一度、集った全員に頭を下げた。
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