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リアクション
「アレクさん……」
アレクたち契約者が劣勢に追い込まれるのを、豊美ちゃんが心配する顔で見つめる。出来る事なら飛び込んでいきたかったが、自分には子供たちを護るという破名との約束がある。
「おのれ、アッシュごときが皇帝と侮っていたが、なかなかやるではないか。
女性用の下着を身に着けることで戦闘能力を増強させる……なんとも非科学的だが、事実として認めなければいかんな」
豊美ちゃんと一緒に状況を見守っていたハデスが、腕を組み真剣な表情で打開策を練る。彼としては「我らオリュンポスを差し置いて、アッシュが国を持つなど許されん! このような国、とっとと壊滅させてくれるわ!」という思いでいたが、契約者がこうも劣勢に陥ったとあらば、彼らを救わねばならない。
「……フッ、閃いたぞ。この俺の天才的頭脳は、ロミスカの戦士の戦闘力を超える方法を思いついたぞ!」
そして、メガネをキラリ、と光らせ、ハデスは閃いた自らの考えを披露する。
「ククク、奴らは女性用のパンツしか被っていない! ならば、我らはパンツだけでなく、ブラジャーも被ればいいのだ!
そうすれば、単純計算で戦闘力の増強率は二倍! さあ、女性陣よ! パンツとブラジャー両方をアレクたちに差し出すのだ!」
声高らかに告げたハデスへ、特に女性陣からの冷たい視線が突き刺さる。男性陣からも「流石にそれはドン引きだわ」と言いたげな視線が向けられる。
「ちょ、ちょっと、兄さんっ! なに変なことを言い出してるんですかっ! し、下着を提供しろなんて、冗談ですよ……ね?」
高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)からも非難の声を向けられ、ハデスもたじろいだ様子を見せる。
「わ、私は何も間違ったことは言っていないぞ!
えぇい、ならばこうしてくれるわ!」
ハデスが懐から何かを取り出すと、それを地面に放る。
「オ呼ビデスカ、マスター」
ハデスによって呼び出されたハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)に、ハデスは命じる。
「女性陣からパンツとブラジャーを奪い取り、アレク達契約者に届けるのだ!」
「命令ヲ認識シマシタ。コレヨリ女性ノ下着ヲ回収シ、前線ニ届ケマス」
命令を理解したハデスの発明品――便宜上、彼? にはケルベロスという名を与えておく――のアタッチメントが変化し、うねうねとした部位が現れる。ぬめぬめとしたそれを蠢かせながら、ケルベロスは咲耶とペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)に迫った。
「なっ、なんですかっ、この発明品はっ?!
『こんなこともあろうかと作っておいた』じゃありませんっ! って、や、止めて! 来ないでっ!」
「きゃ、きゃあっ! この触手はっ?!
いやっ! そ、そんなところに入ってこないでくださいっ!」
瞬く間にケルベロスの触手に捕らえられてしまう二人。ハデスにとっては必要なこととはいえ、これはちょっと倫理的に危ないんじゃないかと思われた矢先、場を制する凛とした声が響く。
「手荒な真似は控えて下さい。この場には子供たちも居ます」
「ぐ……わ、分かった」
豊美ちゃんの声に気圧されたハデスは、ケルベロスに与えた命令を解除する。触手から解放された咲耶とペルセポネがホッと息を吐いて、豊美ちゃんに礼を言う。
「ハデスさん。ぱんつとブラジャーの両方を揃えることで、アレクさんたちは今より力を増すことが出来るのですか?」
「あ……あぁ。俺の分析に間違いはない。単独で身に着けるよりも効果の増大が期待出来る」
問われた内容にハデスが答えれば、豊美ちゃんは「そうですか」と呟き、胸に手を当てる。内部から光が漏れ、収束した先にはなんとも可愛らしいブラジャーが握られていた。
「私にまだ、託せるものがあるのなら……全てを、捧げます。
アレクさんに……皆さんにどうか、力を……」
ブラジャーを差し出す豊美ちゃん、そこに恥じらいといった感情は――少なくとも表面には――見えない。そしてその姿は、女性に興味のないハデスですら思わず「美しい……」と呟かせてしまうほどのものであった。
「兄さんが女性を褒めるなんて……豊美ちゃん、あなたという人は……。
……分かったわ。みんながここで負けたら、元の世界に帰れないのよね。べ、別に兄さんの意見に賛成したわけじゃないんですからね!」
「豊美さんの覚悟は、私にも伝わりました。
私のでよければ、どうぞ……使って下さい」
豊美ちゃんのブラジャーの上に、咲耶とペルセポネのぱんつとブラジャーが重ねられる。普通に考えれば「こんなの絶対おかしいよ」な光景なはずなのだが、その場の勢いというか雰囲気というか、ひどく感動的な光景が生じていた。
「よし、ケルベロス! なんとしても前線の者達に下着を届けるのだ!」
「オ任セクダサイ。命令ハ、必ズ果タシマス」
集められたぱんつとブラジャーを受け取ったケルベロスが、苦戦を続けるアレクたちの下へ駆ける――。
「我のが欲しい酔狂な奴が居ればくれてやろうて。
強引に奪うが良い!!」
挑発を吐きながら、レティシアは闘い続ける。にゃーにゃーと煩い大剣を上へ下へと振り回し、時には鋼の踵で踏みつけ、暴れられれば満足とばかりに闘い続ける。
しかしそれも限界だ。
戦に生きる乙女は感じていた。己の終わりを。闘いの終焉を。
(異界の戦場で果てるか!)
そう思った瞬間だった。
「契約者達よ、新たな祝福を受け取るがいいッ!!」
ハデスの声に、ブラジャーが宙を舞った。
「Go!」
アレクのコマンドに、ポチの助は飛び上がり落ちてきたブラジャーをキャッチする。そして咥えたそのブラジャーのデザインに(これは今、アレクさんの頭上にあるぱんつと一揃えのデザイン!)と気がつくのだ。
「つまりこれは……豊美さんのブラジャー!」
咲耶、そしてペルセポネ達のぱんつの中から、ここに豊美ちゃんのブラジャーが辿り着いた。それはもうきっと……
「運命ッッ!!!」
ポチの助は叫び、そしてアレクの目元を覆うようにブラジャーを装着する。
「My eyes, my eyes...!!」
「アレクさん、取り敢えずパロディやっておきたい気持ちは分かりますが――」
「つーか本気で何も見えねえよバカ!!もう、本当に、バカだろ!!」
「心眼です!
心の眼で見るんですよアレクさん!」
「心の……眼……?」
ポチの助に促されるままに、アレクは瞳を閉じる。
すると金の瞳が、そして傷つき殆ど視力の無い青緑の瞳が、何処迄も遠くへ見渡せるかのように世界が広がってゆくのだ。それはまるで豊美ちゃんの黒い瞳がアレクの瞳に重なるかのうように――。
「――見える、見えるぞポチの助!!」
「はい! 行って下さいアレクさん!!」
「往くのだ! アレクよ!!」
「アレクさん!!」
皆の思いを背負い、アレクは駆け出す――。彼は割と雰囲気に飲まれ易いタチだった。
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