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第2章 蔦まみれの部屋

 魔道書『キカミ』こと「奇木紙見本 草子(きぼくかみみほん・そうし)」のいる部屋は、伸び切った蔦――「つーたん」が壁に床に伸びきっている。
「キカミ、寝ちゃだめだよ。寝たら死ぬから」
 魔道書仲間の『ヴァニ』が、蔦に絡まっているかのように見えるキカミに言う。いつもならつーたんは、キカミの身動きを制限するようなことはしないのだが、ヤドリギに寄生されたために自律的な動きの自由を奪われ、結果的にキカミをその本体で窮屈に絡め取ってしまう格好になっている。
「ヴァニ……あたし、遭難したわけじゃないから」
 キカミの返しに、ヴァニはくくくっと小さく笑う。どんな窮地でも軽口を叩かずにはいられない性分なだけで、彼なりの励ましのつもりである。キカミも分かっているので、ぎろんと一瞥した後は、小さく吹いてしまってうっすらと笑った。
「キカミ……大丈夫なの?」
 隣からやはり魔道書の『お嬢』が心配そうに尋ねる。キカミは、仲間思いで心配性な、小さなお嬢を見て頷く。
「皆さんが親切にして下さるから、前よりかなり楽になってるよ」
 その言葉通り、話を聞いてキカミに同情し、その身を案じて訪れた契約者たちが部屋にいた。

 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、【人の心、草の心】で、つーたんに寄生したヤドリギの声を聞こうと考えていた。それによって、ヤドリギが彼女から魔力を吸収するのを防ぐ方法が見つけられないかと考えた。のだが。
「……つーたんとヤドリギの接ぎ目が曖昧になっているんです……」
 リースの申し出に、キカミは申し訳なさそうに言った。
「と、いうことは、あの……分からないんですか…?」
「魔力の低下で、つーたんの自律的な意識が失われてしまって……。つーたんの意識があれば、教えてくれるはずなんですけど……」
 試しにリースは、つーたんに向かって呼びかけてみる。だが、つーたんからの応えはなかった。
 つーたんが弱っているのは確実だ。それはひいては、キカミの衰弱をも意味する。リースは心配そうに、弱弱しく笑うキカミの顔を覗き込む。
「大丈夫……? 【ヒール】…しようか……?」
 ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)が、気遣わしげに声をかける。彼女もまた、ヤドリギとつーたんの接ぎ目が分かれば、そこからヤドリギを伐採することで彼女をこの窮状から救えるのではないかと考えていたが、その肝心の接ぎ目が彼女自身には把握できなさそうだと分かって、考え込んでしまっていた。
(つーたんにしか、分からない…なら……きっと……つーたんに、栄養を…魔力の源を、送れるように、するしか…ないの、かな……?)
 だとすると今できることは、魔力吸収に抗するべく、彼女に十分な体力付けをさせてあげるしかない。
 そうすればつーたんも、彼女と再び意思疎通できるまでに回復するかもしれない。
 そうすれば、ヤドリギとの接ぎ目が分かるかも……
「そう…だよね、がーちゃん…?」
 ネーブルが言うと、隣りで筆を持って紙に何か書いていた鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)は「かぱっ」と、どことなく元気のない様子ながら請け負うように鳴くと、紙を出してキカミの前に掲げた。
『何か欲しいものがあったら言ってください。
 用意できるものは用意致しましょう。
 その姿勢のままでいるのも辛いでしょう。クッションが必要なら入れますので言ってください』
「かっぱー、かぱぱぱ(食べ物も取り敢えず、きゅうりでよければここに)」
 そう言って(鳴いて?)、きゅうりを高々と取り出す。
「がーちゃん……きゅうりって、ほとんどは水分だって…聞いたことが……」
 ネーブルがやや戸惑ったように言ったが、キカミはそれを見てくすりと笑った。


