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第9章 魔鎧それぞれ

 2階ロビー。
「おや、ご苦労様です」
「こんにちは」
 弁当配布の仕事を終え、自分たちの分の弁当で遅めの昼食を取っていた弥十郎と八雲が、やはり弁当を片手に階段を上がってきたキオネに声をかけた。
「今終わりですか。忙しかったですねぇ」
 何も知らず、2人はキオネを単なる同業者――のヘルプかも?――と思って愛想よく声をかける。
 それにしても、業者が昼食を取って一休みするのになぜロビーなのか。
 ――警備員たちが捜査と警戒のため、出来るだけ施設内の部屋を無人にして空けるように指示したからである。食堂も使えなくなった。開けているロビーのベンチで食べてくれ、という奇妙な指示に、コクビャクの一件を知らない弥十郎たちは、しかし警察からの指示とあって、従わざるを得なかった。
 そしてキオネにも同じ指示が出たため、ここに来たのである。
「あれ、もう一人同じお店からいらしてませんでしたっけ?」
 気の強そうなショートヘアの少女のことを思い出し、弥十郎が尋ねると、あぁ、とキオネは苦笑した。
「彼女は他に仕事があるんで、先に帰りました」


 あの混乱した廊下でルカルカに助けられ連れ出されたキオネは、梓乃とティモシーとも再び合流できた。いつまでたってもキオネが戻らないのでどうしたものかと梓乃が思案していたところに、腕章を手に入れたルカルカがやってきて、事情を知って一緒に探していて、あそこで見つかったのだと説明された。途中で自分だけはぐれてしまったことに関しては、キオネは梓乃たちに素直に謝った。梓乃は「心配しましたよ」と言っただけで、そのことを怒りはせず、自分たちが見た控室には特におかしいものは見当たらなかった、と報告した。

「どこで何やってたのよとろいんだから! はい、これあんたの分!
 搬入までって約束だから、まだフォーラム見てたいんだったら残っていてもいいけど、あたしは店に戻るから、バンには乗れないから歩いて帰ってね。
 ……じゃ、今日はお疲れ様!」
 ルカルカや、やはり再びの合流を果たした梓乃とティモシーとともに、元の部屋に戻ってきたキオネに、卯雪はその言葉と彼の分の弁当を渡し、バンに乗って帰っていった。 
 卯雪を通じて無理を言って、フォーラムに入りたいのでバイト代はいらないから搬入の手伝いをさせてくれと頼み込んで、今日この仕事に加わったキオネである。
 まさか弁当を貰えるとは思わなかった……とぼんやりしていると、物珍しげ(?)に見ている3人の視線に気づいて気まずくなり、ロビーに来た。3人もすぐに続いてロビーまで来た。
 ルカルカから受け取った腕章はエプロンのポケットに入っている。この後どう動くかは、キオネが弁当を食べ終わったら決めることになった。弥十郎たちと並んでベンチに座り、キオネは弁当を食べ始めた。
 3人は「キオネ待ち」といった雰囲気で、それぞれに、ガラス越しに大講堂の様子を見下ろしていた。


