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~ガルディア・アフター~ 石の魔物と首なし騎士の猛攻

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~ガルディア・アフター~ 石の魔物と首なし騎士の猛攻

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二章「誰の差し金」


〜遺跡内部・小広間〜

「これで……最後よね、はぁはぁ……」
 額に汗滲ませながらその場に座り込んだ女性。首筋を垂れる汗が鎖骨を通って、大胆にも露わとなっている谷間へとゆっくり落ちていった。
 近くに男性の目があったならばきっと釘付けになっていただろうが、幸か不幸か近くには男性の目はない。
 彼女はセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共にこの部屋のガーゴイルの対処をしていたのであった。
「でも、なんで……ここだけ、はぁ、はぁ。湧いてこないのかしらね」
「さぁ。ふう……でも数だけはすごく配置されてた……はぁはぁ」
 入口の付近に部屋の両サイドを囲むように八体。中ほどの段差になった部分に四体。奥まった位置の今、二人が座っている付近に十体。計二十二体。
 ここに至るまでの通路や小部屋とは違い、台座に鎮座しているガーゴイル以外は出現しなかったのである。
 そのおかげでもってきた爆薬と武装でなんとか対処が可能であった。まあ、囲まれるのを防ぐために走り回った結果、現在の息切れという状況ではあるが。
 基本的な敵の位置はセレンが大体の目安を付け先んじて対処したが、いくつか漏らした部分があるらしく、影になっている部分から奇襲されることもあった。
 その度にミアキスがすかさずフォローに入り、事なきを得ていた。
 二人の連携は見事なもので他の者であったら入る事の出来ないタイミングでも、お互いの息を合わせ、連携して見せる。まさにベストパートナーといえるだろう。
 ここまで見てみると十分に戦闘のプロなのだが、初見の者が彼女達を戦闘のプロと見れない要因が一つある。そう、決定的な要因が。
 それは服装である。戦闘のプロといえば、アーマーもしくは使い慣れた防具等洗練された物を装備しているのが一般的。
 しかし二人は水着姿なのである。しかもビキニとレオタードの。服装だけで考えるならば、戦場ではなく波打ち際にいる方がお似合いである。

「私達の方が場違いのように見えてくるね」
「……そういう気がしてくるから言わないでくれ。頼むから」
 セレンとミアキスの二人から少し離れた場所でエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は遺跡を壁面や台座に刻まれた文字を調べていた。
「放置されていたにしては、少々おかしな点が多い。蔦類があまり絡んでいないし、壊れている箇所も他の遺跡に比べるとずっと少ない」
 台座の文字を調べていたメシエが振り返ると語り出す。
「いい所に気が付いたね。そう、他の遺跡に比べると余りにも劣化というものが少なすぎるんだ。壊れた柱もなければ崩れた壁の一つや二つもない。寧ろ最近まで何者かが手を施したような跡まである」
 そういって、メシエは床の一部に手を付ける。目を閉じ、微弱な魔力を流し込んだ。青く線の様な物が壁に伸び、到達するとゆっくりと壁が開いて妖しげな装置が現れた。
「これは……何かの装置みたいだけど」
「ふむ。おそらくは何かを生成しているのだろう。原理まではよくわからないけどね。推察するに、これを破壊すればガーゴイル達の出現は止まるかもしれない」
「よし、破壊してみよう。メシエ、攻撃を合わせて!」
 二人は武器を構えるとタイミングを合わせて装置に向かって攻撃を放つ。攻撃は防がれることなくあっさりと装置に到達し装置は粉々に吹き飛んだ。
「拍子抜けだね。防御壁や警戒システムの様な物でもあるかと思ったのだが」
「確かに。でもまあ、何もないならそれに越したことはないよ。他のメンバーに連絡を入れてみようか。どこかで何か変化があったかもしれない」

