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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 同時刻 イルミンスールの森 東側方面

『――!』
『――!』
 剣竜と“ドンナー”bis。
 二機による無言の剣戟は今も続いていた。
 既に幾合も打ち合っているが、未だ状況は膠着したままだ。
 互角の実力を持つ者同士の立ち合いゆえ、なかなかに状況は動かない。
 
『そろそろ決めさせてもらおう――』
 迫り来る“ドンナー”bisの刃に対応するように二刀を構える剣竜。
 だが、その構えは今まさに唯斗が発した言葉とは裏腹なものだ。
 その構えは攻めというよりは守りの構え。
 防御を固めた構えのようにも思える。
 
 二刀を構える剣竜に向け、“ドンナー”bisは“斬像刀”による大上段の一撃を振り下ろす。
 次いで響き渡る、甲高いながらも重厚な音。
 鍛え上げられた上質な鋼刃同士のぶつかり合いによってのみ鳴る音が響く。
 刃と刃がぶつかり合った瞬間、“ドンナー”bisの動きが止まる。
『体術と剣術、その融合昇華した技。今、見せよう』
 静かに告げる唯斗。
 打ち合いの瞬間、既に唯斗の技は始まっていた。
 
 ――絶技『絶掌』。
 相手の攻撃を受けた瞬間、即座に相殺しつつ受け入れる事で威力を分散。
 攻撃行動そのものを停止させる防御系絶技だ。
 この絶技は相手の勢い自体も止める。
 ゆえに、相手の連続行動も停止させてしまう力を持つ――。
 
 体術や剣術といった武術による格闘戦において、『絶掌』は極めて強力な技だ。
 しかしながら、『絶掌』の真価は別の所にある。

『これにて決着とさせてもらう――』
 たった今、『絶掌』によって動きの停止した“ドンナー”bisに向けて二刀を繰り出す剣竜。
 この反撃こそが『絶掌』の真価に他ならない。
 
 ――秘技『極絶』。
 それは、絶掌からの連続絶技。
 完全に停止させた無防備な相手に全身のバネを高速駆動し高速連動させる体術で零距離超神速攻撃を放つ極限絶技である。
 動作が零になった瞬間に放たれる為回避も防御も不可能。
 故に極限。
 
『葦原島で相対して以来、幾合も打ち合ってきた。“鼬”、貴様の太刀は幾度もこの身で受けた技だからこそ見切れる。見切れてしまうんだ』
 堂々と断言する唯斗。
 動きの止まった“ドンナー”bisに剣竜の振るう二刀が吸い込まれていく。
 必殺の刃が触れるまさにその瞬間、それは起こった。
 
『……!?』
 信じられない光景を前に絶句する唯斗。
 突然動き出した“ドンナー”bisが手首の反しを効かせた一太刀で剣竜の弐〇式高周波振動刀剣を弾き飛ばす。
“ドンナー”bisの反撃はそれで終わりではない。
 再び効かせた手首の反しでアンチビームソードも弾き飛ばそうとする。
 流石にそれには耐え抜いた剣竜だが、攻撃を見事に防がれた格好だ。
 
 それに対する唯斗の判断は速く、的確だった。
 何が起こったのかを考えるよりも早く、取りあえず後方へと飛び退って距離を取る剣竜。
 結果的にこの判断が剣竜の首を繋いだ。
 
 たった一瞬前まで剣竜が立っていた場所を通り抜けていく“斬像刀”の刃。
 もし後僅かに後方へと跳び退るのが遅ければ、今頃剣竜は斬られていたに違いない。
 
『馬鹿な……『絶掌』を受けて動ける筈が……』
 絞り出すような声で呟く唯斗。
『成程。『絶掌』というのですか。見事な技です。もし、貴方の機体が万全の状態で放たれたのならば……もしかすると、動きを制されていたかもしれません』
 対する“鼬”は落ち着き払った様子だ。
『一体どんな手妻を使ったんだ、教えてくれるか?』
 必死に冷静さを取り戻そうとしながら問いかける唯斗。
 それを受け、“鼬”は静かな声で語り始める。
 
『貴方の放つとどめの一撃ならぬどどめの反撃。それが『絶掌』……即ち防御の時から始まっているのだとすれば、僕の技は仕合いの始まった瞬間から既に始まっているのです』
“鼬”の答える意味が解らず、唯斗は黙り込む。
 煙にまかれたような状態の唯斗を察してか、“鼬”は付け加えた。
『僕の言葉の意味は、その機体の右腕が教えてくれることでしょう』
『剣竜の……右腕?』
 唯斗が怪訝そうに問い返した時、剣竜は右手が自動的に開き、アンチビームソードを取り落とした。
『な……!?』
 再び絶句する唯斗。
 ややあって彼はサブパイロットのエクスに問いかける。
『エクス! 何があった!』
 