「何だか急に、変に物々しい感じになってきたねぇ、ここ」
 弥十郎が、ベンチの前のガラス越しに大講堂の様子を俯瞰で眺めながら呟いた。
 確かに大講堂内には、ゆる族以外の、警備員と思われる人影が増え、ブースとブースの間を行き来している。そもそも自分たちがここで昼食を取ることになったのも、警備体制ゆえのことだった。
「何か大変なことがあるのかなぁ。変な事件が起きないといいよねぇ」
「そうだな。にしても、やっぱりすごい数のゆる族だな。普段こんなに見ることはないからなぁ」
 八雲も頷いて相槌を打つ。
「こんだけの人数が集まると、かなり面白いゆる族とかもいるね。
 そうそう、なんか変わったゆる族を見かけたよ。なんの生き物なのかよく分からないけど、キュビスム絵画をそのまま立体化したみたいなやつ。
 一人で廊下をふらふら歩いてたけど、就職活動に来たんじゃなかったのかなぁ。あなたは見ませんでしたか?」
 弥十郎に訊かれ、キオネは「? ……いえ」と首を振った。
「僕もそのゆる族を見たけど」
 弥十郎と同じように、配達中に見かけたゆる族を思い出しながら八雲が話し出した。
「ひとりぼっちでちょっと変わった感じがしたから、つい【見鬼】でちょっと見てみたけど、よく分からなかったよ」
 見鬼で中身が見えるってわけじゃないけど、と前置きして、こう付け加えた。
「ゆる族っていうとついふわふわな感じばっかりイメージしてしまうけど、なんか硬質でひんやりした……鎧っぽい、剣っぽい子もいるんだね」
 感心したような口調だった。キオネは、黙って、何か考える目つきで惣菜を咀嚼している。
「あと、最近は変わった動きをするゆる族がいるね。まるで人間みたいに、きびきびした動きだったよ」
「きびきびって……具体的にどんな動きですか?」
 キオネは釣り込まれたように、八雲に尋ねる。
「うーん、具体的に……なんか、飛び跳ねたり、アクロバティックな動きとか」
「えぇ!?」
「あ、兄さんそれ、小講堂の入り口の近くにいたんじゃない? ワタシも見たよ。
 何か分科会っていうのの1つで、“運動不足を解消しよう”って感じの会があるらしいよ。その会の講師だったんじゃないかな」
「そうなのか? けど全部のゆる族があんな動きをするようになったら、ちょっと怖いなと思ったよ」
 それからしばらく、八雲と弥十郎はひとしきり、その日見かけたゆる族の話をしていた。そして、
「……あ、兄さん、あんまりここに長居しちゃ駄目だね。ロビーは公共の場だし」
 階段を昇ってきた人影を見て、弥十郎が八雲に促すように言った。部屋が使えなくなったからとロビーで食べるよう言われたが、それ以外の来訪者も訪れる場だ。
「おっと、そうだな。長時間ベンチを占拠してちゃ悪いな。キオネさん、だったよね。それじゃあ、僕らはこれで」
「あ、お疲れ様でした」
 兄弟はそうしてロビーを立ち去った。入れ替わりにまた、2つの人影が上がってきた。
 2人の言葉は自分にも当てはまると思ったので、キオネも食べる速度を上げる。
「隣、座っていいですか?」
 新しく来た2人のうちの1人に訊かれ、「あ、はい、どうぞ」とキオネは答えた。2人が横に腰かけた所に、ルカルカがやって来た。
「ねぇ、キオネ。さっき言ってた、隠されてるかもしれない扉のことだけど……
 もし本当に隠されてるなら、どちらかというとコクビャクに関係している疑いの方が強いって思うんだけど、キオネが捜してるのはあくまで着ぐるみ型魔鎧なのよね。
 どうする? もう一度そこに行ってみたい? 扉が見つかってたら、今頃警察と契約者の警備員が押し寄せてて、近付けないかもしれないんだけど」
「……考えてたんだけど」
 キオネは、ルカルカに言った。
「もしかしたら、着ぐるみ型魔鎧は、コクビャクの手の内の者かもしれない」
「コクビャクの!?」
「だとしたら、着ぐるみに似せた魔鎧というのは、姿を隠すものというだけじゃなく、真の姿を見せずに武装している、という性格を帯びることになる。
 未だに俺はそれが、ヒエロの作だとは思えないんだけど……
 万が一、本当にヒエロが作った物だとしたら、単純に秘匿性を追求しただけでなく、そういう複合した目的に添って作るという方が、彼の作風的にもしっくりくるんだ」
「ヒエロの魔鎧!?」
 突然、驚いたような声がした。隣に座っていた和麻の声だった。
 その隣に座るエリスも、目を瞠ってキオネを見ている。
「ヒエロの魔鎧が、ここにいるんですか?」
 その、ただならぬ強い興味の目に、キオネは驚いた。
「もしヒエロの魔鎧がいるなら……会いたいんです」


 『炎華氷玲シリーズ』の魔鎧に会って、話をしてみたい。
 エリスはそう思っていた。
 自分を作った職人が何を考えていたのか、それを知りたいとは思うが、その人物はもういないと思った。
 魔鎧職人は何を考えて魔鎧を作るのか、魔鎧は何を思い、魔鎧であり続けるのか。
 それを、訊いてみたい。

 そして和麻は、ヒエロと『炎華氷玲シリーズ』を捜すことで、エリスの悩みを解決する手助けをしたいと思っていた。


 和麻らの熱意に圧されるようにして、キオネは「着ぐるみ型魔鎧」の依頼の話を2人に打ち明けた。
「本当にその魔鎧がヒエロのものかどうかは分からない……正直、俺は眉唾っぽいと思っているんだけど」
「でも、もしかしたら、ってことも…あるんだろう?」
 だったら、その可能性にかけてみたい、エリスのために。
「……そりゃあ、手伝ってもらえるのはありがたいけど……」
 キオネは頭を掻き、そして、「お願いします」と、立ち上がって和麻に頭を下げた。今はコクビャクのことで施設内に緊張と多少の混乱がある。何かあった時のために、力ある契約者の善意の協力はありがたい。
 しかし……
 キオネは、エリスを見た。
「『炎華氷玲』に会いたいんだ……?」
「はい」
「どうして?」
「……尋ねてみたいんです。魔鎧としてあり続けることに、どんなことを思うのか」
「そう……」
「……? キオネさん?」

