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ヘッドマッシャー

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【九 炙り出される謎】

 少しだけ、時間を遡る。
 アヤトラ・ロックンロールの主拠点たる古代遺跡群から東へ数キロ離れた岩場で、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)はつい数分前まで激闘を演じた相手――即ち、ヘッドマッシャーの動きを己の意識の中で、何度もリプレイさせ続けていた。
(……奴の本当の恐ろしさは、Pキャンセラーが発動するだとか、鞭みてぇな武器を操るだとか、そんなちっぽけなところじゃねぇ)
 全身が己の血で汚れ、体のそこかしこで深刻な打撃を受けたことに起因する壮絶なまでの激痛の波に耐えながらも、竜造はヘッドマッシャーの強さの原点に、改めて意識を向けた。
 ほとんど奇跡ともいうべき偶然で、竜造はヘッドマッシャーを発見した。
 そのまま、有無をいわさず攻撃を仕掛けた竜造に対し、不意打ちを受けた格好のヘッドマッシャーは最初の数合で結構な打撃を受けた。
 竜造の、コントラクターとしての能力に一切頼らない攻撃は思いのほか、ヘッドマッシャーに手酷い傷を負わせた。
 少なくとも竜造自身が感じた手応えを見る限りでは、相当な戦果を上げたという自負がある。
 だが、更に竜造が梟雄剣ヴァルザドーンを振るった時、ヘッドマッシャーは自らの左腕を敢えて差し出し、切っ先を受け止めるようにして自ら貫通させてきたのである。
 狂ったのか、と竜造が目を剥いた瞬間、ヘッドマッシャーは右のブレードロッドを振るい、自身の左腕を肩口から切り落とした。
 直後、竜造のヴァルザドーンはレーザーキャノンを発動したのだが、その砲撃の破壊波はヘッドマッシャーの切り落とされた左腕の内側に溜め込まれ、反射するような形で竜造の全身に襲いかかってきた。
 凄まじい爆音が竜造の鼓膜から、しばらく聴覚を奪った。が、音が聞こえる程度に回復すると、今度は全身が激痛に襲われ、まともに動くこともかなわなかった。
 一方のヘッドマッシャーは、自分で切り落とした左腕の末路などまるで気にせず、さっさと古代遺跡群方面へと走り去っていっていた。
 己の左腕がどうなろうと知ったことではない、といわんばかりの勢いである。
 勝負に於ける勝ち負けだとか、そのような次元には一切囚われていない。重要なのは任務を果たせるかどうかという、ただその一点であるらしい。
 ヘッドマッシャーの後ろ姿を、竜造は半ば惚れ惚れするような思いで眺めていた。
(任務遂行の為なら、てめぇの体がどうなろうと知ったこっちゃねぇってか……)
 改めて、竜造は思う。
 ヘッドマッシャーの真の恐ろしさは、己の身を顧みない絶対的な任務遂行意識にあるのだ。いわば、ただ目的を達する為だけの機械に過ぎないのである。
 意識や感情、或いは理性という精神の働きを持つ人間には、無理な芸当であった。
 そういう意味では竜造自身も、戦いにこだわる、戦いに喜びを見出すという意識を持つ点では、矢張りひとりの人間であった。
(奴と俺とでは最初から、思考そのものが違ってたって訳か)
 やっと痛みが鎮まりつつある上体をのっそりと起き上がらせた時、竜造はふと、視線を感じた。
(……何だ?)
