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★第一話「響き渡る声は明るく」★


 中継基地に、1人の少年が到着した。黒崎 天音(くろさき・あまね)が少年に頭を下げる。
「お待ちしておりました、理事長」
「ふむ……どうやら少し待たせてしまったようだな」
 ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)は天音に軽く詫びる。
「お気になさらず……ラドゥ様は先にあちらでお待ちいただいております」
 ジェイダスは頷き、しかし天音が指示した方角に乗り物がないことに首をかしげた。まさかアガルタまで歩いて行くのだろうか。
 天音が少し笑う。
「理事長、ニルヴァーナらしいものでアガルタまで移動しませんか?」
「ニルヴァーナらしいもの?」
 少々お待ちください。そういって天音が連れてきたのは――2頭の涅槃イルカ。悪戯めいた目で、天音は問う。
「乗れますか?」
 ジェイダスもまた笑って、「いいだろう」とそれに乗る。しかしさすがというべきか。イルカの背に乗ったその姿は、まるで一枚の絵画のようだ。
「安全運転で頼むね」
「キュキュイっ!」
「キューイ」
 天音が軽く撫でながらそう言うと、イルカたちはまるで敬礼でもするように鳴き、頷くようなしぐさを見せた。
 合点承知! 分かりました!
 とでも言っているのかもしれない。
「実はこの子、先日中継基地の大アンテナに引っかかって救出されたイルカなんですよ」
 ニルヴァーナの開発具合、アガルタについてや、たわいもない雑談をしながら天音はジェイダスを退屈させぬよう、そして危険にさらさぬように留意してアガルタまで案内していった。

「ああ、見えてきましたね。あちらが地下街『アガルタ』です」



 ジェイダスが街へ到着する少し前。また別の要人たちがアガルタの北門に到着していた。
「……地下にこれだけの空間……自然にできたものとは思えんが」
「近くで遺跡が発見されたのと関係あるのかもしれないな」
 金 鋭峰(じん・るいふぉん)羅 英照(ろー・いんざお)がそんなことを言いあう。
 いや、ここにいるのは彼らだけではない。
「アガルタ到着ー。みんな、ちゃんといるー? 街は広いからダリルの身長を目印に、見失わないでね」
「勝手に人を旗代わりにするな」
 一行の先頭を歩くのは、今回の教導団慰安旅行の幹事であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)とそのパートナーダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)。呆れたダリルの声に、しかしルカルカはあっけらかんと
「だって旗は目立たないし」
 と言う。
 少しため息を吐きだしつつ、ダリルはちゃんと全員がついてきているかを横目で確認する。
「ほんとうに広いねぇ」
「あっちから何か送られてくるよ!」
「何かって何っ?」
「まだ出来たばかりだと言うのに、随分と賑やかだな」
「上が優秀なんだろう」
 好き勝手に感想を言い合っている旅行者一行に、近付いて来るものたちがいた。ダリルとルカルカが気づき、近寄る。
「ようこそ、アガルタへ。私はこの街の総責任者をさせていただいております、ハーリー・マハーリーです。以後、お見知りおきを」
 頭を下げるのはハーリーだ。
 慰安旅行ではあるが、金たち幹部にとっては視察も兼ねている。そしてハーリーたちにとっても、ここで教導団とつながりを得るのは悪いことではない。
「金 鋭峰だ。栄えているようだな」
「ありがとうございます」
 一通り挨拶を終えたところで、ルカルカがハーリーに
「これ、教導団からです」
 と世界樹の苗木を渡す。ハーリーは驚きで目を見開いてから、笑った。
「これはこれは……ありがとうございます。今、アガルタでも植物を育てようとしているところでして」
 まだまだ緑が少ないアガルタ。ハーリーは心から嬉しそうだ。
「旅館はこちらで用意させていただきました。花火もよく見えると思いますので、みなさんでゆっくりお楽しみください」

