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春もうららの閑話休題

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第6章


「……」
 自称正義のヒーロー『正義マスク』ことブレイズ・ブラス(ぶれいず・ぶらす)未来からの使者 フューチャーエックス(みらいからのししゃ・ふゅーちゃーえっくす)を睨みつけ、無言のまま動かなかった。

「よぉ、どうしたビビィ。怖い顔して」
 対するフューチャーXは陽気なもので、ブレイズとの確執などなかったかのような素振りを見せる。
 以前の事件以来、ブレイズは何度かその正体について訊ねたり探りを入れたりしたものの、結局は不明のまま。
 自分とこの老人との関係は何なのか。自分の予想通りだったとしても、つじつまが合わない点が幾つもある。
「……」
 温泉の警備に当たっていたブレイズだが、そんなことはお構いナシに普通に風呂に入りに来たフューチャーXに苛立ちを感じていた。


「おい、何してる」


 そんなブレイズの後ろ頭を洗面器でドツいたのは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)であった。

「いってぇなこの野郎!! って先輩……何するんすか……」
 過去何度も事件を共にしたレンや他のコントラクターには、ブレイズは頭が上がらない。口をついて出た文句を引っ込めたブレイズに構わず、レンは続けた。
「何もへったくれもあるか。温泉の入口で突っ立ってたら邪魔でしょうがない。警備の仕事ってのは通行人の邪魔をすることか?」
「う……」
 見れば、ブレイズの形相に怯えて一般客が入れないでいる。フューチャーXはニヤリと哂ってブレイズの肩を叩いた。
「――兄ちゃん、いい事言うじゃねぇか。なぁビビィ、貴様がそんな顔してる内は儂ゃなんも喋らんよ。せいぜい風呂にでも入って頭を冷やすこったな」
「触るんじゃねぇ!!」
 その手を振り払ったブレイズ。フューチャーXはその手をひらひらとさせて先に温泉に姿を消してしまう。

「――ちっ」
 舌打ちをするブレイズに、レンは穏やかに話しかけた。
「なぁブレイズ。存外、あの老人の言うとおりかもしれんぞ」
「……何がっすか」
 憮然とした表情で答えるブレイズ。
「風呂にでも入って頭を冷やしたらどうかってことさ。
 ――お前はここに何しに来たんだ。別にフューチャーXといがみ合う為に来たわけじゃあるまい」
「……そりゃあ、そうっすけど」
 まるで叱られた子供のように、口を尖らせるブレイズ。
「みな、日頃の喧騒を忘れて疲れた身体を癒しに来ているんだ、そんな温泉を前にヒーロー同士の喧嘩など見たくもない。
 お前も後で来い。同じヒーロー、男同士――裸で付き合ってみれば判ることもあるってもんだ」
 そう言い残すと、レンもまた大浴場の入口に消えていった。


「判ったっすよ。後で必ず――」
 ブレイズには、そう答えるのが精一杯だった。


「やっほ〜ブレイズ、一緒に警備しようぜーって……あれ、どしたの?」
 レンと別れたブレイズに陽気に話しかけたのは、鳴神 裁(なるかみ・さい)であった。

「……よぉ、裁」
「……ん〜……どしたの〜?」
「あ……わりィ。今日は九十九だな……つか、最近はむしろ裁の方に会ってない気がするぜ」

「……♪」

 物部 九十九(もののべ・つくも)は奈落人である。ナラカの浮遊霊だったが、裁に憑依したことで人格がコピーされてしょっちゅう現世にやってくるようになった。
 人格も行動原理もよく似ているものだから、ちょっとイタズラ好きなところを除けば裁と区別をつけることは困難だった。
 事実、九十九は以前から裁に憑依していることを周囲に知らせず、裁のフリをしてイタズラを楽しんできたのだ。
 だが、ある時ブレイズに裁との違いを見破られて以来、九十九にとってブレイズは気になる存在になっていた。

