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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

 同時刻 イルミンスールの森 外周付近
 
「“カノーネ”のセンサー精度をナメてるわけじゃねェだろうによ――」
“ヴルカーン”bisのコクピット内で“蛇”は呟いた。
 コクピットのレーダーにはイコンと思しき機影が映っている。
 その光点を追って彼は“ヴルカーン”bisを走らせていた。
 この機体もれっきとした二足歩行だが、“フリューゲル”などとは違い、足部にキャタピラが装備されているのが特徴だ。
 本来は大量の重火器を搭載しているせいで重量の増大した機体の運動性を維持する為のもの。
 だが、今回の戦場では思わぬ利便性を発揮していた。
 
「イイぜェ、この悪路走破性。ホレボレするねェ」
 森林の中という不整地であっても“ヴルカーン”は易々と進んでいく。
 これもひとえにキャタピラの長所である高い悪路走破性のおかげだ。
 ペダルを踏み込む“蛇”も上機嫌だ。
 だが、その一方で彼は油断なく一人ごちる。
「ドコに行くつもりだ……? このままじゃイルミンスールの森を出ちまうぞ……?」
 彼の言う通り、レーダーの光点はイルミンスールの森を外周付近に向けて突っ切っていく。
 このままでは遠からず森の外に出るだろう。
「罠、ってワケか――」
 ややあって“蛇”は相手の意図を察したようだ。
 僅かに考えを巡らせた後、彼は犬歯を剥き出す独特の笑みを浮かべる。
「ハッ! 上等ってモンだ。いいぜェ、乗ってやらァ――」
 
 更にペダルを踏み込む“蛇”。
 先ほどよりも加速した“ヴルカーン”bisはキャタピラを唸らせて森の中を突っ切っていく。
 ほどなくして急に辺りが明るくなる。
 森の外に飛び出したのだ。
 
 そのまま“蛇”はまた更にペダルを踏み込む。
 もはやトップスピード近くにまで達した“ヴルカーン”bisの走行速度は容易くレーダーの光点が示す対象に追い付いた。
「――なァるほど。そういうコトか」
 得心がいったように笑みを浮かべる“蛇”。
 その笑みはやはり犬歯を剥き出すあの独特の笑みだ。
 
 メインカメラの映像で目視したおかげではっきりと判った。
 レーダー上の光点はイコンではなく別のマシン。
 おおかたイコンホースか何かにアルミ箔を張り付けてレーダー波を欺瞞したものだ。
 
(射線の通ってる場所まで誘き出して狙撃、そういう魂胆だろうがよォ。それより先に“カノーネ”のセンサーで丸裸にしてや――)
 相手の意図を推察した“蛇”がコンソールを操作しつつペダルを踏み込んだ瞬間だった。
 突如として機体が激しく揺れる。
「ン、だとォ――!」
 即座に“ヴルカーン”bisのOSはエラーメッセージの波をモニターへと流す。
 どうやらトラップに引っ掛かり、そのせいでキャタピラをやられたらしい。
 
 とはいえ、流石は現行機を凌駕する性能を持つ“ヴルカーン”bis。
 並のイコンならば行動不能になるようなダメージでも、何とか耐えきった。
 キャタピラは大破したものの、脚部パーツそのものは無事だったようだ。
 そのまま二本の足で自立すると、ダウンレンジ状態だった150mmライフルを持ち上げようとする。
 
「――!」
 その瞬間、コクピットに小刻みなアラート音が鳴り渡る。
 ――接近警報。
 アラート音がそれだと“蛇”が気付いた時、既にモニターには灰色のイコンが大写しになる。
 灰色のイコンは更に距離を詰め、もはや零距離近くにまで肉迫してくる。
 150mmライフル、そしてもう一方の腕に内蔵されたクロー。
 それらの攻撃を、ほぼ零距離にまで肉迫することで回避せんとする灰色のイコン。
 灰色のイコンは“ヴルカーン”bisの懐に飛び込むなり、150mmライフルの銃身を踏みつけて押さえにかかった。
 更に灰色のイコンは全身全霊の気迫で銃剣付ビームアサルトライフルの銃剣を突き出した。
 銃剣はクローが内蔵された方の腕へと突き刺さる。
 そのまま、灰色のイコンはアサルトライフルをフルオート射撃しクロー内蔵の腕を吹き飛ばした。
 
『互いにこうして直接姿を見るのは初めてかしらね』
 爆音に混じって聞こえてくるのは若い女の声。
『敵が罠に掛かったら、その隙を突いて狙撃が来ると思った? ――だから、その裏をかかせてもらったわ』
 どうやら接触回線で直に送り込んできているようだ。
 この灰色のイコンは“蛇”にとって見覚えのない機体だ。
 だが、接触回線で話しかけてきた女の声で、この機体が誰の乗機であるかを瞬時に理解した。
「ローザ! テメェだったかッ!」
 怒りの中にも歓喜を垣間見せつつ、“蛇”はマイクに向けて叫ぶ。
「随分と熱烈なアタックじゃねェかよ! えェ! キスしに来たってかァ!」
『キス? まさか――』
 軽くいなすように答えると、ローザマリアは叩きつけるように言い放つ。
『私の生まれたアメリカ合衆国南部ではね、蛇は皮を剥いで揚げて食べるのよ。フライドスネークにしてあげるわ』
 間髪入れずに銃剣を再び振りかぶる灰色のイコン――グリフィズ・エクトゥス。

「上等ォッ!」
 しかしそれよりも早く、“蛇”は操縦桿を派手に倒した。
 まるで力自慢が腕相撲で相手を押し切るかのように操縦桿を倒した瞬間、“ヴルカーン”bisは無茶な姿勢で身を横に逸らす。
 ただでさえ重いヴルカーンbisの機体。
 不慣れなパイロットがこんな無茶な動きをすれば、たちまち転倒してしまうだろう。
 だがそこはこの機体を乗りこなす“蛇”だけあって、絶妙な機体コントロールでギリギリ踏みとどまる。
 
