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第11章 一網打尽?

 キオネがオリュンポスのメンバーとともに見つけた壁の不自然なスペースに、今、カーリアとヨルディア、そしてリイムが立っている。
 コクビャクとの繋がりのあった会社は割り出され、偽情報のからくりも警察によって他の団体にもばらされた今、廊下は静けさを取り戻している。ヨルディアの【密偵】で従者の【魔法のぬいぐるみ】に情報を探らせ、【隠形の術】で隠れながら、ここまで何とか無事に辿りついた、人目に付くリスクを少しでも下げるため、宵一はヨルディアの【機晶魔術増幅装置ティ=フォン5】に収納されていた。念のためにリイムは【殺気看破
】で周囲への警戒を展開させている。ここまでは安全に来ることができた。
「……魔力を感じる。覚えのある魔力だわ」
 何もない壁をじっと見て、カーリアは呟いた。
 今は、監視カメラのアームも動いていない。まだ十六凪のスキルの影響が消えていないのか。
「あからさまにここだけ空いているのね。確かに怪しいわ」
 ヨルディアは呟くと、【機晶魔術増幅装置ティ=フォン5】に向かって「お〜い、でてこ〜い」と声をかけた。宵一が出てきた。
 パートナーからの説明を聞いた宵一は、「ちょっと下がっていてくれ」とカーリアに声をかけると、
「これで何か、動けばいいが……」
 少し心許なげに呟きながら、【真実の鏡】を取り出し、壁に向かって掲げた。
「!」
 鏡には、他にあるのと同じ、扉が映っていた。
 その鏡面の映像が、そのまま壁に映り、隠れていた扉が現れた。
「……入るわ」
 緊張した面持ちで、カーリアは小さく、誰にともなく呟いた。




「あれだ!」
 誰かが叫んだ。
 大講堂2階のロビーから小講堂へ向かっていたキオネを中心とする一同は、二つの講堂のちょうど中間あたりで、アルマジロもどきのゆる族を見つけた。
 それを見た時、キオネは瞠目した。
 アルマジロもどきは、地球の企業社員ツガ、ゆる族の偽りの衣を脱ぎ捨てたコクビャクメンバー・キーゾと共に逃走しようとしていた。正面からやって来た大人数に、彼らは恐れをなしたか、一瞬引き返そうという素振りを見せた。だが、後ろからはクリストファーたちに、ツガを追ってきた甚五郎、さらに最初に捕まえた社員を他の警備員に引き渡したホリイと羽純までもが追ってくる。
 前後を挟み撃ちにされた3人は狼狽えたが、投降するという意思はなかったらしい。アルマジロもどきが物凄い勢いで、抱えていたキャンディスを背後から来た5人に投げつけた。
 5人はそれぞれに避け、キャンディスははるか後方にすっ飛んでいった。
 その間に、キオネたちが3人に追いついた。キオネにルカルカ、和麻とエリス、梓乃(ティモシーは乱闘に参加する気がなかったので後方で見ている)、北都とモーベットとかなりの人数がいきなりどっと捕まえに来たのである。おまけに後方からの5人もすぐに追いついた。多少もみくちゃになりながら、しかしすぐに全員お縄かと思いきや……
「くそぉぉぉぉぉ!! 邪魔するんじゃねええええ!!」
 アルマジロもどきが突然、叫びと共に魔力の気を四方に炸裂させるように放った。全員避けるか、当たっても空波のようなものだったので怪我もしなかったが。彼の仲間の2人はすでに倒れているが、それも目に入っていないらしい。
「やはり、あれは魔鎧だ!!」
 キオネが叫んだ。つまり、魔鎧を装備した戦士なのだ、相手は。
「魔鎧ならこっちもいるぞ」
 甚五郎がホリイを見て言った。北都もモーベットを、和麻もちらりとエリスを見る。だが、ここで契約者たちまで魔鎧を装備して戦い出せば、建物の被害は甚大なものになりかねない。それを全員分かっているので、すぐには動けずにいる。
「どうしようか……」
 呟いたルカルカに、キオネがこっそり耳打ちをする。
「一瞬でいいから、何とかあいつの意識を自分の正面だけに集中させられないかな」
「……正面から猛攻を仕掛ければいいのね、分かった」
 威嚇のオーラを出しながら、じりじりとにじるように動く着ぐるみ魔鎧。一瞬の間を掴んで、その正面にルカルカは躍り出た。
「ルカの静かな闘気は鎧より硬いわよっ!」
 【百獣拳】を繰り出す。その攻撃力に、着ぐるみの意識は一瞬、『前面の防御』だけに集中した。
 その瞬間、キオネが背後に立った。アルマジロの背中のような厚い皮の、腰の辺りを左手で素早く掴んで少しだけめくるように開くと、
「せいっ!!」
 右の拳で渾身の突きを放った、ようだった。
 次の瞬間、着ぐるみが後ろに弾けるように、それを纏っていた男から剥がれて後方に飛んだ。
 壁に叩きつけられ、それはひとりのひょろりとした男性の姿になって、ずるずると崩れ落ちる。
 装備していた方は、ルカルカの拳の最後の一打を喰らって、床の上に伸びた。
「すごい、どうやったの!?」
 梓乃が尋ねると、キオネは右手を痛そうに振りながら、
「こういう構造の魔鎧、知ってたんだよ。同じような造りに出来てるなら、あそこが泣き所だろうな、って思って」
 顔をしかめて言った。
「ヒエロの魔鎧でね」