〜領主邸付近・路地裏〜

 ここはカナンのとある町。領主の娘であるルカ・シーニュの救出依頼を出した領主の住まう町である。
 町には昼間だというのにどこか暗いムードが漂い、活気と呼べるようなものはなかった。住人達も会話は少なく誰もが足早に家路へと急いでいるようにも見えた。
「全く、辛気臭い街やな。もうちっと明るくならへんのかいな」
 露店で購入したリンゴをひとかじりしながら大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は路地裏を歩いている。大通りから離れたその場所は人通りはほとんどなかった。
「何かしら理由があるのでしょう。それと泰輔さん、歩きながら食べるのは行儀が悪いですよ」
「硬いこと言うなやー。ほら、一口食う?」
「……遠慮しておきます」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は泰輔の申し出を断ると、その歩みを急かす様に背中を押して自らも歩く速度を上げた。しぶしぶといった形で歩く速度を上げた泰輔がしばらく歩みを進めると、目の前に二人ほど人が立っている。それはフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)であった。
「調べはついたよ。どうやらここの店の中に情報を持っている人物がいるらしいね」
「既に話しが聞けるように下準備は進めておいた。後は中に入るだけでいいだろう」
「よっしゃ、じゃあ、気合入れていこかー」
「泰輔さん、リンゴを頬張りながら言われても。気合が入りません……」
 レイチェルのぼやきをさして気にせずに泰輔は店のドアを開ける。
 中は薄暗く、間接照明がいかにも夜の酒場という雰囲気を醸し出していた。
 泰輔は視線を巡らせ、店の内部の様子をざっと把握する。
(テーブル席が三、四席か。人もまばらやけど、みんなずいぶん妖しい雰囲気まとっとる。こら、注意しといた方がええやろな)
 警戒は解かずになるべく気さくな感じでカウンターの奥にいる店主らしき人物に声をかける。
「おっちゃん、話し通ってんのやろ。こっちもゆっくりしてる時間がないねん。手短に頼んますわ」
 泰輔の方をちらりと見た店主は静かにコップを磨きながら、話し始める。
「……領主様のとこにきた女は、ストレガって言う。いつの頃からかふらっと現れ、いつの間にか側近にまでなっていやがった。これは噂だが、裏で結構な数の人死にが出ているらしいな」
「人死に、ねぇ……」
「この路地で見たやつの話によると、妖しげな術で殺された奴がいたようだ」
「妖しげな術ですか?」
 レイチェルが身を乗り出す様に問いかけると、店主は値踏みするような目でレイチェルを見た。その様子に寒気の様な物を感じてつい身を引いてしまう。
「そうだ……影が伸びて、人を食い殺したとかなんとか」
「影が伸びる、それが本当ならずいぶんと人間離れした所業だね」
 ふと、シューベルトが泰輔達の雰囲気が変わった事に気が付いた。店の中だというのにいつ戦闘に入ってもおかしくないような緊張感が漂っている。
 遅れて彼も気が付いた。テーブル席に座っていた男達が立ち上がり、こちらに向かっていることを。
 顕仁は武器を構えながら店主を睨み付ける。
「古典的な手であるな。情報を餌に、不穏分子の制圧を計るとは」
「悪いな。これも俺たちが生きていく為なんだよ。ストレガに逆らって死にたくないからな」
「交渉の余地はなさそうやな。こっちもこんなとこで終わる気はあらへんからな。全力でいくで!」
 振り向くと同時に姿勢低く泰輔は男達に攻撃を仕掛ける。首をはねようと振られた男達の刃は空を斬り、その隙を突かれた男達は一瞬で昏倒させられる。
 顕仁とシューベルトもそれぞれ男達を昏倒させていた。やはり一般人に毛が生えたような相手に後れを取るようなことはないようだ。
 レイチェルは入口を塞いでいた大男を中空から奇襲。その首を太ももで挟み込み、投げ飛ばす。そのまま締め上げられた男は太ももの感触を味わう暇もなく泡を吹いて意識を失った。
「……幸せなやられ方第一位のやつやな」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと脱出しますよ! 他の者が来る前に早く!」

 泰輔は走りながら思う。妖しげな術を用い、人を殺め、策を巡らす。それだけそろえば十分。ストレガは間違いなく白ではない。叩けば何かしらの埃は出るだろう、真っ黒な埃が。
「命が狙われた以上、直接接触するんは不可能か……」
 
