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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第2章 眠りし女王 11

 石原が天音やリナリエッタと会話を重ねていたとき、後方にいた金鋭峰へと声をかけた者がいた。
「金団長よ」
 あまりにも不遜な口調である。
 振り向いた金団長を見ていたのは、どこか高飛車な雰囲気を感じさせる女――弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。
 その態度も横柄なもので、教導団団長に対する接し方としては実に礼節を欠く。だが、決して嫌みな言い草ではなかった。恐らくは、こういった物言いしか出来ないタイプなのだろう。鋭峰は、そういう人間もいることをよく知っていた。
 それに菊自体、自分がそういう態度しか取れないことを自認していた。彼女は、『失礼だと思ったら、言ってくれよ』と一言言い添える。
 その上で――彼女は鋭峰に尋ねたいことがあった。
「あんたはよ……ドージェ対策を吹き込んで、ドージェによるパラ実崩壊を捻じ曲げる気は無いよな?」
「…………」
 鋭峰は菊を見やりながらしばらく口を閉ざした。
 ドージェの乱――未来で起こる、波羅蜜多実業高等学校を崩壊に追い込んだ忌まわしき事件である。生徒の一人であったはずの{SNM9998710#ドージェ・カイラス}が、学校そのものに対して反乱を起こしたのだ。
 そしてパラ実を建設するのは他ならぬ石原肥満自身だ。彼女は、未来の出来事を彼に伝えることで歴史を変えるようなことは考えていないか、と危惧しているのだった。
「わざわざ対策をするまでもない」
 鋭峰の答えは簡潔だった。
「仮に誰かが石原校長にそれを伝えたとして、それだけで歴史は変わるほど甘いものではないのだよ」
 そうでなければ、こうしてこの場所に自分たちがいるだけで、数々の歴史が変わってしまう。人の生死や、大きな歴史の分岐点。それらを変えない限り、歴史は緩やかだが大いなる力を持って一方向に流れていくのである。
 その理屈は菊にも漠然とだが理解できる。だが、不安はぬぐえないのは確かだ。彼女は納得がいかないように顔をしかめる。
 と、同時に、背後でその会話を聞いていた男が静かに頷いていた。
 それは――国頭 武尊(くにがみ・たける)である。彼もまた、菊と同様に『ドージェの乱』についていかなる対処をすべきか悩んでいた一人だった。
 菊と違うのは、彼はそれを石原に教えたほうがより良い未来が築けるのでは、と考えていたところである。
 だが――石原であれば、それをしたところでパラ実を建設すること自体も、ドージェをどう扱うか自体も変わらないだろう。パラ実が出来るのは、無法者たちを、少なくとも彼らなりの矜持のもとに集わせるには最善なのだから。
 ある意味で、石原にとってみれば、今のパラ実の状態こそがベストなのかもしれなかった。
 それに、武尊たちの存在理由にも関わってくる。
(俺が俺でなくなるのは、嫌だからな……)
 武尊はそう考えながら、鋭峰たちと先を進んだ。


 露払いしたといっても、さすがに全ての魔物がいなくなるわけではない。
 目の前に現れた魔物たちを相手に、鋭峰たちは石原を守るためにそれぞれ散開した。
「遅れるなよ、羽純!」
「わかってらぁ。そっちこそ、足引っ張るなよ」
 冷然とした銀髪の青年――ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に呼びかけられて、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は気だるげに答える。両手に握った飛龍の槍を構えて、彼は先行するダリルの背中を追った。
 ダリルの武器は二つの拳銃である。両手に構えた二丁拳銃の構えが、敵を捉える。
「ふっ――!」
 銃弾がゴブリンたちを貫いたそこに、羽純が飛び込んでいった。
「ざまぁないな」
 一見するとクールな印象さえ抱かせる儚げな青年だが、敵を目の前にしたその動きは獣のそれである。眼鏡の奥の眼光が鋭く光ったと思ったとき、二つの槍は銃弾に貫かれて動きの止まっていたゴブリンたちを斬り裂いた。
 返す刃は、後ろに迫っていたオーガを貫く。
「ダリルッ!」
「分かってる――!」
 銃弾が、オーガの背中を雨のように撃ち抜いた。
「ダリルさんに羽純くん……すごぉい……」
 二人を見やっていた遠野 歌菜(とおの・かな)がそんな呆けた声を発する。彼女もまた護衛役の一人だが、二人の戦いに思わず見ほれてしまっていた。