 扉が開いた。
 室内は他の控室と大して変わった感じはなく、ただ、モニターが持ち込まれていることだけが大きな特徴といった感じだった。そのモニターの前に座っている人影を見て、カーリアは驚いたように目を見開いた。
「! スカシェン……!?」
「……驚いたなぁ、カーリアじゃないか。数百年も一体どこに隠れていたんだい? また不思議なお召し物を着て」
 白い髪の、魔族らしき若い(外見の)男が、振り返ってカーリアを見て、驚きと笑みとを交えてそう言った。
「……なるほどね。コクビャクとヒエロが結びついているってのは、あんたのせいで流れたデマ、か」
 驚きが去って、カーリアは今度は納得したように頷いた。
「どういうことだ? ヒエロはいないのか?」
 宵一が尋ねると、カーリアは、男を指差して説明した。
「こいつは、昔ヒエロの工房に一時いたこともある魔鎧職人よ。いろんな著名な魔鎧職人の作風を研究して、そういうブランドな魔鎧を集めるのが趣味っていう奴らに贋作売るの」
 まるで美術品の詐欺のようだ、と宵一らは呆れた。
「あんた、コクビャクで何やってるの?」
「何って……依頼されて魔鎧を作っただけだよ。ゆる族の中に入れても気付かれないような魔鎧をって言うから」
「『あいつ』を参考にして作ったのね」
 腑に落ちた、という表情で、カーリアは吐き捨てた。
「会場に入った時に、あいつとよく似た輪郭のゆる族を見たわ。あれがあんたの作、っていうなら、ヒエロ作品の紛い物としては二流ね」
「言ってくれるよ」
「それで? ここはコクビャクって奴らの部屋じゃないの? あんたが依頼されて作っただけなら、何でこの部屋にいるの」
「確かにここは、コクビャクメンバーが出入りするよう、用意された部屋さ。
 頼んで入れてもらったのは、初めてのコンセプトで作った魔鎧が十分に動けるのか、様子を確認したかったからさ」
 そう言って男は、こんこんとモニターを叩いた。
「……けど、モニターは騒動で映らなくなっちゃったから、結局動作確認はできなかったし。
 どうやら、ここにいたメンバーも、ほとんど逮捕されちゃったみたいで、戻ってこないねぇ」
 それを焦っているという様子はなく、むしろ面白がっているかに見えた。どうやら、集団への帰属意識は特にないらしい。

