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リアクション
【七 次なる展開】
一階、食料品売り場裏手の、大型冷蔵室。
この中にクナイ・アヤシ(くない・あやし)が石化させた、数十人の一般市民達が居る。
石化の前に、このひとびとを冷蔵室まで誘導してきたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)であった。
屍躁菌による赤涙鬼化を少しでも遅らせる為の処置として、突入してきた有志部隊のアキラや誠一とも連携を取りながらの措置であった。
但し、全ての一般市民を石化させたという訳では無い。
天貴 彩羽(あまむち・あやは)、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)、夜愚 素十素(よぐ・そとうす)の三人が得意とするナノ系技術で屍躁菌感染者を見極め、感染者のみを石化するよう、北都にアドバイスしていた。
無駄に多くのひとびとを石化させてしまうと、後でもとに戻すのが大変だからだ。
石化を免れた一般市民に対しては、抗菌性のガーゼマスクが配布された。これも、彩羽達の措置である。
「もっと抵抗されるかと思ったけど……案外、素直に従ってくれたね」
ひと段落ついてから、北都がほっと安堵の吐息を漏らした。
傍らのクナイは、停止してしまった天井の空調設備を見上げ、静かに頷き返す。
「他にも同じような発想を持っているひとが居て、助かりましたね。それに、ドクター九条の医学的な説明もあって、一般市民の皆さんを説得する一助になってくれたのは、本当に大きかったと思います」
流石に大勢のひとびとに対して一斉に石化を施すのは相当な疲労を伴ったようで、クナイの面には幾分、消耗した色が見え隠れしていた。
「屍躁菌っていうのは、ウィルスよりサイズが大きい分、感染拡大の勢いはそんなに強くはないみたいね」
ガーゼマスクの配布を終えた彩羽が、スペシアと素十素を伴って冷蔵室脇の調理スペースに姿を現した。
現在、未感染の一般市民達は他のコントラクター達が守っている。
この時スペシアと素十素は、同じ調理スペースの別の一角で、玖純 飛都(くすみ・ひさと)が途方に暮れているのに気付いた。
飛都はネットワーク経由で外部に対するアクセスを試みようとしていたのだが、既に述べた通り、スーパーモール周辺には妨害電波が張り巡らされている上、有線ネットワークケーブルの各端子も、外部との接続が全て遮断されている。
全ては情報漏洩を未然に防ぐ為の教導団による措置だが、飛都はそこまで頭が廻っていなかった己の迂闊さをひたすら呪うしかなかった。
「まぁ、何といおうか……教導団のやり方というのが今回でよく、分かったでござろう」
スペシアの気の毒そうな声に、飛都は自嘲気味に口角を僅かに吊り上げた。
「コントラクターとしての経験を、もっと積まないといけない、ってことかもね。またひとつ、成長したと思うことにするよ」
いいながら、素十素が手にしている籠手型HCのコンソール画面に視線を這わせた。そこには、屍躁菌とレイビーズS2型の拡大映像がモニタされている。
「しかし、完成度としては見事なものだ。ポータラカ人のウィルスと違って、屍躁菌は兵器としていくらでも応用が利く上、操作も簡単といえば簡単だから、幾らでも買い手がつくといったところだろうね」
「ふ〜ん、そういうものなんだぁ」
単純にウィルスの強度にしか興味が無かった素十素には、屍躁菌の商品としての簡便性や、或いは兵器としての特性にはあまり頭が廻らなかったらしく、飛都の分析にも漠然と頷くばかりである。
屍躁菌は、あくまでも兵器としての商品なのだ。
単純にナノテクノロジーに詳しい科学者としての彩羽達には、そういった分野への考察は幾らか欠けており、マーケティングという意識が無ければ、屍躁菌の価値など理解するのも難しいだろう。
「ところで、これから他の避難場所も廻ろうと思うんだけど、一緒に来てくれるかな?」
北都に呼びかけられ、彩羽は小さく頷き返した。
「そうだね……他のところも、石化や氷漬けでの症状停止はするべきだろうけど、未感染者までやっちゃうのは労力の無駄だもんね」
「じゃあ、決まりだね。もう少し色々、宜しく頼むよ」
北都はクナイを呼び、彩羽はスペシアと素十素を呼んだ。
すぐにでも移動を開始しなければ、空気感染が更に広がる可能性がある。ここは、時間との闘いであるといえよう。
