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★第八話「地下に咲く花火」★



「次はあれをやろう、2人とも」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、そう笑顔で祭りの中を走っていた。どこまでも無邪気なその笑みは、子供そのもので……ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は優しく微笑むと同時に、罪悪感を感じた。
「あんなにはしゃいで……」

(余程私が引き籠っていた事が気にかかっていたんだろうな。可哀想な事をした……。寂しい思いをさせた分、今日は可愛がってやりたい)

 グラキエスが記憶を失った悲しさで落ち込んでいたベルテハイト。先日、改めて絆を深めたものの、あまり外出していなかったベルテハイトを気にかけて、今回グラキエスが祭りへ誘ってくれたのだ。

(ベルテハイトはこう言った祭りに行った事がないらしい。
 俺が記憶を無くしてから最近まで外に出てこなかったし、その分今日は楽しんでほしいな)

 と言う想いともう1人の同行者、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)との交流もして欲しいと願っていたのだが……こうして様々な露店を見て回っていると、そちらの方に意識が行ってしまっていた。
 また1つ、なんとも派手派手しい色の飴を欲しそうにしているグラキエスに、ウルディカが待ったをかける。
「エンドロア、それは止めろ。
 栄養価が低い割に味が濃い。お前の体に合わん。食べるならこちらにしろ」
 ウルディカは渋い顔をしつつ、グラキエスの身体のことを気にしていた。実は昨日、体調を崩したばかりなのだ。本当は祭りに来るのも反対だったのだが、こうして楽しそうなところを見ると……。
「グラキエス、この人ごみで歩き通しは疲れるだろう?
 私が連れて行ってあげよう」
「おおっ」
 笑いながらベルテハイトはグラキエスを抱き上げ、グラキエスが歓声を上げる。高くなった視界から見下ろす祭りは、なんだか先ほどとは違うように見えた。
 しかしウルディカが顔をしかめる。
「人の多い場所でその体勢は余計に危険だ。
 回避行動が遅れ、下手をすれば倒れた時下敷きにする。
 もう少し考えろ」
 そう言ってグラキエスを下ろす。その際「疲れたなら、俺が支えてやる」とぼそりと呟く。ベルテハイトは、そんなウルディカの言葉を軽く聞き流してグラキエスの手を引いた。
 密かに火花が散っていた。
「ああ、グラキエス。たこ焼きを食べないか? それとお面も買おう」
 ベルテハイトは、グラキエスの想いに気づいていた。だからこそ、可愛くして仕方がないのだ。甘やかしまくりである。
 そしてグラキエスはグラキエスで、そんな風にベルテハイトが構ってくれるのが嬉しい。勧められるままに食べ物を口にし、遊ぶ。
 ウルディカの赤い瞳がますます細くなる。彼には自負がある。ベルテハイトが引きこもっていた間、グラキエスの傍にいたと言う自負が。
「ほら、グラキエス」
 欲しいと言う前に、すっと綿あめを差し出す。ありがとう、と笑顔を見せたグラキエスを見て、今度はベルテハイトがまた何かを買い与える。
 ……お兄ちゃん対決は、しばらく続きそうだった。
「祭りはとても楽しいな!」
 だがまあ、グラキエスは楽しそうなのでいいんだろう。きっと。



