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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

リアクション


【六 新旧の次元の違い】

 接触物を全て溶かし切ってしまう新型モデルのヘッドマッシャー、メルテッディン
 その情報が突入部隊に伝わったのは、ほんの数分前であった。
 連絡担当として、モール内と司令部との間を行き来している夏侯 淵(かこう・えん)が最初の情報源となった訳だが、その淵にしても、メルテッディンの詳細を聞いたのは、屋上から屋内に入る直前だった。
 余談だが、こうしてわざわざ淵が連絡役としてモール内と司令本部を行き来しているのは、指令本部が連絡用の無線チャネル数を限定してしまっているからである。
 モール内に残っている一般市民が携帯電話等で外部に状況を漏らさぬよう、妨害電波をスーパーモール周辺に張り巡らせている為であり、使用出来る無線チャネルが限られてしまっているのだ。
 それはともかく、メルテッディンである。
 若崎容疑者捕縛部隊と途中で別れ、ヘッドマッシャー戦に臨むべく、その動きを追いかけていた面々は、逆に敵の方から接近してきてくれた為、最初のうちは歓迎する意を示していた。
 が、メルテッディンの『溶かす』というシンプル且つ攻防に適した特殊能力を目の当たりにし、そういった感情はほとんど一瞬で掻き消えてしまっていた。
「成る程……全てを溶かすタイプか。これなら確かに、若崎容疑者のDNAを跡形も無く消し去ることが出来るというものだね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は額から頬にかけて伝い落ちる汗を拭いながら、それでもどこか不敵さを感じさせる笑みを湛えた。
 エースとメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)、そしてエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)といった面々は、とにかく若崎容疑者にヘッドマッシャーを近づけさせてはならないとの判断から、率先してヘッドマッシャーとの戦いに身を投じていた。
 基本的にはエースが接近戦を、エオリアが遠隔戦を担当し、メシエが情報分析して弱点を探る、という役割分担が為されている。
 人員配置としては理想的だが、いかんせん、戦力が圧倒的に不足していた。
「動きをある程度鈍らせても、あの何でも溶ける、溶かされる能力はどうしようもないですね……」
 ブレードロッドを必死にかわすエースを何とか援護しながらも、エオリアは幾分、お手上げだといわんばかりの様子で苦々しく呟いた。
 それからちらりと、メシエに視線を転じる。メシエはメシエで、メルテッディンの溶解能力が熱によるものなのか、酸性成分によるものなのかを分析するのに必死で、エオリアの不安げな目線に気付いた素振りも見せなかった。
「メシエ殿……何か、妙な臭いがしないか?」
 淵が、僅かに鼻先をつまんで問いかけた。
 確かに、先程から嫌な臭いが周辺に充満している。というより、エオリアが銃弾を浴びせるたびに、ヘッドマッシャーの溶解能力がその臭いを発生させているというべきであろうか。
 ここでメシエが、そういうことか、と小さく両手を打ち合わせた。
「この臭い……これは化学反応特有の臭いだね。ということは、奴の溶解能力は強酸性物質によるものだ、と推測出来ます」
 だが問題は、その強酸性物質が何であるのか、というところである。
 臭いの種類は、実はひとつだけではない。
 恐らくメルテッディンは、溶かす対象によって強酸性物質の種類を微妙に変化させているのだろう。
 魔力で護られている筈の物質でさえも溶かしてしまうということは、この強酸性物質も、魔力そのものが関与しているか、或いは超能力の類によって強化されているのかも知れない。
 ここでメシエは、後方でこの戦いを呑気に眺めている中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)を一瞥した。
 実のところ綾瀬は、エースとエオリアが仕掛ける直前まで、このメルテッディンと交戦していたのである。
 しかしどういう訳か、エオリアが銃撃を浴びせた途端に綾瀬は退き、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)も魔鎧状態のまま戦闘形態を解除して、綾瀬の肩口からこの戦況を静かに見守るばかりである。
 彼女達は一体何の為に、この戦闘を傍観しているのか――メシエにはその真意が、まるで分からない。
 しかし綾瀬はというと妙に満足した様子で、メルテッディンの絶対的な防御能力を嬉しそうに見つめる。
「たかが溶解、されど溶解……ただ溶けるという、それだけのシンプルな現象ですけれど、戦闘能力はシンプルである程に強力だという原則に忠実、という訳ですわね。これはとても、興味深い存在ですわ……」
「それに、これといった癖や傾向も無い……見事なまでに戦闘に特化しているようね……」
 綾瀬が直接交戦している時から、メルテッディンの動きをつぶさに観察していたドレスは、エースとエオリアと戦う姿にも、その動きに一貫して無駄が無いことに、感嘆の吐息を漏らした。
 戦闘者はかくあるべきだ、という称賛の念すら抱いているようである。
「ただ、敵と戦う為だけに強化を重ねた無私の存在……お見事ですわ」
 綾瀬の頬に、不気味な笑みが浮かんだ。