 驚きと困惑で震える唯斗の声。
 一方、エクスの声は落ち着いていた。
 
『そうか。こ奴にしてやられたというわけだ。これを見ろ――』
 サブパイロットとして機体制御を担っていたエクス。
 彼女から今の剣竜のデータを見せられたことで、唯斗は事情を理解した。
 
 剣竜は勝手に手を開き、アンチビームソードを取り落としたわけではない。
 正確に言えば、操縦者である唯斗の出したコマンドに背いて、手を開いたわけではないのだ。
 
『幾合もの打ち合いの中で知らず知らずのうちに剣竜のマニュピレーターは疲弊しておったようだ。奴の剛剣を受け続けたせいであろうな。手だけではない、各部の間接やアクチュエーターも疲弊しておる。即ち、これは人間で言えば――』
 あえてそこで言葉を止め、唯斗に無言で問いかけるエクス。
 すぐに剣竜が大きく頷く。
 きっと、コクピットの中で唯斗が『わかっている』とばかりに大きく頷いたのだろう。
 そして唯斗は、エクスの言葉を引き継ぐようにして言った。
 
『――手が痺れるあまり、それに耐えかねて剣を取り落とした。そういうことか』
 事情を理解した様子の唯斗に向け、“鼬”は穏やかな口調で言った。
『ゆめゆめ、パートナーを叱責せぬよう。機体制御を担う者が見て解るような疲弊のさせ方はしておりませんので』
『わかっている。しかし、なんて技だ――』
 
 さしもの唯斗すら、驚嘆と感嘆を禁じえない。
 目に見えて疲弊しているほどのダメージとは悟らせず、少しずつ積み重ねるように相手の機体に疲労を与えていく。
 その精密さは、さながら爆弾を秘密裏に相手の機体へと仕込んでいくかのようだ。
 常に機体状況を確認していても、通常使用による必然的な疲労の範囲内にしか見えないのだから。
 ゆえにサブパイロットの目にも正常動作としか映らない。
 
 だが、仕込まれた疲労は着実に相手の機体を蝕んでいく。
 戦いの中で、パイロットにそれとは悟らせず。
 まるで、時が来れば爆ぜる爆弾のように。
 決して機体を殺すことなく、息を潜めて待ち続ける。
 
 そして、相手の機体のパフォーマンスを低下させていくのだ。
 乗り手たる者すらも、知らないうちに。
 
 それもひとえに卓越した剣術の技量とそれを余すことなく再現できる機体。
 ――あたかも生身の人体のごとし動きができる機体による、絶妙な力加減があってこそ実現可能な技に他ならない。
 
『だが解せないな……知らず知らずのうちに手が痺れて剣を落とすなど、ある程度の修練を積んだ者ならあり得ない筈――』
 唯斗の疑問ももっともだ。
『生身の肉体ならば、そうでしょう。手を伝う僅かな疼痛が、違和感となってそれを教えてくれる――』
 答えながら“鼬”は足を前に一歩踏み出す。
『――ですが、その機体と貴方の痛覚は繋がっていない。ゆえに貴方の手が疼痛を感じることはないのです』
 
 語りながら一歩、また一歩と近付いてくる相手を見ながら唯斗は息を呑む。
 自らは無手に対し、相手の手には得物がある。
 この状況、下手には動けない。
 相手もそれをわかっているのか、あっという間に距離を詰めてくる。
 
 やがて少し手を伸ばせば触れられる距離まで近付いてきた“ドンナー”bis。
 身構える剣竜の前で、“ドンナー”bisは僅かにかがみこんだ。
『……?』
 油断なく見つめる剣竜のメインカメラ。
 その先で、“ドンナー”bisは剣竜の近くに転がっていたアンチビームソードを拾い上げた。
 
 滑らかな手首の動きで“ドンナー”bisは、拾ったアンチビームソードの向きを反す。
 一転して逆手に持つ形となったアンチビームソード。
 なんと“ドンナー”bisは、そのまま柄頭を前にして、それを剣竜へと差し出したのだ。

