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天に地に、星は瞬く

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天に地に、星は瞬く

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「これから、あの二人はどうするのでしょうか」
「知らない」

 二人だけの世界になってしまったディミトリアスとアニューリスを、暫くそっとしておこう、ということで、地上へ出るために、漸く地上への口を開いた通路を通っている中。シィシャが呟くように言ったのに、グラルダはそっけなく答えた。
「後のことぐらい、何とかするでしょ」
 残酷なほどの長い時間を、苦しみと共に過ごしたのだ。そこから抜け出した彼らは、もうお互いに一人ではないのだ。
「ここから先は、アイツ等の問題」
 私が関与することじゃないわ、と、他人事のように口にし、けれどその口元には僅かな笑みがある。そんな横顔を見ながら、「行くわよ」と先へ先へと歩いていくグラルダに、シィシャは微笑んで頷き、その後に続いた。

 そうやって二人が足早に遠ざかるのを見送りながら「とは言え」と口を開いたのはツライッツだ。
「現実問題、彼らの生活についても、きちんと考えなければなりませんね」
 その言葉に、そうだな、とクローディスも眉を寄せた。この世界で生きるにしても、彼らには身よりも無く、帰る場所も無いのだ。今はイルミンスールに世話になってはいるが、いつまでもそのままと言うわけには行かない。
「うちで引き取っても構わないが……」
 クローディスが言うと、それじゃあ甘いですぅ、とエリザベートが指をちっちと振りながら口を挟んだ。
「どうせなら、うちの教員にしてしまえばいいのですぅ」
 親切心で手を伸ばのでは、ディミトリアスたちは遠慮してしまうだろう。ならば、教員と言う役目を「押し付けて」しまえば、遠慮する部分を押さえ込むことが出来るだろうし、古代の知識を今の世界に伝えることもできて、一石二鳥だ、とエリザベートは胸を張ったのに、朱鷺がこく、と頷いた。
「古代の術ですからね。今回だけでは全然足りません。物足りないにも程があります」
「これも、けじめのひとつになるかな」
 朱鷺の言葉に、エールヴァントも頷くと、既にうつらうつらと舟をこいでいるアニスを背負った和輝が、そういうことなら、と頷いた。
「今の内に、さっさと手を回しておこう」
 その言葉に、これで万事解決だな、とアルフが嬉しげに手を叩いた。
「それじゃ、このままお祭に行こうぜ! クローディスちゃんも、一緒にどう?」
「そうだな……」
 早速、と手を伸ばすアルフの誘いに、クローディスは少し迷う様子だったが、その迷いの正体を悟って、クローディスが何か言うより先に、ツライッツが割って入った。
「通路の調査は俺たちに任せて、楽しんできてください」
 その言葉に、クローディスは「しかし」と反論しようとしたが、ツライッツは有無を言わさない、妙に気迫と共にぐぐっと顔を寄せると、にっこりと笑った。
「放っておくと休むのを疎かにするんですから、今日はしっかりと休暇としてお祭を堪能してください」
「ああ、判ったよ」
 下手に怒鳴るよりよっぽど恐ろしいツライッツの笑みに苦笑と共に頭をかいたクローディスは、パートナーと二人、足を止めた白竜に気付いて首を傾げた。
「君は行かないのか?」
「ええ。通路も復元されたことですし、私はもう少し調べたいことがありますので」
「そうか」
 尋ねたものの、その回答も予測済みだったのか、クローディスは頷いて、くい、とツライッツを顎で示した。
「何かあったら、ツライッツを使ってやってくれ」
 そのまま祭へ向おうとするのに、「クローディスさん」と呼び止めた。
「一度、あなたにきちんと謝りたかったのですが……」
 幾分か前のことだが、暴走した遺跡で要請を受けて訪れたその場所で、初めてクローディスと会話した際の自分の暴言を、白竜はずっと恥じていたらしい。そのことを告げながら「あの時はすみませんでした」と白竜は深々と頭を下げた。
「遺跡の専門家に対し、大変失礼なことを……」
 そういって顔を上げると、調査団の面々に視線をめぐらせ、真面目な顔で姿勢を正した。
「その償いというのも可笑しいかもしれませんが、何かあった時は、皆さまを全力でお守りします」
 教導団として、という意思を纏わすパートナーの硬い態度に、一瞬呆れとともにらしいことだと笑って肩を竦めた羅儀もまた、即座にぴっと姿勢を正すと、白竜と二人、クローディスらクローディスら『ソフィアの瞳』の一団に敬礼をして見せた。
「大げさだな」
 そもそも自分たちの失態であるのは正しいのに、とクローディスは苦笑したが、野暮は言わず「だが、それなら」と、真剣に、しかし彼女らしい不敵な笑みを浮かべると、クローディスは見よう見まねの敬礼を返したのだった。