 身を逸らしたことで紙一重で銃剣を避けた“ヴルカーン”bis。
 そればかりか、姿勢を戻す際の体重移動を利用して“ヴルカーン”bisは蹴りを放った。
 ほぼ零距離である以上、足を最初から伸ばしての蹴りは放てない。
 なんと“蛇”は巧みな操縦技術で“ヴルカーン”bisの膝を屈伸させた状態で足を上げさせたのだ。
 そして、その状態から足を伸ばすようにして、“ヴルカーン”bisは一気に蹴りを叩き込んだ。
 
 幸い、コクピットを潰されるようなことはなかったものの、グリフィズ・エクトゥスが受けたダメージは大きい。
 ただでさえ規格外の重量を有する“ヴルカーン”bisの上半身を支えている脚部。
 更にはミサイルポッドが装備されていることもあり、その馬力と重量は凄まじい。
 そうした脚部による蹴りを受けたのだ。
 到底、無視できるダメージではない。
 グリフィズ・エクトゥスは人間で言えば腰骨や背骨の役割を果たすメインフレームを損傷したようで、文字通り腰砕けになる。
『――まさかそんな機体でケンカキックをやるなんてね……あんたって本当にクレイジーだわ。けど、チンピラらしいあんたにはお似合いの技ね』
 機体が尻餅をつきながらも気丈に言い放つローザマリア。
「伊達に二本足じゃねェってこった。テメェも随分と詳しいじゃねェかよ?」
『横須賀に勤務してた頃に知り合った海自の自衛官にプロレス好きがいたのよ』

 言葉を交わしながら“蛇”はコンソールを叩き、各種センサーで改めて周囲を精査する。
 その甲斐あってか、動体センサーがグリフィズ・エクトゥスの背部で動く等身大の何かを感知する。
 加えて、周囲にも複数の動体反応を感知する“ヴルカーン”bisのセンサー。
「そういう……コトかよ」
 メインカメラをすかさずズーミングする“蛇”。
 そして彼は、ローザマリア達が使ったトリックを理解した。
 
「クレイジーなのはテメェ等の方だろうが。さしずめオレは宇宙の狩猟民族かァ?」
 冗談めかした口調で問いかける“蛇”。
 それに対してローザマリアも、あえて冗談めかした口調で余裕を見せつける。
『あら? 違うとでも言うのかしら? 現行レベルを凌駕する未知の兵器で武装して、負ければ周囲を巻き込んで自爆。私の知る特徴そのものね。。てっきり、強い相手を求めて私達教導団にケンカを打ったのかと思ってたわ』

 ローザマリアの冗談めかした会話には意味があった。
 相手の注意を逸らしつつ、グリフィズ・エクトゥスは手探りで近くに転がった銃剣付ビームアサルトライフルを探している。
 ほどなくしてそれを掴んだグリフィズ・エクトゥス。
 同時に“蛇”もそれをモニターで視認する。
「させるかよッ!」
 弾かれたように“蛇”は操縦桿のトリガーを引いた。
 グリフィズ・エクトゥスがビームアサルトライフルを向けるよりも一瞬早く、“ヴルカーン”bisの胸部装甲が開く。
 装甲の下から現れたガトリングガンと鎖骨部に取り付けられたマシンガンが一斉に火を吹いた。

 至近距離から機銃の掃射を受け、グリフィズ・エクトゥスの装甲は少しずつ剥がされるように破壊されていく。
 更にはビームアサルトライフルを持つ方の腕も掃射によって吹っ飛ばされた。
「これで互いに腕一本、おあいこ――ってヤツだ」
“蛇”が言う中、やがて最終装甲の一枚も弾け飛び、遂にローザマリアの姿があらわになる。
「皮を剥かれたのは、どうやらテメェの方だったようだなァ!」

 だが、驚くべきことに、至近距離でこれほどの掃射を受けたにも関わらず、ローザマリアは軽傷で済んでいた。
「マジかよ……」
 モニターに映る無傷のローザマリアを目の当たりにする“蛇”。
 これには流石の“蛇”も驚いたようだ。
「なァ、聞いていいか?」
『いいわ。答えてあげる』
 このような状況にあっても冗談めかしたローザマリアの口調。
 そんな彼女をモニター越しに見つつ、“蛇”は犬歯を剥き出して笑う。
「テメェの生年月日と子供の頃のニックネームはなんだ?」
『何かと思えば藪から棒に。まさか女に歳を聞くの?』
「ケッ……そんなんじゃねェよ。ただ、テメェが実は未来から来た殺人ロボットで、おまけに消しゴムみてェな通り名で呼ばれてるんじゃねェかと思っただけだ」
 それがおかしかったのか、それとも単に相手に動揺を悟らせないようにする為か、ローザマリアは声を出して笑う。
『随分な言われようね。いいのかしら――ジョークを言っている暇があったらトリガーを引くことね。安心なさい、私は被弾すれば怪我するし死にもするわ』
 すると“蛇”も声を出して笑った。
「そうしてェのは山々なんだが、よォ――」
 ローザの眼前でガトリングガンが乾いた音を立てて空転し、同じくマシンガンも乾いた音を立てる。
「ッてコトで、この勝負は次に預けておいてやらァ。次はこんな小細工はナシで来な。純粋な炸薬のブッ放し合いで、勝負してやらァ――」
 それだけ言い残すと、“ヴルカーン”bisは180度回頭。
 そのまま、グリフィズ・エクトゥスの探知圏外まで撤退していったのだった。