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天に地に、星は瞬く

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天に地に、星は瞬く

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 同じ頃。
 地上では、祭の賑やかさが、町を包もうとしているところだった。
 特に、町の中心に作られたステージ付近は、多くの人でごった返して賑やかだ。そんな中。

「どれもこれも、美味しそうね」
「まだまだ沢山ありますから、しっかり食べていってくださいね」
 並んだ豪勢な料理たちに、どれから食べようかと目を輝かせるセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に、町の人たちも気軽に声をかけてくる。
「本当は作る方も手伝いたかったんだけど……」
「止してよ」
 早速取り分けながら呟いたセレンフィリティに、ぴしゃりと言ったのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
「折角のお祭が、阿鼻叫喚の渦の中になっちゃうわ」
 セレンフィリティの料理の腕を良く判っているだけに、それを想像してぞっと身を震わせたセレアナの様子に苦笑しつつ、そんな彼女を労うように、そのグラスへ酒を注いだのは三船 敬一(みふね・けいいち)だ。普段は手伝いに回ることが多い性質の彼だが、大きな戦いの後ということもあって、イヴリン・ランバージャック(いゔりん・らんばーじゃっく)と共にのんびり祭を楽しみに来ていたのだが、肝心のイヴリンはと言えば、飲んだり食べたりはしない代わりに、あちこちを興味津々と覗きこみ、余り落ち着かない様子だ。
「まだ本調子じゃないんだから、大人しくしておけよ」
 先の先頭で無茶をしたために、酷く負傷した体は、まだ完全には癒えてはいないのだ。それを心配する敬一に、イヴリンは相変わらずの調子で「問題ありません」と首を振った。 
「歩行に支障はありません。それよりも、ワタシは検証を優先します」
「検証だ?」
 イヴリンの言葉に、敬一が首を捻った、その時だ。
「やあ、楽しんでるかい?」
 そんな彼らの元に、氏無たちの一行が通りがかったのだ。
 咄嗟に頭を下げたセレアナや敬一に笑って、堅苦しいのは今日は無しだよ、と手を振った氏無は、ステージ脇の人影に、おや、と目を瞬かせた。
 そこにいたのは、合唱隊と共にスタンバイ中のリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。
「もしかして、今回も歌姫さんなのかな?」 氏無が問うのに、リカインはこくんと頷いた。
「超獣のいない今、”あの歌”はもう必要ないのかもしれないけど……このまま失われてしまうのは、悲しいですから」
 だからせめて、何も起こらなくなった今だからこそ、純粋に歌として歌いたいのだ、と、リカインは真っ直ぐな目をして言うと、その目線をふと、アニューリス、そしてディバイスへと向けた。
「それに、この歌が引き金で始まったことを、ここで”終わり”にはして欲しくありませんし」
 その意味深な言葉に、アニューリスが目を瞬かせ、ディバイスはきゅっと掌を握った。そんな二人を背に、廻って来た出番に、リカインは颯爽とステージへと上がっていった。

 合唱隊と楽団がメロディを奏でる中で、その歌は再び町の中へと響き始める。



 八つの柱はこう謳う

 太陽のその下でも 星はいつも輝いている
 光呑むあの夜の向こうで 点と点を繋ぎ

 


 それは、地輝星祭で歌われる歌だった。
 耳に馴染んだメロディに、町の人々も次々にその歌声を合わせていき、やがて中央の広場がその歌に満ちる頃、いても立ってもいられない、と言う様子で、ペトがぴょん、とアキュートが何か言うより早く飛び出して、ステージへと躍り出た。
「ペトも一緒に歌うのです〜!」
 そのまま肩まで飛び乗ってきたペトと共に歌をあわせながら、リカインは再び視線をアニューリスへ、そしてディバイスと、その内側のディミトリアスへと向けた。