ところが、ここで思わぬ闖入者が現れた。
吹き抜けを覆うガラス張りの天井を突き破って、異形の怪物が天から落ちてきたのである。
見るもおぞましい漆黒の妖物……エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、血と破壊と捕食を求めて、このスーパーモールに姿を現したのである。
移動を開始しようとしていた北都や彩羽達は、無駄な戦闘での時間浪費を避けるべく、エッツェルとの遭遇は回避しなければならなかった。
しかし、放置しておく訳にもいかない。
近くの店舗で、シャッターを閉め下ろして籠城している一般市民を守るべく、御宮 裕樹(おみや・ゆうき)、久遠 青夜(くおん・せいや)、トゥマス・ウォルフガング(とぅます・うぉるふがんぐ)、御宮 詠美古(おみや・よみこ)の四人が飛び出してきたのだが、果たして彼らで、どこまで持ち堪えられるのか。
ここまで、自身の行動原理から独自の行動を取ろうとしていたローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)とフルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)は、ガラス天井から射し込む陽光を浴びながら、エッツェルの出現によって今後、どのように行動すべきかを再考する必要に迫られていた。
ヘッドマッシャーや赤涙鬼の群れだけを考えに入れていたローグとフルーネは、エッツェルが自分達にとっても脅威になり得る事実を、よくよく考えなければならなかった。
しかし、エッツェルの出現は、若崎容疑者捕縛任務に対して然程の影響を与えた訳では無い。
A班、B班、そしてC班の各班員は、粛々と彼ら自身の捜索活動を続けるまでである。
ところが、指令本部では思わぬ情報が飛び込んできて、蜂の巣をつついたような状況に発展していた。
若崎容疑者捕縛を外部でサポートすべく、指令本部に残って行動していた桐生 円(きりゅう・まどか)や、リカイン達の一助になればという考えで、矢張り同じく指令本部に居たヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)などは、突然降って湧いたようにもたらされたその情報に、愕然たる思いを抱いていた。
「ちょっと待ってよ……爆弾投下による高熱浄化って、一体どういうこと!?」
円が下士官のひとりを掴まえて食ってかかったが、その下士官も事情をほとんど把握していないらしく、支離滅裂な言葉を繰り返すのみである。
「桐生さん、彼らにどやしつけたところで、何も得られないでしょう。ここは矢張り、スタークス少佐に聞くのが一番かと」
「……それもそうね」
ヴィゼントにたしなめられて何とか気分を落ち着かせた円は、ヴィゼントと共に、指令本部の総合指揮所が入っている簡易テントへ急行した。
ここでも矢張り大勢の教導団兵や将校達が慌ただしく駆け巡っており、事態の緊急性が如実に見て取れた。
そんな中、円とヴィゼントは、状況一覧が表示されているディスプレイを苦々しい表情で覗き込むスタークス少佐の傍らへと駆け寄っていった。
「ねぇ、何があったの!?」
円の詰問調の問いかけに、スタークス少佐は苦虫を噛み潰したような表情で、ディスプレイの一角をとんとんと指先でつついた。
「爆弾による高熱浄化は、当初から予定にあることはあった。だが、屍躁菌の生存期間が24時間であることから、これは見送られる筈だったのだ」
ところが今になって、この高熱浄化が実行段階に移されることになった、という。
勿論、これはスタークス少佐の指示ではない。彼はまだ、若崎容疑者捕縛の指令を取り消してはいないのである。
では一体、誰がこのような横暴極まる指示を出したというのだろうか。
「砲兵科弾頭開発局の御鏡中佐だ。
教導団御鏡 兵衛(みかがみ ひょうえ)中佐――円はその名に、聞き覚えがあった。
確か、今回の屍躁菌テロの情報を最初に入手した人物だった筈である。
そもそも、弾頭開発局などという研究部局が何故いち早く、細菌テロ情報を仕入れたのかについて大いに疑問を抱いていた円であったが、その部局が今度は、当初の予定を覆して、高熱浄化を無理矢理、実行段階に移そうとしているのだという。
