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春もうららの閑話休題

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第8章


「あーっはっはっはっはっは!!」


 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は腹を抱えて笑った。
 何がおかしいのかと言うと、憮然とした顔のスプリング・スプリングである。
「そりゃあなぁ、自分の担当する季節にンなことされちゃー、たまったもんじゃねーよな。
 冬があんまり遅れるとそりゃあ春の方は迷惑だよなぁ、逆はねーからやり返すこともできねーしなー!!」
 腹をかかえ、膝を打ってアキラは笑った。どうやら、ウィンターが雪の在庫を抱えてしまったこの状況が、どこか妙なツボに入ってしまったようだ。
「……そういうことでピョン。まぁ、いい迷惑でピョンよ」
 秋月 葵のかまくらから出て、カメリアの神社へとやってきたスプリングは、アキラの大笑いを受けてそっぽを向いた。
 そのスプリングの横顔に、アキラは更に笑いを向ける。
「しかしよ、もう面倒は見ない〜つってたワリには、なんだかんだでこうしてしっかり面倒みてあげてるんじゃん?」
「それは……しかたないでピョン。こうでもしないと春が来ないでピョン」
「へっへっへー、とかなんとか言っちゃって〜。その責任を全部ウィンターに負わせることだってできるワケじゃん?
 でもわざわざ温泉まで沸かして溶かしてやるなんて、スプリングさんはやっさしぃ〜んだぁ〜♪」
 ちょっと赤くなったスプリングの頬を指先でつついてからかうアキラ。
 スプリングは特に怒った様子もなく、ぷいと背中を向けた。
「別に……今回は私も温泉に入りたかっただけ……だピョン」
「え〜?」
「……あんまりしつこいと怒るでピョンよ?
 またラーメン地獄でお財布カラ以下にして欲しいでピョン? 別に人数集めなくても私一人で充分でピョンよ?」

「全力ですみませんでした」

「何をやっとるんじゃ、全く」
 そんな二人のやり取りを聞いて呆れ顔をしているのはカメリアである。
「いやははは、怒られちまった。んじゃ、仕事の続きでもすっか」
 悪びれることもなく、アキラは笑った。
「ぬ〜〜〜り〜〜〜か〜〜〜べ〜〜〜」
 パートナーであるぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)にカメリアの神社の屋根に上げてもらう。
「よいしょっと」
 アキラはスコップを使って神社の屋根の雪を下ろし始めた。
 その懐で、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がぷるりと震える。
「う〜、寒いワネ。せっかくみんなで作った神社が雪の重みで潰れたら大変だからネ、頑張るのよ!!」
 アキラの懐から顔だけ出して応援するアリスに、アキラはぼやいた。
「そりゃあ頑張るのはいいけどよ、少しは手伝えよ」
「何言ってるの、ワタシの体は基本ぬいぐるみナノヨ? 雪や水で濡れたらえらいことになっちゃうでショー!!」
「そんなら、旅館の中でも手伝ってろよ、ほれ!!」
「キャー!!」
 アキラは懐のアリスを取り出し、屋根の下で見ていたカメリアに向けてぽいっと投げて渡した。
「おっとっととと」
「きゃハハハハハっ!!」
 意外と楽しそうなアリスをカメリアはしっかりキャッチし、旅館へと運ぶ。アキラにひとこと言い残して。
「ほんじゃ、悪いが雪下ろしを頼むぞ――お主らも後で風呂に入るといい。お父さんも何とか部屋に入れるじゃろうから、泊まれるしの」
「あー、そうさせてもらうわ」
 言いながら、ざくざくと雪を下ろしていくアキラ。
「そうじゃな、雪下ろしの礼に後で背中でも流してやろうか?」
 カメリアのひと言に何気なく返した。
「お、いいのか? んじゃ折角だから……」
「だから?」
「……お父さんの背中でも流してやってくれ」