「あなたがどんな思いからそれを訊きたいと思ったのか、個人的なことでしょうから俺は訊きませんが……
 炎華氷玲の魔鎧に会えたとしても、あなたの心を満たせる言葉が聴けるかどうかは分かりませんよ。
 俺が知る限り……炎華氷玲は皆、どこか欠落を抱えた魂で出来た、生きていくことだけで精いっぱいの……魔鎧らしいですから……」

 エリスは不思議そうに、キオネの目を見た。
「魔鎧探偵って……そんなことまで分かるんですか?」
 話し合いと見て傍に寄ってきていた梓乃が、不思議そうに尋ねる。
「まぁ、ゴシップだけどね」
 苦笑するキオネの顔は、どこか寂しげだった。


「あ、ここにいた」
 声がして、昼に別れた北都とモーベットがロビーにやって来た。
「今まで見てきて、絞り込むのは難しくてできなかったけど……
 変だな〜って感じたのは、小講堂の『ゆる族にも優しいエクササイズを覚えよう』って分科会だね」

 ――北都が考えた「偽ゆる族判別法」は、「抱きつきつつ【サイコメトリ】で情報収集」だった。
 会場には入れなさそうだったので、一番近付きやすい小講堂の出入り口付近(一か所だけ扉が常時空いていた。中座するゆる族のためだろう)で、そこから出入りするゆる族や、講堂内でも近くでぼんやり休憩しているゆる族を呼んで、
「ゆる族のいいところは外見の可愛らしさもさることながら、触れた時の気持ちよさ、それも重要だと思うんだ。
 子供の頭を撫でたり握手したり、時には抱きつかれたりもすると思う。
 そんな時、ごわごわしてたら子供に嫌われるし、人気が下がるかもしれない。
 よかったら、僕がその判定をしてあげるよ」
と言葉巧みに(?)抱きつく許可を得て、サイコメトリを試した。
 もちろんモーベットは隣で(主、もっともらしい口実を作ってもふもふを堪能している……)と思いながら見ていた。
 そんなことを繰り返し、新たなもふもふを探して時々小講堂を見渡したりしているうちに、北都は、何となく動きの怪しいゆる族ほど、こちらの視線を避けているような感じを受け始めた。
 サイコメトリで引っかかった怪しいものはいない。北都がゆる族に次々抱き着いているのは、開いた扉の傍だから中から見えるだろう。
 サイコメトリしているのがばれた様子はないが、抱きつかれた感触で中身を疑われるのを避けているのかもしれない、と思った。
 出入り口のすぐ近くで、『ゆる族にも優しいエクササイズを覚えよう』という分科会が活動していた。そこで、集まった参加者にエクササイズを教えているらしいゆる族講師の動きは、やけに機敏で人間っぽく感じた。アルマジロを背負っているみたいな、背中が厚くて固そうで、大して腹部は柔らかい薄めの覆いで、腕や足は特撮スーツのようにぴっちりと形が露わで確かに一見動きやすそうではある。上手く動きができないゆる族の動作をサポートなどして、講師っぽい。それにしてもやっぱり、動きが機敏である。
 あれに触れて、サイコメトリを試したい。北都はそう考えたが、アルマジロもどきは決して近寄らない。一度は、何か用事でだろう扉の外へ出たのだが、出る時も入る時も、声をかけようとする北都を避けるように歩いていった。

 先程弥十郎らが話していたゆる族と同一人物っぽく思われる。
「……その、一度用事で小講堂を出たっていう時、どこに行った感じだった?」
 キオネが聞くと、うーん、と考えた北都の隣で、モーベットが代わりに答えた。
「どこかは分からんが、大講堂の方に歩いていって、帰って来たな」


「……当たってみようか」
 長考を破り、キオネが腰を上げた。




「何だったんだろう、あの集団は」
 一同が去った後、午前中からずっとここで暇つぶしをしていたセリスは不思議そうに、しかし大して興味もなさげに呟いた。