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【四 激論か口論か】

 教導団としては、対パニッシュ・コープス殲滅作戦を今更取りやめる訳にはいかない。
 であれば、アヤトラ・ロックンロールに対してはあくまでも下手に出て、協力をお願いする立場を貫くしか方法は無かった。
「今後は、このトゥーエッジャーが交渉窓口となる。彼とよくよく話をするが良い」
 その言葉を最後に、デーモンガスは筋肉の塊のような巨躯をのっそりと立ち上がらせた。
 革製のブーメランパンツやハーネス、ライダーブーツなど、実にエキセントリックな格好ではあるが、その物腰は寧ろ優雅とさえいって良く、その妙なアンバランスさは教導団側に少なからず戸惑いの念を浮かべさせていた。
 デーモンガスが去った後、トゥーエッジャーが、それまでデーモンガスが座っていた席に移り、レオンの真正面に位置を取った。
「まぁそういう訳だ。後は俺が引き継ぐ」
「では、話を続けさせて貰いましょうかね」
 ルースがレオンの代理という位置取りで、トゥーエッジャーに応じた。
 ところがその時、末席でじっと沈黙を守っていた裏椿 理王(うらつばき・りおう)が不意に手を挙げ、発言を求めてきた。
「いきなりで申し訳ないが……ジェニファーさん、お姫様抱っこさせてください」
 そのひと言で、場の空気が一瞬、凍りついた。
 理王は決してふざけているのではなく、その面持ちはまさに真剣そのものであった。
 相変わらずうつむいたままのテンガロンハットの女性に対し、理王は周囲からの咎めるような視線などまるでものともせず、言葉を続ける。
「今回現れた鏖殺寺院のグループは、仲間をも暗殺する凶悪な集団だ。そういった相手を殲滅する為にも、君のデータがどうしても必要なんだ!」
 残念ながら、支離滅裂である。
 ヘッドマッシャーを倒すのに、どうしてパニッシュ・コープス殲滅が直接リンクするのか。そこがまず、理王の頭の中では整理出来ていなかった。
 パニッシュ・コープス殲滅作戦とヘッドマッシャー迎撃は、全く別物である。ヘッドマッシャーを倒したからといって、それが直接パニッシュ・コープスを叩くことになる訳ではない。
 だがそれ以前に、理王の要求は防衛戦術上、どうしても認められないという別の理由があった。
「あのねぇ……そんなこと、あちらさんの事情云々以前に、教導団として認められると思ってるんですか?」
 ルースが心底呆れたといわんばかりの表情で、やれやれと小さくかぶりを振った。
 理王は、甚だ心外であった。
 彼には彼の理論があり、その理論に従って、お姫様抱っこを要求しているのである。
「私達はデータさえ得られれば、それで良いので……もし何なら、パソコンの使い方とか、携帯の使い方なんかも色々教えて差し上げますよ。その辺で手を打って貰えませんか」
 理王の隣で黙々と議事録を作成していた桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)も参戦し、理王に助け舟を出す。
 だが、それでも認められないとルースは首を左右に振った。
 一方のトゥーエッジャーは、ことの成り行きを面白そうに眺めている。
「まぁ仮に、あなたみたいな非力な者が、ジェニファーさんをお姫様抱っこしたとしましょう。その瞬間、ヘッドマッシャーが襲ってきたら、どうするつもりなんです? ジェニファーさんはお姫様抱っこなんかされて、まともな回避運動は出来ないし、あなた自身、戦闘に関しては全くの無能といって良いぐらい非力だ。あなたのやろうとしていることが如何に危険で、教導団としては絶対に認められない行為だということが、まだ分かりませんかね?」
 ここまでいわれると、理王も屍鬼乃も口をつぐまざるを得ない。
 トゥーエッジャーは小さく肩を竦め、葉巻を咥えた口の端から大量の煙を吐き出した。
「そっちは内部の意識統一すら、まともに出来てねぇようだ。そんな相手と、交渉なんざ出来る訳もねぇな。時間をやるから、そっちはそっちで、きっちりコンセンサスをまとめて来な。話はそれからだ」
 レオンもルースも、トゥーエッジャーの鋭い指摘には返す言葉も無かった。

 かくして、正式な交渉のテーブルは一旦、お開きとなった。