「大好きな団長と一緒にニルヴァーナ旅行ができるなんて夢みたい!
 ……ねぇ、スティンガー。ほっぺ抓ってみてくれる?」
 雑談へと移った鋭峰、ハーリーたちの方を董 蓮華(ただす・れんげ)は頬を押さえてうっとりとみていたが、ハッとしてスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)に頼んだ。スティンガーは「俺らがいることは覚えてたんだな」と苦笑しつつ、抓る。
「痛い! ということは夢じゃないのね。ど、どうしよう。ドキドキしてきちゃった」
 乙女である。
 緊張を和ませるために、と近くにいたメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)に話しかける。
「噴水広場やにゃあカフェ、宴会や花火……どれも楽しそうね」
「そうですね……猫、か」
「お? もしかして秀幸って猫好きなのか?」
「っ!」
「え、そうなの?」
 話が盛り上がり始めた彼らを見て、メルヴィアは少し眉を寄せた。
「……呑気なものだな」
「ま、今回は慰安旅行だしな。聆珈も少し気を抜いたらどうだ?」
「そうですよ。メルヴィアも楽しみましょう」
 長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)の言葉に続いてルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)がたしなめると、メルヴィアはふいと顔をそむけた。眉間に刻まれた皺は深い。
 だが怒っているわけではなく、それを察したルースはただ苦笑する。
(まだまだ父親アピールが足りませんかね)

「慰安旅行でお祭り……誘われたのはいいけれど、こんなに大人数になるなんてビックリだわ」
 月摘 怜奈(るとう・れな)はそう呟き、長曽禰の姿を視界に収めると頬を緩めた。彼に誘いの言葉をかけたのは怜奈だった。断られずに良かった、と今さら安どがこみ上げ、しかし楽しげに蓮華と話している姿を見て息を止めた。
「あ、そろそろ移動みたいね。月摘さん、行きましょう?」
「え、あ、そうね」
 蓮華はそんな怜奈へ近付き、そっと耳打ちする。
「安心して。私が好きなのは金団長だけだから」
「えっ? ええっ」
「ふふ、ほら図星って書いてある。
 御互いにいい思い出が出来たらいいね」
「……そうね。本当に」
 2人して、ふふふっと笑いあう。

 一行の中でメルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は周囲にいる人たちと挨拶をしていた。
「あと上官のエレーネって人にも……機晶姫なんだよな。俺も機晶姫と契約してるから親近感が」
 エレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)の姿を見つけて話しかける。
「あなたはメルキアデス・ベルディ」
「え、覚えててくれた……んすか?」
「誘ってくれた時に、名乗ってくださったので……それが何か?」
「えっあ、その、なんでもない、です」
 ぼけっとエレーネを見上げていたメルキアデスは、尋ね返されて我に返って首を振る。それからまた他の先輩たちへの挨拶に戻るのだが
(なんか、俺の知ってる機晶姫と違う)
 メルキアデスと契約した機晶姫は、人間の顔が選別できず、メルキアデスのことをなぜか息子と思い込んでいる。そして行く先々で人間を息子&娘と呼んで厄介事を背負ってくる。だがエレーネはしっかりと顔を認識し、普通に会話し、ちゃんと顔を覚えていた。
(なんで同じ機晶姫なのにこんなにちが……いいや。考えちゃ駄目だ)
 凹みそうになるのをなんとか回避し、今はこの旅行を楽しもうと拳を握る。

「そろそろ行くよー。準備は良い?」
「はい!」
 と、いろいろありながらも、とにかく旅行の開始である。



 それとほぼ同時刻。こちらは東門。レン・オズワルド(れん・おずわるど)が赤い瞳を嬉しげに細めた。
「フリューネ! こっちだ」
 フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の姿を大勢にぎわうなか見つけ、手を上げる。フリューネはすぐに気づいて近寄って来た。
「予想以上に人が多かったから、見つからないかと思ったわ」
 そう微笑むフリューネに、レンも頷いた。
 これからリネン・エルフト(りねん・えるふと)の店に向かうのだが、互いに同じ場所へ行くと分かって、せっかくだから一緒に行こうと言うことになったのだ。
「あら。その袋は何?」
「これか。一応手土産を持って行くべきかと思ってな。日本酒を」
 紙袋を軽く持ち上げて言うレンに、フリューネが眉を寄せた。おそらく何も用意していないのが心配になったのだろう。
 そんなフリューネに「心配するな」と声をかける。
「でも」
「お前が顔を出すことが彼女にとっての最良のご褒美なんだからな」
 そうさらりと言ってのけたレンにフリューネは言葉を詰まらせた。それでも何かを、と思ったのか。フリューネは見かけた店でお菓子を買い、店へと向かうことにした。
「あれからどうだ」
「私の方は……」
 道中は互いの話をしつつ、祭りの空気を楽しむ。