「兄弟かな? でも皆楽しそうだね」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)を振り返って笑いかけた。
「ああ。とても美しい笑顔にあふれている」
 微笑みを返してくれるルドルフに、ヴィナは内心ほっとしていた。
(たまにルドルフさんが休んでくれないと、一般学生がやすめないからね。息抜きにと思って誘ったんだけど、楽しんでくれてるみたいだ)
「俺たちも楽しもうか。ルドルフさんはどんなところに行きたい?」
 話しながら提灯の揺れる下を歩いて行く。特に希望はないと言うルドルフに、じゃあっとヴィナは目についた屋台を指差す。
「ヨーヨー釣りなんか面白そうだよね。一緒にやろう」
「ヨーヨー釣り……これはどうするものなのだろうか」
「えっとねぇ」
 話しあいながら、どこにでもある、しかしとても大切で平穏な時間を過ごす。
 食事は折角だから、と露店で購入。
 焼そば、お好み焼き、たこ焼きなどなど多数ある中でどれにしようか。迷うのも祭りの醍醐味。
「美味しかったね」
「たしかに……初めて見るものだったけれども」
「この祭りの空気の中で食べるってのもいいね」
 とはいえ、ずっと歩きっぱなしも疲れてくる。どこかお店に入って休もうと大通りから少し外れると、途端に洗練された美しい街並みが広がっていた。ルドルフが感心の声を上げた。
 ヴィナはアガルタの地図を頭に浮かべ、ここが芸術区と呼ばれる一角だと思いだす。
「そういえば、ミニコンサートがあるらしいよ。隣には喫茶もあるから、休憩もできるし……行ってみる?」
「コンサートか。それは楽しみだな」
「そうだね。喫茶ではラテ・アートもできるんだって。そっちも楽しそう」
 途中、花屋、骨董品店などにもよりつつ、2人はのんびりと歩いて行った。



 男女共用サウナにて。
「ここは1つ、耐久勝負しないか?」
 スティンガーの言葉に、橘 カオル(たちばな・かおる)が「いいねぇ」と乗った。にやりと笑って周囲を見る。
「もちろん、お前らもやるよなぁ」
「ああ、いいぜ」
 レオンはすぐに話に乗った。だがその横で秀幸は渋い顔。
「なんだよ。自信ねぇのか?」
「そういうことではなく」
「じゃあもちろん小暮も参加するよな?」
 やいのかいのと説得? し、秀幸も参加することに……その光景を鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は苦笑しながら見守った。その隣で同じく苦笑したユーシスは、やれやれと立ち上がった。
 真一郎が声をかける。
「参加しないのですか?」
「私は遠慮しておきます。もうこれだけで汗はかきましたし」
 では御先に、と去っていったその姿を見送り、真一郎は倒れる者が出ないよう。サウナの中を見回した。まだ余裕はありそうだが。
「一番最初に脱落した奴が明日の朝バスに全員の荷物を運ぶんだぞ」
「えー、そんなの聞いてない」
「横暴だー」
 付け足されたスティンガーの声に、文句が上がる。も、そんなやりとりはすぐに笑いに変わる。
「勝負は構わないけど、倒れないでよ」
 李梅琳(り・めいりん)がカオルに呆れつつそう心配する。
「ああ、大丈夫だ。ありがとうな」
 笑顔で返し、ふと思い出したことを言う。
「そいやサウナって本場では男女混浴ですっぱだからしいぜ」
「へぇ」
 ここがすっぱだかではないのは、オトナのジジョー、です!
 と、話題を提供したつもりが、目が泳いでしまうのは男の子の性か。運命か(大げさな)。
 おのつく揺れるものへ目が向かう。
(みてはいけない、メイリンに怒られる……気にしない……気)
「――カオル?」
「メイリン、ちが、これは――っ」

 少々お待ちください。

「関羽殿。このサウナではいくつか温度が違うものがあるそうです。ここは中間に値する部屋ですね」
 そうかいがいしく関羽・雲長(かんう・うんちょう)に施設の説明をしたり、体調を気遣ったりしているのは姜 維(きょう・い)
 男女で別れた入口を見た時は一緒に入れないっ? と愕然としていたが中で合流できると聞いて者すごく安堵した。
「大分顔赤いぜ? 上がった方がいいんじゃないか?」
「う。いや、まだまだ……」
「計算によると後10分はいけます」
「俺は15分いける」
「ここでやめたら男がすたる!」
 段々と維持の張りあいになってきている。
「……そろそろ上がりましょうか。他の方もきつそうですし、宴会の準備もそろそろできると思いますので」
「そうだな。ほら、行くぜ」
 様子を見て終わるべきと判断したスティンガーと真一郎が勝負を切り上げ、水風呂で身体を冷やしてサウナを出る。
「……ゼーさんたち、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「そうです。これぐらい全然」
「問題ない、ぜ」
「急に立ち上がっては駄目ですよ。水を飲んで、ゆっくりと」
「貴殿らは鍛え方が足りてないようだな」
「関羽殿はさすがですね。水、いりますか?」
「うむ。いただこう」
「無茶するからよ。はい、水」
「メイリン……ありがとう」
 まあこんな失敗も、笑って話せる思い出の一つだろう。