「君らに守られるにふさわしい、調査団たることを約束する」







「そろそろ機嫌は直ったかい?」

 通路を通って地上へと戻り、適当な場所で腰を落ち着けてから暫くし、ブルーズが嬉々としてあけたワインに口をつけながら天音は口を開いた。
 アルケリウスについて質問するつもり満々だったところをつまみ出されて、不満そうな様子のリリに、天音はくすくすと笑みを隠さず問いかけた。そんな彼の前では、皿一杯の(ブルーズが盛って来た)デザートの盛り合わせの前で、リリがもぐもぐと口を動かしている。その姿は、まるで大型のリスのようで、かわいらしいやら可笑しいやらで、思わず天音が噴出した。それをじとりと見やり、そこそこ満足してお茶をすすりながら、「それで、そろそろ聞かせて欲しいのだ」とリリは口を開いた。
「さて、どこから話そうか……」
 懐中時計の中の光景から、真の王、オーソン……リリが求める知識に、語ることはいくらでもある。長い話になりそうな気配に、ブルーズはゆっくりとワイングラスを揺らした。



 その頃のステージでは、盛り上がりも最高潮を迎えていた。

 夜になってその曲調を変えたステージの上では、セレンフィリティが、お酒の勢いも手伝ってステージの上で、女性の魅力たっぷりのダンスを披露中だった。が。
「もう、邪魔だわこんなの!」
 脱ぎ捨てられた上着が、ばさあっと降って来るのに、慌てたのは敬一の方だ。
「お、おい。ちょっとテンションが上がりすぎだろ」
「テンションが上がると脱ぐものなのですか」
「違う」
 呆れたように言うその隣で、首を傾げるイヴリンに突っ込みを入れながら、敬一は上着をとりあえずセレアナへと手渡すと、それを受け取ったセレアナは盛大な溜息を吐き出した。その視線の先では、ビキニ姿のセレンフィリティが、夜によく映える肢体を惜しげもなく晒すビキニ姿で、やたらに扇情的な踊りを披露中だ。
「全く……」
 頭が痛い、とばかりに天を仰いだセレアナと対照的に、ステージの向こうからピューと口笛を吹いたのはアルフだ。
「眼福だねえ。どう、クローディスちゃんも踊ったりしない?」
「アルフ」
 釘を刺すエールヴァント。だがクローディスは気にした様子も無く首を捻る。
「私では余り、目の保養にはならないと思うぞ?」
 なあ、と同意を求められて、ご馳走にかじりついていたなぶらは笑って誤魔化しながら、賑やかなステージを見上げた。その上空では、遺跡から溢れた淡い光と、瞬く星達が輝いている。その美しい景色に、心も胃も満たす料理たち。今この瞬間こそが、戦って勝ち得た報酬そのもののように感じる。満たされる半面で、僅かにちり、と痛むものがあって、なぶらは目を細めた。
(アルケリウスさんも、もしかして……本当はこういう瞬間の為に闘ってたのかな……)
 そこまで考えて、はたと気付いてぶんぶんとなぶらは首を振った。
「っと、いかんいかん、今だけは暗い事考えるのはよしておかないとね」
 言い聞かせるように呟き、「そうそう」と同意したクローディスが手渡したグラスを一気に煽った。が。
「……あれ、え?」
 くらん、くらんと視界が揺れる。そこそこ甘かったので、弱いお酒だと思っていたのだが、実際は大の大人でも三杯でつぶれかねない強さのアルコールである。すっかり世界が回ったなぶらは、丁度良く(?)業務を終えて祭に顔を出していた鈴に激突しかねない勢いでひっくり返ったのだった。
「だ、大丈夫です?」
 咄嗟に何とか受け止めたものの、足元がぐらぐらしているなぶらをなんとか座らせたが、問いには返答が無い。というより
「アルケリウスさんがディミトリアスさんで、月が星の○×△□〜!」などと、言葉が意味不明なのだ。すっかり酔っ払い状態である。
「ん、もうダウンか?」
 残念そうに言うクローディスに、何となく顛末を悟って、なぶらの持っていたグラスを何気なく取り上げて、鈴は眉を潜めた。とてもではないが、女性向けの酒ではない。
「ちょ、ちょっとクローディスさん。これ、かなりきついですわよ」
「そうかな?」
「大体……貴方はどれだけ飲んでらっしゃるんですの?」
「このぐらい飲んだうちにも入らないぞ」
 そう言うクローディスの傍には、既に酒瓶が幾つか転がっている。半ば呆れたように息を漏らした鈴に対して、アルフはずずいと二人に身を乗り出して酒瓶を掲げて見せた。
「じゃあ、もっと飲まないとだよな〜!」
 そう言って、次々とクローディスたちのグラスにお酒を注いでいくアルフの狙いはいっそ明らかだったが、早々つぶれそうも無い彼女たちの横顔に、エールヴァントは「まぁいいか」と放って置くことにしたのだった。
 そんな彼らに、おつまみに何か、と思ったところで、ヒルダがはた、と気付いたように丈二を振り返った。
「そういえば丈二、フライシェイドの佃煮は?」
 持って来たと思ったんだけど、と首を傾げるヒルダに、明後日の方を向きながら「ええと」と口ごもった。
「あ……あるべき場所に戻したのであります」
 実は、丈二は、ヒルダの目を盗んでこっそりと、フライシェイドの巣穴にフライシェイドの佃煮を奉納していたのである。何とか自分が食べないですむように、という魂胆だったのだが、ヒルダは良く判っていないのか、首を傾げた。
「アルケリウスに食べてもらおうかと思ったのに」
 術士であるディミトリアスは引きつっていたが、戦士であればもしかしたら食べていたのかもしれない。そう考えてのことだったが、ディミトリアスの反応を見る限り、その可能性は薄そうだ。だがそれを口に出すと、それはそれで恐ろしい結果が繰るような気がしたので、と丈二はこっそりと息をついた。




