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リアクション
確かに在った布の温もりが消え去って、皇帝アッシュは反射的に自分の握っていた両手を広げた。
「わ、わ、わ」
震え戦慄くとは正にこの事で、
「我が祖先のぱんつがぁぁあぁぁぁあああぁぁぁ」
瞬間後には、皇帝アッシュは絶叫し、可憐なぱんつごと自分の頭を掻き毟っていた。
その叫びの内容は多少の誤解を招く恐れがあったが、今はそんなことはどうでもいい。
「ぱんつ。ぱんつ。ぱんつはどこだ! 探せ、えぇい、のろまめ! さっさと探せ!」
肉壁にしていた戦士の尻に蹴りを入れて指示を飛ばす皇帝アッシュは、視界の隅で何かが舞い上がっているのに気づいた。
なんだろうかと視線を向けて、ぎょっとする。
屈強なはずのぱんつ戦士が一人空にポーンと舞い上がる。
間を置かずまた一人、ポーンと舞い上がる。
戦場から主賓席をまっすぐ繋いだ階段を、立ちはだかる男どもを雑草を引き抜いて後方に投げ放つ勢いで弾き飛ばしながら駆け昇る人物が居た。
ズドドド、と効果音を背負いながら道を切り開くさゆみと、ズドドド、の効果音と迫り来る土煙に呆然とした皇帝アッシュの、互いの目が、合った。
カッとさゆみ――否、狂人の目が見開かれる。
「ここで会ったが百年目ぇッ!」
口上が空に響き渡った。狂喜孕むなんともドス黒い少女の声が。
「貴様をォォ貴様をォォ貴様おおオオオオ! ひぇひぇひぇひぇひぇ!!」
凶悪に見開かれ目はまさしく獲物を狩る獣。狙われ恐怖した皇帝アッシュの喉奥で「ひっ」と張り付いた悲鳴は、シュヴァルツヴァイスからノンストップで放たれる銃弾によって最後まで喉から剥がれることは無かった。
「ひぇひぇひぇひぇひぇ!」
理性ぶっ千切るバーサク状態に陥った少女の猛攻は止まらない。
もうやめて、よして、死んじゃう、と接近し肉弾戦に持ち込んだ少女の一撃を喰らうごとに泣きが入ってしまう皇帝アッシュは、にやりと嗤ったさゆみに両眼をひん剥いた。
「死にさらせぇぇぇぇッ!」
さゆみの見事なアッパーカットが皇帝アッシュの顎にヒットオォォッ!
「で、終わりだと思わないでよね!」
天高く舞い上がる銀の髪の少年に肉薄した美羽は、制服のミニスカートを際どく翻し、皇帝アッシュの胴に振り上げた足を叩き込んだ。
「ぐぇ」
回転する勢いのまま、反対の足で皇帝アッシュの横面を蹴り抜く。
「ぐはッ」
ぱんつと全裸とで全く戦えなかった苛々が多々詰まった空中コンボは、一回、二回、三回、四回、五回、六回、七回、八回、九回、十回、十一回、十二回、十三回、十四回、十五回と綺麗な連鎖を繋ぎ、皇帝アッシュは闘技場の硬い地面へと突き刺さった。
それでも皇帝と名乗るだけはあって、すぐさま埋まった頭を引き抜き、顔を上げる。上げて、自分の目の前に立つ女性に気づいた。加夜である。
「……あぁ、助け――」
にっこりと微笑んだ加夜に身も心もズタボロな皇帝アッシュはメシアを見出したが、
「悪い子にはお仕置きです」
そんなもの、正義の鉄槌の前では単なる幻想に過ぎなかったのであった。
***
全て終わった。後は元の世界に帰るだけである。特等席から思う存分記録したデータは恭也の相好をだらし無く崩すくらいたんまりと溜まった。
それはもう、ほくほくである。ほっくほくである。
喜びに胸が高まるのを抑えながらデジタルビデオカメラの録画ボタンを押して録画を停止させた。
「ひひ、撮れた撮れた」
「で、なにが撮れたと?」
「!」
問いかけたのは破名だった。恭也は慌てて「な、何を?」とデジタルビデオカメラを背に隠し空惚ける。
