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リアクション
それぞれ譲り受け渡されるぱんつと、それを下ではなく上に装備する漢達に子供――主に男の子達が目を輝かせていた。ヒーロー像に途方も無い憧れを抱く幼い年代特有の尊敬すら混じらせて、着々と準備していく契約者達の姿を食い入るように見ている子供にセレンフィリティはピッと人差し指を立てる。
「あのね、古来より伝わる伝説のぱんつというのがあってね」
「伝説のぱんつ!」
「そうそう。それでね――」
と、背後から肩を叩かれセレンフィリティが首だけ振り返ると、そこには加夜が立っていた。
「駄目ですよ」
やわらかな声音は漢共の雄叫びが充満する場内で掻き消されることなく優しく耳に届いた。加夜は子供達の視線が自分に集中してるのに気付き、その場にしゃがみ込む。
「あれはとても危険なものなんです。良い子の皆さんは真似しないで下さいね」
目線を合わせ、穏やかな慈母を連想させる微笑みと共にお願いされて子供達は示し合わせたように一斉に頷いた。男の子は優しいお母さん像にとことん弱い。
適当なことを吹き込み悪乗りしかけたセレンフィリティは横に居るセレアナに向かってえへっと誤魔化してみた。が、返ってきたのは溜息だけだった。
「あの!」
豊美ちゃんと共に近寄って来たネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は破名を見上げた。魔法少女コスチュームも愛らしいネージュと豊美ちゃんに女の子たちがわらわらと集まっている。ほんの少し背の高いお姉さん達の登場にこちらはこちらで羨望の煌めきを瞳に湛えていた。
「皆さん、こんにちはー」
女の子達の目線に合わせるように少し屈んで、微笑みながら豊美ちゃんが挨拶をすると女の子達は「こんにちは!」と大きく返した。
アレクと親しげにしている豊美ちゃんに多少の警戒をしていた破名だったが、加夜同様普段目にしないものに好奇心いっぱいに自ら近づき打ち解けていく子供達にこれは取り越し苦労かと肩から力が抜けたらしい。
「俺に何か?」
幾分刺の抜けた声音で問う破名にネージュは「そのね」と口を開く。
「さっきのお話聞いててね、少しでもお手伝いできたらなって」
「お手伝い?」
「あ、お手伝いって言っても一緒に行くんじゃなくて、その、子供達を見させて欲しいの!」
敵軍大将の背後に回ろうという破名の提案は、巻き込まれたこの場にいる契約者達全員に伝わっている。少数精鋭で行くだろうことも想像に難くない。ただ、誰の目から見ても破名の注意は子供達に向けられて、何人かは子どもと共に行動するのではないかという危惧さえ抱いていた。
それを解消し、言い出しっぺに必ず有言実行させようとサポート組が動いたわけである。
つまり子供達の保護だ。
「あのね、あたしもね、孤児院やってるの。他にも沢山。だから、その、子供達と一緒にいてもいいかな?」
「――自信は?」
問いかけに質問で返されてネージュは思わずきょとんとした。
「自信は、と聞いている」
重ねる質問。破名の目が迷いに揺れていることにネージュは気づいてしまった。子供達を預けるかどうかは自分の返答にかかっていることに気づいてしまった。
両手を胸の高さでぎゅっと握る。
「あるよ。任せて!」
「ではお願いしよう」
破名は豊美ちゃんに向き直った。
「子供達をよろしく頼む」
「はいー。子供たちの安全と安心は、私が護ります」
軽く頭を下げて言うと破名は一度子供達を呼び集めた。
「……ぱ、ぱん、っ……」
戦闘準備万端なカガチ達を見て、わなわなと震えているのは椎名 真(しいな・まこと)だった。正直な性格が顔に出てしまってるのか、その頬がほんのりと赤い。
「じょ、女性の下着を、下着……」
ちらっと双葉 京子(ふたば・きょうこ)を、女性である彼女の水着姿を上から下へと視線を落として、真はぶんぶんと首を大きく振った。
「やっぱり俺には無理……! いくら強くなれるとしても……絶対無理だッ」
「真君? 大丈夫?」
小首を傾げて心配そうにする京子に真は一度頷いて見せた。
「俺はクロフォードさんと行くよ。その、女性の下着を身につけるのはどうしてもできそうに無いから」
協力を請われた。闘技場でぱんつを被るのはできないけれど、これならできる。破名との同行を決意した真の頭上に犬みみが凛と立った。
百七十九の長身の天辺に突如として生えた犬みみに最後の注意事項が終わり解散と保護者から解放された子供達がわっと沸き立つ。
犬みみーと騒ぐ子供達に京子はにっこりと笑い「犬の耳以外にもおにいちゃんにはしっぽもあるのよ」と両膝を地面に付けて子供たちと目線を合わせる。