 思わず、その方角に目を向ける。
 見るとひとりの少女が、遠巻きながらじっとこちらを見つめていた。
 しかし竜造がその存在に気付いたと知るや、すぐさまそっぽを向いて、ヘッドマッシャーが去っていった方角に走り去っていった。
(妙なガキだな)
 その少女、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が一体何者なのか、この時の竜造には知る由も無かった。

 意外な話だが、ヘッドマッシャーという名は決して極秘の存在でも何でもなく、ただ単に知名度が低いからあまり知られていない、というだけのことに過ぎない事実が、日向 茜(ひなた・あかね)アレックス・ヘヴィガード(あれっくす・へう゛ぃがーど)クレア・スプライト(くれあ・すぷらいと)ら三人の調査で明らかとなった。
 茜はまだ二十歳にもなっていないティーンエイジャーだが、いっぱしの傭兵としてそれなりの修羅場をくぐってきている。
 特に傭兵が集う場末の酒場や風俗街には詳しい方で、情報通の傭兵などとも気楽に話せる間柄にあった。
 今回、茜達三人が手分けして掻き集めた情報を簡単にまとめると、ヘッドマッシャーは複数存在し、ひとつの部隊として運用されているらしいことが分かってきた。
 更にヘッドマッシャーには、幾つかタイプがあるらしい。
 ひとつはプリテンダーと呼ばれ、ヘッドマッシャーの暗殺技術の真骨頂ともいうべき能力を具えているとのことである。
「このプリテンダーってのは、外見を別の人物にすっかり変えてしまう能力……いってしまえば、完全偽装能力に長けてるらしいね」
 ヒラニプラの中心地に近いカフェで、茜達三人はそれぞれが持ち寄った情報を整理し、少しずつヘッドマッシャーの全貌を明らかにしつつある。
 顔見知りの傭兵の中には、対鏖殺寺院戦闘に参加した者も決して少なくはなく、その中にはヘッドマッシャーを目撃した者も、何人か居た。
 しかしヘッドマッシャーは既に知られている通り、基本的には身内である鏖殺寺院からの裏切者や重要機密保持者の暗殺や抹殺等を目的として行動する為、直接的には傭兵達と関わることはなく、単なる目撃証言ばかりが集まっている。
 少なくとも、戦闘経験者はひとりも居なかった。
「パニッシュ・コープスの方は、教導団が握っている以上の情報は出てこなかったよ。ただ、やたらと資金力と技術力はあるみたいで、どっちかっていうと裏方での暗躍を得意としてるみたいだね」
 アレックスからの報告に、茜とクレアは渋い表情で二度三度、頷き返した。
 このパニッシュ・コープスがヘッドマッシャーと然程に強い繋がりがあるという情報は、今のところ何も出てきていないのである。
 ヘッドマッシャーは確かに鏖殺寺院からの情報漏洩始末や裏切者暗殺等を請け負っているが、特別にパニッシュ・コープスを守ってやる程の関係があろうなどとは、思えなかったのだ。
「ヘッドマッシャーには幾つかタイプがある、とおっしゃいましたわね……他には、どのようなタイプが?」
 クレアからの問いかけに、茜はやや困ったような表情を見せた。
 どういうタイプかと訊かれれば、大体のイメージは掴めているのだが、上手く説明がし辛いのである。
「えぇっとね、タイプ名はスティミュレーターっていうんだけど……これがまた、変わってるのよね」
 曰く、このスティミュレーターは敵のパワーとスピードを、肉体の限界を超えて最大限にまで引き出す能力があるのだという。
 これだけを聞けば恐ろしいどころか、寧ろ敵対する側にばかり有利となり、スティミュレーター自身は簡単に打ち倒されてしまうのではないか、とも思われた。
 だが、実際にはもっと恐ろしい現象が敵対者に待ち受けているのだという。
「肉体の限界を超えるっていうのは、まさに文字通りらしいよ。あまりにもパワーやスピードが強化され過ぎてしまって、肝心の肉体そのものが負荷に耐えられなくなって自滅するらしいね」
 それがコントラクターであれば、尚のことであろう。
 特に地球人のコントラクターの場合、如何に超人的な筋肉や感覚神経を体得しているとはいえ、その骨格細胞や内臓構成は、依然として常人のそれと大差無いのである。