 次の団体交渉はまだ予定すら立っていないが、それ以前にまず、トゥーエッジャーから指摘された通り、教導団側でしっかり意識統一をしておく必要があった。
 だが、交渉そのものを止めてしまう訳にはいかない。
 交渉部隊の一部の面々は、個別にアヤトラ・ロックンロール幹部との面会を求め、それぞれで協力の必要性を説く構えを見せた。
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)チムチム・リー(ちむちむ・りー)は、アヤトラ・ロックンロールの下っ端を通じて、幹部のひとりヴァーノン・ジョーンズへの面会を申し入れた。
 以前、この地域での突破戦を敢行した際、レキとチムチムはヴァーノンと直接、やり合っている。いわば、お互いに戦場で刃を交えた者同士であり、そういう意味では、最も因縁深い相手であるともいえる。
 そのヴァーノンに面会を求めるといった辺り、レキもチムチムも相当に肝が太いといって良いだろう。
 古代遺跡群内には幾つか特徴的な建造物があり、そのうちのひとつとして、西の塔、というものがある。
 レキとチムチムは、その西の塔前でヴァーノンの出現を待った。
 果たして、ピンク色のモヒカンが特徴的な革鎧姿の大男が、やや傾き始めた陽光の中を大股に歩いてくる。ふたりは幾らか緊張した面持ちで、ヴァーノンを出迎えた。
「俺に何の用だ? 交渉窓口はトゥーエッジャーで一本化してある筈だが」
 レキとチムチムは以前戦ったことがあるという経緯から緊張の色を隠せないでいたのだが、対するヴァーノンはというと、殊更意識した様子も見せていない。
 もっと端的にいえば、レキとチムチムのことを忘れてしまっているのではないかとさえ思えた。
 そのことが、ふたりのプライドを少なからず傷つけた。
「えっと……覚えてないかな? 前にボクとチムチムがキミと戦ったことがあるんだけど」
「ん? あー、いわれてみれば見覚えのある顔だな……だが、それが何だ?」
 やっぱり、覚えていなかった。
 レキとチムチムは、全身の力が一気に抜けていくような錯覚に囚われた。
「いや、もう良いアル……それよりも、折り入ってお願いがあるネ」
 遠回しにいっても話が先に進まないと判断したふたりは、単刀直入に用件を切り出した。
「そのね……デーモンガスさんに会いたいんだけど、仲介をお願いできないかな、って思って」
「何だ、お前らもデーモンガスと話したいってか?」
 幾分うんざりしたような調子で、ヴァーノンは大袈裟に溜息をついた。
「どいつもこいつも……会うのは好きにすりゃ良いがな、もうちょっと、誰かひとりに一本化するなり何なりしてこいよな。デーモンガスだってよ、暇じゃねぇんだからな。全く……どうしてこう、コントラクターってのはてんでばらばらで好き勝手にやりやがるんだ? まだ俺達のような野盗の方が、よっぽど統制が取れてるじゃねぇか」
 思わぬところで、思わぬ愚痴を聞かされる破目となり、レキとチムチムはつい顔を見合わせた。
 こういっては何だが、凶悪な容貌を見せるヴァーノンが、どこかの組織の中間管理職のように思えてならなかったのである。
 それはともかく、レキとチムチムはヴァーノンのお墨付き(?)を得て、デーモンガスとの面会が認められた格好となった。
 何となく拍子抜けではあったが、ひとまずヴァーノンとの面会の目的は済ませた。次は、直接デーモンガスと面会して、協力を申し入れるだけだが――。
「一応念の為に聞いておくが、デーモンガスと会って、何を話すつもりだ?」
「んーと、以前チムチムを荒野に放りっぱなしにせずに拾ってくれたことへのお礼と、協力のお願い」
 レキの答えを聞いて、ヴァーノンはやっぱりな、といわんばかりのうんざりした表情を見せた。
「生憎だがな、同じような内容の話を、同じような連中が、同じような調子で何人もデーモンガスに持ちかけていってるよ。今更お前らが話に行ったところで、ただの二番煎じだよ」
 ヴァーノンのひとことは、中々に辛辣であった。

 レキとチムチムにヴァーノンが語ったように、既に何人ものコントラクター達が直接、デーモンガスとの交渉に赴き、その都度、門前払いとまではいかないまでも、話半分で追い返される者が続出していた。