「ルカルカさんっ! 私たちも負けてられないですね!」
「そうねっ……」
 歌菜に呼びかけられた金髪の娘がうなずく。
 彼女の名はルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。契約者として、そしてシャンバラ教導団の一員としても、今作戦に参加した娘だ。
 彼女はダリルたちを見やりつつも、他の仲間たちに指示を飛ばした。
「カルキッ、淵ッ! ひるむんじゃないわよ!」
「はっ……誰に言ってやがる!」
 二足歩行の獰猛な竜が吼えるように言った。
「まったくだぜ」
 同時に、隣にいた少年と見紛う英霊も答える。
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)――どちらもルカのパートナーたる男たちだった。
 カルキノスは雄叫びをあげると、辺りを火の海に包むほどの炎を吐き出して敵へと突っ込む。淵はバードマンアヴァターラ・ランス――鳥の“ギフト”が変形して形を成した槍を手に、ルカとともに連携を取りながら敵を斬り裂いていった。
 ルカの剣が敵の腹部を斬り裂くと、その頭上を曲芸のように回転しながら淵が飛び越える。とどめとばかりに敵は槍に貫かれ、ドウ――と、倒れ伏した。
 さらに、ルカは歌菜のもとに駆け寄る。
 彼女が持つ機晶シンセサイザーは、楽器ながらも武器としても扱える代物である。楽器から奏でられる音楽が雷撃を生み出し、ゴブリンたちを焼き尽くす。そこに、ルカの剣が飛び込んだ。敵はその身を斬り裂かれ、次々と倒れ伏していく。
「やりましたね、ルカルカさんっ!」
「男ばっかりに活躍させるわけにはいかないしね」
 二人は視線を合わせて笑い合った。
 と――その時である。
「!?」
 ルカの目が何かを見つけると、驚きで見開いた。動揺すら感じさせる目だった。慌てて動き出した彼女が目指した先にいたのは――金鋭峰団長である。
「ジンっ!」
 彼女は鋭峰の傍に駆け寄ると、怒りを叩き込むように剣を振るった。その刃がオーガを一刀両断する。
 鋭峰へと、魔物が迫っていたのだった。
「ジン、大丈夫ですかっ!」
「あ、ああ……」
「こっちへっ!」
 鋭峰の手を取ると、ルカは走りだした。そのまま、魔物の攻撃をかいくぐっていく。戦域を離脱してようやく彼女は一息ついた。
「良かった……」
「安心してる場合ではないぞ、ルカルカ中尉よ」
 ほっと安心したのも束の間――鋭峰が厳しい言葉を発した。
 彼が見やった先、そこで石原肥満に迫る魔物がいた。とっさに鋭峰が動きだそうとするが、間に合いそうにない。
 しまった――と、思ったその時、魔物は横っ飛びに吹っ飛んだ。
「えっ……?」
 それは、横から飛び込んで来た少女が魔物に蹴りを放ったからだった。
 緑髪のツインテール。小柄な体つきで、アイドルグループにでも入っていそうな、可愛らしい笑顔。
「ありゃりゃ……みんな遅れてごめんね〜」
 少女――小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、皆を見回して悪びれてない顔で言った。
 次いで起こったのは、爆発である。
「もう……美羽さんってば、先に行って置いていかないでくださいよ」
「そうだよ。僕らだっているんだからね」
 それは、二人の男女が放った魔法の一撃によるものだった。
 ――ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)。丸眼鏡をかけた温和な女性を思わせる剣の花嫁と、背中に白い翼を広げた大人しげな男の子が、その顔のどこに秘めているのかと思わせる容赦ない攻撃を仕掛けたのだ。
 オーガは最大パワーの魔法に包まれて、もはやその一片すら残されていない。地下トンネルでそんな規模の魔法を使って大丈夫なのか? という疑問はあるが、どうやらこの空間はそれなりに不思議なアムリアナのパワーで包み込まれているようだ。
 落盤の心配はないことに、肥満は胸をなで下ろした。
「大丈夫だった?」
 戦いの余波で吹き飛ばされて腰を抜かしていた肥満に、美羽がのぞきこむように言った。
 彼女はほほ笑みながら彼に手を差し伸べる。その手を肥満が握ると、彼女は彼が起き上がるのを支えた。
「年寄りは、もう少し丁寧に扱ってほしいものじゃな」
「にゃはは。ごめんね〜」
 まるで孫と祖父母との対面である。しかし、まるで美羽は物怖じしていない。その素直で大胆な性格を見て、肥満は面白いと思った。
「私は小鳥遊美羽だよ。よろしくね、ひーマン!」
 遅れて到着した美羽は、肥満と握手を交わした。
 彼はその最中、『ひーマン』というあだ名は定着しているのか? と、そんなことを考えていた。