「お父さんの、背中……?」


「ぬ〜〜〜り〜〜〜か〜〜〜べ〜〜〜」
 それは嬉しいですね、とお父さんは体を震わせる。

 表面積にしてどれくらいあるのだろう、とカメリアは軽い眩暈を覚えるのだった。


                    ☆


「はぁ……それで子供の姿に?」


 ローザマリア・クライツァールはドライヤーを片手に呆れ顔をした。

「そうなんだよ。まぁ、時間が経てば戻ると思うけど……」
 榊 朝斗はすっかり乾いた髪を手櫛でとかしつつ、ぼやいた。
「こら、手櫛で済ませないの。こっちおいで」
 ローザマリアは次にブラシで丁寧に朝斗の髪をとかしてやった。少し髪質が柔らかくなった朝斗の髪がサラサラと光る。
「……ありがとう」

 旅館内で来訪客に牛乳やコーヒー牛乳などを振舞っていたローザマリアだったが、子供状態になった朝斗達を見つけ、世話を焼いてくれているのである。

「ほら……あなたも、まだしっかり乾いてないでしょ」
 最後にルシェン・グライシスに声をかけた。
「うう……せっかくのチャンスが……」
 隙あらば今回も朝斗を弄り倒そうと思っていたルシェンだけに、今夜の誤算は堪えたようだ。
「……まだ言ってるわ」
 すでにしっかりヘアセットまでしてもらったアイビス・エメラルドは、ジュースとおまけのアイスまで平らげて、ルシェンの様子を笑った。
「そうだね。でも何だか、ああいうルシェンやアイビスも新鮮で、ちょっと楽しいな」
 その横に座って、朝斗は言った。
「あらそう? まぁ、特にルシェンはね。すっかり可愛くなっちゃって」
 アイビスはふと、朝斗の近くにおいてあるバッグに眼を留めた。
「朝斗……それ?」
「ああ、さっきルシェンが温泉に持ち込んでたバッグだよ。一応持ってきたんだ」
 中には、『ネコ耳メイドあさにゃん』に着せる予定だったネコ耳セットと基本のメイド服、あとは各種水着バリエーションが詰まっている。
 何気なく、朝斗はバッグの中身を開けてみた。
「というか、下手すると僕がコレ、着せられる羽目になっていたワケか……」
 普通のワンピースからパレオつき、セパレートからスクール水着、はてはかなりきわどい水着まで、バリエーションが揃いすぎていた。
 用意周到にも程があるというものだ。アイビスも軽くひきつりながら、朝斗を慰めた。
「ははは……ご愁傷様……ま、回避できてよかったじゃない……。
 あ……そうだ……♪ ね、ちょっと耳貸して」
 背筋が凍る思いの朝斗にねぎらいの言葉をかけつつ、アイビスはそっと耳打ちした。


「……へぇ、いいね、それ」


「何だか変な気持ちね、あなたにこんなことしてもらってるなんて」
 ローザマリアが手にしたブラシで髪をとかされながら、ルシェンは言った。長い髪を他人にケアしてもらうのは、それだけで気持ちがいい。
 コーヒー牛乳のビンに口をつけて、微笑んだ。
「ま、そうかもね。冒険仲間同士でこういうこと、する機会もそうそうないし……はい、できたわよ」
 ローザマリアもまた柔らかく微笑み、ルシェンの髪を軽く撫でた。
「ふふ、ありがと」


 ひょこっ。


「あら、可愛いじゃない」
 突然、ローザマリアが驚いたような声を上げた。
「?」
 ルシェンは何のことか判らずに、後ろを振り返る。
「……何……? 別に何もないようだけど……?」
 振り返った先には朝斗とアイビスがいる。もちろん朝斗は可愛いが、旧知の仲で今さら驚きを表現するほどでもあるまい。
 だが、ローザマリアは笑いを堪えて言った。

「何言ってるの、可愛いのはあなたよ」

「へ?」
 ルシェンは何事かと思い、素早く自分の姿をチェックした。
「え、ちょっと何よこれっ!?」
 姿見で自分の姿を見たルシェンは、それこそ驚きを表現する。
 何故なら、自分の頭頂部にいつの間にか乗っていたのである。


