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そして、蒼空のフロンティアへ

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一つの物語へ



「この間、ジジイの使いから言伝があってな。そろそろ帰ってこい、だと。まあ、キリもいいだろうし、オレはこのあたりで行かせてもらうわ。だが、その前に、だ……」
 海京にある訓練所に鑑 鏨(かがみ・たがね)を呼び出して、カガリ グラニテス(かがり・ぐらにてす)が言いました。
「お前に一回でも勝たなきゃあ、オレの気がすまねぇ。今日で最後だ。いいかげん、お前を打ちのめす。死んでも、文句は言わせねえからな」
「まあいいだろう、またつきあってやる」
 カガリ・グラニテスの言葉にも別段いつもと態度を変えることなく、鑑鏨が身構えました。
 いつものことだと、硯 爽麻(すずり・そうま)がそれを黙って見守ります。
「この後はねえ!」
 全身暗器で投げナイフを放ったカガリ・グラニテスが、その隙に鑑鏨の死角に回り込もうとします。
 けれども、赤い鞘に収めたままので軽く攻撃をいなすと、鑑鏨は素早く身体を移動させてカガリ・グラニテスを正面に捉えます。
「抜けよ!」
 叫ぶカガリ・グラニテスをいなしつつ、鑑鏨は滑らかに移動していきます。武器を抜けと言われても、完全に無視です。
 間合いを詰めつつ、離しつつ、鑑鏨はカガリ・グラニテスの思い通りにさせず、だんだんと精神的に追い詰めていきました。
 無駄のない動きに、カガリ・グラニテスは手数で対抗していきました。そうしつつ、ワイヤーを修練場の壁から壁へ、天井から床へ、ワイヤーからワイヤーへ、空間を編むがごとくに操りつつ、鑑鏨を追い詰めていきます。そう、カガリ・グラニテスは感じました。
「いける」
 思惑通りに追い詰めているとカガリ・グラニテスが確信したとき、一瞬の隙を突いて鑑鏨の手刀が閃きました。避けきれず、カガリ・グラニテスの服の胸元が裂けました。そこに垣間見えた双房の膨らみに、硯爽麻が目を丸くして驚きます。
 追撃がくるかとカガリ・グラニテスが構えるところに、鑑鏨が間合いを取り直します。絶好の連撃の機会を、わざとらしく放棄されて、カガリ・グラニテスが激高します。
「手を抜くな! オレが女だからか!」
 ワイヤーで胸元を仮縫いして隠しながら、カガリ・グラニテスが叫びました。
「お前が女だからと手を抜いているわけではない、お前だから手を抜いている」
「言ったな!」
 その言葉に、カガリ・グラニテスがツッコミました。鑑鏨の左右にはワイヤーが縦横に張ってあります。この突進は避けられないはずです。
 ところが、そんな罠などないかのように鑑鏨がスッと横に身体を逸らしたかと思うと、突っ込んできたカガリ・グラニテスの首筋をちょんと叩きました。それだけで、カガリ・グラニテスが全身を巨大な鎚で叩かれたかのように地に伏します。舞い起こる土埃の中に、いつの間にか鑑鏨によって切断されていたワイヤーの端がキラリと光って見えました。
 いつも通りです。
 少なくとも、鑑鏨の顔はそう語っていました。
「くっそう。いつかまた戻ってきて、そのときこそは勝つからな!」
「ああ、いつでも来い。待っている」
 捨て台詞ともとれるカガリ・グラニテスの別れの言葉に、鑑鏨はいつものようにそう答えました。

    ★    ★    ★

 戦い終わって日が暮れて。
 鑑鏨は自宅の縁側でのんびりとくつろいでいました。彼の膝の上に頭を載せて、硯爽麻は小さな寝息をたてています。
「鏨さん……」
「しーっ」
 そこへやってきた霞 楔(かすみ・くさび)が声をかけようとするのを、鑑鏨が静かにっと止めました。
「鏨さんになら、すべてを話しても……。多分……、この人も知っていたはずだから」
 持っていた骸骨を撫でながら、霞楔が小さな声で話し始めました。自分は未来の硯爽麻であり、この骸骨は未来の鑑鏨であること。自分が故郷を滅ぼし、鑑鏨をも殺したこと。そして、それを回避するために、同じ時を何度も繰り返していること。だから、その時がくる前に、自分を殺してほしいこと。
 はっきり言って、霞楔の言っていることの確証は何もありません。確かめる術(すべ)がないのですから。
 それに、殺してほしいのが、鑑鏨の目の前にいる硯爽麻なのか、霞楔なのかもはっきりとはしません。
「そうか」
 鑑鏨は、そうとだけ答えました。鑑鏨が、霞楔の言葉を信じたのかは分かりません。けれども、鑑鏨が、霞楔の言葉を受けとめてくれたことには間違いがありませんでした。
 その一言に、霞楔は今までのすべてが少しだけ報われた気がして涙を流しました。