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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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【五 悪魔の片鱗】

 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)松岡 徹雄(まつおか・てつお)の両名は、赤涙鬼の屍骸の山に紛れる形で、ふたりして血の海に仰臥していた。
 彼らは赤涙鬼のみならず、まだ発症していない一般市民をも攻撃の対象として、その手にかけようとしたのであるが、いち早く気づいた他のコントラクター達に阻止されてしまったのだ。
 のみならず、ほとんどまともに応戦することもままならず、袋叩きにされてしまっていた。
「ヘッドマッシャーと戦う前の、ウォーミングアップってところかなぁ」
 愛用の魔銃ケルベロスの銃身を軽く撫でながら、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がやや気の抜けた調子で呟く。
 竜造と徹雄は、ヘッドマッシャーとの戦いを前にしてモチベーションが異様に高まっていた詩穂の、雨あられのような銃撃の前に屈する形となった。
 無論、詩穂ひとりだけで、このふたりと対するには無理がある。当然ながら、協力者が居た。
「……俺の近くで下手に魔力を使おうとしたのが、運の尽きだったね」
 とは、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の弁。
 グラキエスは一般市民を赤涙鬼の脅威から守ろうと、自身の魔力を全開にして事に当たっていたのだが、彼特有の魔力感覚に引っかかってしまったのが、竜造と徹雄にとっては不運となった。
 そこへ、詩穂以下、対ヘッドマッシャー戦に備えて突入してきた大勢のコントラクター達が、竜造と徹雄の凶行に気付いてしまった。
 こうなってはもう、多勢に無勢である。
 実際にこのふたりを叩きのめしたのは詩穂の銃撃であったが、圧倒的物量差が彼らの出鼻を挫いたのは、いうまでもない。
「さぁ、ここに居ては危険です。市民の皆さんは、俺達と一緒に移動を」
 グラキエスが、周辺で不安そうにこちらを眺めてきている十数名の市民達に、力無く笑いかけた。
 すると隣で赤涙鬼の接近を警戒していたウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が、グラキエスの意を汲んで自ら先頭に立ち、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が知らせてくる安全経路に向けて移動を開始した。
「キース、この先は?」
『喫煙者用の休憩室です。分煙化の為、部屋が仕切られていますから、赤涙鬼の群れが襲ってきても少人数で対処出来ます』
 警備員室で防犯カメラの映像を分析しているロアと無線機で連絡を取り合いながら、グラキエスはウルディカと共に、たった今救出したばかりの一般市民達を引率して休憩室へと向かう。
 ウルディカは極端に無口な為、先導するにはいまいち不向きだと感じたグラキエスが、結局先頭に立つ破目になった。
 一般市民達を引率してゆくグラキエスを見送っていた詩穂だが、この時彼女は、ひとりだけこの場から動こうとしない大きな影に、視線を移した。
「君は、あのひと達と一緒に行かないの?」
 詩穂に問いかけられ、その巨漢はすっとぼけた表情を向けてきた。恐ろしく呑気な調子で、場にそぐわないおおらかな笑みを浮かべながら頭を掻く。
「いやぁ〜、あっちの皆さんと一緒に行ったら、わしみたいなでかいのは部屋に入れへんのとちゃうかなぁ」
 だから、詩穂達と行動を共にした方が安全だと、その巨漢は能天気に笑う。
 何をいっているのかと、詩穂は心の底から呆れてしまったが、しかし頼りにされるのは悪い気がしない。
「一緒に来ても良いけどね、絶対、こっちの指示には従ってよね」
「はいはい、そうしますわ〜」
 その巨漢の男性は、磯部 正種(いそべ まさしげ)と名乗った。
 一般市民と一緒に逃げ回っていたぐらいだから、当然ながらコントラクターではないと考えて良い。
 相手が名乗った以上、詩穂も名乗るのが礼儀であろう。
「詩穂っていうんだ。宜しくね」
「コントラクターさんなんやね〜。若くて可愛らしいお嬢さんやのに、凄い力、持ってはんねんなぁ」
 へらへらと笑いながら詩穂の後についてゆく正種だが、その後ろ姿を、竜造は訝しげな表情で見送った。
(あいつ……何モンだ?)
