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黒の商人と封印の礎・後編

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黒の商人と封印の礎・後編

リアクション

 源 鉄心(みなもと・てっしん)達三人は、森の魔物の足止めをして居たため、先行するメンバーから少し遅れて塔へとたどり着いていた。
 開け放たれた扉から、中へ入ろうとした、その時。
 上空から接近してくる気配を感じて足を止める。見上げると、巨大な注射器に跨がった人影が二つ、こちらに近づいて来ていた。
 佐野ルーシェリアと、紫月唯斗の二人だ。
「よかったですぅ、追いついたですねぇ」
 レティ・インジェクターの高度を下げて、すとんと地面に降り立ったルーシェリアは、鉄心たちの顔を見て笑顔を浮かべた。
「和輝さんたちを見ませんでしたかぁ?」
 しかし、すぐに周囲に他の契約者の姿がない事に気付いて、鉄心に向かって問いかける。
「先に塔の中を探索して居るはずです。どうかしましたか?」
「ジョーカーさんの正体とか、色々解ったんですぅ。みなさんに、早く伝えないと」
「携帯は?」
「森の中からだと電波が届かなかったんだ」
 不思議そうに首を傾げる鉄心に答えたのは唯斗だった。
「情報の伝達は任せた。俺は先に行かせて貰う。シェーデルだったか、あいつは一発殴ってやらないと気が済まん」
「私も、すぐに行くですぅ」
 こくりと頷いて走り去る唯斗の背中にルーシェリアが声を掛ける。が、今はとにかく情報の共有が必要だ。
「余り時間が無い、道々聞かせて下さい」
「そうしたほうが、よさそうですねぇ」
 鉄心の言葉に頷いたルーシェリアは、塔の中を進みながら、ジョーカーから聞いた話のおおざっぱなあらましを伝えた。
「なるほど……それは皆にも急いで伝えないと」
「多分、和輝さんと連絡が取れれば何とかなると思うんですぅ」
 そう言いながらルーシェリアは、自分の携帯電話を取り出して夫の電話番号にコールする。しかし、塔の中に居るはずなのに電波が届かない。
 おかしいですぅ、と呟きながら、一階の手狭な通路を進んでいく。
 すると。
 突然壁の一部がぱこんと開いて、中からぞろぞろと人が現れた。
 驚いて一瞬、鉄心達の足が止まる。
「っと、すまない。誰かいるとは思わなくて……って、なんだ、ルーシェリアだったか」
 先頭切って出てきたのは、ルーシェリアの夫でもある佐野 和輝(さの・かずき)だった。後ろにはパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)の姿もある。
「和輝さん、よかったですぅ。ジョーカーさんのこと、商人さんのこと、色々解りましたよぅ」
「ああ、こっちも塔の事、少しは解ってきたぞ」
「良かったら、俺達にも聞かせてくれ」
 早速情報を交換しようとする和輝とルーシェリアを中心に、鉄心たちや、書庫の探索を行っていた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)清泉 北都(いずみ・ほくと)たちも加わって、今までに得られた情報を交換した。そして、それを通信網に乗せて、塔の内部に居る人達にも伝達する。
「これでよし……情報は伝わったはずだ」
「じゃあ僕達は、上のお手伝いに行ってくるねぇ」
 一通りの情報共有を終えると、北都はパートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)と共に階上に向かって駆け出した。上の階の状況はいまいち伝わってきていないが、最終的には商人との対峙が待っているだろうことを考えれば、人手があるに越したことは無いだろう。私も行きますぅ、とルーシェリアが追いかけていく。
「それで、キミはどうする、和輝」
「まだ書庫が気になる奴が居るみたいだからな……もう少し調べて見ようと思う」
 鉄心からの問いかけに、和輝はちらりと自分のパートナー――『ダンタリオンの書』をちらりと見遣る。まだ調べ足りないぞと言わんばかりの瞳が、そわそわと階段の下へと向けられていた。
「ワシも同行しよう。まだ一部の本しか調べておらんからな」
 こうして鉄心と和輝、それから甚五郎の三人は、それぞれにパートナーを連れて書庫へと下っていった。

