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リアクション
玖純 飛都(くすみ・ひさと)は運行ルートからわざと外れた。
目指すは以前、野盗団が現れたという方向だ。
荷馬車が行き来する、その往来の積み重ねが轍を残し、辛うじて街道と呼べるその道を外れた砂丘の向こう。
そこには――派手なスタッドや電飾をつけたた十数台のスパイクバイク。小型飛空艇ヴォルケーノ。そして――ガーゴイル。
御者たちが告げた情報と大差ない集団がいた。
(――ここまでは読み通り)
機上で息を呑んだのも束の間。
飛都はハンドルを思い切り切った。
急速転回。大きくバランスを崩してUターン。
あっという間も与えず、野盗の群れと距離を取る。
ワザと下手くそな運転をして見せるのにも、相当の腕が必要だ。
大袈裟過ぎず、でも、それらしく。
我ながら上手くできたと思うのだが、果たしてどうだろうか。
レーダーを覗き込めば、後ろから近づいてくるマーカーがいくつも見えた。
(かかった!)
作戦の成功に知らず、その口元に笑みが浮かぶ。
感情が希薄な飛都には珍しいことだ。
残念なことに、その小さな変化を認めるものはここにはいない。
「こちら、飛都。やつら、前回と同じポイントから出現。これより誘導します」
大きく蛇行するように舵を取りながら、手元の銃型HCを操り、声を上げた。
それがほんの少しだけ、嬉しそうなことに気付いたものがいるかはどうか。
それはまた別のお話。
さて、一方。
残された野盗団だが――
小型飛空艇は見えなくなった。
「ひゃっはー!! お頭、姐さん。あの野郎逃げて行きますぜ」
「当ったり前よ! 俺たちは泣く子も黙るレッドアームズよぉ」
ずんぐりとした小男とひょろりと細い優男の凸凹コンビが囃し立てる。
ガーゴイルの上で高周波ブレードを担ぎ上げた赤腕のガレスは面白くもなさそうに鼻白む。
「――ふん? 拍子抜けか、それとも罠か。まぁ、いい。蹴散らしちまえば同じだ」
寄りそうにホバリングさせたヴォルケーノの上でミランダが形の良い唇を突き出して、元部下に命じる。
「そうさ。ガレスの旦那の言うとおりサ。フラッパー! ドミノ!」
「「合点!」」
優男がスパイクバイクのエンジンを吹き鳴らし、小男が機関銃を構える
「蹴散らしておしまいナ!!」
「「承知!!」」
派手な音と砂煙を上げて赤いフラッグをたなびかせバイクが走り出す。
それに十数台のバイクが後に続く。
哨戒に出ていた飛空艇が驚き逃げ出したように見せかけ獲物を誘い込む。
そんな飛都の作戦に見事に引っかかっていた。
* * *
どこまでも晴れ渡る青い空の上にルカルカ・ルー(るかるか・るー)はいた。
風が髪を揺らす。頬を撫でるそれは高みにあるせいか、地上のそれより幾分か強い。
陽の光を受けた金の髪がふわりと揺れる。
流れる髪をそのままにルカルカは目を閉じ、一つ大きく伸びをした。
「作戦中だぞ、ルカ」
「頼もしいじゃねぇか。肩に変な力入ってるよりはいいぜ」
と、両翼から声がかかる。
油断するなと言外に滲ませるのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)。
些細なことだと豪快に笑い飛ばすのはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)。
「ほえ? ごめん、ごめん。あんまりにもいい天気なんだもん」
いたずらを咎められた子供のよう舌を出すとルカルカは地上へと視線を落とした。
ダリルとカルキノスもそれに倣う。
視線の先には――とこまでも広がる砂の大地。駆けていく荷馬車の群れ。
その上にそれぞれが乗るレッサーダイヤモンドドラゴンが小さく影を落とす。
手にする双眼鏡のおかげで遠いがその姿ははっきりと確認できた。
視認距離ギリギリの境界線。野盗たちにそれと悟られないように、その時を待つ。
ルカルカとカルキノスの言を借りるなら――“弱肉強食”。
即ち“野盗の皆様に荒野の掟を教えてあげるだけの簡単なお仕事”である。
たたが無法のならず者。されど無法のならず者。
退治に手を焼く野盗相手に簡単に物を教えることができると言い切れるのはこの三人だからだろう。
「……たんぽぽの綿毛よろしく飛んで行く気がないなら、結構だ」
「だいじょぶ。だいじょぶ――」
と、ふにゃと笑うルカルカの空気が変わった。
カルキノスの目がレンズの裏側でギョロリと動く。
「――来やがった」
「後方、2時の方向だ。ルカ」
「おういえ」
回線に向って獲物が掛かったことを仲間に知らせる。
「ルカだよ。野盗の皆様、後方2時の方向より出現――飛都のバイクを追ってる」
「本隊に接触までは5分だ。各員は手筈通りに」
指揮官の能力を発揮しながらダリルがルカルカの言葉を継いだ。
* * *
進むごとに、和輝の元には周囲に走らせた斥候から次々と情報が入ってきていた。
それを一つずつ吟味しながら、和輝は策を練る。
(――野盗共、運用テストに協力してもらうぞ)
と、そんな和輝の脳裏にふいにひとつの映像が浮かぶ。
遥か高い空の上から、街道を見下ろす――そんな風景。
『和輝ー、アニスだよー。見える?』
続いて、元気な少女の声が端末から聞こえてきた。
声の主は空飛ぶ箒ファルケに乗って荷馬車の後に続くアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
操る箒の周りを白い鳩の群れがくるりとまわり、上昇していく。
ついさっき、和輝の脳裏に浮かんだのは鳩の目に映る景気。
言葉で説明するよりも、同じものを見せた方が色々と早い。《精神感応》を応用した中継である。
「あぁ。見えた。引き続き、偵察を頼む」
『うん。これなら伝達漏れなし!! しっかり、おっ仕事〜♪』
『――和輝。借り受けた飛装兵。久秀の好きにしてもかまぬか?』
アニスの後ろ――箒に横座りした松永 久秀(まつなが・ひさひで)が何か含んだ笑顔で問う。
いつの間に支度をさせたのか。いかにもな無法者――しかも下っ端に扮した飛空兵たちが見えた。
「情報撹乱、か」
『そうよ。――あの者たちの姿と久秀の声――』
言わなくてもわかるでしょう? と言わんばかりだ。
確かに最初は和輝も同じことを考えていた。
久秀の類まれない弁舌。そして、野盗団に紛れ込んだ飛空兵がそれを模す様に動く。
疑心暗鬼を誘われ、敵は同士討ちを始めるに違いない。
だが、和輝は首を横に振った。
ここに至るまでに行った試算の結果だ。正しい答えを導き出した自信がある。
「――いや。効果は薄い――敵は自分たちの仲間を見誤るような真似はしないだろう」
『……手足を知る、頭ということかしら?』
「おそらくな。――奇しくもこっちと向こうの数は同じくらいだ。
集まったばかりの俺たちだって、敵と味方を間違えたりはしない――そういことだ」
『――ならば、使いどころを変えてみるとしようかしら』
「どう変える?」
『乱戦になった後――それなら、上手くいくと思わない?』
くつくつと楽しそうに笑う声に重なって敵の接触を告げるルカルカとダリルの声が飛び込んできた。
「後だ――いや。その辺は任せていいんだな?」
『あら? 久秀を誰だと思ってるの?』
含み笑いを残して会話が途切れる。
意識を切り替えると和輝は脳裏に浮かぶ映像に意識を集中した。
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