 竜造は、正種が血だまりの上を、波紋ひとつ立てずに滑るような軽さで歩いていくのを、決して見逃さなかった。
(図体がでかいだけの、一般市民だと? ふざけるな……)
 ただの一般市民に、あれだけの歩法は不可能である。竜造は、その歩き方に妙な既視感を覚えていたのだが、不意に、その正体が脳裏に浮かび上がってきた。
(まさか……あの野郎は……!)
 だが、声は出ない。
 そこまでの力は、今の竜造には残されていなかった。

 他にも、コントラクター達の献身的な努力で赤涙鬼の恐怖から免れ得る一般市民は、大勢居た。
「ほ〜らほら! こっちよ、こっち!」
 自ら囮になって、赤涙鬼を引き寄せようと派手に騒ぎまくる五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)と共に、ぞろぞろと這い寄ってくる不気味な怪物達を背後に従えて、モール内を縦横に走り回っていた。
 その間に、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)といった面々が、恐怖におののく一般市民達を叱咤激励しながら、何とか安全そうなポイントへと誘導しようと必死になっている。
 セレンフィリティの発案で、守り易く、且つ持ち堪えられる場所を、ということで、喫煙者用の休憩室とセットになっているトイレへ向かおう、ということになっていた。
「全く、折角の買い物日和が、こんなややこしい話になっちゃって……後で代休、貰わないとね」
 この局面にあって尚、いつものような調子でぶつぶつとぼやくセレンフィリティに、セレアナは苦笑を禁じ得ない。
「まぁ気持ちは分からないでもないけど、今はとにかく、このひと達を無事に保護しないとね」
 いってから、セレアナは日奈々にそっと視線を向けた。
 先程から、日奈々が何度も小首を傾げているのが少々気になったのである。
「どうかしたの?」
「えっと、その……さっきから、私の罠が全然、発動しないなって……」
 日奈々の疑問に、セレアナは意味がよく分からず、困った表情を浮かべた。
 実のところ日奈々は、赤涙鬼の群れに対抗してインビジブルトラップを仕掛けているのだが、まるで引っかかる気配が無いのである。
 寧ろ、トラップポイントが全て見抜かれているのではないかと思える程に、赤涙鬼共はことごとく、日奈々の罠を回避して迫ってくる有様であった。
(どう見ても知能なんて無さそうなのに……罠を回避するなんて、どういうことかしら?)
 日奈々とセレアナの会話に耳をそばだてていたセレンフィリティは、休日の装いながらも、国軍軍人としての真剣に思案する表情を、ちらりと覗かせる。
 と、そこへセレスティアが、レジ袋に何かを大量に詰め込んで、こちらに駆け寄ってきた。
 見ると、花粉症対策用の密着式ガーゼマスクを、薬局から失敬してきていた。
「理沙とあの怪物達を誘導していたら、こんなものを見つけましたので……」
 ここに至るまでに、外部から突入してきているコントラクター数名と接触を取っていた彼女達は、今回の事件が屍躁菌と呼ばれる細菌が直接の原因だということを、既に知っている。
 この屍躁菌が空気感染する可能性も情報として仕入れており、そういう意味では、このガーゼマスクは感染防止には大いに役立つと考えられる。
「成る程、こりゃ良いわね。早速皆につけて貰いましょ」
 感心して頷くや、セレンフィリティは大雑把な仕草でレジ袋に手を突っ込み、何袋かを取り出して、近くに居た一般市民達に素早く手渡してゆく。
「きゃあ! ちょっとちょっとちょっと!」
 不意に明後日の方角から、理沙の悲鳴が飛んできた。
 慌ててその方角に視線を巡らせると、それまでとは比較にならない程の数の赤涙鬼が、通路の向こうから殺到してくるのが視界に飛び込んできた。
「うわっ……ちょっと、ありゃ幾らなんでも洒落になんないわよ!」
 単体の赤涙鬼を相手に廻すだけでも、結構手間がかかるというのに、あれだけの数が一斉に襲いかかってきたら、一般市民を守るどころではない。
 理沙やセレスティアが誘導出来る数を圧倒的に超えている巨大な群れに、セレンフィリティ、セレアナ、日奈々の三人は背筋に冷たいものを感じた。
「こっちよ!」
 突然、脇のシャッターが開き、中から手招きする声が響いた。
 見るとそこに、シェリエの姿があった。
