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マガイ物の在るフォーラムの風景

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第3章 空京白熱分科会

 諸々の問題にも拘らず、午後の部は定刻通りに開始された。大講堂は就職説明会、小講堂は分科会。

 分科会は二十近い様々な会が催され、ゆる族らしいゆる〜い議題から真剣な討議まで、そのテーマは色とりどり、といった感じである。


[テーマ:コンビニ運営]
 講師:猫井 又吉(ねこい・またきち)

「数年前までは、シャンバラでのコンビニ経営は、俺達ゆる族が幅を利かせていた分野だった。
 だが、大手コンビニが進出してきた事により、状況は一変した。
 個人経営のコンビニでは大手には対抗出来ない。
 俺達が団結したって無理だ。

 ――しかし、ニルヴァーナでなら勝てる。

 大手コンビニが進出してない今がチャンスだ。
 現地には既に俺の『幸愛苦流P』がある。
 今は店舗が少ないが、大手が進出してくる前に店舗を増やし、勢力を拡大させれば、大手の進出を阻止する事も出来る。

 幸い、今回のワークショップには多くの企業が参加してるから、話を通せば支援を受ける事も可能だろう」

 可能性はここにある、言外にそう言いきって、又吉は、彼の話に耳を傾ける参加者のゆる族たちの顔をぐるりと見回す。
「どうだ、俺と共に、ニルヴァーナでコンビニ経営やらないか?」

 特技【演説】の助けもあってか、聴講者たちはかなり真剣に又吉の話に聞き入っていたようだ。もともと、このワークショップはゆる族の就職支援という側面があるだけに、就労に関して真剣に考えている参加者は多い。大講堂では地球での就労を推進する説明会が開かれているが、パラミタでの就職もまた、道の一つである。
 ――というか、午前中の講演を聞いて、地球での「マスコットキャラ」としての就労をよくよく己の器を鑑みて脳内シュミレーションした結果「自分には無理そうだ」と判断し、おりしも分科会でコンビニ経営についての説明会がある、ならばそちらはどうか、という思いで流れてきた参加者が、実は存外多かった。そのせいだろうか、容姿的には何とも……何とも形容しがたい者が多かったりする。もちろん、美醜の判断は個人により異なるが、 所謂「大衆ウケ」「一般ウケ」が厳しそうな容姿、と言おうか。
 それに気付いているのかいないのか、または気付いていてもそんなことは意に介さないのか、又吉は今のところ、多くの同族が熱意を持って自分の話を聴いてくれたということに満足感を覚えている。メモを取っている者もおり、彼の呼びかけに真剣に応じる者も出てきそうな雰囲気だ。
「質問、い〜ですか〜?」
 一人が手を上げる。――綻びの出まくったパッチワークをかぶったお化けのような、何だか見栄えのしないゆる族で、あまり頭のよさそうな外見でもないし、ひょろ〜んと抜けてしまいそうな力の入らぬ声だ。又吉が「おう」と鷹揚に答えると、パッチワークお化けは立ち上がって問いかけてきた。
「コンビニを出店するにあたって〜、自己資金は〜どんだけほど用意するものなんなんですかね〜? あ〜と〜、借入金なんかはゆる族だとどんくらいまでなんすかぁね〜?」
 頭の悪そうな見た目と喋り方に似ず、突っ込んだ質問だった。
「あ、あたすも質問す」
 これまた冴えない風情の、モップのような毛だらけで顔に目が三つあるが三つともがてんでバラバラの方を向いているゆる族が、挙手と共に立ち上がる。
「にるヴぁーなでの出店立地は、しャんばらと比べてどんな差がありますかねす。せんせのお店のしゅーへん通行量とか、出店賃料とか参考までにお聞きしたいのす」
 そしてこれまた、風貌に似ぬ質問である。
「あー、わしもききたいことが……」
「わたいもれす」
「ええい、ちょっと待て! 質問は一人ずつだろーが!」
 見た目に気合の全くない(又吉だけは別)ゆる族たちの、見た目を裏切る「経営」を巡る熱のこもった丁々発止は、不思議というかもはやシュールな図ですらある。
 ともあれ、盛況と言ってよいだろう。


[テーマ:偉いさんとの付き合い方]
 講師:宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)

「今から、俺の経験に基づいた、有益な話をさせてもらうぜ?」

 チュパカブラそのものといった、赤い釣り目を不敵に光らせ、蕪之進は集まったゆる族たちに向かって口を開く。

「俺は数年前に地球で、UMA系の企画展示のマスコットしてたんだけどさ。
 ある時、雇い主の企業グループの偉いさんのところのお嬢様が、社会勉強かなんかで見学に来てな。
 大人しくて穏やかそうで、『あ、こいつはカモれる!』とピンと来た。
 まぁなんだ? 何をするにも取り敢えずは『コネ』だ。
 俺たちの仕事は人と接する機会が多いだろ? 利用できる相手を見つけるには有利なんだぜうへへへへ。