『何のつもりだ……?』
 当惑する唯斗はアンチビームソードを受け取るのに二の足を踏む。
『一対一の仕合いにて決着をつける……その約束の上で僕達は刃を交えている。ゆえに貴方は、仲間が機体の性能差と多勢に無勢という状況で戦いながらも、あえて助太刀をせぬことに耐えて仕合いを続けた。ならば、僕もそれに応じるだけのことです――』
 ゆっくりとした口調で告げ、“ドンナー”bisは首を巡らせた。
『――たとえ、仲間がああなろうとも』
 メインカメラを向け、目線である場所を示す“ドンナー”bis。
 
 今の“鼬”に害意……少なくとも、油断した所を騙し打ちで斬りかかってくるようなことはない。
 不思議とそう確信できた唯斗は、自分も首を巡らせて剣竜のメインカメラを向ける。
“ドンナー”bisのメインカメラを目で追った剣竜は、その機体を僅かに震わせる。
 きっと今頃、内部の唯斗も身体を僅かに震わせていることだろう。
 
 二機の視線の先では、戦闘不能になった黒麒麟が倒れていた。
『朝霧……!』
 かろうじて原形は留めているものの、既に黒麒麟の機体はかなり損傷している。
 見れば、戦っていた相手の“フェルゼン”達も損傷してはいるが、まだかろうじて立っている。
 残っているのは三機。
 一機は黒麒麟によって倒され、自爆装置が作動したのだろう。
 戦っていた場所の近くに爆発跡ができている。
 物理的な兵器としての性質を持つ刃と、光条兵器開発の過程で開発された『見えぬ光の刃』。
 その二つによる連続攻撃を駆使し、装甲の変質による弱点を突いた黒麒麟。
 健闘の甲斐あって“フェルゼン”の一機を倒すという活躍を見せたが、やはりもとより機体の性能差は大きく、その上多勢に無勢だったようだ。
 
 三機の“フェルゼン”のうち一機が黒麒麟に手をかける。
“フェルゼン”はコクピットブロックと思しき場所を探り当てると、マニュピレーターの先に力を込めた。
 金属の軋む鈍い音がした後、また別の鈍い音が鳴った。
 コクピットブロックを力任せに引きちぎった“フェルゼン”。
 依然としてコクピットブロックは“フェルゼン”の手の中にあるのだ。
 もしその気になれば、たった今見せつけた握力でいとも簡単に握りつぶしてしまえるだろう。
 
 今も“フェルゼン”の手の中にあるコクピットブロックを目の当たりにして、唯斗は咄嗟に動こうとする。
 だが、それよりも早く、“フェルゼン”が動いた。
 手にしたコクピットブロックを“フェルゼン”は、その場に置いたのだ。
 
『――心配には及びませんよ』
 動きかけていた唯斗に向けて、ゆっくりと告げる“鼬”。
 咄嗟に振り返った剣竜に向けて、“ドンナー”bisは相変わらずアンチビームソードの柄を差し出したままだ。
『既に指示は出してあります。もはやあの三機にとって、この場に留まる理由はない』
 落ち着いた様子で“鼬”が語るのを裏付けるように、“フェルゼン”三機は踵を返す。
 そのまま三機は唯斗や垂達に背を向け、全力走行で森の奥へと去っていく。

『さっきから何のつもりだ?』
 油断なく視線を“ドンナー”bisに戻す剣竜。
『何のつもりも何も、既に申し上げた通り……一対一の仕合いにて雌雄を決する為。それに――』
『それに……?』
『――それに、僕の目的は指揮する四機をイルミンスール魔法学校の施設まで到達させること。既に勝負の決した相手を嬲り殺すことではありません』

 幾度も刃を交えた者として、“鼬”の言葉が嘘ではないということを唯斗は確信しつつあった。
『そうか。ならば疑う必要はない――』
 差し出された柄に手をかける剣竜。
 それを確認し、“ドンナー”bisは後方へと下がる。
 一方の剣竜も、“ドンナー”bisからアンチビームソードを受け取った後、やはり後方へと下がる。
 
 互いに程良い距離で立ち、真っ直ぐに相対する二機。
『もはやこれ以上の問答は無用』
『ええ。次の一太刀にて決着をつけましょう』
 
 それだけ言葉を交わすと、二機は互いに一振りの刀をしっかりと握りしめる。
 唯斗が繰り出さんとするのは、初めて“鼬”と相対した際に繰り出した奥儀――『』(うつほ)。
 片や“鼬”が繰り出さんとするのも、やはり初めて唯斗と相対した際に見せた奥儀――秘剣・一文字斬り。
 
 互いに一撃必殺の一太刀。
 どちらが勝るにせよ、次の一撃で勝負は決するだろう。
 それゆえ、互いに千載一遇のチャンスを待って微動だにしない。
 唯斗と“鼬”の、長い睨み合いが始まった。