「早く、ここから入って!」
「そ、そうさせて貰うわ!」
 セレンフィリティは応じながら、日奈々とセレアナに一般市民をシャッター内に誘導させる一方、自らは迫り来る赤涙鬼の大群に向かって、その華奢な体躯を割り込ませる。
 少しでも無力なひとびとの盾になろうという、決死の行動であった。

 若崎容疑者の捜索を続けるB班の前に、ヘッドマッシャーの黒い巨躯が出現した。
 従業員用の狭い通路を抜け、幾つかある吹き抜けのホールの一角に出た直後のことであった。
「うわー、出たよ出たー!」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が慌てて距離を取って、ルーンの槍を投げつけた。
 すると、槍はヘッドマッシャーの胸板に突き刺さろうという瞬間に、穂先が蒸発する程の勢いで溶解してしまい、残った柄の部分が力無く冷たい床面に落ちた。
 その場に居た誰もが、警戒して身構える。
「もしかして……また新しいタイプ?」
 いいながら、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がアルティマ・トゥーレを仕掛けようとしてみたものの、一向に発動する気配が無い。
 思わず口の中で、あっと声を漏らした。
「そうか……Pキャンセラーね」
 この術が封じられたということは、このヘッドマッシャーは硬化系の技を嫌がっている、ということか。
「あいつのマスクを、何とか引っぺがしたいところですね」
 ミネルバとオリヴィアに並んで、樹月 刀真(きづき・とうま)がじわりと相手との距離を詰めながら、小さく呟いた。
 彼の見立てでは、ヘッドマッシャーは呼吸器系に何らかの問題を抱えている、と予測している。
 では、あのマスクを強奪すれば何か突破口が開けるのではないか。
 Pキャンセラーや様々な特殊能力等、色々厄介な攻防技術を持つヘッドマッシャーだが、弱点は必ずどこかにあるというのが、刀真の読みであった。
「でも問題は……こちらの物理攻撃が全部、溶かされてしまうかも知れない、ってとこかしら」
 射撃技術には絶対の自信を持つ漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だが、どれだけ銃弾を命中させても、それら銃弾が敵に触れた瞬間に蒸発して溶け切ってしまっては、まるで意味が無い。
 刀真やオリヴィアが神速の攻撃を仕掛けてマスクに迫ったとしても、剥ぎ取ろうとした得物が溶かされてしまうのでは、触れることさえ出来ないのではないか。
 少なくとも、ミネルバが投じたルーンの槍がほとんど一瞬で溶解してしまった事実を鑑みるに、その可能性は大いに考えられる。
 しかし、ここで思案ばかりしていても埒が明かない。
 まずは仕掛けてみるか――刀真は腹を括り、月夜とミネルバに頷きかけて、ヘッドマッシャーとの間合いを一気に詰めていった。
 反対側からはオリヴィアが、矢張り刀真と同等か、或いはそれ以上の速度で接近してゆく。
 相手が普通の敵ならば、これだけでも十分な脅威となるのだが、敵はヘッドマッシャーである。ふたりが予想した通り、ブレードロッドの反撃が飛んできた。
 決して見切れない速度でも、また動きでもない。
 刀真とオリヴィアは紙一重のところでかわし、更に間合いを詰めようとした。
 が、出来なかった。
「うわっ!?」
「ちょ、ちょっと、何!?」
 ふたりとも揃ってバランスを崩し、危うく転倒しかけた。ブレードロッドをかわしたまでは良かったが、カウンターの攻撃を仕掛けるどころの話ではなかった。
「一旦、退がって!」
 月夜が銃撃でヘッドマッシャーの注意を引きつけるも、弾丸はことごとく、ヘッドマッシャーに命中する瞬間に、蒸発するかの如き勢いで溶解してしまう。
 刀真とオリヴィアは、何故カウンターの攻撃を仕掛けられなかったのか、即座に理解した。
 ふたりの足場が不自然な形に溶けて歪んでしまっており、二歩目、三歩目を踏み出す為にはステップを大きく変えなければならなかった。
「こいつ……今までとはまるで違う戦法が、必要ですね……」
「全く次から次へと……どうしてこう、厄介な奴ばかり出てくるのかしら」
 刀真とオリヴィアのぼやきも、ブレードロッドの空を切る鋭い音に掻き消されてしまう。
 戦いは、まだ始まったばかりであった。