 ――って感じで呑気に皮算用してた当時の俺を殴り倒してやりてぇですッ!!」

 笑っていたかと思いきやいきなりダン! と床を叩いた蕪之進に、聞いていたゆる族はビクゥッ、と震え上がった。

「後になってそのお嬢と再会してパートナー契約してみたら、ひでェよ、何だこれ、詐欺!? 美人局かなんかなの!?
 確実に反則だろ!! 鬼なの!? 悪魔なの!? 血も涙もないの!? バカなの?(俺が) 死ぬの!?(俺が)」
 突如激昂、錯乱し、自制できずに叫びうろうろ動き回る講師の姿に、聴講客たちまでがあわあわとうろたえ出す。UMAか宇宙人かといった不気味な姿の彼が錯乱するそのさまは、もはやパニックホラー映画の山場の様相を呈している。

「つーか地球人の金持ちとか確実に全員変態なんだよ! 信じるな! 狡猾で人の肉の味を覚えた、危険なプレデターを相手にしていると思えッ!!
 捕食者なんだよ! 捕まったら俺らは喰われちまうんだッッ!!
 もうあれだ! 最初のうちに「自称小麦粉」をこっそり飲ませて中毒にさせて、イニシアティブを握るとかしようぜ!!
 でないともう、どうにも俺らの未来はなヒギュゥッ」

 奇妙な呻きを残し、参加者の前から突然、蕪之進が消えた。


 ――「あまり調子に乗ってもらっても困ります。そろそろ潮時ですね」
 蕪之進の捕食者もといパートナーの藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、気紛れで――荒事目当てで――警備を請け負っていた。蕪之進には内緒で、である。
 小講堂には基本的に、(中にいるゆる族が認めた場合以外)関係者以外は入れない。主催側の関係者が警備役も担っているという。分科会開催者のパートナーと申し出るのも面倒だし主催側を煩わせるのもなんだと思ったので、ゆる族以外でも基本的にここまでは大丈夫という、出入り口の扉の近くで「用事を済ます」ことにした。

 蕪之進が五月蠅くなった頃を見計らい、【黒檀の砂時計】で加速した後、扉の影から【クラーケンピアース】を素早く伸ばしてパートナーを一本釣りし、手早く引き寄せると特技の【武術】を応用し、キュッと締めて落とす。速やかな一連の流れに、蕪之進が反撃する余地はなかった。
「あ……あの、どうされました……?」
 通りかかったスタッフが、ぐったりした蕪之進を捕まえている優梨子を見て恐る恐る尋ねる。優梨子は何食わぬ様子でクラーケンピアースの触手をスカートの中に隠しつつ、スタッフににっこり微笑みかけると、
「ああ、ごめんなさい。このひと、偶に錯乱して喚き散らすなりバッタリ昏睡する持病があってですね」
「そ、そう…なんですか。必要でしたら保健所、じゃない救護室をお使い頂けますが……」
「いえ、ご心配はありがたく思いますが、それには及びません。それでは、失礼いたします」
 再び笑顔を向けて、優梨子はパートナーを「回収して」去っていった。
 講師のいなくなった後の分科会のスペースには、突然のことに混乱したり状況が分からず「あばばば」と狼狽えたりする参加者たちだけが残っていた。



 小講堂の外、小ロビーの一角。
(しかしヒマだよなー)
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は、つまらなさそうな表情を丸出しにして、休憩用の椅子に座っていた。
 パートナーの又吉が分科会に出るというのでフォーラムまでついてきたものの、ゆる族でもないのでやることはないし、かといって彼と一緒に行って小難しい話を聞いたところで理解できそうにないし、自分には関係のないことだ。
 しょうがないので、まぁフォーラムなんて普段滅多に来ることもないしと施設内を散策したものの、あっちでこっちで「関係者以外立ち入り禁止」の札が出張っているので、大して見られる場所もなかった。
 それにしても、単なるワークショップにしては警備員がやたら多かったり、奇妙に物々しい感じがして妙だ、とは思う。講演や就職説明会のために、自治体や企業の偉い人達が来てるからだろうか? よく分からないがまぁとにかく、変にうろちょろして挙動不審者って事で因縁付けられるのも嫌だし、ここは大人しくしてるかね、と決め込んだ。
(漫画でも読んで時間潰すか)
 持参した漫画本をぱらぱらと開きかけると、とっとっと、と軽い足音がして、控室の方へと続く廊下から、赤いエプロンをかけたショートカットの少女が、弁当らしき箱を三箱ほど抱えて現れた。急に何か惣菜の匂いがしてきた。
 少女は武尊に注意を払う様子はなく、手に持った紙を見ては辺りをきょろきょろと見ている。道を探している感じだ。弁当搬入業者が弁当の届け先が分からなくなって困っているのだろうか。もしかしたらこっちへ来て道(通路?)を尋ねるかもしれないが、そうなると自分も施設内のことはよく知っている訳じゃないから厄介だなぁ、などと武尊がぼんやり考えていると。