 そしてこちらは宴会の準備組。旅館側から準備してくれるという申し出もあったが、折角だしと自分たちですることにしたのだ。
(サウナか……この火傷の跡はあまり晒すようなものじゃないし、準備の方させてもらおうかしら)
 怜奈はそう思い、宴会準備を手伝おうとしたのだが、参加人数が多いため、運ぶものが多い。
 ちょうどその時、別行動していた長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)が帰ってきたのを見て、躊躇しつつ声をかける。
「中佐。えっと……会社でいう上司にお頼みするのは心苦しいのですが。飲み物を運ぶとなると力仕事になりますし、手伝って頂けると嬉しいのですが…」
「分かった。……って、そんなに気ぃつかうな。今は旅行中なんだ。階級は止めてくれ」
「わ、分かりました」
 快く引き受けてくれたことにほっとしつつ、サウナへ行った面々の飲み物(水やお茶)を用意する。
「あ、運ぶお酒は朝霧さんがそこに選んでおいてくれているので」
「ああこれか」
「ちょっと重いんですけど」
 話し合っている怜奈たちの後ろではルカルカが旅館の女将と話し合っていた。
「それで夕食の時間ですが……」
「うん、それで……あと布団の用意は……」
 忙しそうに相談している。
「おっと。そういや茶を知り合いからもらってな」
 長曽禰が懐から茶葉を取り出す。
「良い香り。薬草茶ですね」
「折角だしこっちも入れてくれ」
「はい、分かりました」

 少々慌ただしく進められている宴会準備。
「熱いのは苦手なんだよな」
 ナノマシン拡散中のアル サハラ(ある・さはら)は、空気に漂いながら匂いに反応し、そちらへ。皿の上に置かれたチーズにぱくつく。
「……あれ? さっきチーズ乗せたはずなのにどこへ?」
 消えたチーズに首をかしげている従業員。
(チーズの盛り合わせもう一皿くれよ)
 再びよそ見したところでもう一回。
「おいおい。何やってんだ」
 そこへ酒を運んでいた長曽禰が通りかかり、アルの気配に気づいて注意した。残念。二度目は失敗した。

 とまあ、つまみ食い事件以外は特に問題は起きず、宴会は無事に始まった。
「う。なんかさっきから肩が重い」
「大丈夫? って、そういえばアル、何処行ったのかな」
「あいつめ。またナノ拡散して何処か漂ってるな……この重いのはお前か!」
(やべ、ばれた)
 アルは慌てて場所を変える。そのままふよふよと漂うが、ふと宴会場の奥で静かに酒を飲む人物に目を止めた。
(あれが蓮華がぽーっとなってる相手、か)
 もう少しよく見てみよう、とナノ状態で近づく。
「……やめろ、2人とも」
 鋭峰が、殺気を発する関羽英照をいさめた。近付くアルに気づいたのだ。
「青龍偃月刀の錆となりたくなければ、姿を現せ」
「なーんで分っちゃったんすか? って、まじすみません」
 人型に戻って、すぐに謝る。たしかに礼を失した行動だったろう。今が宴会ということもあり、あまり気にしていないようではあるが。
 お詫びと言うとなんだが、代わりとばかりにトランプ手品を披露して、宴会を盛り上げる。
「……こうやって撫でてやると……カードを探し当ててくれる。ほらな」
「すっげー」
「じゃ、次は……ハートのクイーンを当て、でもするか。俺が混ぜるから、当ててくれ。当たったら、フルーツセットあげちゃうぜ」
「がんばるの!」
「自分の計算によると当たる確率は……」
「つまり、小暮君が指差さなかったやつだね!」
「うわ、ひでぇ」
「そういうことは口に出してはいけないものですよ」
 などと、楽しげな空気を眺めていたスティンガーは、部屋の片隅にあったカラオケセットに気づく。そしてにやっと笑った。
「蓮華、宴会芸に何か歌え」
「えっ?」
 マイクを投げ渡し、勝手に曲をセレクト。流れてきたのはデュエット曲。
「しかもこれ1人じゃ歌えない曲じゃ……だ、誰か助けてえ」
 周りを見回した時、鋭峰と目があった。
「ふむ……」
 少し考えるそぶりを見せた後、なんと鋭峰が立ち上がってマイクを手に取ってくれた。
「歌えばいいのだな」
「は、はい」
 その後の時間は、蓮華にとって、まさしく夢のような時間だった。