『アールキングだのオーソンだの、何一つ解決しちゃいないってのに、暢気なもんだな』
 ライブも終盤へ差し掛かる中、愚者の様子は相変わらずなようだった。衆目のある掲示板ということで、あまり情報らしい情報を口にはしなかったが、それでも興味があるのか、単に暇なのか、細々ではあるが書き込みを続ける愚者に、祭を堪能するよりも、ライブの方に執心な理王はずっとそれに付き合っていたが、ふと「そういえば」とアバター越しに話しかけた。
「本名を教えてもらうわけには行かないのか? 愚者以外の名前で呼びたいんだけど」
 それは、本当に好奇心からの言葉だったのだろうが、愚者は反応に困っているような間が空く。そんな中で、屍鬼乃が呆れたように溜息を吐き出した。
「……まさか理王、愚者に対して『お友達』感覚もっちゃったんじゃないだろうね?」
 情報を集めるのが仕事。そこに人間的な感情が入るのはよくない、と、モニターに表示される屍鬼乃の言葉に、理王は肩を竦めた。その時だ。
『オリゲルド、だ』
「え?」
 唐突に、サイトに掲載していたアドレス宛に、そんな、簡単な文面のメールが届いたのだ。
『俺は魔女……一族を追われた異端の魔女、オリゲルドだ』
 本当にただ一行しかない文面だが、それでも目を見開いて驚きを示す理王に、掲示板上の「愚者」は笑っているような文面で『まあ、こんなもんはただの気紛れだ』と続けた。それに理王のアバターがコメントを返すより早く、次の書き込みが掲示板の上で踊っていく。
『知ったから何があるわけでもないぜ。ただもし、お前等が”それ”を追うなら、また会うこともあるだろうぜ』
 それじゃあな、と締める言葉を残して、愚者の書き込みは唐突に途絶えたのだった。