余りにも無茶な話ではあったが、しかし何故か円もヴィゼントも、この流れが不自然であると同時に、最初から仕組まれていたのではないかという疑いが、不意に心の奥底に湧いてきていた。
「それにしても……この、新型機晶爆弾ノーブルレディっていうのは、一体何?」
円は、嫌な予感を覚えた。
ディスプレイに表示されている情報を信じるのであれば、ノーブルレディなる新型機晶爆弾は、軍産企業であるウィンザー・アームズ社が独自に開発した、対象指向型の画期的なシステムを搭載する逸品である、とのことらしい。
ノーブルレディ投下の情報は、若崎容疑者捕縛部隊にも、ほとんど間を置かずして伝えられた。
「おいおいおい、冗談じゃないぜ。最初っから爆弾落とすつもりなら、俺達が突入してきた意味が無いんじゃないのか?」
強盗 ヘル(ごうとう・へる)が如何にも不満げに呟くのを、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は渋い表情で聞いていた。
もし最初から爆弾投下を予定していたというのなら、何故このタイミングで投下を決めたのか。
そこが、今ひとつ分からない。
第一、爆弾投下は本来なら実施には及ばない筈だったではないか。
「どうやらスタークス少佐を含め、大多数の教導団員が欺かれたと考えるのが、自然ですね」
少なくともザカコは、スタークス少佐も被害者のひとりであると判断した。
でなければ、色々と辻褄の合わないことが多いのである。
「ねぇ、ちーにゃんこさん、若崎ってひとを掴まえるのに間に合わなかったら、やっぱり、逃げるしかないんだよね?」
「あまり考えたくはないが……命あっての何とやら、だからね」
月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)に問われて、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は難しい顔つきで考え込んだ。
その傍らではイルマ・レスト(いるま・れすと)が、これまで捜索してきた箇所を書き留めたメモ帳に素早く目を走らせ、漏れが無いかを再チェックしている。
「民間人の中に紛れ込んでいる可能性は、ほぼなくなりましたね……後は、A班とB班が未捜索のスタッフ用施設に潜んでいるとしか思えません」
千歳とイルマは、若崎容疑者が一般市民の中に紛れ込んでいると仮定し、C班と共に行動していた。
しかし事前に渡されていた若崎容疑者の外観と一致する者は、遂に見つけられなかった。
その間も、赤涙鬼の群れに何度も包囲され、その都度、決死の撃退戦に身を投じることが何度かあった。
「似たような体格の市民は居たけど、あんなに特徴的なハンサムさんは、そうそう居ないからね」
「へぇ〜、そんなに男前なんですか?」
珍しく千歳が男性の容貌について褒めたものだから、あゆみは思わず場を忘れて、興味深そうに千歳の顔を覗き込んだ。
千歳はうむ、と小さく頷き返す。
「まぁ、そうだな。顔かたち、各パーツの配置、どれもトップクラスなんじゃないか。かといって、女性的な美貌って訳でもないし、やっぱり男前、っていう表現がしっくりくるね」
千歳の説明に両目を輝かせているあゆみとは対照的に、イルマは内心で
(そうはいっても、矢張り私にとってはラズィーヤ様が一番ですっ)
などと、全くどうでも良い判定を下している。
彼女達の会話に何となく気を引かれたのか、ヘルが割り込んできた。
「しかし、それ程の男前ならよぉ、こんな細菌テロなんかやらなくても、十分満足な人生送れるだろうによ。何を考えてんだかねぇ」
「……まぁ世の中には、色んなひとが居ますから」
ヘルの軽口に、ザカコは苦笑を漏らした。
コントラクター全般にいえることだが、各校には何故か美男美女が多い。
ここに居るあゆみや千歳、イルマといった面々も、地球では相当な美女か、美少女として人気者になれただろうに、パラミタ大陸では同じような美貌の持ち主が多いせいか、どうしても他に埋没してしまっている。
美人は三日で飽きる、とはよくいったものだが、そんなことを考えているザカコ自身も、結構な男前であることには変わりが無かった。
その時、ザカコの無線機から呼び出しアラームが鳴り響いた。
応答に出てみると、事態の急展開を告げる連絡が飛び込んできた。
A班が、若崎源次郎らしき人物を発見した、というのである。
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