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【七 その出現の意味】

 パニッシュ・コープス実働部隊の捕虜から得られた情報は、他にもあった。
 彼らが身につけていた火器や装備一式は、全て教導団に納入されているものと同一の仕様を満たしており、ただその仕向先だけが異なるOEM製品だったのである。
 勿論、パニッシュ・コープスは鏖殺寺院の内部組織であり、直接彼らと取引する企業などは、世論的にも強いバッシングを受けることは必定である。つまり、その取引企業は完全なる架空会社であった。
 では、その架空会社のOEM製品として、実質的にパニッシュ・コープスの装備を供給しているメーカーは一体、どこなのか。
 その疑問は、すぐに解消された。
 捕虜の装備を検分したレオンが、同じ仕様の装備について知っていたのである。
 即ち、ウィンザー・アームズ社であった。
 この事実は、ヒラニプラにて調査を進めている白竜からも第一報として連絡が届いており、最早疑いの余地は無かった。
「ウィンザー・アームズ社ね……あそこの製品なら、知ってるわ。中々、高機能な製品を納める会社だから、私の中では評価高かったんだけどね」
 幾分、ご機嫌斜め的な仏頂面で、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が押収されたアサルトライフルを手に取って低く呟いた。
 いつも通りの鮮やかなメタリックブルーのビキニを着用していながら、真面目な顔つきで銃器を手に取るその姿は、一種異様な光景であるともいえる。
 片やパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、教導団の制服に砂漠戦用装備を装着しており、いってしまえば極々当たり前の恰好なのだが、セレンフィリティとの水着の競演が今回ばかりは完全に崩れてしまっている為、違和感があるといえば、かなりの違和感だらけであった。
 それはともかく、セレアナもセレンフィリティ同様、ウィンザー・アームズ社製の製品は、何度か使用したことがある。性能や使い勝手は決して悪くはなく、彼女の中でも使用感は上位にある方であった。
「それにしても、気のせいかな……彼女、少し機嫌が悪そうじゃないか?」
 押収品検分の場に、責任者として立ち会っているレオンが、決して笑顔を見せないセレンフィリティに、これまた別の意味で違和感を覚え、セレアナにそっと囁きかけた。
 セレアナは、苦笑とともに小さくかぶりを振る。
「セレンったらね、まだジェニファーさんと会わせて貰っていないことに、腹を立ててるのよ」
 曰く、ジェニファーへの密着護衛を自ら買って出ていたセレンフィリティだが、肝心のジェニファーとは、まだあまり接触が取れておらず、会話らしい会話も全く交わせていなかったのである。
 これは、ジェライザ・ローズが影武者を演じているから、という理由が大きいのだが、しかしセレンフィリティにしてみれば、自分と波長が合いそうな美女をただ守りたいだけなのである。
 それなのに、挨拶の場すら設けて貰えないものだから、すっかり臍を曲げてしまっていたのだ。
 だがその一方で、セレアナは内心で妙な安堵を覚えてもいた。
 セレンフィリティが自分以外の女性に、過度な関心を抱いているという事実が、どうにも気に入らなかったという本音があった。
 勿論、ジェニファーを守ることは教導団の一員としては必須の課題であり、それに対して真面目に取り組むべきだというのは、理性の部分では理解出来ている。
 が、矢張り感情の部分では、いささか面白くないという思いが強かった。
 それだけに、セレンフィリティが未だにジェニファーと接触出来ていない現状を、本人の前ではあからさまに顔には出さないが、セレアナとしては決して悪い気分ではなかったのである。
 だが、そんな個人的な感情も、パニッシュ・コープスとウィンザー・アームズ社との裏での繋がりという事実の出現によって、脳裏の奥底へと押し込まれてしまっていた。