 そして『自分を見分けられる人』から『自分を見てくれる人』へ変化するには、そう時間はかからなかった。

 そんなこんなで彼女は、街の平和を守る『正義マスク』としてはパトロールや警備も欠かせない、という口実でよくブレイズに会いに来ていたのだった。

「でもどうしたん? 何か元気ないね?」
 九十九はブレイズの顔を覗きこんだ。何しろ元気でおバカで単細胞、考えるより先に飛んで行き真っ先に返り討ちに遭う鉄砲玉、異常な耐久力と回復力で何度でも突撃する無謀っぷりが売りのブレイズだ、何かに悩んでいる姿などなかなか見られるものではない。

「ん……まぁな」
 視線を落としがちなブレイズ。
「考え事……悩み事、かな……? らしくないね?」
「はっ……そうだな。どうせ俺みてぇなバカが考え事なんざしたって始まらねぇのによ」
 ブレイズは自嘲気味に吐き出した。九十九は黙って、首を横に振る。
「そういう意味じゃないよ。ボクが言ってるのは」
「……」

 一息おいて、九十九は真っ直ぐブレイズを見つめた。金色の左眼が、ブレイズの瞳に映りこむ。


「悩み事があるならどうして解決しようとしないの、ってことだよ。いつまでも動かないままなんて――らしくない、じゃない?」


                    ☆


「癒しの門をくぐる者に、温泉は平等に寛大である。
 だが、いかに混浴とて他者に迷惑をかける者、若しくは浪漫の美名の下に女子風呂覗きに走る者を妾は決して許さぬであろう。
 神と父王ヘンリー8世に誓って不埒者を八つ裂きにするので、蛮勇を奮う者は充分に覚悟しておくがよい」

 グロリアーナ・ライザ・ブリテン・テューダーは相変わらず番台で警告を発している。
 ふと脱衣所に目をやると、ひとっ風呂浴びてくつろぐフューチャーXが目に留まった。
 腰にタオルを一枚巻いて、サングラスはかけたままだ。

「おぉご老体、来ておられたか」
 白牛乳を一気飲みするフューチャーXに話しかける。
「ん――どっかで会ったな、姉ちゃん」
 フューチャーXとグロリアーナは以前の事件で確かに出会っていた。顔見知り、と言えば言える。
「ふん、どうせ番台などただ座っているだけで退屈しておったのだ。どうかな――せっかく再会したのだし、これでひと勝負」
 グロリアーナはチェス盤と駒を取り出し、脱衣所の長椅子に置いた。
「お、いいねぇ――儂は長風呂でな。身体が冷めるまで貴様に付き合ってもらおうか」

 その様子を、湯船からレン・オズワルドは眺めていた。


「――チェック」
 ひと勝負負けるごとに牛乳一本おごり、の条件を出したわりに、フューチャーXは弱かった。
「む、むむむむむ……」
 グロリアーナは澄ました顔で呟く。
「いくら考えても無駄だ――チェックメイトであるからな」
「だぁっ、だったらそう言わんかい! もうひと勝負だ、少しコツを掴んだ気がするぞ!!」
 弱いわりに諦めが悪いのか、フューチャーXは牛乳ビンをグロリアーナの前に積み、再び勝負を挑んだ。
「ふ……何度挑んでも同じことよ……返り討ちにしてくれる!」
 だが真剣勝負である以上、グロリアーナも手加減はしない。瞬く間にまた窮地に追い込まれるフューチャーX。
「むぬぅ……やはり儂はこういう上流階級のお遊びには向いてねぇなぁ、昔っから……」
 まったく勝機の見えない駒の流れに、フューチャーXはボヤいた。
「ほぅ、昔にもチェスを嗜んでおられたか?」
 何気なく訊ねるグロリアーナ。
「ん? ああ、こう見えても昔はお貴族さまの仲間入りをしたこともあってな。ま、王様にゃあかなわんがね」
 フューチャーXは犬歯をむき出しにして、ニヤリと笑った。
「ふむ――なるほど?」
 グロリアーナは涼しい顔をしてフューチャーXの陣形を次々に崩していく。
「と言っても、成り上がりだがね。冒険で稼いだ財宝と金で地域の地主みたいになったことがあってな。
 試しに貴族っぽいものもやってみたが――いやこれが驚くほど性に合わなくてなあ」
 また負けた、とフューチャーXは両手を上げた。

