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想いを取り戻せ!

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想いを取り戻せ!

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   2. ノブレス・オブリージュ 〜 紳士と貴族 探偵と騎士 〜
 
 陶器を思わせる白い指が無骨な岩肌に伸びた。
 一瞬の躊躇いが見られたのは触れるのが砂埃と湿った泥だからであって、何かに臆したわけではない。
(……順当に考えれば、何の価値もない紙切れを野盗が未だ持っているとは思えないが――)
 声に出す代わりにメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)はその端正な面を微かに歪めた。
「何かわかったかい?」
 隣で赤毛が揺れる。期待に満ちた緑の目には疑いなど微塵もない。
 表情の変化を読み取ったらしいエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が答えを急かす。
「――まだ、だ。事を急くのは紳士にあるまじき態度だと思わないか?」
「それは失礼。――レディの願いを早く叶えてあげたくてね。迷えるレディに手を貸すことこそ紳士の務めだ」
 そうだろう? と同意を求めるようににっこりと微笑むパートナーにメシエは閉口する。
 どうしてここまで頑なに手紙の無事を信じられるのか。
 金銭的な価値のないものを、欲得でしか動かない人間が持ち続けると思えるのだろう。
 生きてきた歳月も、環境も、そもそも種として違うのだ。
 吸血種であるメシエにとって、エースを筆頭に人間――いや、地球人は理解に苦しむ存在だ。
 よくもまぁ、そんなに夢のような理想を信じれるものだと思う。
「――まったく。君をはじめ地球人は気忙しい上に騒々しくて困ったものだね」
「――かもね。でも、今回はちょっと余裕がない。本当に急がないと手紙は二度と戻らない。戻らないんだ」
 そう言って少し困ったようにエースは笑って、口を閉じた。
 だが、緑の瞳は強い光を帯びたまま。
(――わかって、いや、そうか。それでも、君は――)
 信じているのだ。いついかなる時でにも存在する、“もしも”を。その僅かな可能性を。
「――そのまま黙っていてくれ。今から始める――」
 指先に意識を集中する。物に宿る強い感情や記憶を読み取る力――《サイコメトリ》。
 これで洞窟内の強い感情を読み取り、内部の情報を探るはらだ。
 だが――何かを知ることは叶わなかった。
 火山にできた洞窟は山の一部であり、ひいてはこの広い大地と繋がっている。
 大きすぎたのだ。
「――――」
「仕方ない。こうなれば、直接行くしかないね。大丈夫――古今東西、どこの神様だってレディの涙には弱いはずさ。
 俺も弱い――だから、大丈夫。きっと間に合う。間に合わせてみせる」
 隠しきれない苛立ちに思わず顔を顰めるパートナーにエースは笑って見せた。
 いずれ背負うべき責任の重さの代わりに恵まれた環境で健やかに育った種は理想に向かって真っ直ぐに咲く。
 そこに流れる血とその青臭さを好ましく、面白いと感じていたことをメシエは本当に久しぶりに思い知らされた。
 
   * * * 
 
「――マヌケだ。実にマヌケなのだよ」
 見つけた何個目か砂山を前にリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は呆れた様に鼻を鳴らした。
「君がかい? リリ」
 隣で、いささかうんざりした態のララ・サーズデイ(らら・さーずでい)も呆れた様にパートナーを見下ろす。
「うるさいのだよ。……今度こそは間違いないのだ」
「だといいがね。これで何個目か覚えているのかい?」
「――たくさんなのは間違えないはずなのだよ。だがね、ララ」
 小柄な体を大仰に反らしながらリリは持論を展開した。
 パートナーから今までの行動の説明を一切受けていなかったことに気付いたララは反論を止め、耳を傾ける。
「あれは人為的なものなのだよ」
「――さっきから君が見て回っている土の山がかい?」
 二人がいるのは野盗団の本拠地とされている洞窟の丁度裏側に当たる。
 途中まではセイニィたちに同行していたのが、アトラスの傷跡が見えてきた辺りで、リリが一行から離脱したのだ。
 ちなみに別れた襲撃部隊は何事もなくアジトの入口付近に潜伏済みである。
「そうなのだ」
 ほらとリリは銃型HGを起動させた。
 ホログラムがアトラスの傷跡の全景をつくり、高低を示す地図や様々な角度、エリアの写真がポップアップされる。
 その一枚を指先でタップして拡大して、示す。
「ここに穴がいくつも開いているだろう? これは自然にできたものなのだよ」
 こっちが――と言いながら、いつの間に撮ったのか。土の山とその近くにある不自然な穴の写真を並べる。
「――確かに、よく見れば……違うような……だが、それが一体なんだというんだい?」
 リリの言わんとすることが掴み取れず。
 さりとて、土の山と穴に別段問題があるように思えずララはお手上げだと天を仰ぐ。
「簡単な話だよ。相手は犯罪者だ。間違いなくいざという時のために脱出路を確保しているはずなのだよ」
「――つまり……君はその抜け道を探しているのかい?」
 ようやく納得したララにリリは大きく頷いて見せた。
「地図で得た情報と実際見て歩いた結果――自然にできた入口は一つだけなのだよ」
「……なるほど。それ以外に作るとなれば抜け穴を掘るしかないわけだな」
「うむ」
「――マヌケな奴らだ。あれでは自ら首を絞めているものではないか。早速、待ち伏せに行こうではないか。リリ」
 満足気なリリをしたり顔のララが急かす。
(……君だって最初はわかっていなかったじゃないか……)
 そう思ったが口には出さず、リリはあぁと返事を返し、その後を追った。
(しかし――こんなに穴を掘った跡があるとは誤算だったのだよ)
 敵の抜け道確保の報が仲間の元に届くまで――あと五秒と十分。