「ウィンザー・アームズが手を貸してるってことは……少なくとも装備や武器の面では、うちと互角……もしくはそれ以上と見た方が良いかもね」
 セレンフィリティは相変わらず不機嫌そうな面持ちではあったが、その分析は極めて冷静であり、しっかりと現実を捉えていた。

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、ジェニファーが護衛を買って出ているコントラクター達に対し、奇妙なまでに疎遠な態度を取り続けていることに、違和感を通り越して、不審を抱いていた。
 噂に聞くジェニー・ザ・ビッチなる美女は、敵にも味方にも遠慮会釈無しに、その妖艶なる白い柔肌を押し付けるような勢いで懐へと飛び込み、諸々のコミュニケーションを取ろうとするということで割りと有名な人物である、ということであった。
 しかし今の彼女は、革製ビキニスタイルでほとんど裸体に近い格好ではあるものの、その面はテンガロンハットを目深に被って目許まで隠し、なるべく声を出さないようにと細心の注意を払っているように見える。
 ジェニファー護衛部隊として組織されたコントラクター達は、ジェニファーの機嫌を損ねてしまってはレオンに迷惑がかかるという気遣いから、ジェニファーのこのような態度にはあまりおおっぴらに触れようとはしなかったのだが、グラキエス自身はジェニファーと交渉する者を護衛する、という形で今回の交渉部隊に参加していた為、その辺はほとんど気を遣う必要が無かった。
「折角守ってあげようとしているのに、何だか素っ気無いね。護衛部隊の皆が、少し可哀想に思えてくるよ……本当に、どういう考えなんだろうね」
 グラキエスはジェニファーと、その周囲のコントラクター達に気の毒そうな視線を投げかけているが、しかしその隣りでは、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が内心で大きな溜息をついている。
(主よ……あまり、ひとのことはいえませぬぞ)
 アウレウスが愚痴をこぼしたくなるのも、それはそれで尤もな話であった。
 現在のグラキエスは、以前の記憶を失っているのに加え、肉体の衰弱が激しく、おまけに魔力の扱い方までも忘れてしまっている為に、戦闘力という点に限って見れば相当に弱体化しているといっても過言ではない。
 であるにも関わらず、グラキエスは今回、ヘッドマッシャーなる謎の強敵と遭遇する確率の高い任務に参戦するという、冒険というよりもほとんど暴挙に近い行動に打って出た。
 勿論そこにはグラキエスなりの考えがあったのだが、アウレウスにはその真意が掴み切れず、ただただ、自ら死地に足を向けているようにしか見えないグラキエスに困惑を隠せないでいた。
「アウレウス、俺の顔に、何かついてるかい?」
 不自然なまでに自身の顔をじっと凝視してくるアウレウスに、グラキエスは不思議そうな面持ちで問いかけるも、アウレウスはもう一度、小さな溜息を漏らしながらかぶりを振った。
「いえ、主……何でもありません」
 だが矢張り、小言のひとつぐらいは――そう思い直し、アウレウスが再度口を開きかけようとした、その時であった。
 不意に、グラキエスの無線機にエマージェンシーを知らせるコールが入った。
『エンド! 出ました!』
 声の主は、古代遺跡群の外縁付近から数百メートル更に外側を小型飛空艇で巡回していた、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)であった。
「奴かい?」
『はい、情報通りの外観です。間違い無く、ヘッドマッシャーでしょう』
「分かった……早速レオン隊長に知らせて迎撃態勢を取ってもらう。キースも、無茶はしないように」
『そういうエンドも、無理はしないでくださいね。危険な時は、何よりも自分の身の安全を優先するようにしてください』
 そこで、無線連絡は途切れた。
 この直後、グラキエスはレオンを介して、ヘッドマッシャー出現を交渉部隊とアヤトラ・ロックンロールの双方に緊急情報として伝えて貰った。
 古代王国遺跡群の中が、蜂の巣をつついたような騒ぎになったことは、いうまでもない。