「っ!?」

 突然、通路の奥から出てきた影が、背後から少女の腕を掴んだ。
「なっ、何っ!?」
 少女は驚いて、振り返る。そして目を瞠る。
 腕を掴んでいたのは奇妙な恰好の――おそらくはゆる族、だ。
「あんた……!? いや、違う……!?」
 少女にはゆる族の表情は分からないが、その声は微かに動揺していた。少女が振り向いた時に動揺したのだ。ゆる族は、少女が痛がる前に手を放した。
「も、申し訳ない……人違いだった……みたい……」
 固い感じだが、女性っぽい声だった。相手が荒っぽいことはしなさそうだと見て落ち着きを取り戻した少女は、改めてまじまじとそのその相手を見た。
「あの……失礼ですが、ゆる族の方なんですか? この先はスタッフルームのはずなんですけど……」
 ――弁当搬入業者にまで「コクビャク」の話が行き渡っているわけではないのだが、業務のため普通の参加者には入れない場所に入る許可があるので、渡された施設内部の地図に「怪しい人物を見かけたらスタッフまでお知らせください」という注意書きが載せられていた。それを思い出したのか、どこか「馴染まない着ぐるみを着ている」ように見える相手をじろじろ見る。
「あ、の……あたし、は……」

「おやおやー!? こんなとこにいたんだねー!!」
 急に大きな声が響いて、見るとどこから現れたのか(多分よっぽどの勢いで講堂側の廊下から走ってきた)、ヒーローの着ぐるみ――ゆる族なのか?――がそこに立っていた。
「あーすいませんねー、なんかうちの新入りが迷子になっちったみたいでー」
「え……お知り合い?」
「いや、あの」
 ヒーローは、不審なゆる族もしくは着ぐるみの手を強引に掴んだ。
「駄目じゃん、入っちゃいけないところに入っちゃ、さ、こっち戻ろーなー」
「いや、あの」
「じゃね、おねーちゃん! 弁当旨そうだねー、そいじゃ!!」
 ヒーローは、やや及び腰になってるように見えるゆる族もしくは着ぐるみを半ば強引に引っ張り、少女にひらひら手を振って、講堂側の廊下の方へと連れていってしまった。


 弁当屋の少女――綾遠 卯雪は、目をぱちくりさせて、二つのゆる族と思しき影が廊下の向こうに消えるのを見送っていた。
「何だったんだろ、アレ……結局、不審人物ではない、のかな……?」
 それから、首を傾げて、
「というかあれ何の着ぐるみ? なんかお化けみたいな……あんな絵、見たことあるなぁ……キュビスム、っていうんだっけ、ああいう絵」

「……なんだ今のは」
 離れた所で、武尊も呆気に取られて見ていた。



「ちょ……ちょっとっ」
 引っ張られていたキュビスムのお化けのような着ぐるみは、ヒーローの手を振り払った。
「あ、あんた何っ」
 振り払われたヒーローはしかし強引に掴みかえそうともせず、代わりにヒーローマスクをかぶった自分の頭にその手をかけると、
「ああああーぢー! ムレッムレ!! ゆる族ごっこも楽じゃねーよなー!」
 やたら威勢のいい声を上げて頭部を脱ぎ、顔を見せたのは南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だった。
 キュビスムお化けがハッとしたように彼を見る(多分)。光一郎はそんなお化けを見て、にっと笑った。
「久しぶりだねー、あ、もちろん俺様のこと覚えてるよね? カーリアちゃん」
「……なんで」
「そりゃあもう、声聞いただけで分かるっしょ」
 にやりと笑う光一郎を一瞥し(多分)、お化けは恐る恐る、自分の頭に手をやり、フードを脱ぐように後ろに押しやる。
「今日はさすがにキャスケットかぶってねーのな♪」
 現れたのは赤い髪。光一郎が以前、タシガンの古城で短い時間だが行動を共にしたことのある――魔鎧・刀姫カーリアであった。