 肉体の根幹たる骨格が、あまりにも強くなり過ぎた筋肉運動に耐えられるかといえば、それは否と答えざるを得ない。
「スティミュレーターと戦う地球人のコントラクターは、自分自身の能力が強過ぎるが故に、骨折や神経断裂、或いは内臓破裂等で自滅してしまう、という訳ですか」
 クレアは思わず、ごくりと喉を鳴らした。
 が、既にアヤトラ・ロックンロールの主拠点たる古代遺跡群では、スティミュレーターと思しきヘッドマッシャーの出現によって、己の強過ぎる能力が故に、次々と戦線から脱落していく者が増えつつあった。

 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、革製ビキニ姿のジェライザ・ローズではなく、白衣をまとっているジェニファー本人の護衛に当たっていた。
 ふたりは今、古代遺跡群内の中央からやや西寄りに位置する、大きな建屋の中の一室で待機している。
 かつて、荒野の突破戦でジェニファーと直接戦った経験のある恭也には、如何に白衣姿という見慣れぬ姿であるとはいえ、それがジェニファー本人であることは、ひと目見てすぐに分かった。
「あら、あなたはいつぞやの……ジェニー・ザ・ビッチの護衛は、しなくても良いのですか?」
 ジェニファーは白衣姿でも、その笑みはどこか艶やかで、思わずどきっとしてしまう程の色香を漂わせる女性である。
 恭也は、ジェニファーのそんな挑発的な微笑に対し、苦笑でもって応じた。
「俺が勝手にやってることだ、別に良いだろ? それに、死んで勝ち逃げだなんて、絶対させるかよ」
「妙なことをおっしゃいますのね。私は、あなたに勝った記憶などありませんけど?」
 不思議そうに小首を傾げるジェニファーに対し、恭也はぷいっとそっぽを向いて視線を離した。
 最初のうちはこんな具合に軽口を叩いていたふたりだが、伝え聞こえてくる戦況は、次第にふたりの表情から余裕の色を打ち消してゆく。
 アヤトラ・ロックンロールやレオン率いる部隊のメンバーは、決してヘッドマッシャーの力に押されている、という訳ではない。
 寧ろ積極的に攻勢に出て、火を噴くような勢いで攻撃に攻撃を加えている。
 が、その大半が肉弾戦を仕掛けた直後、次々と謎の骨折や神経断裂等に見舞われ、ばたばたと戦線離脱する者が相次いでいるのである。
 しかも、現在古代遺跡群周辺で猛威を振るっているヘッドマッシャーは、全部で三人も居る、とのことであった。
「ヘッドマッシャーって奴は、三人も居たのか。情報が随分と間違っているな」
 恭也はむっつりとした表情で低く唸ったが、しかし傍らのジェニファーはというと、幾分機嫌が悪そうに、小さく吐き捨てるように呟いた。
「スティミュレーターが、たった三人だけで済むものですか」
 しかし恭也は、ジェニファーが初めて見せた苛立ちの感情に驚きを覚えると同時に、不安をも感じた
「今、妙な名を口にしたな。もしかして、ヘッドマッシャーのことをよく知っているのか?」
「えぇ、まぁ……」
 ジェニファーは明らかに、何かを隠しているような素振りで口の中で小さく呻いた。
 恭也は、そこで問いかけをやめた。
 自分で訊いておいておかしな話であったが、ジェニファーを質問攻めにして困らせるのは、フェアじゃないと思ったのである。
 少なくとも恭也自身は、戦いの場に於いて勝利を奪いたいのであり、相手の弱みや隠し事を口先で追及して苛めるような真似だけは、絶対にすまいと考えていた。
 話したくなければ黙っていても構わない、というのが今の恭也の心境であった。
 ジェニファーは、決して恭也を信じていないという訳ではなさそうだった。それは、彼女の真剣な眼差しを見ても分かる。
 だが、何か別のものに対して酷く警戒している様子であり、その警戒心故に、恭也に対してもどこか余所余所しいというか、決して心を開こうとはしないという表情が、彼女の美貌の側面で見て取れた。
 それでも構わない、と恭也は思った。
 あくまでもジェニファーとは、荒野で銃を撃ち合った好敵手同士なのであって、それ以上の特別な存在ではないのである。
 それ以上のものを望もうというのは、ある種の強欲にも近かった。