「――で、あろうな」

 確かにこの眼前の老人が、時の止まったような貴族の生活に耐えられるとも思えない。フューチャーXのサングラスの奥を、じっと見た。
「それで……その家督はどうしたのだ?」
「息子に譲ったよ。けどなぁ、これがまた向いてない男でな――あっという間に没落しちまった、つう話だな」
「話……とは?」
「ああ。その頃にゃ儂はまた冒険に戻っていたんでな……詳しくは知らんよ、以来戻っておらんしな。しかし、解せんな……」
 先ほどのチェス勝負の結果にまだ納得がいっていないのだろう、何故勝てないのかとぶつぶつ繰り返しているフューチャーXを見ていたグロリアーナは、ふ、と笑みをこぼした。
「……何だ?」
「いや、奇妙なものだと思ってな。思えば、其方と初めて逢うた時には、互いに刃を交わした間柄であろう?
 それが今はこうして……長椅子でチェスとはな」
 フューチャーXもまた、ふん、と笑った。
「何だ、そんなことか。あの時は互いに仕事中だったのだから、別にどうでも良かろうが。
 仕事、義務、義理、信条、正義……自分が命を賭けるに足るもののために刃を振るったのだ、そしてその結果はもう出た。ならば、そのことにいつまでも遺恨を持つなどつまらぬことだ。人生は短い、もっと楽しまなければな」
 どれ、とフューチャーXは腰を上げた。

「……もう良いのか?」
 グロリアーナはキングの駒をぷらぷらさせて問うた。
「充分に身体は冷えたよ、それに……もう牛乳を買う金もないわい」
 わっはっは、と豪快に笑いながらフューチャーXはまた温泉へと姿を消した。

 グロリアーナは、長椅子に残された数十本の牛乳を前に軽く途方に暮れるのだった。


「む……どうしたものかな、この牛乳の山は」


                    ☆


「まぁ、向いてないって言えば、向いてなかったんだと思うよ、ウチの親父は」
 ブレイズは、ぽつりぽつりと話を始めていた。
「それで、家はなくなっちゃったんだ?」
 九十九は聞き返した。
「ああ――俺が5〜6歳くらいの時かな。地方の下級貴族……しかも成り上がりなんて空しいモンさ。
 ジイさんが残した財宝も金も、親父が事業に失敗して全部パー。
 おふくろは元々どっかの貴族の出身だったみてぇだから、さっさと見限って実家に引っ込んじまった」
 へっ、とブレイズは哂った。

 ――似合わないな、と九十九は思った。

「それで……親父さんは?」
「死んだよ……家がなくなったのがショックだったみたいでな。元々身体が丈夫な方じゃなかったんでな。
 おふくろが出て行って、数年もしないうちに胸を患ってポックリさ」
「……そんな……」
「ま、しょうがねぇよ。せっかくジイさんが残してくれたもんを、親父はうまく使えなかった。そういう力がなかったんだ。
 力がねぇヤツは、何も掴めねぇし何も守れねぇ――いつだって変わらねぇよ」
 ブレイズは足元の雪を蹴飛ばした。口ではそう言うものの、やはり何かに苛立っているように見える。
「で……それが、あのフューチャーXと、どういう関係が?
 どうやら未来人らしいけど……ブレイズが知っている人で、もう死んでいる筈の人……英霊や、ナラカ人の可能性もあるのかな……?」
 九十九は核心に迫った。しかし、すぐに矛盾があることに気付く。
「いやでも……ナラカ人なら生前の記憶はないワケだし……英霊にしたって、150年くらい経たないと……うーん」
 頭を抱える九十九の様子を見て、ブレイズはふっと笑みをこぼした。
「サンキューな、九十九」
「え?」
「いや、俺のことでそんなに頭を悩ませてくれて。……これ、見てくれよ」
 ブレイズは、胸元にチェーンで下げたアミュレットを取り出した。竜の顎と牙をかたどった、金色のアミュレットは幾度かブレイズを救ったマジックアイテム、『覇邪の紋章』だ。
「それが……?」
「ああ……これと同じものを、フューチャーXは持っている……けどな、これはこの世にたったひとつしかない筈なんだ」
「……どういうこと?」


「だってこれは……俺がジイさんに最後に会った時、直接貰ったものなんだから」