「スカシェン……あんた、ゆる族に似せるためだけに、ヒエロ風の魔鎧を作ったの?」

 カーリアの問う声は、鋭かった。
 スカシェンは黙って、カーリアを見返す。

「あんた、ヒエロが今どこにいるか、知らないの?」
「……追われてるんじゃない?」
「誰に!?」

「さぁ……」
 スカシェンの唇に、うっすらと膜のような笑みが浮かんだ。と。
「ひっ」
 その声を残し、スカシェンの体が一瞬で、残像のように消えた。
「何!?」
 直後、廊下の方でバタバタという足音が聞こえた。この部屋から遠ざかっていく。
「誰かがあいつを、何かに封じ込めて持ち去った……!」
 カーリアは後も振り返らず部屋を飛び出し、足音の消えた方へとひとり、猛然と駆け出した。



 大講堂では、断続的に捕り物劇が続いていた。
「あの人、怪しいです!」
 マティエは、警備区域が拡大したことで講堂にも入ってこられるようになった瑠樹と合流してコクビャクのことを知り、説明会の時からつい教導団員の癖のようなものでチェックしていた怪しい人物のメモを頼りに、パートナーと一緒に不審人物を焙り出しにかかっていた。
「ふっ、どうやら、少々訳ありの輩が紛れているようだな……この俺、着ぐるみ職人の『手』は誤魔化せないぜ!」
 騒ぎからよからぬ連中の存在を知ったジョウジは、【巨大なタバコ】に火を付けて、不審な偽ゆる族に『根性焼き』をしようとする。
「どうした? これが耐えられない奴は、地球へ行っても使い物にならないぜ!」
「ぎゃああああ!!」




「あー、ちょっと、そこのゆる族さん!」
 大講堂の奥、非常口の近くを見回っていた恭也は、通りかかったキュビスム絵画のお化けのような着ぐるみを呼び止めた。
「すんませーん、ちょいとよろしいですかぁ? ここで何を……」
「……何?」
「……は? あれ、その声って」
 ぽかんと見つめる恭也の視線を受け、しばらく黙っていたキュビスムお化けは、やがてフード状の頭部を脱ぐ。
「あんた……刀姫カーリア?」
「あぁ……お城で……って、なんでこんなに、空京なのにタシガンで会った人に会うの」
 最後は独り言になっていた。
「あんたまさかコクビャクと関係して……るわけ、ないか」
「……コクビャクを追ってるの?」
 あぁ、と恭也が頷くと、そう、とちいさく呟き、遠くを見つめる目をしてカーリアは言った。
「逃げられた……最初から鳥にでも封印具を託したのか」
「は?」
 話が見えずぽかんとする恭也の方を向いて、カーリアは言った。

「コクビャクは魔族が関係している。追うなら心した方がいい」

 いきなりの言葉に呆気に取られる恭也に背を向け、カーリアは非常口を抜けてどこかへ歩いていった。





 フォーラムに潜入していたコクビャクメンバーは、契約者たちによってほとんどが逮捕された。
 建物内を何とか抜け出した者の車での逃走も、あらかじめ駐車場で警戒に当たっていたブリジットに阻止された。
 それでも、幹部の何人かは逃げたという。
 その逃走経路は分かっていない。






 確かに一見着ぐるみであった。それでいて背は厚く、背後からの襲撃に対して強化されている。腕や足は関節辺りに遊びを入れて薄めに作り、戦闘での動きを妨げることを最大限防いでいる。趣向は巧みだ。
 けれど。
「……ヒエロの魔鎧じゃない。こいつは偽物だ」
 静まり返った廊下で、倒れた男たちを見下ろしながら、キオネは断言した。
 エリスは、微かに色を翳らせた目を伏せた。