 あさにゃん用のネコ耳が。


「朝斗っ!?」
 自分のバッグが開いていることにようやく気付いたルシェン。ネコ耳を装着させた犯人はもちろん、朝斗だった。
 アイビスの『いつものお返しに、ルシェンをネコ耳メイドにしちゃえばいいんじゃない?』というイタズラに乗ったのである。
「ははは、いつものお返しだよ……いやでも……」
「もう、何よっ」
「いつものルシェンもいいけど、子供のルシェンもやっぱり可愛いよ」
「……え?」
「うん、可愛いよ、大丈夫、自信持っていい」
「ふにゃっ!?」
 もとより顔立ちが整っていて、スタイルも抜群のルシェン。キレイや美人と言われることはよくあるが、可愛いと言われることは意外と少ない。
 とはいえ誰にそんなことを言われても動揺するルシェンではないが、朝斗に言われてしまうとやはり冷静ではいられないようだった。

「や、やだ……やめてよ、ネコ耳つけて可愛いとか……恥ずかしいじゃない……」
 顔を真っ赤にして、くねくねと照れるルシェン。


「僕、いつもその恥ずかしいことをさせられてるんだけど。しかもメイド服で」


 ちょっと気になる突っ込みが入ったが、可愛いと言われてしまったルシェンは満更でもない。
「で、でも……いつも大女とか空京タワーとかユグドラシルとか言われてるから、やっぱり嬉しいな……♪」
 小声で呟くルシェン。
「うんうんそうね、今もっと可愛くしてあげるからね♪」


 そして、気付くとメイド服まで着せられているワケで。


「なんじゃこりゃーーーーっ!!!」
 もちろん、アイビスの仕業である。
 気付かぬうちにすっかりネコ耳メイドにされたルシェンは思わず叫んだ。
 さらに気付くとその様子を朝斗が携帯で激写しているではないか。
「可愛い、可愛いよルシェン!! 大丈夫、いけるいける!!」
「あ、ちょっとヤメて、撮らないで朝斗!! というか、この服どこから!?」

 朝斗用に用意していた服はサイズが大きくて合わない筈、とルシェンは戸惑いを見せる。

「あ、なんかカメリアさんの私物みたいで」
 そこに通りがかったカメリアが遠い目をして呟いた。
「あー……それな……儂の私物じゃないんじゃ……。
 よく遊びに来るライバルや相棒やそのパートナー達がな、儂で着せ替え遊びをするんじゃよ……。
 衣装の取替えっこくらいなら可愛いもんじゃが……。ほんで、その衣装を毎回勝手に置いていくんじゃ。
 今のルシェンならちょうど儂と背丈も同じくらいじゃし……メイド服だろうがチャイナ服だろうが水着だろうがセーラー服だろうがハロウィン衣装だろうがナース服だろうがサンタ服だろうが怪獣のきぐるみだろうがちょっと見せたくない衣装だろうが何だってあるぞ。
 ま、よろしければご自由にお使いください?」

「よろしくない、よろしくないから!!」
 朝斗の携帯カメラが気になって、思い切って逃げ出せないルシェン。じりじりと、その他の衣装を持ったアイビスが迫る。
「ほら、観念しちゃいなさいな。いつも嫌がる朝斗に無理やり着せてるのはルシェンなんだから、こういう時くらいはね〜?」

「あ、朝斗……?」

 メイド服を隠すように、両手で自分を抱き締めるようにしてしゃがみこむルシェン。
 そこに朝斗の携帯のレンズが怪しく光った。
「ねぇルシェン……今度僕にも教えてよ」
 朝斗が極上の笑顔を見せた。対するルシェンは涙目だ。

「な、何を……?」


「自分専用データベースの作り方」


「あーーーっ!! いやあああぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」


 旅館の奥間に、ルシェンの羞恥に満ちた叫び声がやたら長く響き渡った、という。