 スーパーモール内に侵入していたのはメルテッディンばかりではなく、スティミュレーターの姿もあった。
「見つけたぞ……!」
 二階西側の吹き抜けに面するエスカレーター前広場でスティミュレーターと接触したグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、前回の戦いで負傷したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の仇を討つべく、上杉 菊(うえすぎ・きく)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)のふたりと協力して、積極的に戦いを仕掛けていった。
「嫁入り前の娘の体を、あのように傷つけられたとあっては黙っておれん」
 観葉植物や重量のある商品などを次々に投げつけ、反撃の隙を与えないグロリアーナ達の攻撃に、ヘッドマッシャーはブレードロッドで黙々と対処するばかりであった。
 三人にとってはローザマリアのリベンジだったが、ここに居るスティミュレーターにしてみれば全く知った話ではなく、単なる妨害者としてしか、彼女達を見ていない。
「御方様の仇、討たせて頂きまする」
 菊も、グロリアーナとエシクの投擲攻撃が始まるまでは真正面に布陣して、ヘッドマッシャーの注意を引くという役割に徹していたが、アンダーグラウンドドラゴンのランドアンバーを投入して総力戦に転じた後は、より破壊力に満ちた攻撃を次々と浴びせかけている。
 対スティミュレーター戦に限っていえば、Pキャンセラーで封じ切れなかった能力を次々と駆使して遠隔攻撃を仕掛けるのが、最も有効な対処法であることを、この三人はよく心得ている。
 菊の攻撃でブレードロッドの防御を引きつけ、その間にグロリアーナとエシクが別角度から投擲による攻撃を絶え間なく続けることで、確実にスティミュレーターの肉体を消耗させていった。
 こうなってくると、如何に無類の強さを誇るヘッドマッシャーといえども、分が悪い。
 早々に見切りをつけ、戦線離脱を試みようとした。
 だが、敵に背を向けるということは、大きな隙を作るということでもある。菊がその無防備となった瞬間を見逃す筈もなく、ヘッドマッシャーが吹き抜けから一階へ逃れようとしたそのタイミングに合わせて、対イコン用爆弾弓での一撃を加えた。
 モール全体を響かせるような爆音が、吹き抜けの上下に巻き起こる。
 直撃を受けたヘッドマッシャー・スティミュレーターは、全身から黒煙を噴き上げながら、力無く一階の床面へと落下していった。
 そこは、数十体の赤涙鬼が蠢く鮮血の地獄である。
 墜落して、身動きもままならぬヘッドマッシャーに赤涙鬼の群れが一斉に飛びかかった。
 吹き抜けの手すりから身を乗り出してその光景を眺めていた三人は、一様に顔をしかめる。
 ヘッドマッシャーといえども、その肉体のベースは人間である。赤涙鬼にとっては他の一般人同様、エネルギー源として食い漁る対象のひとつであった。
「化け物が化け物を食らう……見ていて、気分の良いものではありませんね」
 エシクが漠然とした表情でその凄惨な光景を凝視していたが、不意に背後で生じた新たな気配に、彼女は慌てて振り向いた。
 そこについ先程、彼女達が倒したスティミュレーターとそっくりの黒い巨躯が、静かに佇んでいる。
 グロリアーナと菊も同時に振り返り、息を呑んだ。
「……成る程、次はそなたが相手、という訳か」
 闘志を含んだグロリアーナの声に呼応して、菊が対イコン用爆弾弓での牽制を仕掛ける。
 爆風に備えて素早く三方に散った三人であったが、しかし、予想した現象は起きなかった。
 菊が呆然と、爆発する前に一瞬で蒸発してしまった鏃の行方を、虚空に探した。
「こいつが噂に聞く、新型か」
 グロリアーナが試しにとばかりに、手近の瓦礫を投げつけた。同時にエシクが、武器として用意していた廃自動車を豪快に投げつける。
 だがそのいずれもが、ヘッドマッシャーの巨躯に触れるか触れないかというタイミングで、半分以上が蒸発するように消え去り、その場に力無く落下するばかりである。
 三人の表情に、戦慄の色が浮かんだ。
「一難去ってまた一難……という程度では、済まない相手ですね」
 菊のひと言が、二度目の激闘の引き金となった。