 その店、『アガルタ冒険者の宿』は、まだ昼間だと言うのに随分と賑やかだった。
「お酒お代わりー」
「いいぞ、姉ちゃんもっとのめー」
「俺も負けてらんねぇ。お代わり!」
 酔っ払いの一段の中にはシーニーもいた。何やってんすか。
「もうっしょうがないわねぇ」
 リネンは呆れつつ、祭りだからと大目に見ることにして酒ビンを手にし、入口から聞こえた音でがどうそちらへ向けた。
「いらっしゃいま……フリューネとレンじゃない。来てくれたのね」
 促されて店内へと入る2人より少し遅れて、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)もやってくる。
 賑やかな店内にも驚く様子はない。所属している冒険者ギルドの飲食店兼冒険斡旋所も似た雰囲気なので、むしろ落ち着くようだった。
「素敵なお店ですね」
「ええ、すごく軌道に乗っているみたいだし」
「ありがとう。
 うん、最初はフ……皆の助けになれたらって出した店がこんなに大きくなっちゃって。今日はもう総出よ」
「ったく、俺たちまでこきつかわれるしよ」
「フェイミィ! 奥の客に水!」
「はいはい」
 手伝っているフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)がそんな風に文句を言っていたが、同じく手伝っているヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)に呼ばれて水を盆に乗せていく。
 その仕事ぶりは意外と板についている。そう口で言うほどいやではないのだろう。
「それで、今回は祭りを見に来たの?」
「今回は皆で御飯を食べながら、ニルヴァーナの状況、どういった仕事があるのかを確認しつつ、未来の商売敵さんの視察に来ました」
「えっ?」
「ふふ、冗談ですよ」
 ヘイリーが水を出しながら聞くと、ノアが口もとに手を当てて笑った。
「そんなことより、何かお勧めなどあるのでしょうか? 私、こう見えて食べる方なので、ワクワクドキドキが止まらないんですよね。
 とりあえず上から順に食べて行っても良いでしょうか? クーポンも持ってきてます!」
 目をキラキラさせてクーポンを見せるメティス。

===
クーポン内容:ドリンク一杯無料、アガルタ祭ガイドブック配布、料理値引き券3枚
(以下、紹介文)
中継基地周辺の情報が集まる場所といえば『アガルタ冒険者の宿』
どこにいくか予定が決まらない方、酒場でドリンク片手にガイドを眺めてみては?
恋人向け、家族、友人向け、多彩なコースで出店・企画を案内しています。
お店には厩舎もあるので、ペット・騎馬同伴の方もお気軽にどうぞ!
===

「クーポン使用ね。分かったわ。ドリンクはどうするの?」
 ヘイリーは受け取ったクーポンの代わりにメニューを渡す。メティスは楽しそうにそれらのメニューを片っぱしから注文していった。
「おい……それ、全部食べるのかよ」
 戻ってきたフェイミィが頬をひきつらせる。フリューネも目を見張っている。
「私、旧型の機晶姫なので燃費が悪いんですよ」
「そういう問題なのか?」
「そういう問題ですよ」
 そういうやり取りをしつつ、注文をし終え――パートナーのレンとノアはただ苦笑していた――料理が出てきたのだが、残念ながらテーブルに乗りきらなかったため、別室に運ぶことになった。
「大丈夫でしたら、リネンさんたちもご一緒に食べませんか? ご飯は大勢で食べた方が美味しいですから」
「そうだな。……無理にとは言わないが」
「そうねぇ」
 リネンが店を見回す。まだ昼食には早いからか、客はそう多くない。そして休憩に行っていた別の店員が戻ってきたのを見て、誘いに乗ることにした。
「悪いけど、休憩に行くからお願いね」
「はい。分かりました」
 全員で食べ物を持って、空室へ。少し家具を動かして全員で食べられるようにする。
 少々早い昼食を全員で摂る。
「っと、忘れていたな。これ土産だ」
「私からはこっちね」
「えっ? 別に良かったのに……でも、ありがとう」
 食事は和やかに進んだ。
 全員でも食べきれないのでは、と思われた量だったが誰かの胃に収まった。