「九条センセ……じゃなかった、ジェニファー。取り敢えず、ルカの傍に居てね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)に釘を刺され、ジェニファーに扮しているジェライザ・ローズは一瞬、うっと詰まったが、直後には素直に頷き返して指示に従う意を示した。
 ルカルカは、白衣姿のジェニファーがあまりにも九条先生としてのジェライザ・ローズの姿に酷似していた為に、現在革製ビキニとテンガロンハットを身につけているこの美女が、影武者であることをすぐに見抜いた。
 紛いなりにも、ジェライザ・ローズの九条先生としての白衣姿は見慣れているルカルカである。気付かない方がおかしかった。
「しかし、レオンの奴もそうそう落ち込んでいる程ではなかったから、まぁ良かったってところか。しかし、ホテルの監視カメラには本当に何も映ってなかったのは、誤算だったな」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、レオンからの『ヘッドマッシャー現る』の報を受けて戦闘準備を整えながら、いささかぼやくような調子で唸った。
 この古代遺跡群に至るまでの道中、カルキノスはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と共に何度も殺害現場周辺の監視カメラの映像をチェックしてきていたのだが、あのダリルが、全く分からないと匙を投げた程なのである。
 敵が一体、どのようにしてグエンへの接近を果たしたのか、今もって不明であった。
 それだけに、今回の襲撃があまりにもあからさまに姿を見せての接近なのがいささか、気にかかるところではあった。
「何かの意図を感じなくもないが……しかし、来た以上は迎え撃たねばならん。淵は、罠組と連絡を」
「おう、任せとけ」
 ダリルの指示を受けて、夏侯 淵(かこう・えん)が小型飛空艇に跨りながら、無線機を手に取った。
 ひと言ふた言、無線機の向こう側の仲間達と今後の作戦行動について軽く確認を交わした後、淵は自らが駆る小型飛空艇を宙空に浮かした。
「俺は奴の姿を先に見て来る。視覚的に見ていると見ていないのとでは、対応に差が出てくるからな」
「うむ、頼む」
 ダリルに送り出されて、淵は既に戦闘が始まっていると思しき地点へと小型飛空艇を急がせる。
 一方、残った面々はジェニー・ザ・ビッチならぬジェライザ・ビッチを囲むようにして、古代遺跡群の中でも比較的開けた位置の際に位置する建物内で防衛ラインを張った。
「しかし……彼らがいざという時の逃走を拒否したのには、驚いたな」
 ダリルが、少し前に九条先生姿のジェニーから直接、逃走は拒否する旨の言葉を受けたことを思い出し、訝しげな面持ちで首を捻った。
 野盗団ならば、敵に背を向けて逃げることに然程の抵抗があろうなどとは思えなかったのだが、しかしどういう訳か、ジェニーは頑として首を縦に振らなかった。
 まるで何か、絶対にここを離れられない理由があるかのように。
「まぁ、あっちにも何かしら事情があるんだろうさ。離れられないってんなら、仕方が無い。俺達で守り抜くだけだ」
「レオンの話じゃ、敵は標的以外にはあまり目もくれないって話だったからね。レオンが助かったのも、敵がある意味、仕事に徹するプロフェッショナルだったから、っていうのもあるし」
 いいながら、しかし、ルカルカは自分の言葉にある種の矛盾を覚え、矢張りダリル同様、小首を捻った。
「……でも、それじゃやっぱりおかしいよね。何で今回は、わざわざ大勢のコントラクターを相手に廻すような大立ち回りをやろうとしてんだろう?」
 本当にジェニーだけを殺すのであれば、もっと他にやり方があった筈だ。
 にも関わらず、ヘッドマッシャーは白昼堂々と姿を現した。これだけの数のコントラクターが揃っていれば、殺害どころか、ここまで突破してこれるかどうかも分からないのである。
 どうにも、敵の行動には一貫性が感じられないような気がしてならなかった。
 戦ってみれば、何か分かるかも知れない――ルカルカは、幾分自信無さげに低く呟いた。