 この日、買い物客としてたまたまスーパーモールを訪れていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だが、赤涙鬼の大量発生に加えてヘッドマッシャーの出現という非常事態に接し、彼の肉体は休日モードから戦闘モードへと一気に切り替わっていた。
 そうして若崎容疑者捕縛に突入してきた部隊の面々と合流した、までは良かったのだが、新型のヘッドマッシャーと遭遇してしまったのは、運が良かったのか悪かったのか。
 ともあれ、この場で恭也と共にヘッドマッシャーと対しているのはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)ラブ・リトル(らぶ・りとる)、として雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の僅か三名のみであった。
 本来ならもっと大勢の戦力が必要である筈だったが、今はとにかく若崎容疑者の捕縛が先だと、コア・ハーティオンが他の人員を捜索へと向かわせてしまったのである。
 これには流石に、リナリエッタが渋い表情を浮かべた。
「んもぅ、冗談じゃないわよ……何でこんな人数で、こいつとやらなきゃいけない訳?」
 尤も、今のリナリエッタは屍躁菌のキャリアーになることを嫌ってパワードマスク改を装着している為、その美貌はほとんど隠れてしまっているのだが。
 だが、呑気にぼやいていられたのも、最初のうちだけであった。
 メルテッディンの、全てを溶かし尽くす能力に気づいた四人は、一切の物理的攻撃手段が半ば封じられている事実に驚愕し、同時に戦慄した。
「くそっ、この変態仮面野郎……サンドバッグにも出来ねぇってか!」
 恭也が悪態をついたのも、無理からぬ話であった。
 Pキャンセラーでどの能力が消されるのかも分からない上に、接近戦であろうが遠隔戦であろうが、攻撃がどれだけ完璧に命中しようとも、威力が全く通らないのであれば話にならない。
 手も足も出ないとは、まさにこういう状況をいうのであろう。
「何ともはや、厄介な化け物だ……こんな奴が相手では、何人居たところで結果は同じであったろうな」
「いい訳は要らないから、さっさとやっつけちゃってよぉ! もうやだよぉ、こんなの!」
 別段コア・ハーティオンとしては、若崎容疑者捜索に人員を割かせたことに対する正当化のつもりでいったつもりはなかったのだが、ラブ・リトルがすかさず横から突っ込んできたのには閉口した。
 勿論、ラブ・リトルはただ悪態をつきたいだけではない。
 コア・ハーティオンが前回の対スティミュレーター戦でのダメージを幾らか残していることに対し、大きな不安を抱いているのであり、心配でもあったのだ。
 どうやらコア・ハーティオンは相打ち狙いの特攻も考えていたようだが、触れた途端に溶かされてしまうのでは、その戦法も半ば通用しないに等しい。
 ブレードロッドが縦横無尽に飛び交う中を、リナリエッタ、恭也、コア・ハーティオンの三人は必死にかわし続けている。だがこのままでは、いずれ追い詰められて、肉体を切り刻まれるだけだろう。
 そんな中で、恭也が何度目かになる傀儡銀星での突撃を試みた時、リナリエッタはふと、小首を傾げた。
 強酸性特有の溶解現象に気づいたリナリエッタだが、そこで彼女はある事実に思い至ったのだ。
「ねぇちょっとあなた、そのペットボトルの中身はなぁに?」
「これか? 見ての通り、スポーツドリンクだが」
 恭也が答えるや否や、リナリエッタは恭也のウエストポーチから勝手にペットボトルを取り上げ、コア・ハーティオンに強い口調で呼びかけた。
「私がこれをあいつにぶっかけるから、何でも良いから一発、ぶち込んで頂戴な!」
 コア・ハーティオンはよく分からないといった様子だったが、とにかくも、リナリエッタの指示に従い、彼女がペットボトルの中身をヘッドマッシャーの膝元にひっかけるのと同時に、同じポイントめがけて、コア・ハーティオンが一撃を浴びせた。
 すると、どうであろう。
 ヘッドマッシャーは明らかに打撃を受けたらしく、膝下が弾かれたような格好で、その場に四つん這いになったではないか。
「うぉっ……ありゃ一体、どういうこった!?」
「中和ってやつよ。酸性とアルカリ性の、ね。簡単な理科の実験だわね」
 パワードマスク改の奥でうっすらと笑みを浮かべるリナリエッタに、恭也は心底、感心した。
 攻撃を仕掛けたコア・ハーティオンのパンドラソードも、刃の部分が僅かに溶解しているところを見ると、完全に防ぎ切れる、という訳ではなさそうではあるが、しかしこれで突破口は開いた。
 後は、物量の問題である。
 リナリエッタはラブ・リトルに振り向き、甲高く吼えた。
「そこのあなた、暇でしょ!? ちょっとそこのドラッグストアーから、同じやつをもっと一杯、仕入れてきて頂戴な!」
「は、は〜いっ」
 ラブ・リトルはリナリエッタの勢いに押される格好で、数メートル先のドラッグストアーへと急行する。
 同時に、コア・ハーティオンがゆっくりと、メルテッディンの背後に位置を取った。
「さぁ、ここからが勝負だ」
 思わぬところに、思わぬ秘策が隠れていたものである。
 リナリエッタはただの妖艶なる美女、というだけの存在ではなかった。