 忘れられない別れの 深い深い悲しみのように
 失ったものを想う 長い長い苦しみのように
 


 歌声を響かせながら、リカインはその歌に心を溶かすようにして、思いを語りかけていく。
(ディミトリアス君、アルケー……アルケリウス君、それからアニューリス君。三人とも、お互いすれ違って、苦しんで、漸くここまで辿り着けたんでしょう?)
 こうして再び三人が集ったのは、決して偶然などではない。それなのに、とリカインは目を細めた。
 アニューリスが傍に居るのに、ディバイスはディバイスの姿のままだ。そしてそんな二人の、時折見せるかすかな表情を見れば、彼らが何を考えているのか、そして何を憂い、決意しているのか、おぼろげながら察せられる。そしてそれが、あまり好ましく無い結末に向おうとしていることも。
(それじゃあ、折角集えた意味が無い。同じ過ちを繰り返す必要は、無いはずだよね?)
 そんな想いを、それぞれの心へ語りかけるようにして、リカインは歌を続けた。


 さあ 明かりを灯しましょう 月にも見つからないように
 大地に星を輝かせ 太陽すらも惑うように
 
 さあ カーテンを下ろしましょう 誰にも見つからないように
 大地を槌打つ彼の人の その眠りが終わるまで ” 

 


(誰にも憚る必要はないのよ。”その眠り”はもう、終わったんだもの)

 そんな彼女の歌に、その中に込められた思いに、無意識の内に掌を握り締めるようにして聞き入っていたアニューリスに、呼雪はその肩をぽん、と叩いた。
「行こう」
 その声が、ステージへと誘うのに、アニューリスは戸惑ったようだが、そんな彼女に呼雪は続ける。
 地輝星祭の歌から組み替えられた、超獣を鎮めた歌は、ディミトリアスの想いが少なからず含まれていた。それなら、それに続けるのならば、アニューリスが同じように歌にしてみたらよいのではないか、と勧める呼雪に、僅かに躊躇っていたようだったが、ペトやリカインが手招くのに誘われ、ティーやイコナに背中を押されながら、アニューリスはゆっくりとステージへと上がっていった。
 何をどう歌うべきかと迷うアニューリスに、お手本、とばかりにティーとイコナが前に出ると、ティーはぴしっとアイドルのポーズで、イコナは若干恥ずかしげにしながら、ステージ前の観衆と、ビデオを構えた鉄心に向けてぱちんとウインクをしてみせる。
「われら泣く子もぐもぐけもみみコンビ! ていてい!」
「い、いこにゃ!」
「「月見うどん!!」」
 動物の耳をつけて、愛らしくぴょこんと並ぶ二人が声を揃えると、観衆からは大きく拍手が沸いた。そのまま二人が歌い始めた歌は、思いのほか静かな曲だった。その歌詞に、含まれた思いやメッセージを悟って、ヘルがヴァイオリンを奏で、呼雪がギターを重ねる中、幼い彼女たちの歌声に沿って、アニューリスも大きく息を吸い込んだ。



 
 永い眠り 君を想う夢
 目覚めてからまた
 同じ夢を見てる

 花の咲かない 荒野で迷っても
 君が傍にいてくれさえすれば
 ずっと笑顔を忘れず 歩き続ける

 ねぇ 君が笑うのをまた聞きたいよ
 いつまでも見つめていたい 私の宝物

 気づいてないなら
 声を届けるよ 歌を唄うよ
 心は君の傍に どうか届きますように




 その静かで優しいバラードは、リカインはそんな彼女にそっと寄り添い、ティー達も並んで、その即興曲に声を合わせ、呼雪はヘルと目で合図をかわすと、それぞれギターとヴァイオリンで音を重ねていく。
「皆……皆、笑顔?」
 地輝星祭とはまた違った印象の歌に、人々が手拍子を送るその様子に、イヴリンが不思議そうに声を漏らした。それを耳にして、敬一も少し笑って「そうだな」と頷く。そんな敬一や人々に、イヴリンは目を細めた。
「笑う……ワタシに出来ないことの一つ」
 呟き、皆、楽しそうですね、と、どこか羨ましげにするイヴリンの肩を、敬一はぽん、と叩いた。
 その隣では、何かを堪えるように胸元を押さえる、少年と呼ぶには、別人のように大人びた横顔をしたディバイスが、眩しげにしてステージを見上げていたのだった。