「団長って、歌もお上手なんですね」
「俺も初めて聞いたな」
「写真に撮っておきませんと」
「意外とカラオケとか行ってたりすんのかな」
「でも流行とか最新の曲とか知ってそう」
「さすが団長! そしてこの曲にはやっぱり日本酒だな」
「……気になっていたのですが、そのお酒は一体どこから」
「うん。不思議なの。あの、あとリボン……」
「細かいことは気にすんなって。宴会を楽しみ、酒を楽しみ、皆で楽しく幸せになろうぜ! ほらほら。そんな隅っこで食うなって」
「じゃあ俺らも酒」
「未成年は駄目よ〜」
「デスヨネー」
※だめ。ホント駄目。
「長曽禰さんも、どうぞ」
「悪いな」
「いえ……先ほどは手伝っていただいてありがとうございました」
 怜奈が酒を注ぎながら礼を言う。
「あ、関羽。飲んでるか?」
「うむ。この酒は中々良いな」
 満足げに頷く関羽の器に、姜 維がそっと酒を注ぐ。器が空になることはない。
 というより垂は旅行中ほぼずっと酒を飲みっぱなしなはずだが、ずっとほろ酔いで泥酔する様子がない。さすが、といえば良いのだろうか。
 酒の味が分かるものたちの傍に行き、酒を楽しんでいる。まだまだ飲みそうだ。
「ルカ、お疲れ様です。どうですか、一杯」
「ありがとう、真一郎さん。でもルカはまだ」
 隣に座り、お酒を進めてくれる恋人に、ルカは笑って首を振る。旅行の提案者であり幹事であるため、この旅行が終わるまで気が抜けないのだ。
 真一郎は苦笑してから手にした酒をあおり――彼もまたかなり飲んでいるはずだが、酔う様子はない――、周囲を見回した。
「見てください、ルカ。みなさん、とても楽しそうに笑っているでしょう?」
 ルカも改めて部屋を見る。たしかに皆笑って――あ。一部に無表情組がいたが今は気にせず――真一郎は続けた。
「あとはあなた自身も楽しまないと」
「……うん。そうだね! ありがとう。真一郎さん、大好き」
「ええ。私もですよ」
 そうして酒を注ぎ合い、一緒に飲む。

「参謀長。横よろしいですか?」
「ああ、構わない」
 ダリルは英照の隣に座り、垂に選んでもらった酒を英照の猪口に注ぐ。
 遠くに置いた空缶を撃つ……というゲームにいそしんでいる他の面々を眺めながら、静かに酒を飲む。
 ちらと眼を横にやったダリルは英照のゴーグルを見た。
(物理的に外れないとのことだが、もしや、直接“目”なのだろうか。
 紫外線や温度情報等も意識を振る事で表示されるのか……叶うならケーブルをノパソに繋ぎ、彼の見ている世界を見たいものだが)
「あの。サイバーゴーグルですが、よければ是非一度整備を」
 させてくれと願い出ようとした。
「あ、参謀長が狙われてる」
「なっ! 俺は」
 ルカにからかわれて、反論の声で注目が集まってしまい、ダリルたちの周囲も賑やかになってしまったのだった。
「ダリルたちも飲んでるかー? ワインとかどうだ?」
 チャンポンしすぎだろう、というぐらい種類を飲んでいる垂が、ソレに気づいて杯を高々と上げた。他の皆も気づいて各々の飲み物を上げる。

 暗い世界に、一瞬の花が咲いた。

「かんぱーい!」