〜領主邸・通路〜

 領主邸。特別豪華というわけではないが、質素でもない。少し綺麗な宿の様にも見える。調度品は華美でない程度に配置され、設計した者のセンスの良さが伺えた。
 そんな調度品に足を掛け、横倒しにしながらその影に滑り込む一人の女性。彼女が姿を調度品に隠した直後、猛烈な勢いの雷撃が調度品を撃ち抜いた。
「あーあ……これ高いでしょうに。また買えばいいとかそういう考えなのかしら」
 身を縮ませ、雷撃の直撃を避けたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は追撃に注意しながら通路の奥に向かって姿勢低く走り始める。
 彼女の後を追う様に鋭い雷撃が床を次々と撃ち抜いていく。撃ち抜かれた床が細かく弾け飛び、小さな破片が彼女の足を傷づけるがその痛みは無視する。
 通路の曲がり角で小さく跳躍、壁を足場にして更に遠くへと跳んだ。一気に距離を稼ぐのが狙いだった。向こうがいかに長大な射程を持っていようとも直角になった曲がり角では追いつくことは不可能。彼女はそう判断した。
「……くぁっ!?」
 腹部に走った痛みにルカは空中で姿勢を崩し、まともな受け身も取れずに廊下を転がった。視線を巡らすと、通路の壁に穴が開いている。
「壁を、貫通してくるなんて……反則じゃないの……っ!」
 痛みに耐えながら更に猛追してくる雷撃を転がって避ける。次第に体は傷だらけになり動きも鈍くなった。
「逃げられると思ったのかしら……子ネズミさん」
 通路の奥から重圧と共にゆっくりと黒髪長髪の女性が歩いてくる。黒いローブを纏っており目深に被ったフードのせいでその表情は口元しかわからない。
 薄笑いを浮かべたその女性は手をルカに向かってかざす。
 ルカはじわりと出血する腹部に手を当て、苦笑いを浮かべながらその女性を見た。
「しつこい女は嫌われるわよ……ストレガ・マッサーさん?」
「ご忠告、痛み入るわ。でも、まずはそのうるさい口を閉じてもらおうかしら」
 かざされた手の平に青い光が収束し、今まさに放たれようとした時、二人の間に枝々咲 色花(ししざき・しきか)が割って入った。
 直後、ストレガから放たれた雷撃は色花の前で歪曲し、弾かれる様に外側へとそれる。
「なっ……貴様ぁぁッッ!!」
「フィールド……効果発動完了です。いきます」
 帯電させ、青白い光を放つ工事用ドリルをストレガに向けて突き出す。青く光る手でそのドリルを受け止めるがストレガはその衝撃で上手く身動きを取ることができないようだ。
「ぐうぅああ……この、小娘がぁ!」
 左手を赤く発光させると、人の頭程度の火球を色花に向かって放つ。至近距離からの高速の一手。普通ならば直撃は免れない至近距離からの攻撃。
 しかし、色花の感覚をもってすればそれを察知することも反応することも容易であった。
 色花は僅かに頭を傾け、火球を最小限の動きで躱すと地面を強く蹴って高く跳躍。
 彼女が横一直線に手を振るように薙ぐといくつもの雷球が発生、そこからストレガに向けて鋭い雷撃が無数に放たれた。
 後方に跳びながら、青白く光る手で弾くようにそれを捌くストレガであったが反撃する余裕はないようだ。
「今です、こちらへどうぞ」
 色花に誘われるまま、通気ダクトの中へとルカは侵入。しばらく無言のまま進んでいたが色花の方から口を開いた。
「して、収穫は?」
「……そうね、やっぱり領主様は動ける状態じゃないみたい。病床に伏せる領主って感じだったわ。あの雷撃女の邪魔が入って、多くは聞けなかったけれど、領主様自身、依頼を出した覚えはないみたいね」
「なら、娘さんがさらわれた事も知らなそうですね。黒幕は……ストレガ、ですか」
「そうなりそうね……」

〜領主邸・上空〜

 領主邸の上空では三つ首の龍に乗ったダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が影で構成された飛行型の魔物と戦闘を繰り広げていた。
 龍のブレスで薙ぎ払っても影は散るだけで、数秒後にはまた再構成されてしまう。
「待機しているのも楽ではないな……しかもこれでは、きりがない。」
 影たちから逃れるようにして高度を下げたダリルの目に、領主邸庭園にて戦闘中のルカ達が映る。
 あまり形勢はよろしくないようだ。
「やれやれ、手の掛かる事だ!」
 ルカ達目掛けて急降下していくダリルと三つ首の龍。纏わりつく影達の攻撃は無視する。
(上空からの急降下。急襲からの離脱。まるで戦闘機だな)
 その風圧で周囲の物を薙ぎ倒しながら庭園へと現れる龍に乗ったダリル。その姿を見たストレガに追従していた警備兵達は恐怖の表情で逃げ惑った。
「ちぃっ! 役に立たん人間共めッ!」
 そう吐き捨てる様にストレガが言った頃にはダリルはルカと色花を連れ、遥か上空へと退避していた。
 それを眺めながらストレガは呟くように言う。
「まぁ……いい。今さら、何を知ろうとも遅い……間に合うものか……くっくっく」
 その表情は心から凍り付く様な冷たい静かな笑顔であった。