「それにほら、この子たちも今日は水着なんだよ? お揃いだね」
共に連れたティーカップパンダツインを見せて、これから起こるだろう出来事に少しでも子供たちを恐怖から遠ざけられればと京子は子供受け抜群の仕草も愛らしいパンダを紹介した。
「無理は、しないでね?」
苦笑滲む京子の投げかけに真は頷き、破名を呼び止める。
「一緒に行くよ」
「感謝する」
言葉は短かったが信頼を預けると返す頷きは力強かった。
さて、そろそろこちらも行動を開始しようか。
*
葛藤や苦悩を経ながらも、覚悟を決めた者たちがぱんつを被るのを目の当たりにして、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)はただ純粋にその行為は間違っている、そんな事をすればあなたは大いに後悔する、そんな思いで止めさせようと言葉を発する。
「ぱんつはかぶるものではなく、はくものなのですよ。頭にかぶってしまうと、もれなく変態さん扱いされてしまうのです」
あくまで優しく、正しい道へ引き戻そうとするオルフェリアだったが、一旦ぱんつを被った者たちは聞く耳を持たない。決して彼らが狂っているのではなく、オルフェリアの言う事が正しいと分かっていて、それでも一旦進んでしまったからには引き返せないと思っているのだ。ここで退いてしまえば、余計に恥ずかしい思いをしてしまう、ならばいっそ駆け抜ける他ない。それが険しい漢の道なのだ。
「こ、こんなに言っても止めてくれないのです……。
耳を塞ぐというのでしたら、では、これでどうなのです!」
次にオルフェリアは、持っていた盾を掲げる。それは鏡のように契約者たちを、思い思いにぱんつを被った契約者たちを映し出す。
「地下鉄では鏡を貼ってるところがあるそうですが、それは飛び込んで自殺する人を阻止させる為なんだそうです。
……今、貴方は鏡に映った自分を見て、どう思うですか?」
とても悲しそうな目をしながら、オルフェリアは契約者たちを鏡で照らし出す。一部の契約者はまるで日光に焼かれるゾンビの如く悶え始めた。改めてぱんつを被った自分の姿を見て、良心の呵責に苛まれているのだろう。
「今はいいかもしれません。……でも何年も経ったその後、きっと貴方は後悔するのです。黒歴史としての、歴史を刻んでしまった事に……!
今ならまだ引き返せるのです。これからは間違わないように……なのですよ」
これが演技なら名演技者になれるであろう、オルフェリアは目に涙を浮かべ、契約者たちを諭す。耐え切れなくなった契約者は被っていたぱんつに手をかけようとして――。
「Hey,Stop bugging us.(おい、いちいち煩いぞ)男の戦いに女が口出すんじゃねえよ」
とんだ男女差別を吐きながらアレクがやって来た。
彼の頭には豊美ちゃんのピンク色のぱんつが鎮座している。それでも――この状況で何故そんな風に振る舞えるのか全く分からないが――瞳の奥に自信を覗かせる堂々とした様は、ファッション評論家達ですら「そんな新しいファッションも有りですよね」と無理矢理捩じ伏せてしまいそうな謎のスタイリッシュさすら醸し出していて、オルフェリアはたじろいでしまう。
「アレクさん……あなたは、なんとも思わないですか?
ぱんつを被った自分の姿を見て、なんとも思わないですか?」
オルフェリアが掲げた盾に映る自分の姿を見て、アレクはシルクハットを正す英国紳士が如く、ぱんつの位置を気にする素振りを見せる。
「足の穴から髪の毛をもっと出した方が良いかな……。でもこれだとぱんつのレースが隠れてしまう。恐らく豊美ちゃんが拘った部分を俺の一存で隠していいものだろうか……」
「へ、変態さんなのです……! 真顔な分余計手に負えないのです!」
若干の怯えを滲ませた顔で言えば、アレクは知ってた、と言わんばかりにとてもいい表情で応える。
「そう怯えるな。俺だって好き好んで被っているわけじゃない」
「……ホントですか? 肌触りを堪能したり、香りを嗅いだりしてないですか?」
「バカか」
罵りに息を吐いたオルフェリアに、次の言葉が突き刺さる。
「とっくにしてるに決まってんだろ」
「やっぱり変態さんなのですーーー!!」
顔を手で覆いながら、オルフェリアが脱兎の如く駆け出す。正しい事をしているはずなのに受け入れられない、そんな表現するのが難しい感情にオルフェリアが苛まれる中、夕夜 御影(ゆうや・みかげ)の方はというと――。
「な、なんて世界なんだにゃ……! こんな世界は間違ってるんだにゃ!」
床をバンッ……ではなく、ぷにっ、と押して、御影が自らの思いを吐き出す。
「パンツを頭にかぶるなんて……ただでさえ肩身の狭い思いをしてるカツラに対しての冒涜だにゃー!」