「それとも誰の許可を得て撮影していたのかと聞いたほうがいいか?」
隠すことは無いさ、たかがデジタルビデオカメラだ。問題はそんな小型機械の存在についてではない。それを使用した意図である。
「確かに映像に残したい程可愛い子供達ではあるが、他人に撮影の許可を出した覚えは俺は無い。誰かに撮影お願いしてるから子供達が映ったらごめんね、と確認されてもない」
どうだろう? と一歩破名は恭也に詰め寄った。
「俺は少し煩いか? お前がカメラを回しているのは知っている。あれだけ興奮して実況していたからな。ただ、無許可での撮影は頂けないと思う俺は煩いか? 例え成り行きとは言え一瞬でも撮られた場合盗撮と受け取る俺は煩いか?」
保護者の立場として躙り寄る破名に、またとない機会と浮かれていた恭也は子供が映っていないとは言い切れなかった。
しかし、盗撮とはっきり言い切られたせいで、喜びに下心膨らんだ気持ちに水をさされた気分だ。
「なんだよ。モンスターペアレントみたいな難癖つけて」
「では、これからは無断撮影はやめることだな」
破名が言い終わるのと同時に、恭也の一歩前の地面にデジタルビデオカメラが落下し盛大な音を立てて壊れた。落下速度と粉砕に近い破損具合から随分と高い場所から落ちてきたものと推測できる。うっかり手から滑り落ちたという類でないのは確かだ。
現在破名の転移魔法は先の一件もあり制御不能状態に近く、一歩間違えれば恭也の頭に落ちていても全くおかしくない。転移の詳細を一切伝えておらず破名はこういうのができると知らせていないが、手頃な大きさの物体が突然空から落ちてくるという現象は中々に威圧的で脅迫的で、何より何が起こるかわからない恐怖感が存在していた。
犯罪行為に対しての制裁。と疚しい行いをしている人間にとってはそう感じるだろう。
恭也への仕置を終えて、破名はゆっくりと一同を振り返る。
「他に無許可で撮影した人間が居るなら今ならまだ許されると思うぞ?」
無断撮影に怒れる人間はなにも破名だけではない。
被害に遭った女性たちも含まれるし、人生の歴史に残したくない人間も居る。
恨みを買いたくなければ名乗り出ろ。
他にも盗撮されているのかと気色ばむ契約者達の殺気に負けて、ユピリアが一歩前に進み出たのだった。
さてこのように、恭也とユピリアの撮影は、盗撮の疑いをかけられ、貴重なビデオカメラごと破壊されるという悲しくも恐ろしい思い出だけを残し徒労に終わった。しかしよしんば成功していたとして、二人の思う様には事は運ばなかっただろう。
ぱんつを被ったアレクを撮影して彼の部下や妹に見せる。そしてその結果面白い事になったら愉しいだろうと二人は少々意地悪い期待を寄せていた。だが、相手はあの軍隊であり、あのジゼルだ。
殆どの部下には隊長の奇行は何時もの事だとしか思われなかっただろうし、残る連中にはぱんつよりも隊長の強さだけが刻まれる事だろう。
そしてジゼル。今回の事は恭也の思う通り家族として衝撃を受けたり嗜めるべき部分もあるのだろうが、それよりも今彼女は、もしかしてに備えて勝負ぱんつを購入してしまうような盲目なる恋に殉ずる乙女なのだ。万が一彼女が録画を見た場合、『ぱんつを被るという恥ずべき行為をしてまで豊美ちゃんや子供達を守った』という部分が強調され、乙女心を刺激して胸をキュンキュンさせてしまだけだっただろう。
そんな結果を突きつけられてガッカリするよりは、今回の結果はマシだった。と言えるのかも知れない。
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