「かっぱ〜……」
 魔道書達のいる特殊施設へ向かう渡り廊下を、鬼龍院 戯々子(きりゅういん・ぎぎこ)が歩いていた。
 パートナーのキリトに頼まれ、キカミに会いに行こうとしていたのだった。
 キリトはテラスで、ヤドリギの魔力に囚われた人々の救出の策を講じている。しかし、取り急ぎ救いの手を必要としているのはここだが、目先の解決策だけではなく根本的な解決策も必要だと、キリトは考えている。戯々子もそれには賛成だった。なので、原因になっている可能性が高い『キカミさんという方』に、話を聞いてみるのもありかもしれない。何か手段が見つかるかもしれない、という話になり、それで戯々子が会いに出かけたのである。
「かぱっ?(あの部屋でしょうか…?)」
 その部屋に辿りついた戯々子が見たのは――

「ありがとう。つーたんも大分乾いてきたから、水分も必要かも、しれない……」
「かっぱぱっ(ささっどうぞ)」
 キカミにキュウリを手渡す画太郎の姿だった。

「か…かぱぱぱーーーーっ!!(お、お兄様ーっ!!)」
 その言葉に画太郎も振り向き、その目に戯々子の姿を捕える。
 きゅうりを手にした、ピンク色の河童のゆる族の姿を。
「かっ、かぱっ!?(ぎ、戯々子っ!?)」
「かぱっかぱーっ!(やはりお兄様っ!)」
 カッパ二人が駆け寄る。――他の誰にも、その言葉は分からないけど。
「かぱーかっぱーかぱぱぱーーーっっ!!(まさか、このパラミタで再び出会えるなんて!)」
「かっぱかっぱぱーーーーっ……(もしや、これがクリスマスの奇跡というもの……なのだろうか)」

「……そういえば、キリトさんのところ…似たようなカッパさんが居る、って聞いた事があったような……」
 感激して抱き合い喜ぶカッパ達を見ながら、ネーブルが首を傾げて呟く。
「多分……感動して、いるんだよ…ね?
 でも…がーちゃん…鳴き声だけじゃ…何を言ってるか判らない…かも」
 その隣で、キカミが貰ったきゅうりをぽりりとかじり、呟く。
「感動があるのはいいよね……クリスマスになるんだもの」


 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、『蒼き水晶の杖』を手に、キカミのもとに歩み寄った。
「これを試してみてはどうだろうか。スキルを封じることによって、ヤドリギへの魔力の供給を絶てればと思うのだが」
 どうもヤドリギが種子を連射する例のスキルも、人を狂わす波動も、どうやらキカミの魔力を消費して行使されるスキルらしい、とアルツールは見ていた。キカミの魔力の蒼き水晶の杖の持つスキル封じの力で、魔力の大元のキカミとつーたんの力を封じてしまえば、供給源を絶たれて一時的にでも各種の波動や種子マシンガンが停止して、キカミの魔力の消費が抑えられるはずではないかと考えての策である。
「この杖を使うにも消耗が大きいから、そう何度もスキル封じは行えんが……効果が切れるまで、一時しのぎにはなるはずだ。
 疲労も少しは軽減されるだろう」
 もっとも、このまま何も起きなければ、の話だが……という言葉は、キカミに寄り添うように座って目を潤ませているお嬢の表情があまりにも不安げだったので、口の中で濁して消した。
「キカミ……」
 そもそもアルツールは、以前とある事件で顔を合わせたこの「お嬢」こと「極意書『太虚論』」が、その後不自由なく暮らせているかどうか気になっていて、様子を見に来たのであった。白紙によって極意を伝える、という捻った意のもとに作られた書であったために、その深慮を読み取ることのできなかった人々によって虐げられた歴史が、彼女をひどく気弱で内向的な性格にしていた。環境が変わっても仲間が一緒にいるおかげで、割と明るく元気に暮らしていることには内心ほっとしたが、今はそんな仲間の危機に心を痛めている様子が痛々しい。
「キカミのこと……助けてくれる……?」
 お嬢の問いかけに、アルツールは真摯な目を向ける。
「できる限りのことをしよう、諦めずに」
「ありがとう……お願いします」
 キカミが、体勢上それ以上出来ないので、首をぺこっと折り曲げて一礼する。