目から涙が溢れ、床にぽた、ぽたと零れ落ちる。キッ、と表情を険しくして、さらに思いの丈をぶつける。
「てめぇらにヅラの気持ちが判るってぇのかー!」
何度か床をバンバン……ではなく、ぷにぷに、と押して、御影は覚悟を固めたというような表情を見せる。
「にゃーは諦めないんだにゃ! 例えこの身が滅びても……頭にパンツなんて被らせないんだにゃ!」
動機はともかく、おそらく常識ある者としては当然の(いや、そもそもそんな意思を抱かないかもしれないが)意思を秘め、御影は辺りを見回す。そして視界に、ぱんつを手に今まさに被ろうとしている契約者を発見する。
「やらせないっ! パンツを被るなんて絶対にやらせないにゃー!」
御影の姿がフッ、と消え、そして次の瞬間には契約者の頭の上に出現する。
「うわっ? な、何だぁ?」
「見よ、この威風堂々たるヅラ姿! 神々しかろう!」
状況をよく飲み込めない契約者の頭の上で、御影がんっふっふー♪ と気持ちよさそうに寝そべる。どうやら自分が頭の上に乗ることでカツラの役割となり、ぱんつを被れないようにする作戦なのだろうが、御影の様子を見るに単に頭の上に乗ってごろごろしたいだけにしか見えない。
「えっと……退いてほしんだけど」
「いーやーにゃー♪ にゃーの居場所は頭なんだにゃー♪」
契約者が御影を剥がそうとするも、まるで接着剤でくっついたかのように離れない。
少々ズレてしまったかもしれないが、結果として御影は契約者を救ったのかもしれなかった。
*
いよいよ試合が始まろうかという所で、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は闘技場全体を見渡せる、かつ皇帝アッシュを始めロミスカの戦士に気付かれない位置を確保し、盛大にため息を吐いた。
「下着を被ることでパワーアップ……なんて世界なんだ。
言っておくが、俺は絶対他人の下着を被るなんていう変態な行為は行なわない! 変態はアレクとアッシュで充分だ!」
「そ、そうよね。パンツを被らないと戦えないなんて……。
わ、私、陣になら脱ぎたてのパンツをあげても――」
「話に乗ったフリして下着を脱ごうとするなっ! 俺は絶対に、他人の下着を被るなんていう変態な行為はしないっ!!」
隣でぱんつに指をひっかけたユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)を、陣がその場から叩き落とさん勢いで小突いて制する。痛みで顔をしかめながらユピリアは、もう少しでパンツを押し付けられたのにと悔しげに舌打つ。
「陣ってば、常識人なんだから。それにこれは水着よ、陣だって知ってるじゃない」
ユピリアが新しく買ったばかりの水着を、見せ付けるようにして陣に披露する。
「紛らわしい事をするな。……ったく、俺もユピリアも水着で武器なし。ならばと試合の実況と撮影を行いながらあのゴールデンパンツとかいうのを奪うチャンスを伺おうと思い至ってみたが……」
横で、「ちぇー、感想くらいくれてもいいじゃない」と不満を呟くユピリアを無視して、陣は周りの様子を伺う。ロミスカの戦士や観客は今まさに始まろうとしている試合に意識を集中しており、陣や他の契約者たちに気付く素振りはない。しかし明確な隙を晒しているわけでもなく、事はそう簡単に運ぶとも思えなかった。そして何より、ことごとく裸にマント、頭にはぱんつという者たちを見ていると、陣は頭痛というか、表現し難い苦しみに苛まれる。
「ユピリア、お前は 気にならないのか?」
「へ? 何言ってんの陣。これくらいでビビってちゃ、戦場に立てないわよ――ハッ!」
陣の問いかけに、やっと相手をしてくれた事への嬉しさもあってか素で答えてしまったユピリアが、慌てて取り繕うように顔を手で押さえる。
「やーん、陣ー、私恥ずかしくて目を開けられなーい」
「…………。ツッコまないからな、俺」
「けちー。減るものでもないでしょ」
「そういう問題か……。とにかく、俺たちは試合を撮影、実況しながらチャンスを伺う。誰かがゴールデンパンツを奪えればそれで戻れるんだろう?
俺はさっさとこんな世界から脱出して……そして、アレクに容赦無いツッコミをぶつけてやる!」
「はいはい、ま、証拠はバッチリと撮ってあげるから、期待しててね♪
こんな笑えない変態の集まり、弱みを握る絶好のチャンスじゃない! 一部始終撮影してあ・げ・る♪」
不敵な笑みを浮かべてユピリアがカメラを回す中、いよいよ試合開始を告げる鐘の音が鳴り響いた――。
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