■■■■■

「確かに生えてるのは『頭』、だけどね――」
 蛇の毒牙をひらりと躱しながら、ミカエラ・ウォーレンシュタットは少々不機嫌そうに眉を寄せた。
「キメラ全体から見れば『おしり』から生えてるものの相手をレディにさせるって、どういうつもり?」
 バーストダッシュで空中へと逃げ、しっかりと距離を取ってから闘気を発して蛇の頭を牽制する。そして、絶零斬で蛇を凍らせようと一気に距離を詰める。
 しかし、そのタイミングで魯粛子敬を狙ったライオン頭が吠え、それに釣られた胴体が大きく移動する。間合いを外され、ミカエラは振り上げた剣を一度収める。

 四階へと続く階段の前では、キメラとの戦闘が続いていた。
 なんとか真人とエース達だけでも先へと通したいのだけれど、屋内の広さに対してキメラが巨大なため、いまいち大きな隙が作れない。
 とそこへ、彼らに少し遅れて三階へ上がってきた面々が追いついてきた。
「げっ、キメラ」
 先頭を走ってきた司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)が、キメラの姿を見つけて声を上げる。その声が警告となって、他の面々もまた、表情に緊張を宿す。
 臨戦態勢で駆けてきたのは、司狼のパートナーである冴弥 永夜(さえわたり・とおや)と、永夜のもう一人のパートナー緋宿目 槙子(ひおるめ・てんこ)、それからセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の五人だ。
「今下から連絡があった。黒の商人はクロノを生け贄みたいなものにしようとしてるらしい。急がないと、クロノの身が危ない」
 戦闘にかかり切りで着信に気付かなかった真人達は、永夜の言葉に急ぎ手元のHCを確認する。
 メールは佐野和輝によって端的にまとめられていたが、それでも情報量が多い。戦闘の合間に確認するのには限界があったが、ひとまず、クロノの身が危険だという事が伝わっただけでも有り難い。
「俺達がキメラを引き受ける。この先は任せた。クロノを助けてやってくれ」
「解ったわ」
 永夜は一緒に行動して居たセレンフィリティに告げると、足早にトマス達の横に並ぶ。
「とにかくこいつを階段から引き離したいんだ。協力してくれるかな」
「ああ、任せておけ」
 援軍の登場に、トマスはほっとした表情を浮かべた。
 永夜と槙子はそれぞれに得物を取り出すと、キメラの前に踊り出る。
「みんな、それぞれの頭の気を引いておいて!」
 トマスがパートナー達へ指示を出すと、魯粛とミカエラ、それからテノーリオ・メイベアの三人からそれぞれ了承の返事が返ってくる。
 魯粛はライオンの頭をサイコキネシスで押さえつける。人の手で抑える程度の力しか出せないとはいえ、それでも動かしづらいのだろう。ライオン頭は不満そうに吠えてみせる。
 一方でテノーリオは、ミラージュのスキル、さらにメンタルアサルトを放ち、狼頭を混乱に陥れた。
 そこへ、槙子が魔銃カルネイジで弾幕を張り、さらにキメラの気を散らす。
「我は射す、光の閃刃っ!」
 さらに永夜が、女神イナンナの力を受けた光の刃を放つ。四方に気が散っていたキメラは反応が遅れ、ひとたまりもなく直撃を喰らう。
 三つある口がそれぞれに吠えた隙をついて、トマスがキメラの足下を駆け抜けた。そして、二十メートルはあるロープで、キメラの体から生えている馬の足を絡め取る。
特に強化されている訳でも無いごく普通の縄なのですぐに引きちぎられてしまうだろうが、それでも一瞬キメラの足をもつれさせるには充分だ。
 案の定、キメラはロープに足をもつれさせてその場に倒れる。
「今だ!」
 トマスの鋭い声が響く。
 その声を合図にして、真人やエース、セレンフィリティ達は素早くキメラの横を駆け抜け、階段を上っていった。
 トマスと永夜の顔に、僅かに安堵が浮かぶ。が、すぐにキメラは強力な力でもってロープを引きちぎり、立ち上がってしまう。油断は禁物。再び鋭い視線をキメラへと向けた。