 例えば、最初に面会を申し入れたセフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)達の場合、提示条件がいずれもデーモンガスの心の琴線に触れなかったらしく、ほとんど交渉らしい交渉にはならなかった。
 それならば、と最後の手段として考えていたジェニファー拉致も、デーモンガスの信じられないような戦闘力の前では、三人がかりでもまるで歯が立たず、軽くあしらわれて放り出される始末であった。
「交渉方法とか提示条件がまるで合致しないと、本当に惨めな結果に終わるものですね……」
 セフィー自身は、傭兵稼業の間に培った交渉能力にはそれなりの自信を持っていたが、結局のところ対人技術というものは、相手があってのことである。
 これまでの経験が全てそのまま適用出来ると考えるのは、誤解を恐れずにいえば、単なる無謀に近い。
 その典型が、今回の交渉失敗という結果であった。
「色仕掛けにも動じないし、こちらの戦闘力じゃまるで歯が立たない……一体どうなってるんだ?」
 オルフィナは未だに信じられないといった様子で、セフィーの言葉に何度も首を傾げていた。
 所詮は野盗団、自分達三人が揃えばどうとでもなる――ある種の思い上がりにも近い自信が、今回の失敗の最大の元凶となったかも知れない。
「いや……悪いけど、あんた達はアヤトラ・ロックンロールの実力を舐め過ぎだよ」
 自身もデーモンガスと直接面会したひとりであるアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、やや呆れた表情で途方に暮れているセフィー達三人を、やんわりとたしなめた。
 そのアキラはというと、彼はある意味、デーモンガスとの交渉を成功させたともいえる。
 というのも、彼の場合はヘッドマッシャーの脅威からジェニファーを守らせて欲しいという、至極単純な頼み込みであった為、デーモンガスとしても特に断る理由は無かったからだ。
 尤も、アキラはアキラで、デーモンガスに呆れられるという失態をやらかしていた。
 ヘッドマッシャーを、キノコ怪人と勘違いしていたからだ。
「えー、だってさ、頭がヘッドで、マッシュがキノコで、シャーは人を表す英語じゃないの?」
「……マッシャーはすり潰すものという意味じゃ、馬鹿者」
 見かねたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が突っ込んだところで、やっと意味を理解した、といった按排である。
 デーモンガスがアキラ達に一抹の不安を覚えたとしても、無理からぬ話であろう。
「でも、ヘッドマッシャーの話を出した時のデーモンガスさん、ちょっと普通とは違う反応でしたよね」
 交渉の場ではひたすら、相手側の顔色や仕草を観察していたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、思い出すように小さく呟いた。
 それは、セフィー達の交渉の席で、周囲を警戒していたエリザベータも気付いていた。
「何というか……ヘッドマッシャーについて、一定以上の情報を持っているような、そんな雰囲気でしたね」
「もしかしたら、一戦交えたことがあるのかも知れません」
 いいながら、セフィーは腕を組んだ。
 教導団の一個小隊を軽く蹴散らす程の実力を誇るヘッドマッシャーと過去に渡り合ったことがあるとすれば、デーモンガスの実力もおのずと窺える、というものである。
 と、ここでもまるで空気の読めていないアキラが、余計なひと言を放った。
「生憎だけど、今のあんた達じゃ、俺達三人が相手でも十分蹴散らせるよ……」
「……それは狼に喧嘩を売っている、ということかしら?」
 セフィーの目が据わった。
 慌ててルシェイメアとセレスティアが、アキラの口を左右から塞いだ。
「き、気にするな。こやつの妄言じゃ」
「あははは……そ、そぉですよ〜。ここで喧嘩なんかしたら、またデーモンガスさんに放り出されちゃいますよ〜」
 引きつった笑みを浮かべながら、ふたりはアキラを引きずるようにしてその場を慌てて去ってゆく。
 セフィーはセフィーで腹の虫が収まらなかったが、オルフィナとエリザベータにたしなめられ、ひとまずこの場は落ち着こう、ということになった。